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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 許せない自分

 広々としたテントの中、地べたに布を敷いて、その上に三人で火にかけた鍋を囲っていた。鍋の中ではトロトロのチーズが焦げないように弱火で時々かき混ぜられていた、そのチーズも今日物資の中で配れたもので、ハルが受け取ったものだった。鍋の中にパンのかけらを浸しひとくちで口の中に運ぶと、あまりの美味しさに笑顔がこぼれた。久々のまともな食事だった。ロップが酒が無いのが惜しいと言っていた。


「そういえば、ハルさんってどこ出身なんですか?」


 プラリツがとろけるチーズの海に柔らかいパンを浸しながら言った。


「俺はレイド出身です」


「レイドですか…そういえば数年前にレイドでも何回か王都で悲惨な事件があったと聞きましたが、ハルさんのご家族などは大丈夫だったのですか?」


 プラリツが言っているのは、五年前と二年前の神獣によるレイド襲撃事件のことだった。どちらもハルが治めた事件だったが、いまだになぜレイドが襲撃されたのかは謎のままであり、さらにこのハルを忘れ去ってしまった世界では、どのような歴史として綴られているのか今のハルには分からなかった。


「ええ、俺の家族は全員無事でした…」


 ハルはそこで一人の少女のことを思い出す。彼女はこの世界でどうなったのだろうか?もしかしたら、世界がハルを忘れたことで彼女も生きているという可能性はないだろうか?レイド襲撃時に助けられなかった。ハルの小さな友人。


「プラリツ、そう無理に暗い話に持って行かなくてもいいんじゃないかな?ハルさん沈んじゃってるんだけど?」


 楽しくなるはずの夕食を台無しにされたロップが、彼女に向かってムスっとした顔で咎めていた。ハルも気づけば食べかけのパンを掴んだまま宙ぶらりんで、止まっていた。


「ごめんなさい、それもそうね、場にそぐわないことを聞いたわ。今日は久々におめでたい日で、みんな盛り上がってるのに…」


 テントの外からも隣人たちの楽し気な和気あいあいとした声が冬空の元響き渡っていた。


「いえ、俺の方こそ、ロップさんの貴重な人生談とか、お二人の素敵な出会いとかいろいろ聞かせてもらったので、俺も自分の話せることは何でもはなしますよ。ただ俺の場合はあんまりおもしろくないですがね…」


 正体を明かしたところで二人に信じてもらえるはずもなく、ハルは自分が孤児院育ちでただの騎士だというていにして、話を進めることにした。レイドの剣聖だったと言ってもその証拠はどこにもないのだから、それは嘘になってしまう。

 ちなみに、もう二人には自分がハル・シアードだと名乗っており、特名の部分は伏せていた。そして、現在は冒険者として活動しているという、とっさに着いた嘘も引きずっていた。

 レイドの騎士として、自国の冒険者ギルドを利用することは多かったが、冒険者ギルドに登録まではしていなかった。自国のギルドであれば、たいてい話は通ったからだ。特に剣聖だった頃であれば依頼を優先して回してくれるなどとても優遇されていた。しかし、それももう過去の話であった。騎士でも冒険者でもなくなったハルは、ただのボランティアでしかなく地位も名誉も財産までも空っぽの浮浪者であった。

 手元に残っているのは莫大な力と愛する人たちだけだった。


「聞きたいです。俺、レイドには行ったことないんです。どんな街なんですか?」


 ロップが興味深そうに尋ねて来た。彼の元職業柄他人の話を聞くのが好きなのだろう。


「レイドの王都は特に過ごしやすい土地です。街の中央には大きな丘があってその上に大きな城が立っていて、街のどこにいてもその立派な城は見えるんです。街のシンボルにもなってますね」


「ノヴァ・グローリアね?」


「そうです。よく知ってましたね…」


「長く生きてると、知っていることは多いわ」


 プラリツが得意げな顔をした後、愉快そうに笑っていた。ハルはレイドの魅力を語り続ける。


「王都の街の周囲には、高い外壁があるのも魅力の一つですね。さっきも言った通り、神獣の襲撃が二度もあって今ではさらに高い壁を築いてるはずです。その外壁から街を眺めるツアーもあるんで行ってみるといいですよ」


 そこからハルは自分の経験からレイドの王都がどれだけ魅力的か語った。

 巨大な花園があり、そこでは一年中多種多様な花が咲き乱れていることや、一日に10個限定のとびきり美味しいパン屋があること、この大陸に初めて剣聖という概念を生み出したレイ・ホーテンの博物館があること、塔の上にあるおしゃれなバーがあること、剣聖が世代を交代するときや、春になると剣聖祭という三日間のお祭りがあるということ、まだまだ語りつくしたいレイドの魅力はあったが、ハルはそこでひと息ついて、のこりのパンを口に頬張った。


「プラリツ、この避難生活が終わって落ち着いたら、今度二人でレイドに行ってみようよ」


「いいかもしれないわね、私もレイドの王都には行ったことが無かったから、楽しみだわ」


 三人の空腹も満たされると、食事よりも会話が増えていた。故郷愛の強いハルにすっかり魅了された二人は、すでにもうハルのことを友人として迎え入れてくれていた。今日会ったばかりなのにまるで懐かしい友人同士の会話のように、話が尽きることはなかった。そして、夜もだいぶ深まって来たころ、ハルはその時点でまだ聞いていなかったプラリツの生い立ちが聞きたくなり、尋ねた。


「そういえば、プラリツさんの生い立ちをまだ聞いてませんでしたね。聞いてもいいですか?」


「うーん、私のは二人と違って面白くないからいいよ」


「そうですか、聞いてみたかったですけど、残念です…」


 ハルは残りわずかとなったパンに手を伸ばす。それ以上ハルは追求せずにチーズパンを幸せそうな顔で嚙み砕いていた。やはりチーズとパンの組み合わせは最高だった。こんな避難所で食べれるとは想像もつかなかった。


「フフッ、ハルさんのそういうところ私は気に入ったわ」


「え、何がですか?」


 急にそんなこと言われたハルは内心慌てた。


「寄り添ってくれるけど、相手の嫌なところを深く詮索しないところ。君は人との距離間をちゃんとわきまえている」


「俺は別にそんな無理に話してもらって、この場の雰囲気が悪くなると思っただけなので…」


「それがいいのよ。中にはいるのよ。相手の嫌な部分にもズケズケと踏み込んでくる奴が、私はそういう人間を何人も見て来た。その点、ハルさんもロップも話していて気持ちがいいし、余計な警戒をしなくて済む…」


「プラリツ、最初ハルさんのことすごい警戒してなかったっけ?」


 ロップが意地悪そうな顔で言うと、彼女は気まずそうに答えた。


「誰だって初対面の人には警戒するでしょ。ロップ、あなたがおかしいのよ?みんなにやさしくしすぎなの。たまには人を疑うことを覚えなさい」


「嫌いになるより、好きになった方がずっと楽で生きやすいよ。俺はそうやって生きて来た」


「その生き方は危ういと思うんだけど…、なんていうか、否定もできないのよね…」


 プラリツは不服そうな顔をした後言った。


「ハルさんはどう思う?」


「俺ですか…?」


 急な質問の受け渡しにハルは焦った。


「俺は、そうですね…」


 翼を生やした金色のエルフの姿が一番最初に思い浮かんだ。彼を好きになれるかと言われたら無理だった。今度出会ったら確実に殺すこと以外選択肢が残されていないぐらい、決定的に答えは決まっていた。


「難しいと思います。生きていれば必ず相性の悪い人とも出会います。だから、俺は自分の愛する人たちと少しでも長く一緒に居たいってそう思いますね…」


「確かに、私もそうね。そりが合わない人といるよりかは、ロップやハルさんのような人たちと一緒に居た方が有意義な時間と言えるわ」


 しかし、そんな二人に最後まで反対していたのはロップだった。


「まだ全然生きてない俺から言わせてもらうけど、二人とも誰かを見限るのが早いんじゃない?プラリツだって今日初めてハルさんと会った時、攻撃しようとまでしてたでしょ?だけど、今はこうして、夕食を囲んでる。だから、俺は分かり合えると思うんだよね人と人はさ…」


 その時、なぜか、ハルの中でこの場で湧き上がってはいけない感情に襲われてしまった。何がトリガーだったのかは分からないけれど、ロップのその言葉を聞いた時ハルの中で酷い拒絶反応が起こっていた。


「すみません、ちょっと、外に出て風に当たってきますね…」


「え、あ、はい。トイレとかなら近くの看板を目印に辿ればつくから」


 ロップが親切にそう言った。


「ありがとうございます…」


 礼を言ったハルはすぐに二人がいたテントから出て、人気が無い場所を探した。一面にテントが広がる広場を離れ、ひとり森の中に入っていった。深いもの中をひとり誰もいない闇の中を突き進んだ。

 やがて、人々の声と明かりが遠ざかり静寂が訪れると、ハルはその場にしゃがみこんだ。


 そして、頭の中で言葉が響いた。


『人と人は分かり合えない。人は人を裏切る。人は人を騙す。人は罪を犯し、人は人を殺す。許してはならない。信じた先にあるのは永遠の喪失のみ。決して心を許してはならない。人は邪悪。お前に災いを持ち運ぶ邪悪だ。彼らの言葉はすべて悪魔のささやき。耳を貸してはいけない。お前が終わらせなければならない。お前の手でそれはお前にしかできない。愛する人のためだ。それでいい』


 それは自分の言葉だった。紛れもなく自分の内からあふれ出たものだった。


 ハルの動機のような焦りもすっかり収まり冷静さを取り戻していた。


「人と人は分かり合えない…分かってる。分かってるよ、だから俺にはライキルがいる……」


 ハルはそれだけ呟くとすぐに二人がいるテントに引き返した。


「すみません、ちょっと、トイレに行ってまして…」


「そうだったんですね、そうだ。今日はもう遅いからここに泊まっていきませんか?ちゃんと寝袋もあるんです。どうですか?」


 ハルは少しだけ迷う演技をしてから言った。


「お気遣いありがとうございます。ですが、俺はもう帰らなきゃいけないことを思い出したんです」


「え、もう帰るの!?」


 突然のことにロップが驚く。


「はい…あ、そうです、夕食美味しかったです。それに楽しい時間をありがとうございました」


「せっかくだから泊っていってよ、私もロップもあなたのこと気に入ったのよ」


 プラリツが残念そうに引き留めてくれたが、ハルの答えは変わらなかった。


「待たせている人がいるので、すみません、失礼します…」


 素っ気なくハルがそれだけ告げると、テントの外に引き返した。


「待ってください、もうちょっとだけ話していきませんか?夜はまだまだ長いはずです。それに急ぎの用事ではないんじゃないですか!?」


 なぜかロップが引き下がらずに食いついて来た。


「ごめんなさい、思い出したんです…大事な用事をそれでは失礼します…」


「待ってください!」


 旅立つハルにロップが叫びかけた。そこには焦りがあった。


「俺たち、また会えますよね!?」


 その言葉にハルは少しだけ微笑んで見せると、テントの天幕を下ろし、二人の視界から消えた。

 ロップがテントの外に飛びだすが、そこにハルの姿はもうどこにも無かった。彼がテントの外にひとり立ち尽くしていると、背の高いプラリツも彼女には低い入り口をかがんで外に出て来た。


「ハルさん、もう行っちゃった?あれ、ロップ、どうしたの…?」


 辺りを呆然と見渡しているロップの姿があった。


「なんだか、違う人見たいだった」


「誰が?」


「いま戻ってきたハルさんが、なんだか別人見たいだった…」


 プラリツはそうだったかなと首を傾げていた。


「それほど急ぎの用事があったってことかしら?」


「分からない…だけど……最後、ハルさん、とても悲しそうだった…」


「……そっか…」


 そこでプラリツが呆然と立ち尽くしている、ロップのことをかがんだまま後ろから抱きしめた。


「また会えるよ、きっと…あ、そうだ!ほら、今度レイドに行って彼に会いに行けばいいんだよ。王都を案内してもらおうよ」


「………」


 突然の別れにロップは戸惑っていた。今日会ったばかりの人なのにどこか懐かしさがあって、だけど、その懐かしさがどこから来るのか思い出せなかった。


「どうだろう、もう、彼には会えない気がする…」


 寂しい言葉が漏れた時。ロップの鼻先に白く冷たいものが落ちていた。


 夜空を見上げたとき、街一面に、粉雪が降り注いでいた。


「もう、二度と……」

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