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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 妖刀

 大きな爆発が起きた。その爆風で数百メートル後方まで吹き飛ばされたハルはどこかも知らない建物の中に瓦礫と一緒に埋もれていた。


 不意打ちを食らったハルの視界は大きく霞んで歪んでおり、痛む頭に触れようと左手をあげるとそこには、あるはずの自分の手が無かった。


「………」


 夢ではなかった。あの一瞬、エルヴァイスの手が自分の手と物理的に重なり同時に同じ場所に存在していた。彼の手がハルの手のあった場所に侵入してきたという表現の方が近かった。そして、その直後ハルの腕がエルヴァイスの手と入れ替わるように消滅してしまい、結果ハルは左手を失ってしまった。


 大量に流れ出る血をひとまずハルは自らの天性魔法である透明な力で圧迫し止血した。激痛が左手があった箇所から全身に走るが、気にせず立ち上がり周囲を見渡し状況の把握を始めた。


 辺りには無数の建物があり、まだここが城の敷地内だろうという予想がたった。スフィア王国の王城クライノートの敷地は広く、事前の作戦会議でも城内の敷地の広さは小さな街ならすっぽりと入ってしまい、実際に街のような場所もあった。

 それほど大きな敷地内は四つの区画に分かれており、最初が客人をもてなす巨大な白い建物があるエントランスであった。通称【白き門】その奥の第二区画はちょっとした街のようになっており、名を【青き街】スフィア王国を運営するための建物が立ち並んでいた。そして三区画目には満を持して【王城クライノート】が見えてくる。四区画目が一番小さく王宮がある以外は何もなく、その後ろがエルフの森となっていた。

 王城クライノートはエルフの森を背に建てられている場所にあった。スフィア王国は広大な森の門番としての役割があった。


 この様子だとハルは三区画目にある王城クライノートの庭園から、二区画目の青き街に飛ばされた様子だった。


 ハルは瓦礫から立ち上がり、前方の景色を見渡した。ハルがいる建物は半壊しており、半分が瓦礫となり随分と視界が開けていた。

 ハルから見える景色は、王城クライノートと崩壊した庭園が見え、ずいぶんと遠くにとばされていたことが分かった。そして、壁も何もかも破壊しながら一直線上に飛んで来たのか、ハルが見据える先に障害物はひとつもなかった。


 ハルはすぐさま王城を目指してその建物から出ようとした時だった。


 頭上から殺気を感じすぐさま、ハルは建物の屋根の下に飛び込むように避難した。


 直後、王城クライノートが見えていた景色が一面真っ赤に染まるほどの炎の柱が降って来た。

 凄まじい熱風がハルの肌を焼く。

 たまらずハルは背後にあった建物窓を突き破って外に飛び出した。


 空中に飛び出したハルに待っていたのは待ち伏せだった。


 頭上を見上げると、そこには空中に浮いているエルフが遥か上空にいた。彼の周りには巨大な炎の槍がいくつも付き人のように宙に浮いており、その一本が飛び出したハルに向かって射出される。


 かわせる体勢ではなかったハルは右手に持った大太刀の【皮剥ぎ】を全力で振るうとそこから生み出された衝撃で、降り注ぐ炎の槍を相殺した。


 何とか無事に地面に着地したハルは、狭い路地を上空のエルフから遠ざかるように走り出した。


 空からは容赦のない炎の槍が降り注いでくる。


 ハルは狭い路地を駆使して降り注ぐ炎の槍を振り切っていた。戦略的に逃走を図る間、ハルは次の一手を考えていた。

 左手を失い、全身に痛みが走る中、どうすればあの天に浮かぶエルフをねじ伏せられるか。すでにミルケーよりもずっと危険視しなければならない存在となった可能性があるエルヴァイスという戦士をどう攻略するか?

 この結界内で肉体的に凄まじい弱体化を受けたハルが、先のことを考える余裕はすでに無くなっていた。


『まずは、相手が消耗するのを待つしかないな…確か狂化とかの消耗が一番早かった気がしたからこのまま逃げてればいつかは…』


 背後で槍が着弾した衝撃で爆風が巻き起こりハルはそれに見込まれ、軽い火傷を負いながらも強く前に吹き飛ばされる。ハルは地面に転がるがすぐに立ち上がり街を駆けた。


 相手が消耗して倒れてくれる。そんな淡い希望を持っていたが、降り注ぐ炎の槍の数が増えてくると、自分の限界の方が先に来る気がして、代案を考えるしかなかった。


『待つのはきつそうだ…』


 ハルが背後の上空を走りながら一瞥する。


「ん?」


 しかし、そこにはもうエルヴァイスの姿はなく、ただ、炎で形成された槍が数本浮いているだけであった。


「いない、どこに行った?」


 ハルが路地の角を曲がった時だった。曲がった先に、二メートルを優を超えるエルフが先回りをして立っていた。


「お前!!」


「逃げるなよ」


 驚いたハルに、そのエルフが全力で拳を振るって来る。ハルはとっさに体の防衛機能である反射だけでなんとか避け切ると、すぐさま距離を取った。だが、路地裏ということもあり、取れる距離はそこまで無かった。


『刀が振りずらい…』


 ハルの刀は二メートルを超える大物であった。死角の多い狭い裏路地は不利でありすぐに場所を変えたかったが、実力が反転しかかっているいま、主導権はエルヴァイス側にあった。


「あんたマジで何者なんだ?」


「それはこっちが聞きたいぐらいだな」


 瞳孔を開いたエルヴァイスがまともに答えた。


「狂化なら意識が飛んでるはずだが、会話が成り立ってる説明が欲しいな?」


 どう見ても目は血走り、体から立ち上る血の蒸気に包まれる彼は狂化状態で間違いはなかった。しかし、それにしては意識もありまともに受け答えができる会話ができるところを見るに彼は常識から外れていた。


「それは俺が狂化のデメリットを克服したからであって…いいか?長生きしたエルフの知識や経験を舐めるな、俺はお前のような若造よりも人生三十回分ほどは多く生きてるんだ」


「…そうか、だったら、あんたがいまバカなことしてるってことにどうして気づかない?賢いんだろ?頭がいいんだろ?だったら、今すぐ戦闘をやめたらどうだ?」


 ハルが狭い路地で刀を前に突き出し構える。


「お前の言いたいことは分かる。だが、ここまで来ると善悪の区別すらもどうでもよくなってくる。これは分かってもらわなくてもいい…エルフでないお前らには分かるはずがないからな…この気持ちは……」


 そんなことを口にしては落ち込んだそぶりを見せる彼に言えることがひとつだけあった。決してハルも人のことを言える立場ではない悪党に落ちぶれた身ではあるが、迷っている彼に苦言を呈することはできた。


「いや、分かる、分かるさ、お前みたいな奴が一番質が悪いってことぐらいわな!」


「ああ、そうかもな…」


 エルヴァイスが若干目を細めた。


 ハルは彼が振るった拳の後を注意深く見た。彼の振るわれた建物の壁が、その振るわれた通りに綺麗に削り取られていた。その現象を見逃さなかったハルは、彼の手が特に危険であることを即座に吹き飛ばされた左手と因果関係を合致させることができた。


『まずいのはあの手か、きっと両手に同じ効果がある。接近戦は不味い、だったら』


 ハルが刀を地面に突き刺すと、握った右手を顔の前に出した。


「飛んでけ化け物」


 そういった直後ハルは容赦なくその右手を前に突き出し開いた。右手に込めた力が解放され、エルヴァイスに襲い掛かる。


 それはハルの天性魔法であった。


 性質は光に近いがあくまでハルの一部のような機能をもつため、出力の強弱によっては、周囲を確認できる粒子となったり、透明な力の流動体として破壊を生み出すこともできた。変幻自在の【幻光】であった。


 そんな光の塊を大量に放出したことにより、エルヴァイスの不意を突くことに成功した。

 エルヴァイスがその透明な力の攻撃を察知して身体を逸らすが不意打ちであったため、かわしきることはできずに、背後の街の建物を破壊しながら後退していった。


 束の間の時間を稼ぎができたハルは場所を移すことにした。



 ***



 ハルは王城の敷地内の一画である第二区画【青き街】の中央広場まで来ていた。円形状の石畳のタイルの真ん中には噴水があり、普段ならば人々の憩いの場となっているような穏やかな場所だった。建物も青を基調としたものが多く、今日の冬空の肌寒い青い空と遜色なかった。


 ハルは街の中央で周囲に光を放ち索敵を進めた。

 天性魔法は本人と深い結びつきがあり、普通の魔法とはわけが違った。天性魔法は生まれながらにもった魔法であり、いわば体の一部または延長線にある付属した器官と言えた。そのため、飛ばした光についての範囲にあるものを把握することができた。


「近くにはいないな、遠くだとやっぱり精度が落ちるな」


 地上と上空の広範囲に光を散布していたハルは街の中をくまなく捜索する。人ひとりいない街の中、動く標的を中心に探っていく。


 しかし、その時のハルは重要なことを見落としていた。それはまだ探索を広げられる範囲があるという点であった。

 地上、上空と来て残る場所は…。


 ハルの意識が遠い青き街の外にまで索敵に向けている時だった。

 突如、ハルの背後の地中から何かが飛び出して来た。


 振り向く間もなくその地中から出て来たものが何かを察知したハルはすぐさま刀を振りかざした。


「さすがだ、その勘の良さ。だが無駄だ」


 ハルが振りかざした刀が地中から出て来たエルヴァイスの手をすり抜ける。

 その現象は先ほどと同じだった。ハルの失った左手の中に侵入してきたように、エルヴァイスの透過した手が、刀と重なる。


「その刀からまずは折らせてもらう」


 ハルは彼の扱う能力がどういった原理なのかわからなかったがとにかく手にだけは警戒しなければならないことだけは理解していた。


『あの手に侵入されると、俺の左手のように…』


 とっさにハルはエルヴァイスの手と重ならないように刀を避けようとしたが一歩遅く、エルヴァイスの方が先に動いた。


「手遅れだ」


 エルヴァイスの手が刀に透過した状態で実体化する。


 彼のその謎の行動でハルはそこでとっさに彼の能力のイメージをおおよそ把握することができた。エルヴァイスの透過した手と重なった状態で彼に手の実体化されると、重なっている部分が彼の手を優先し、重ねられた部分が消滅するという原理が一番近い気がした。

 そして、そうなると現在彼の手と重なっていたハルの刀が折られることが確定してしまい、手遅れであることは、彼の言った通りであった。


『刀が持ってかれた…』


 ハルは目を見開いたまま長年連れ添った愛刀が折られることを悔やむが、そんなことを思っている場合ではなかった。


 すぐさま次の相手の攻撃に備えなければならなかった。


 しかし、その時、二人の間に一瞬の戸惑いと沈黙が降りてきては、時間を止めた。


「………」


「………」


 ハルの刀がエルヴァイスの手の甲に突き刺さる。

 エルヴァイスの手がハルの刀に貫かれ、当たり前のように彼の手から血が滴っていた。


 二人は自分たちが予想していた結果とは全く異なった現実に困惑していた。


 ハルが刀を思いっきり振り抜き、エルヴァイスの手を吹き飛ばす。強引に抜かれた刀はエルヴァイスの手を勢いよくちぎり飛ばした。


「どうなってるその刀?」


 エルヴァイスは当たり前のように白魔法で千切れた手を再生させながら尋ねた。


「さあ、よくわからないが、お前の手はこの刀だけは壊せないということだけは分かった」


 状況は好転したがそれでもまだ相手の方が有利であることに変わりはなかった。


「まあいい、その妖刀にさえ注意すればいいだけだ」


 エルヴァイスが距離を取り、背後に炎の槍を召喚する。


 ハルも頼もしい刀を構え、反撃の狼煙をあげた。

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