表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
485/781

古き血脈 招集

 砦の中に設けられた無機質な会議室には、大勢の人たちが集まっていた。のっぺりとした白い窓一つ無い空間に、魔法で生み出された光がいくつも浮かんでいた。その部屋の奥には丸い大きな円卓がひとつあった。

 円卓のテーブルには、各組織や国の代表者たちが席に座っていた。そんな彼らの周りでは、その代表者たちの連れ添いの者たちが、忙しなく他の代表たちの話しては、会議室をざわつかせていた。

 そして、さらにその円卓の後ろの出口付近には、この場に招待された市民たちが大勢群れを成しており、彼らは観客として会場を騒がしさに拍車をかけていた。


 円卓に座る代表者はそれぞれ、スフィア王国代表【ジェニメア】、剣聖【アルバーノ】。アスラ帝国代表【ルルク】、剣聖【フォルテ】、【サム】。レイド王国代表、【ルナ】。レイド王国民間武装組織代表【シェイド】、スフィア王国民衆代表【デリンドム】、スフィア王国魔法特別顧問【ベッケ】の九人の代表者たちが席に着いていた。


 ハルはレイド王国代表者であるルナの後ろについていた。傍にはライキル、エウス、ビナ、ガルナがいた。本来レイド王国側であるギゼラが帝国側にいたのを除けば、みんなもこの会議に参加していた。


 会議の内容は王都奪還作戦遂行についてだった。

 早期的な街の復興と安定により、この話がすでに持ち上がっていた。スフィア王国側としても一刻も早く作戦を開始したかったが、この仮拠点の不安さに忙殺され余力が残っていなかった。それが、今回のレイドと帝国の協力で作戦遂行に踏み切る一歩手前までたどり着くことができた。


 そのためようやくこの話題を持ち出せることにスフィアの貴族たちの表情も明るかった。しかし、その中で女王ジェニメアとスフィアの剣聖アルバーノの二人だけは深刻な表情のままだった。


「皆さん今日はこの場にお集まりいただき感謝します。このスフィア王国のためにあと少しだけお力を貸していただきたいのです」


 ジェニメアが簡単に挨拶を述べると、辺りは静かになった。そして、静かになったところで彼女は早速本題に入った。


「私たちのここでの最終任務は王都奪還だということは皆さんにもご理解頂いていると思われます。今日は皆さんにそのことを伝えるために集まってもらいました」


 会議室がざわつきを取り戻し、そこには歓喜の声や、戸惑いの声、不安を吐き出す声など、様々な感情が入り乱れた声が上がった。


 ジェニメアがひとつ咳払いをし、ざわめき立つ会場を静めた。


「我がスフィア王国は、逆賊たちに王都への侵攻を許し、エルフと人々の良き交流の場となっていた聖地を手放すことになってしまいました。エルフはドワーフ同様、長い間他種族との間に距離を取って独立していた国でした。時代によってエルフは、エルフ以外の多種族を絶対に許さない者たちもいました。それがエルフの中でも純血主義と呼ばれる者たちでした」


 彼女の話を注意深く聞いていたベッケの表情が少しばかり険しくなり、レイチェルの表情は曇天のように曇っていた。


「彼らは他種族はもちろん、そして、その他種族と共に生きると決めた者たちですら許しませんでした。つまり裏切り者たちは全員彼らにとっては敵だったのです。それは彼らの間に生まれた子供たちもそうです。他種族の血が混じったエルフも迫害など弱い立場に置かれることになりました」


 ジェニメアが短く息継ぎをし、決意を込めた瞳であたりを見渡した。


「純潔のエルフは金色の髪に澄んだ青い瞳を持つ者とされていました。ですが、どうでしょう、そのようなエルフはここにごく少数しかいません。女王である私も瞳が灰色で純潔ではありません。純血主義とは遥か昔にあった優生思想であり、差別が生んだ負の遺産です。今回の我々の敵もその優生思想に取りつかれた亡者であるということを皆さんには知っておいて欲しいのです」


 大きく息を吸い込んだジェニメアがはっきりと敵の名を告げる。


「我々の敵は古き時代から続く純血主義を掲げてきたフルブラットという組織です」


 会場がそこで再びざわめき始めた。ある者たちはその名を知っていたのだろう、顔をこわばらせていた。それは裏社会に君臨する四大犯罪組織の名の一つだったからだ。

 けれど、反対にここに招待された数少ない民衆たちは、その組織の名前を聞いても首を傾げるだけだった。犯罪組織があることすら知らない無垢な者たちだった。


「彼らは邪悪極まる殺戮集団です。エルフが生み出した過去最大の汚点です。彼らほど野蛮な者たちはいません…」


 ジェニメアが敵を定めるためにフルブラットのことを故意に貶めた。


「いいですか、我々は憎き敵であるフルブラットを排除し、エルフと他種族が協和を目指したあの美しい王都を取り戻さなければなりません!」


 ジェニメアの力強い声が会議室に響いた。


「そうだ」


「敵はフルブラット…」


「俺たちの街を取り戻すんだ!」


「俺たちが力を貸します!」


 最初に周りの何も知らない民衆たちから声が上がった。明確な敵が、分かり人々はそれを目の敵に団結しようとしていた。


「フルブラットとはまた深い闇が顔を出した…」


「我々だけで裏社会の闇を晴らせるのか?」


「私たちは共存を選んだあの美しい街を取り戻す義務があるわ」


「もうやるしか我々に未来はないぞ!」


 見た目からは分からない老齢のエルフの貴族たちも、これまた見た目からでは判断できない若い民衆たちに息を合わせる形で希望を持っていた。


「ああ、俺たちの手で取り戻そう。王都エアロを!!」


 室内は無礼を承知で、エルフも人も超えみんなで団結していた。この場にいる誰もが友となり、同じ目的に沿って進む仲間となった。全員が感情のままに打ち滅ぼすべき敵に対して罵声を浴びせては、憎んでいた。

 女王の扇動は上手くいった。もともと現状にみんな不満を持っていた。追い詰められた人間たちつまり大衆を誘導することは彼らに彼らが抱えている問題にもっともらしい答えを示してやることだった。だから、誘導は容易かった。


 だが、活気づく会場でひとり反発するように険しい顔で意見する者がいた。その者が口を出すことはこの現状であまり好ましくなかったが、それでも彼は言った。


「本当にフルブラットなのでしょうか?」


 声をあげたのはベッケだった。

 その一言は会場を一気に冷めさせた。熱せられた石に大量の冷や水を掛けるかのように、熱くなっていた人々の心を冷却した。


「陛下、本当に敵はフルブラットなのですか?」


「ちょっと、ベッケ…」


 レイチェルが彼を止めようとするが、彼の純粋な青い瞳がそれを許さなかった。


「そもそも、陛下もフルブラットの本当の歴史をご存知なのでしょうか?」


 その挑発めいた彼の発言にも、感情に任せず女王ジェニメアは逡巡を巡らせた。ベッケがここで発言する意図を彼女なりに読み解きたいように見えていた。


 しかし、周りの人々はそれを許さなかった。湧きたっていた感情を殺されたことで、ここに出席していた民衆たちは怒っていた。会議室の五割を超える人々が、ここに招待されたスフィア王国王都エアロの庶民だった。彼らは当事者であり、この会議に参加する資格があった。だから呼ばれていた。発言権もしっかりあった。もちろん、その中でも選ばれた代表者だけが、椅子に座り直接女王などの特権者たちに発言できたのだが、この時はそのルールが守られることは無かった。特に怒っていたのは混血のエルフたちだった。と言ってもほとんどが混血で誰もがカラフルな瞳の色をしていた。


「貴様、まさか純血主義の肩を持つ気なのか?」


「見て、彼は純潔だわ…」


「女王様、彼はなぜ円卓に座っているのですか?」


「ここに純血主義者がいるぞ…」


「追い出せ!」


 避難の声が上がりやがてそれが後ろの観客席にも伝播し、ベッケへの非難の声が集中した。


 しかし、ベッケが話しているのはあくまで女王だった。


「——陛下、お答えください」


 罵声が飛び交う中、ベッケの酷く澄んだ瞳は微動だにしなかった。その瞳に反発するようにジェニメアは言った。


「ベッケさん、あなたも純潔主義者なのですか?」


「私にはもう純血主義という思想が必要がなくなったんです…だからその考え方は捨てました」


「嘘だ!!そいつは嘘をついたぞ!!」


 誰かが叫んだ。ベッケの綺麗な金髪と曇りひとつない青空と同じ瞳を見て言っているのだろう。誰もがそうとしか取れない状況に流されていた。


「本当のフルブラットは、純血主義に囚われた殺戮集団なんかじゃなかった。本当のフルブラットは、たったひとりの男が始めた。弱き立場の人々を守るために作り上げた自警団でした…」


「そのようなこと、エルフの歴史書には一切書かれていませんでしたが?」


「本というものは書き手によって自在に過去を変えられます。しかし、この目で見て来た記憶に噓偽りはありません。瞳は否応なしに現実だけを映します…」


 ベッケが決意と共に女王を見つめる。


「この噓つき野郎!敵の肩を持つとは、今回で何人死んだかお前知ってるのか!」


 罵声が一層酷くなり、民衆たちは今にもベッケに襲い掛かろうと殺気立っていた。


「まさか…では、あなたは……」


 女王ジェニメアがベッケの本当の正体に気づき、目を見開く。


「ええ、私は、元フルブラットの人間です」


 それだけベッケが言い放つと、民衆たちの代表の後ろにいた市民たちの殺意が爆発した。あらゆる場所でぶつぶつと声が聞こえてきた。それはベッケを殺そうと強力な魔法を発動するための詠唱だった。


「みんなを止めさせて!」


 ジェニメアが近くの衛兵たちに叫ぶが、もうすでに遅かった。何人かの覚悟を決めたエルフたちが飛び出しベッケに向かって魔法を放っていた。炎が吹き荒れ、水が弾丸になって、風が刃となってベッケに襲い掛かった。

 ベッケは彼らの怒りに対して何の処置も取らずにいた。だが、その憎しみがこもった魔法は一瞬でかき消された。

 ベッケの背後からとっさに飛び出し、テーブルの上に乗ったレイチェルが飛んで来た貧弱な魔法たちを拳で叩き落した。


「うちの旦那に手を出す奴は誰だろうと許さない。顔の形が変わるまで殴ってやるから出てこい…」


 レイチェルの冷静さと殺気に満ち溢れた目が、周囲の人々の顔を睥睨し、誰の顔を最初に歪めてやろうか見定めていた。


 だが、その前にすぐにジェニメアの傍にいた数人の衛兵たちが暴走した市民たちにとびかかり、地面に組付け拘束した。


 剣聖アルバーノと、スフィアの護衛たちは、ジェニメアを囲い守るように彼女の傍に来て、その争いを見守った。

 武器を所持しているのは、円卓の代表者と側近たちだけであり、他の者たちができることは己の肉体か魔法の二つのみだけだった。


 それでも、庶民たちが抱いた憎悪の奔流は留まることを知らない。例え武器が無くても失った愛する人たちの仇を討つため、彼らは必死になって憎悪の対象となったベッケに同じ苦しみを与えようとしていた。


「そいつがうちの亭主を殺したのよ!!」


 地面に組み伏せられていた女のエルフが叫んだ。


「ベッケは、街のみんなを守ってた!殺したのは別の奴だ、お前らも見ただろ…翼を持ったエルフを…」


 レイチェルの説得も怒りに我を忘れた者たちには届くことはない。


「そいつが今、自分で白状したんだぞ!!」


 他の地面に組み伏せられている一般市民の男のエルフが叫んだ。


「そうだ、そいつを吊るせ!みんなに見せしめにするんだ!!みんな、ここに街を襲った張本人がいるぞ!手を貸してくれ!!!恨みを晴らすんだ!!」


 組み伏せられていた庶民のエルフが、衛兵を払いのけそう叫んだ。その扇動が観客たちに波紋のように広がる。


「野蛮な…」


 レイチェルが毒づいた後、ベッケに振り向いた。


「ベッケ、なんでこんな余計なことをしたのか後で説明してよね」


「………」


 会場全体がパニック状態になり、市民たちは逃げだす人と憎しみを解放するために戦闘態勢に参加する人たちに分かれた。会議室の扉は開け放たれ、逃げる人と緊急事態に入って来る衛兵たちでごった返していた。


「妻の仇だあいつは!!俺が殺さなきゃいけないんだ…」


「お前ら、ここには女王もいるんだぞ!!」


「許さない、お前、こっちに来い!!殺してやる!!!」


「衛兵は全員手を貸せ、暴動を取り押さえろ!市民にケガはさせるなよ!」


「全員殺してやる!!!」


「みんな冷静に話し合おう、ここで仲間割れしても意味ないだろ!」


「敵はそこにいるだろ!!!」


 会議室は混沌を極めていた。暴動を起こした市民たちが円卓に向かって押し寄せる。衛兵たちが壁となって取り押さえるが、数は招待された市民たちの方が圧倒的に多いため、衛兵たちの壁をかいくぐって、円卓に近づく者が現れ始めた。彼らは円卓にいるベッケに向かって、魔法を放ち始め、レイチェルが防戦に回っていた。


 しかし、そんな緊急事態であるにも関わらず、剣聖アルバーノ以外の円卓に座る者たちは動じることなく、誰も席を立つ者はいなかった。


 会議室が殺伐とし殺気に満ちている中、ルナは退屈そうにその騒動を頬杖を突きながら眺めていた。身を震わせることもない緩い殺気と魔法が飛び交っているが、彼女は呑気にあくびをしていた。ルナ含め円卓に座る者たちは実力者ぞろいであり、一部の一般市民が暴動を起こした程度で慌てるような器の者たちではなかった。


「ルナ、この暴動を止めてあげて…」


 だが、そんなルナでも後ろから聞きなれた小声が耳に届くと、彼女は背筋を伸ばして一気に緊張していた。


「はい、手段はどうしますか?ひとりくらい犠牲になってもらいますか?」


「犠牲者は出さないで、お願いしたいんだけど、できるかな?」


「できます」


 観客席の方から敵意をむき出しにして飛び込んでくる市民たち、円卓を降り彼らと対峙するレイチェル。

 怒り狂った市民たちとレイチェルがぶつかり合おうとした時のことだった。


 ルナの人差し指が、観客席にいた者たちに向かって下に向いた。


 その瞬間、円卓にいた者たちを除いた、会場にいたすべての者たちが、地面に強制的に伏せることになった。何人たりとも立ち上がることを許されなかった。


 ルナがその光景を円卓に座りながら退屈そうに眺めていると、後ろからまた囁くように声が掛かった。


「ありがとう、ルナ。犠牲を出さずに偉かったね」


 耳に触れた声に、ルナは顔を酷く緩ませにやけていた。だがすぐに切り替えて、ルナはジェニメアに視線を送った。そのアイコンタクトだけですべてを察した女王ジェニメアがすぐに行動を起こした。

 彼女は円卓の前に走っていき、地面に貼り付けにされている、怒りに染まった民衆に語り掛けた。


「皆さん、どうか落ち着いて話を聞いてください。皆さんの怒りや憎しみも分かります。ですが、いつだって自分たちが見ていたこと、知ったことが、真実だとは限りません。彼はベッケさんは、私の命を救ってくれた恩人のひとりなんです。どうかここは私に免じて怒りを抑えていただきませんか?どうか、どうかお願いします…」


 会議室の中で、女王が民衆に頭を下げていた。


 静まり返った会議室にはその後、ルナの天性魔法が解除され、自由の身になった人々が立ち上がった。そして、会場には沈黙と多くのすすり泣く声で、埋め尽くされた。失った大切な者を悲しむ人たちが溢れ、慰めなどが彼らに届くことはなかった。だが、自分たちの女王が頭を下げ、願い乞う姿を見てしまった以上、暴力という手段に走る者はいなかった。


 会場に血は一滴も流れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ