古き血脈 開戦
禍々しい刃がミルケーの心臓めがけて躊躇なく振るわれる。その動きを辛うじて見切ることができたエルヴァイスが、突き出された刀を自分の天性魔法で弾いた。
「ヴァイス…」
「ミルケーは安全な場所に避難してろ、こいつは俺が相手をする」
エルヴァイスがミルケーの前に出た。
「待って!本当に彼はそこら辺の奴とは違う。君でも無理だ。私でも相打ちだったんだ。それにいまのあいつは何か前と雰囲気が違う…」
彼女の顔に戸惑いと困惑が浮かぶが、エルヴァイスは構えを解くことを止めなかった。
「さっき誓ったばっかりだろ、お前は俺が守ってやるって」
「そうだけど…」
「だったらここは俺に任せてくれ、なあ、忘れたのか?こう見えても俺はフルブラットの総帥だったんだぜ?」
ミルケーは最後まで渋っていたが、小さく頷くとエルヴァイスを残して城の方に戻っていった。
「つうことで、始めまして、ハル・シアード・レイさん、お初にお目にかかる。俺の名はエルヴァイス・グランターリアだ名前忘れないでいてくれ」
ハルと対峙したエルヴァイスにはいくつもの策があったが、それよりもいま目の前に最強と言われる英雄が現れたことで、かつて、血に染まるまで戦いに明け暮れていた血が騒いでいた。長いブランクがあるとはいえ、かつての己の名に恥じる戦いだけはしないとエルヴァイスにも戦士としての誇りはあった。
しかし、それにしても、彼の殺気はいままで生きてきた中で感じたことのないほど凄まじいもので、エルヴァイスも手に汗握っていた。
「あんたがエルヴァイスなのか?」
「なんだ、俺を知ってるのか?」
「ベッケさんと、レイチェルさんから聞いてる。なあ、さっきのミルケーとは結婚式か?」
「まあな、色々あって」
「敵に寝返ったのか?」
「さて、どうでしょう?」
エルヴァイスは余裕もないのに、白い歯を見せにやりと挑発じみた笑顔を見せた。
「まあ、邪魔するなら、殺すまでだが…」
そう言うとハルが大きな刀を地面に突き刺した。そこでエルヴァイスは目を疑った。その突き刺さった刀の傍にすでにハルの姿は無かった。
気が付けばエルヴァイスの背後にはハルの姿があった。
「これは情けだ。次の俺の質問にしっかり答えろ。曖昧な回答をすれば殺す。敵と分かっても殺す。お前が生き残るためには慎重に言葉を選べ、お前は敵か味方かどっちだ?」
エルヴァイスは笑った。大いに笑った。そこでハルの方に優雅に振り向き言った。
「いいね、なるほど、さすがは英雄と呼ばれるだけはある。素晴らしい運動性能だ。どんな魔法を使ったんだ?」
「質問はこっちがしているのだが?それともうひとつ付け加えるなら俺には時間が無い。いまもみんながこの王都に集結して戦いに参加している。なるべく犠牲者を出したくない。そこをどけてくれるならお前のことは殺さない」
ハルがエルヴァイスを見上げる。その瞳には怒りが宿っていた。
しかし、その言葉を聞いたエルヴァイスは、噴き出すように笑った。
「何がおかしい?」
「いや、すまない。お前の考えは立派なものだなと思って」
「それの何がおかしい」
「だが、まあそうか、お前この時代に生まれて戦争したことないのか?」
「戦争…獣とならあるな、何千何万と」
「そうかじゃあ、人間相手にはないのか?」
「だからなんだ」
彼には苛立ちが募っている様子だった。
エルヴァイスはひとつ咳払いすると言った。
「いいか、ミルケーとぶつかるなら、この街は必ず戦場になる。そして、はっきり言うがここは地獄に早変わりし、犠牲者は大量に出ることになる。それは避けられない」
エルヴァイスは何度も戦火になる街を見て来た。その光景が地獄じゃなかった時など一度もなかった。
「戦争っていうのは何が何でも勝たなくちゃダメなんだ。どんな手段を用いても、一度でも負ければすべてを失うからだ。分かるか?すべて失うんだ。自分の家族も友人も財産も地位も名誉も、組織や国も何もかもだ。お前はその覚悟を背負ってここに立っているのか?」
「…………」
「犠牲者を出したくない…甘い!それは甘すぎる考えだ。俺はがっかりしたぞこの時代の英雄がこの程度の覚悟で戦争に参加しているとはな」
彼は黙ってエルヴァイスの話に耳を傾けていた。その姿勢を褒めてやりたかったが、こんな話をされる前に、ここに来る前に持って来て欲しかった心意気だった。
「いいか、戦場では敵を殺すことだけ考えろ。敵だと分かっているなら迷わないことだ。お前はあの時ミルケーだけを狙って俺に攻撃を弾かれた。だが、あの時、俺もろとも斬るつもりで全力でその刀を振るっていたら俺ごとミルケーを殺せたんじゃないか?」
「エルヴァイス、あんたはおしゃべりが好きなようだな。それで答えは決まったか?」
彼は先程の答えが待ちきれないようだった。エルヴァイスは話の腰を折られたことでむすっとしたが、歳は取りたくないものだと、小さくため息をついた。
「ああ、そうだな、分かった。じゃあ、いまはハルさん、あんたの敵として立ちはだかるとしよう」
「俺の邪魔をするわけだな?」
「ああ、ミルケーの元に行くなら俺を倒してからいけ、それが条件だ」
「くそ、面倒くさい奴だな…」
「悪いな、性格はそんなに良くないとベッケからもお墨付きでね」
ハルとエルヴァイスの本気の殺し合いが始まった。
***
エルヴァイスに逃がしてもらったミルケーは、王城の玉座に座り、すぐさま各地の配下たちと連絡を取り合っていた。
「さて、まずはあそこからだな」
ミルケーは瞳を閉じると、意識を連絡用に街の各地に配置していた自身の複製体である人形に飛ばした。まず意識を飛ばしたところはブロッサーの場所だった。
目を開けると、そこは王都の街にそびえたつ大木の上だった。人形の身体を借りてミルケーはブロッサーを探した。天井は樹冠が広がっており、ミルケーその下の大木の幹の上のデコボコした床を歩いて回った。そして、幹のへりにブロッサーが街を見下ろし様子をうかがっている姿があった。
「ブロッサー」
「ミルケー様!あぁ、ご無事でそちらは大丈夫なのですか?城の真上から結界が割られた衝撃が伝わって来たのですが…」
「こっちは問題ない、それにお前たちが結界の核を守ってくれている間、私は死ぬことは無いからな」
「そうでした。でも、それでも心配でした」
「心配してくれてありがとう、それより、ブロッサー、敵はもうすぐそこまで来てる。どうやら手練れみたいだ。油断するな、私はみんなに指示を出すからここの守りは頼んだぞ?」
「任せてください、ミルケー様のために恥じない働きを!」
ミルケーは役目を終えるとすぐに人形から意識を切断して、次の人形へと意識を飛ばし接続した。
次にミルケーが目覚めた場所は、街中にある一室だった。可愛らしい女の子の部屋で、ミルケーが宿った人形は丁寧にベットに寝かされて保管されていた。
ベットから出て窓の外を見ると、窓一面ピンク色の霧で覆われ景色は遮られていた。部屋から出てすぐのリビングに彼女はいた。
「ピクシア」
「あぁ、ミルケー様!」
走って来たピクシアが抱き着くと、ミルケーは彼女の頭を優しく撫でてあげた。
「心配していたんです。張っていた結界が一気に割れてしまって…」
「私は大丈夫だ。それより、街の北側から敵が接近してきているから迎撃準備を整えておいてくれ」
「分かりました。この命に代えても結界の核はお守りします。ですので、ミルケー様もどうかご無事で…」
「ありがとう、ピクシアも死ぬなよ」
「はい…」
ミルケーは人形から意識を切断し、王座に帰還する。
そして、ミルケーは最後のひとりキリヤの元へと意識を飛ばした。
ミルケーの意識が複製体に飛び目を開けると、そこは豪華な空間が広がっていた。ミルケーは高級な椅子に座っていた。そして、すぐ傍にはキリヤが頭を下げて控えていた。
「キリヤ、どうやら、君はオリジナルのようだね」
「私がオリジナルのキリヤでございます。ミルケー様ご無事で何よりです」
「うん、それより、キリヤ。君の複製体はもう出撃させているようだね?」
「はい、すでに北から攻めてきた賊どもと交戦中です」
キリヤは跪いたまま、深く頭を下げて述べていた。
「手が早くて助かる。引き続き、二人のサポートと核の守護は任せたよ?」
「はい、わが命に代えてでもミルケー様の命令を遂行して見せます」
キリヤが顔をあげ胸に手を当て、ミルケーの瞳を覗き込んでいた。まるでこれで会うのが最後であるかのように彼はミルケーのことを目に焼き付けていた。
「よし、あの英雄のことは私に任せて、どんな手を使ってでも彼は殺しておくから」
そういうとキリヤが唇を引き締めたあと言った。
「わたしも彼に苦痛と死を与えたかったです。ただ、ミルケー様が直々に相手をするというのならば、ここは身を引きます。ですが、どうでしょうサポート役として、私の複製体を王城へ入場する許可をいただけないでしょうか?」
キリヤがそう進言したが、ミルケーは首を横に振った。
「ううん、王城には入ってきちゃダメ、あそこはもう私と彼の居場所だから」
「そうでしたか、これは失礼いたしました。しかし、ミルケー様、万が一あなた様が危険になった際は私も駆け付けてよろしいですよね?」
「キリヤも忘れてる?君が結界の核を守ってくれれば、それだけで私の危険がすごい減るってこと」
「…そうでしたね」
「だから、本当に頼んだよ、私の命は君たちに託してるんだからさ…」
ミルケーが、跪いているキリヤの頬を優しく撫でると、彼はその感触をただじっと感じていた。
「はい、ならばこのキリヤ必ずこの核を死守して見せます」
「よろしくね」
ミルケーはそこで複製体から意識を戻した。
三人の覚悟は決まっていたし、すでに戦況も把握している様子だった。残るは最後にひとりに命令を与えるだけで、ここでの任務は完了だった。
最後に意識を飛ばした場所は、地下牢だった。
「ジャレット目を覚まして、あなたの出番よ」
「ミル…ケー…」
鎖につながれたジャレットは上半身裸でその体には鞭を打った後や、手術痕、さらには不自然な赤い痣などがあった。
「さあ、没落貴族のあなたが人間たちに復讐するチャンスを私が用意してあげたわ、準備して」
「俺はもう…痛いのは嫌だ……」
衰弱しきった彼のか細い声が、地下牢に零れる。
「大丈夫、もう、あなたは完成しているから思う存分魔法を使えるはずよ、それも思いっきり強力な魔法をね、さあ、行きましょう。あなたの可愛い部下も連れてって、私の魔法を解いてあげるから」
「殺して無かったのか?」
「殺すわけないでしょ?彼らはあなたの駒で、あなたは私の駒。利用価値のあるものをみすみす壊すなんてもったいないでしょ?」
「そうか…良かった……」
目を閉じそうになった彼の頬を、ミルケーは強めにひっぱたいた
「よくない、あなた達はこれから戦地に行って英雄になるの、私たちに歯向かう敵を殺して、みんなから褒めてもらう。できるでしょ?」
「ああ、俺は英雄になれるのか…」
「なれるよ、だから今から私の指示にしっかりしたがって」
ミルケーがジャレットの手と足に着いていた鎖を外していく。
「何をすればいい?」
「あなたにはここから少し離れたエルフの森にある拠点を潰して欲しいのできるよね?仲間を率いて壊すのは得意でしょ?」
「得意だ。俺の天性魔法は人を導く力がある……」
疲れ切った掠れた声で彼は自負する。
「そう、あなたの力は凄いわ。だからほら頑張って、英雄になれるチャンスはすぐそこまで来てるわ」
「仲間はどこにいる?」
「そこの階段を上がって行って、あと服はこれを来て恰好は大事よ」
ミルケーが近くの血だらけのテーブルに置いてあった赤い服をジャレットに着させた。
「さあ行って、みんなを先導してあげて」
「俺はどうすればいい……」
ジャレットが虚ろな瞳で床を見つめていた。
「いま街の北には、敵が押し寄せてるから南の出口からエルフの森に入って、そこから敵の拠点を目指して欲しい。場所はキリヤの複製体をひとりつけてあるからその点は心配しないで、敵の拠点に着いたらそこにいる人間たちは皆殺しにして、きっとそこには敵の王女様もいるはずだから、あなた王女様好きだったでしょ?拠点を制圧したらみんなあなたの好きにしていいからね」
「ああ…」
理解したのか分からない返事をしたジャレットは、階段を上がって行った。彼を見届けたミルケーは人形との接続を切った。