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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 到着

 潰したはずの目が治ったのはルナが白魔法を掛けてくれたおかげだった。ライキルの絶叫を聞いて飛んで来てくれたのだ。ハルはその時、意識はしっかりとあったが、ルナがハルたちの部屋に入って来たことに気づくことはできなかった。視界は当たり前だが真っ暗で、ライキルに大丈夫だよとなだめていたのだが、今思えば自分の目を潰した人間が人をなだめられるはずがないことに気づけないくらいには壊れていたのかもしれない。それでもその時のハルは、ライキルにどうにか落ち着いてもらおうと必死だった。自分は大丈夫だと伝えたかった。目が潰れているがこれは君が化け物に見えないための仕方のない処置なんだと。しかし、そんな異常事態もルナの登場で終息することになったのは言わずもがなであった。


 あれから三日が経った。目が元通りになってからもみんなの様子はちっとも変わらなかった。みんなが非情になったわけではない、知らなかったのだ。

 目を潰してすぐそばにある医療棟に安静のため入院していたが、ライキルとルナの二人がその情報を遮断していた。そのため、ハルが一日入院していたことなど彼女たちの周りで知る者はあの日現場に居合わせたガルナだけだった。だが、そのガルナも一日経ってハルが戻って来るといつもと変わらない様子で「どこに行っていたんだ?」と聞いてくるといった具合であり、ハルの生活サイクルもすぐに元通りになった。

 あれから瞳も元の青いままで、体に不調すら一切なかった。人が肉の塊にも見えなければ、不快な音も嫌悪感も五感で感じる何もかもが正常に機能していた。


 変わった事と言えば、この復興拠点が再び不死鳥のごとく復活の兆しを見せていることだった。

 この件を任せていたルナに聞いたところ、レイドから迅速に大量の物資が供給され続けているようで、一日を通して物資を運ぶ荷馬車が絶えないと話していた。彼女曰く、「すぐに持ってくるように言ったから当然ね!」と豪語していたが、一体どんな恐怖政治を敷けばこんな昼夜問わず人々を動かすような真似ができるのか?金か、暴力か、脅しか?きっとよくないことは確かで、その方法を知りたいようで、知りたくないような複雑な気持ちだった。


 ハルはそれからの三日間をまた、街に出てルナの演説を影の中から見守りつつ、人々が荷馬車に群がるのを見守った。三日間の間でハルは、見覚えのある二人組を見かけたが声は掛けなかった。


 時間はどんどん過ぎて行き、気が付けば再び三日が経っていた。仮拠点での生活が長くなるたびに、物資は増え、仮拠点にある砦の前に広がる街の様子も、最初にここに来た時と遜色ないほど復興が進んでいた。街の人たちもテント暮らしから木造の長屋に順番に移り住んでは、一時的に居住権を獲得していた。エルフだけではなく、レイド王国から来た人たちで溢れかえった。武装してはいたが、それはお互いを傷つけるための武器ではなく、互いをこの街を守るための力だった。


 下町は賑わいを見せていた。下町が潤えば当然、貴族たちが住む砦の生活も潤った。毎日昼夜問わず到着する荷馬車には食料に限らず、生活の質を上げる日常品も積まれていた。

 ハルたちの泊る半壊した宿も、改装工事が行われ、前よりもずっと過ごしやすい部屋に早変わりした。ハルの三人の部屋は隣の部屋の壁を取っ払い、広い空間を設け、三人で過ごすにはちょうど良い間取りになった。ベットなど家具など次々と生活に必要な物資が運び込まれ、生活の水準は安定した。

 半壊した宿はハルたちやベッケたちを入れてもまだ部屋は空いていたが、砦周りには来客用の宿が乱立し、新しく人々を迎える準備に取り掛かっていた。どうやらそれは、スフィア王国の女王ジェニメアが、国の政策を援助を受ける立ち回りをするようになってから、外交に力を入れているように方向転換をしたようで、彼女に常に会食に呼び出されるルナのうんざりしている顔が何度も見ることになった。

 ルナは英雄としてよくやっていた。人々の心を掴みその名はこの仮拠点の間のほぼすべての人に周知されるほど、彼女は愛され尊敬され始めていた。ハルはそれを良しとしては、彼女のサポートに徹した。


 街は人手が急激に増えたことで、ライキル、エウス、ビナたちも稽古に集中できるようになった。彼らも用が無い時は砦の敷地内で過ごすようになり、ハルも安心することができた。砦の中は街に比べたら不確定要素も少ない。人も多い街では何が起こるか分からない。そんな場所にいるよりかは敷地内にいて欲しかった。

 夜はみんなで宿の前の外に出て食事をした。建物を改装する際に、宿の傍に屋根をつけてもらい、そこにテーブルと椅子を運んでは、夜はみんなで集まって食事をすることが通例になっていた。夜の食事はハルの楽しみになっていた。ライキルたちや心を許した友人たちと囲む食卓の中では自然と笑顔も増えた。

 そのように、ハルの生活は同じことの繰り返しとなった。昼間はルナと共に動き、夜はライキルたちと過ごす。そうして、重ねた日々の中では街は成長し、反撃の狼煙をあげる準備は着々と整っていた。

 まだまだところどころに問題を引きずっていたハルだったが、それでも生活は安定していた。結局、このまま、何も起こらずに、ハルはこの発展途上の幸せが続いて欲しかった。それは疑似的幸福であり、この状態で、この場所に留まる限り本当の幸せを得ることはできないが、そう、ハルのここでの生き方は充実していた。みんなもそうだった。いつの間にか、ここの小さな希望が詰まった暮らしを心地よく感じており、誰もが本来の目的から目を逸らしそうにまでなっていた。


 ただ、それも赤い鱗を身にまとった翼竜たちが現れることで、雲行きが怪しくなっていくことと、覚悟を決めなければならないことに、気づかされるのだった。



 ***



 それはいつものようにルナの物資配りと演説を人気の無い屋上から見守っている時だった。


 ハルの身体に影が落ちた。頭上を見上げると、冬空の青い空を赤で埋め尽くす竜の大群が現れた。その竜たちの中には〈龍の紋様〉が施された国旗が掲げられていた。


「帝国の竜か…」


 ハルが空を見上げていると、その赤い翼竜たちはこの仮拠点で一番大きく固い壁に囲まれた砦に吸い込まれるように降下していった。


 ハルが下の広場で物資を配っていたルナに視線を送ると、彼女もすぐに気が付き深く頷いた。ルナは物資配りを他の者たちに任せ、彼女を崇めていた群衆に適当な希望の言葉を残した後、すぐに砦を目指していた。

 それを見たハルも彼女の後を追った。



 砦の敷地内に着くと、砦のまえは占領されてしまったかのように赤い竜と帝国の騎士たちで埋め尽くされていた。

 ハルは深々とローブを被り、砦に向かうルナの後ろに着いた。


「帝国の騎士ですね」


「おそらく、サムさんが要請した援軍だ。それにしても数が少ない。地上部隊とは別働隊なのか…」


 ハルとルナのあたりにいる赤い竜たちはせいぜい三十頭とそこらであり、これで援軍とするならばあまりにも微々たる戦力であり、話にならなかった。


 ハルの前を歩くルナが首を振りながら、周りの騎士たちの装備に目を光らせていた。身に着けている重装の鎧は全員赤で統一されていた。その鎧は豪華な装飾が施されており、帝国の職人の技能の高さがうかがえた。そして、彼らが所持している武器も剣だけではなく、竜乗りが愛用する投げ槍など多種多様であり、それらの武器も鎧と同じように派手な装飾が施されているものばかりだった。


「ここにいるのは戦う兵じゃないみたい。装備も一級品だけど戦闘用の武器ではない…」


 さらにルナは立ち振る舞い、彼女の経験からくる慧眼で、この場にいる者たちの実力を看破していた。


「鎧を統一しているのも、帝国が救いに来たってイメージを植え付けるためのようですね」


 ルナが得意そうに言う。


「そうだね、それよりも帝国が誰を寄こしたのか知りたい、急ごう」


 扉の前にたどり着いたハルとルナは、砦の扉が門番たちに開けられると中に入っていった。



 *** 



 砦の中を歩くルナたちの前の道は自然と人が避けていった。ルナはこの砦の中でもすでに人々に畏敬の念を示されていた。ハルとルナは、スフィア王国の女王ジェニメアがいる謁見の間に直行した。


 謁見の間に入ると、そこには三人の帝国兵がいた。二人は先ほどの赤い鎧を身にまとっていたが、先頭に立って女王と話している男は、一人だけ黒い軽装鎧に身を包み機能性に溢れていた。


「長旅ご苦労様です。その苦労をねぎらう前に率直にお聞きしたいことがあります」


「何でしょうか?」


 ハル達が話している二人の元に歩いて近づく。そこからではまだ先頭にいる男の姿は後ろ姿しか見えなかった。


「帝国の援軍の規模はどれくらいなのでしょうか?」


「そうですね、ここに到着した竜四十一頭と、騎士三十五名です」


「それですべてですか?」


「ええ、帝国の援軍はこれで打ち止めです」


 男がそう言うと女王が顔をゆがめた後、肩を落とした。


「分かりました。援軍ありがとうございます。力になっていただけるだけで私たちはあなた達を歓迎します。部屋を用意します。すぐに彼らを案内して」


 女王ジェニメアが近くの側近に指示を出した時だった。


「お待ちください、陛下。ここに来る途中に一人我々の部隊からはぐれた愚か者がいます」


「どういうことですか?」


「その男は陛下、本来貴方に一番最初に挨拶を申し上げるべき人物だったのですが」


「私に愚か者と話す時間はありません。ここは戦場と変わりないのです」


 女王ジェニメアが少ない援軍の腹いせなのか少しばかり立腹している様子だったが、男は彼女の苛立ちに対しても冷静に対処していた。


「ええ、ですが、その男は愚かなのですが、非常に武勇に優れている男で必ず陛下のお力になれるはずです」


「ほう、それは一体誰なのですか?」


 男の言葉に、ジェニメアの興味がほんの少しそそられそう尋ねていると。


 そこでようやく、ルナが男たちの横にたどり着き、ハルもその話している男の横顔が見れた。


「このスフィア王国には現在、帝国の第二剣聖フォルテ・クレール・ナキアが参上しております」


 その男はハルも良く知る男だった。


 前髪に掛かったふわりとした黒髪から覗かせる、女性を引き付ける甘い顔立ちは童顔で、女王にも臆さない彼の姿は凛々しく男らしくもあった。そんな彼はアスラ帝国の〈エルガー騎士団〉副団長【ルルク・アクシム】がそこにいた。


『ルルクさん……』


 ルナの後ろでハルは息を殺していた。

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