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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 答え探し

 その日は蒸し暑い夏の夕暮れ時だったことを覚えていた。


 ゆっくりと沈む夕日が建物に差し込み窓の外がオレンジ色に染まる。


 そこで人気の無い適当な部屋の扉を開けて中に入った。


 すると、窓辺の夕日を浴びながらひとりの女性が熱心に資料に目を通している姿があった。


 ぼさぼさした金髪けれどとても鮮やかな金色が夕日を眩しく反射していた。そして何より夏の青空を流しこんだような気持ちのいいほど澄んだ青い瞳が、資料という無機質なものに注がれていることがなんとももったいないほどであった。愛らしさとどこか抜けている雰囲気が全体からにじみ出ているが、それも人気の無い夕暮れ時まで机に座って資料に齧りついているところからとてもまじめな女性ということは伝わってきた。


 彼の日の自分が部屋に入って来たことにも気づかずに、彼女は熱心に両手に持った紙の資料を交互に見比べていた。


「精が出るな、こんな祭日だというのに」


 声を掛けると彼女が資料から顔をあげた。そして、彼女はその青い瞳をみるみる点にした後、資料を机に叩きつけ、立ち上がって頭を下げていた。


「申し訳ございません!エルヴァイス様、その、えっと…私……」


「いいよ、別にそれに邪魔したなら悪かったすぐ出て行く」


「そんな滅相もございません!心行くまでここに居てくださって結構ですので、はい!」


 彼女は終始慌てていた。エルヴァイスはそれがおかしくてだけどなんだか愛おしく思って、ひとつ微笑みを浮かべると言った。


「じゃあ、ゆっくりさせてもらうよ。大勢人がいる場所は疲れるんだ。お前のように静かに資料に目を配っている奴と一緒に居る方が落ち着く」


「そんな、私なんて、エルヴァイス様と釣り合いませんよ…」


「なんだか話が飛躍しているがまあいい、何を見てたんだ?」


 エルヴァイスが彼女の傍に来ると机の上に山済みになっていた資料に目を通した。

 そこにはフルブラットが次にターゲットとするべき候補の組織や個人の情報が載っていた。


「なるほど、次はこいつらを俺が殺しにいけばいいんだな?」


「そんなことは無いです。エルヴァイス様が出るまでもありません。なんだったら私だけでもここにあるリストの組織や人間たちなら相手にできます!」


「お前も戦えるのか?」


「はい、こう見えても魔法が得意です」


「ほお、どんな魔法が得意なんだ?」


「いろいろです。植物の芽とか早く発芽させる魔法と、手から少量の煙を出す魔法に、中でも得意なのは光魔法ですね。小さな光球を一つ出せます」


 聞き方を間違えたのかそれとも彼女がうっかりさんなのか、どう考えてもゴミ魔法ばかりで、戦いに使えるものは何一つなかった。唯一の光魔法は上級魔法だったが光の球をたったひとつしか出せないのなら、せいぜい周囲を照らすのが限界で、攻撃に転用できるレベルではなかった。


 ただそれでも三つの魔法が使えることは魔法使いとしては天才の部類だった。


「戦いで役に立つ魔法はないのか?例えば炎魔法とか使えないのか?」


「そういうのはないですね…」


 たしかに彼女の魔法の素質は天賦のものだったが、エルヴァイスの彼女への魔法の興味は消え去ってしまった。


「よし、お前の分まで俺が戦うからお前は俺に次のターゲットだけ教えてくれればいい、エルドに仇をなす奴ら、エルフを狩る悪い奴らをだ。どのリストの奴だ?俺が狩って来てやるから」


 エルヴァイスが資料を手に取りリストの人物たちを吟味する。


「そんな、私も、エルヴァイス様と一緒に戦わせてください!いざって時は剣を持って闘います!!」


 鍛えたこともなさそうな白く細い腕を振り回していた。あまりにも必死な彼女を横目に見たエルヴァイスはいつのまにか笑っていた。


「分かったよ、じゃあ、その時が来たらよろしく頼む。その代わり俺の背中を刺すなよ?」


「もちろんです!エルヴァイス様にそんなことは絶対にしません!」


 彼女もエルヴァイスとの立場を忘れて笑っていた。


 きっとこういった真面目な彼女のような子を救うためにエルヴァイスはその手を血に染めていたのかもしれない。誰かのために頑張っている君のような素晴らしい人のため、自分が彼らの生きる未来を守ってあげたかったその一心で、そう、そのためなら、どんな相手でも敵に回すことができたのかもしれない。どんな敵にも恐れることなく立ち向かえたのもきっと彼女のような人がいるおかげだった。


「なあ、あんた、名前はなんて言うんだっけ?」


「私の名前ですか?私は…」


 エルヴァイスはその時初めて彼女の名前を耳にした。



 *** *** ***


「ミルケー」


 視界が真っ赤に染まる。それがすべて自分の血であることに驚きを隠せなかった。地面に仰向けに空には青空が広がり、綿のような雲が影を落としては過ぎ去っていく。


 彼女の名前を呟いた時には意識が飛びかけていた。


 何が起こったのかいうまでもなく、エルヴァイスの身体は宙に舞った後地面に叩きつけられていた。

 身体を起こすと、辺りはめちゃくちゃになった王城前の庭園が広がっていた。


 さっきまでの景色は整然と緑溢れる計算された美で整えられた庭園があった。敷地内の城壁から門まで続く、石畳はまっすぐ中央の噴水を通り十字路に広がっては、その別れた先で見せる花園がある区画や彫像が立ち並ぶ区画、澄んだ池と休憩場がある区画など庭園の中だけでも十分一日を使って楽しめるほどのボリュームが詰まっていた。


 しかし、それもハル・シアード・レイのたったひとふりの刀がめちゃくちゃに何もかもを空に舞いあげてしまうまでだった。


 休んでいる暇はなかった。前方から不気味な音が迫ったかと思うと、エルヴァイスはとっさに立ち上がりその場から回避行動を即座にとった。

 その数秒後、エルヴァイスが元いた場所にはすさまじい威力の風が通り抜けた。その風は地面を削り取りながら、エルヴァイスのすぐ横を直進していった。


 そのせいでエルヴァイスは頬を少し切って血を流していた。


 かすっていたから良かったもののあれを全身で受ければただでは済まないことは十分理解できた。

 しかし、エルヴァイスがその殺傷能力を秘めた風を、まるでかわすことはできなかった。なぜなら、回避した先をすでに読み切られており、避けた直後には別の方向から迫ったその死の風に巻き込まれていた。


 今度は直撃だった。全身を切り付けられたような痛みと共に巨大な神獣クラスの獣に突進されたような衝撃が同時にエルヴァイスを襲い、庭園の隅にゴミのように転がった。


「めちゃくちゃ、だな…」


 エルヴァイスがうつぶせに倒れたまま顔だけをあげる。視線の先には無傷の青年がひとりこちらに歩いて来ていた。


 エルヴァイスはボロボロの身体で立ち上がる。白魔法を使うが体に蓄積されたダメージが大きく、上手く自分の身体を治癒できずにいた。


 それでも死神の接近を少しでも遅らせようとあがくことにしたエルヴァイスは、手に炎魔法を宿し、それを放った。


 小さな炎の塊が高速で迫る彼に飛んで行った。


 直後その小さな炎が弾けてエルヴァイスの眼前を赤一色に染め上げた。


 エルヴァイスの扱う魔法はそんじゃそこらの魔導士とはわけが違った。初歩的な炎魔法ですら、かれらなら一度の炎で小さな村程度なら一気に焼き払うことができる威力の力があった。


 そのため、暴風でめちゃくちゃにされた庭園が赤々と燃え上がり、景色が一瞬で炎の渦の中にいるかのように変わってしまった。舞い上がった草花が灰に変わり、炎の雨となって辺りに降り注いだ。


 しかし、それでも死神が止まることはなかった。


 彼に向かって放ったはずの炎が弾けあたりに拡散しているところから見るに、あの巨大な刀の一振りだけで払われたのだろう。最善の対抗手段としての水魔法でもなく単純な腕力だけで乗り切られたのだ。


『ハハッ、すげえな、ほんとあいつ、人間じゃないだろ…』


 身体強化をしたところで限界があるはずなのにまるで彼の周りだけ別世界の法則が働いているようにめちゃくちゃな力を彼は有していた。


 エルヴァイスは、 高火力の炎魔法が防がれてもまだ抗うことをあきらめてはいなかった。


 今度は、逆に大量の水魔法を放ち、自分の身体を彼から遠ざけるために流れを作った。彼の足止めにもなる一石二鳥の作戦だったが、そもそも、周囲に池を生み出せる量の水を出せること自体エルヴァイスの魔導士としての素質がずば抜けている証拠だった。そこに年月も重なってきているとくれば国宝級の魔導士として完成するのは言うまでもない。

 彼の魔法ならば国ひとつ落とせると言われても疑問には思われないほど魔法に長けていた。


 水に流され距離を取ったエルヴァイスは体勢を立て直すため、土魔法で周りに壁を展開した。練り上げられ限界まで凝縮した土魔法による壁は鉄壁そのものだった。


 暗闇の中に白魔法の光が溢れエルヴァイスの身体を癒していく。


『ひとまず、重症の部分からだな…』


 みるみる深い裂傷の跡が塞がっていく。


『だが、すぐにこの壁からも出ないとな…俺を無視してミルケーの元に行かれたら……』


 エルヴァイスは炎、水、風、土の四つの魔法に並びに特殊魔法と天性魔法が扱えた。


 魔法が乏しかった時代に、この四つの魔法並びに特殊魔法と天性魔法を兼ね備えた人が出てくるということは異例であり、当時のエルヴァイスは敵なしではあった。

 しかし、現代では魔法はありふれたものになり、対策も練られては通用しないこともしばしばあった。

 それ以上に長い歴史の間戦闘の面での技術が向上し、魔法と剣技の融合だったり、魔法と使役魔獣の融合、魔法と飛行魔法という圧倒的な機動力の融合など、エルヴァイスの頃からすると多種多様な戦術が生み出されてきた。

 そして、何よりも厄介な魔法が天性魔法並びに特殊魔法だった。膨大な種類と中には対策不可能な魔法まであり、個人によって差はあれど、厄介極まりないものだった。


 エルヴァイスにも天性魔法があり、それが唯一ハルに対抗できる有効な一撃となるものだったのだが、それ以前に近づくことが難しい時点でまずは接近することから考えなければならなかった。


「さて、どうしたものか…」


 思考を巡らせ今後の彼への対策を考えている時だった。

 ふとそこでエルヴァイスは我に返った。


『…ていうか、なんで俺はこんなことしてるんだ……』


 エルヴァイスはミルケーを救うためにこうして必死に戦っていた。しかし、今に思えばそんなことする理由があまりにも希薄であった。


 エルヴァイスはミルケーを救って神になることに興味もなかった。かといってミルケーの背後にいるその神よりも偉い奴を倒して彼女を救ってやる特別な理由もなかった。むしろエルヴァイスは彼女と決着をつけるためにここにいた。殺し損ねた彼女の息の根を止めるためにここに立っているはずであった。


『なんで、俺はあいつを守ってるんだ…』


 彼女を守ると決めた理由は?


 こっちが悪であっちが正義。ふとそんなことが頭をよぎったが、そんなことはもうエルヴァイスからすれば知ったことではなかった。


『どうでもいいだろもうそんなこと、誰が死のうが生きようが、もう俺には関係のないことだろ』


 結局のところエルヴァイスは自分の未来にこれっぽっちも期待していなかった。自分の命は愛する妻であるマロンが死んだときに終わってしまったのだから、これ以上、生きていても後は惰性であり、余暇でしかなかった。

 人生最後まで続く余暇。

 そんな退屈な未来に希望はなかった。


 だから多分、どっちでも良かったからふと顔見知りであったミルケーを選んだのかもしれない。


 エルヴァイスにとって、今目の前で起きている事象すら、どうでもいいことだった。


『じゃあ、なんで俺は戦ってるんだ?』


 答えがでないまま、壁に亀裂が入り光が差し込む。

 鉄壁だった壁が跡形もなく崩れ去った後、エルヴァイスの眼前にハルが現れる。


 エルヴァイスはそのまま彼に片手で首を掴まれて、思いっきり地面に叩きつけられた。まるで軽い羽毛を扱うように軽々とエルヴァイスの身体を地に落とした。衝撃で胸の中の空気が強制的に吐き出され、えずく。


「お遊びは終わりだ。なあ、あんたベッケさんやレイチェルさんの友人なんだろ?なんでミルケー側の肩を持つんだ?」


「…………」


 指摘されても答えられない質問を聞かれると、言葉を失った。


 戦争を知らない甘ったれた英雄に上から説教するため?それもいいだろう。だが、そんなことのために戦っているわけでもなかった。

 ミルケーの背後にいる何者かの正体を突き止め成敗する。それもいいだろう。だが、そんなことをして何になる?ミルケーに感謝してもらう?何を馬鹿な、エルヴァイスはミルケーを今度こそ殺して決着をつけようとしているのに、そんなことをする意味はなかった。


 ただ、そう、それではミルケーを救うためなのか?その決着とやらをつけて殺し、彼女をこの世から消す。


 じゃあ、その後は?


 エルヴァイスの思考の中にじゃあなんでそれをするのか?動機づけが何もかも上手くいかずにがんじがらめになっていた。


 別にこんな最強と言われていた死神の前に無理に立ち塞がらなくても、手は取り合えたはずだった。性格が悪くても、むしろお互いの目的はミルケーと定まっており争う理由は何一つないはずであった。エルヴァイスとてそこまで無益な争いはする人物ではなかった。

 むしろそれがひとりの女性マロンとの出会いで変わったエルヴァイスですらあったのに、頑なに心の奥底の闘争の炎が消えることはなかった。


 何がエルヴァイスをそこまで駆り立てるのか?


 欲のなくなったエルヴァイスが本当に求めているものとはなにか?


「わかんねえな…」


「分からないだと?」


「ああ、いまお前さんと戦ってることに意味はないのかもしれない…」


「じゃあ、なぜ戦う、俺の邪魔をするということは大勢の人が死ぬということなんだぞ?」


「死…」


「ああ、これ以上邪魔をするならお前もここで殺す、わかったか?」


 ハルの右手の刀が白刃を光らせる。


「………」


 その刃の美しさがエルヴァイスを強く引き寄せた。エルヴァイスの目の色が変わる。


「なあ、ハルさん、あんた本当のところどれくらい強いんだ?」


「あ?」


「数年前に俺があんたを剣闘祭で見た時は、もっとこんなもんじゃなかっただろ?」


 エルヴァイスが挑発じみたことを言う。


「何を…」


 それにハルも困惑していた。それも当たり前だった。いまエルヴァイスがそんなこと言える立場では決してなかったからだ。


 見上げる先には必死になっているハルの顔があった。黒い瞳の奥には何かが燻っているようにも見えるし、彼は全体的に焦っているようにも見えた。

 反対にエルヴァイスはどこまでも興味がなさそうな擦り切れた顔を浮かべているだけであった。


「いまのお前が言えるセリフか?俺の下で押さえつけられているお前の?」


「ああ、そうだな、だが少しだけ今自分が生きていることに意味を見出せそうな気がするんだ。それには俺より強い奴が必要だ」


「意味がわからない、お前は何がしたい?」


「確かにそうだな、だが、まあ、なんだもう少しだけ俺はお前と戦ってはっきりと答えを得たいのかもしれないな…」


「時間の無駄だ」


「なあ、こんなこと聞いたことはないか?種族の間には限界を超えられる力があるってこと」


 ハルの顔がエルヴァイスの予期せぬ言葉に苦悶する。


「ああ、人族のお前らにはないんだっけか?」


 エルヴァイスが端的にそう言うと、首を掴まれていたハルの手に自分の手を重ね合わせるとそのまま天性魔法を発動した。


 一瞬の出来事だった。


「なッ!?」


 ハルの手首から下が綺麗に無くなった。まるで手首から下を切り取られたように消滅し、血だけが滴っていた。


 自分の手が無くなったことで一瞬動揺したハルだったが、すぐにエルヴァイスを止めようと大きな刀を振るおうとした。


 しかし、そこでエルヴァイスの口から想定通りの聞きたくはなかった言葉が飛び込んできた。


「狂化」


 攻守が逆転する。

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