いろいろな師匠
腹に痛みが走る中、アストルは空を見上げていた。
「やるね、アストル」
そんな地面に倒れている彼に、ベルドナが手を差し出していた。
アストルは、その手を取り、体を起こす。
「まさか、アストルもやって来るとはね」
「どういうこと?」
「あれ、さっきエウス隊長に私もやられたんだ、最初やられたときは反応できなかったけど、フフ」
二人が話していると、エウスとウィリアムもやってきた。
どうやら、さっきの無様なやられ方を見られたらしく、エウスの顔はニヤニヤしていた。
「アストル、よくできたなさっきの技」
「でも、失敗しました」
「あの技、以外に隙だらけなんだ、初見の相手にびっくりしてもらわないと簡単に対応されるんだ」
「なるほど、確かに簡単に崩されました」
「でも、アストル動きよくなったな」
「本当ですか、実はいろんな人に戦いのコツを教わったんです」
「誰に聞いたの?」
ベルドナが興味津々に聞いた。
「ビナ隊長とガルナ副団長です」
「なるほどな」
エウスも納得して首を縦に振っていた。
「ベルドナさん、次は俺と手合わせしてもらえませんか?」
ウィリアムが横から入って来て言った。
ベルドナの紫の瞳が彼を捉えた。
「いいよ、いいよ!君の剣術、私、結構好きなんだよね、独特の呼吸で学ぶこと多いから!」
その言葉にウィリアムは少し下を向いてしまった。
彼女に抱いていた感情を思い出し、後ろめたい気持ちになってしまっていた。
「どうしたの?」
しかし、そんなウィリアムの心の中などは分かるはずもない彼女は心配そうに彼を見つめる。
『まっすぐな人だ、それに比べ俺は…フフ、そうだな…バカだったな…』
「いえ、手合わせお願いします!」
ウィリアムは己の未熟さを抱えながら、彼女の目をしっかり見てまっすぐに言った。
その後、四人は代わる代わる相手を変え、夕暮れになるまで剣を交えた。
「それじゃあ今日はここまでだな」
「はい、ありがとうございました!」
エウスが声をかけると、ベルドナは気持ちよく返事をした。
残りの二人はお互い背をくっつけて、ぐったり座り込んでいた。
「もう剣が持てん…」
「同じく…」
そんな二人を見て、エウスとベルドナは笑っていた。
四人は剣や防具を片付けるとそのまま解散した。
アストルとウィリアムは寮に戻るため、帰る方向が違うエウスとベルドナとは別れた。
疲れ切った体で二人は寮を目指して歩いて行く。
その途中、何度も涼しく気持ちのいい風が二人の熱い体に吹きつけ帰る気力を保たせた。
いくら防具を着ていたからといって剣を打ち込まれた場所はまだジンジンと痛みが残り、二人とも動きが鈍くなっていた。
結局、今日も二人はベルドナに一撃も浴びせられなかった。
それでも、アストル、そしてウィリアムの顔からも落ち込んだ様子はなく、次にどうやってベルドナそしてエウスに勝つか話し合っていた。
二人が話しこんでいるといつの間にか寮の目の前に到着していた。
「あれ、フィルがいる」
ウィリアムが言うと、遠くにフィルがいるのをアストルも確認した。
「本当だ、おーい、フィル」
アストルがフィルに向かって手を振りながら呼びかけた。
そうするとフィルも二人に気づき、トボトボと足取りおぼつかなく歩いてきた。
彼の顔は疲れ切っていて、全身から滝の様に汗が流れていた。
「アストル、ウィリアム、お疲れ」
「フィルこそ大丈夫か?何してたんだ、訓練場にも顔見せないで」
ウィリアムが言った。
「すまない、ちょっと、師匠から言われたメニューあるの忘れてて、それをこなしてたんだ」
「師匠ってだれだ?」
「ああ、ライキルさんだ」
「ええ!?」
意外な人物に二人は驚いた。
新兵の中でもライキルは話題になっていた。
この旅の中で特に隊長にも任命されてない彼女は、新兵たちとかかわる機会は少なく、謎に包まれている部分が多かった。
さらに、綺麗で強い彼女は新兵たちからも人気で、その美しい外見と普段の物静かな姿や休日に見せる攻めた服装のギャップなどで、一部の新兵たちに熱狂的な支持者がいるほどだった。
「お前、ライキルさんと知り合いだったのか」
「最近、俺の師匠になってもらったんだ」
「ずるいぞ、おまえ」
ウィリアムがフィルのことを睨んだ。
「俺は強くなるために鍛えてもらってんだよ、彼女の筋肉見たことあるか、俺もああなりたいんだよ」
「フィルは筋肉好きだもんね」
アストルがニッコリ笑いながら言った。
「アストルは分かってくれるよな、さすがだぜ」
ウィリアムは釈然としない様子で二人を見ていた。
「なあ、俺にもライキルさん紹介してくれよ」
「ウィリアム、別に俺は構わないが、彼女かなり厳しい人だぞ」
「まじかよ…優しい人だと思ってたのに…」
彼女の意外な一面を聞かされたウィリアムは疲れていた顔がさらにしなびていった。
「でも厳しいだけじゃなく、優しい一面もちゃんとあるぞ!」
「本当か!」
その言葉にほんの少し彼の顔に光明が差した。
「ああ、俺が見た限りではな」
「どういうことだ?」
「ハル団長には微笑ましかったってこと」
「お前が優しくされたわけじゃないんかい!」
「ハハハ、俺は会うたび、ビシバシ鍛えてもらってるからな」
早く疲れを取りたかったアストルは二人より先に寮の方に進んでいた。
「二人とも俺は先に戻ってるぞ、疲れてきたから早くシャワー浴びて寝たいんだ」
二人はアストルの方を向く。
「そうだな、戻るか」
「フィル、あとでもっとライキルさんのこと教えてくれよ」
「どうしようかな」
フィルが意地悪そうな顔して、ふざけた声色で言った。
「貴様もやはり彼女が目当てだったんだな」
「はい、残念、お前とは違いまーす」
疲れた体の残された力を使ってフィルが走りだすと、ウィリアムは彼のあとを追いかけた。
アストルが後ろを振り向くと二人がものすごい勢いでせまっていた。
「うおお!!」
「待て、フィル!絶対、話してもらうからな!」
「ナハハハハハハハ」
そのまま二人はアストルを追い越して行ってしまった。
「二人とも元気だな」
アストルも楽しそう駆ける二人のあとを追った。




