古き血脈 レイドへ援軍要請
レイド王国王都スタルシア。壁に囲まれた王都の街には、中央の丘にそびえたつ尖塔があった。それが王城ノヴァ・グローリアであった。
王城の敷地内には城だけではなく、レイド王国の中央拠点として機能的な役割を果たすための施設で溢れていた。
その中でも情報伝達に欠かせない伝鳥を育成し扱う施設もまた国の重要な施設として、王城の敷地内に備え付けてあった。もちろん、この敷地内にある伝鳥の施設は国が管理する施設として、他の城下にある民間の伝鳥施設とは一線を画していた。
そんな中、スフィア王国の印章が押された一枚の手紙が届くと、その伝鳥施設の職員は受取人がいる城壁内でも城の近くにある一等地の屋敷に訪れ、そこの門番に手紙を渡した。
手紙が門番に渡ったのはちょうど昼下がりの陽ざしの気持ちの良い時間帯だった。
手紙が主の元に届く頃。その宛先人となっていた白髪が多く混じった男は、優雅に午後の紅茶を楽しんでいた。体を覆い隠す落ち着いた騎士服からでも分かるほど、分厚い胸板の前にティーカップがつままれていた。
丁寧に編み込まれた白いテーブルクロスに、ティーカップを置く。部屋の扉にノックがなり、主は客を部屋に入れた。そこで秘書が手紙を一枚持って入って来た。
「旦那様、スフィア王国から旦那様宛に手紙が届いております」
「ご苦労、そこに置いててくれ、あとで読む」
秘書の彼女は、彼のその保留に対して困ったような顔をした。
「それがスフィア王国からの手紙なのですが、手紙の後ろにホーテン家の印章まで押されてまして」
「なぜそれを先に言わん、すぐに手紙を」
秘書が手紙を渡すと、太い丸太のような腕がにゅっと伸び手紙をがっしりと受け取ると、すぐに手紙を開封し、目を通し始めた。
秘書は黙ってその主の姿を見守っていた。しばらく、主が苦々しい顔で文字を追っていると、すぐに立ち上がった。
「すぐに集められるだけの人手を全員集めさせろ。ただし、表は使うな、裏の人間だけだ。まずはそいつらだけ無理をしてでも集めるんだ。これは最優先任務であり、極秘任務になる」
「承知しました。すぐに」
「それとシェルクをここに連れて来なさい」
「はい」
秘書が出ていくと、主は席を立ち窓の外に向かった。そこからは王都スタルシアの街並みが広がっていた。
「これはまた大きな問題を引っ張ってきましたな…」
主は、窓の外を見つめながら手紙に書いてあった内容を頭の中で復唱した。
手紙の内容は主に、スフィア王国襲撃に関する内容だった。信じられないことに現在、王都エアロが賊たちに占領され、スフィア王国と内紛状態にあるとのことだった。生き残ったジェニメア女王を中心に、仮拠点を建設し、奪還を狙っているようで、そのために大量の物資が必要でそれを秘密裏に二週間以内に持ってこいとのお達しだった。
さらに手紙の最後にはスフィア王国は、手中に収めたとの添え書きがしており、主は内心疑いながらも、その最後の一文の真意を自分なりに解読していた。
「手紙の意味がそのままなら、ルナ様は一体何を始めようとしているんだ…」
今度はノックもせずに扉が物騒に開かれた。
「緊急の呼び出し故、失礼します。【シェルク・ヴァロワント】参上しました」
中年の男性騎士が、主の前で胸を張り姿勢を伸ばした。
「構わん。すぐにそこにある手紙を読んでくれ」
「ハッ!」
短い返事と共に入って来た中年の騎士は、テーブルの手紙に目を通した。
「スフィア王国が…なぜ、このタイミングで?」手紙を読み始めるとシェルクがそんな驚きの声を挙げていた。
「大量の物資が必要…確かに、これが事実だったらすぐに支援した方がいい…スフィアに恩が売れるのは大きなリターン…ん?なんですかこの最後の一文は?」
「私も思ったのだよ、もしその一文が本当にそこに書かれた意味通りなら、スフィア王国はレイドの属国または、ルナ様の支配下入ったことを意味するんだが、君の意見はどうかな?」
「正直、ルナ様ならやりかねません」
「…ああ、私も同意見だ」
「脅したんですかね?」
「それ以外彼女はやり方を知らないよ」
「ザイード卿、お言葉ですがそんなこと言っていると、本人の前で口を滑らせ、痛い目みますよ?」
「ハハッ、まさにその通りだな気を付けてよう。とまあ、そんなことより、シェルク、そこの支援の件頼んでいいか?」
この館の主であった、【ザイード・シャーリー・ブレイド】が部下の【シェルク団長】に言った。
「承知しました。一週間以内にはスフィアに物資と援軍を送り届けます」
「頼んだよ、私もこの件に対して表でできる限りの支援はする」
「王には伝えるのですか?」
シェルクが言っているのは、レイドの国王、ダリアス・ハドー・レイドのことを示していた。
裏の人間であるザイード卿たちにとって、権力があるのはホーテン家だったが、表の顔役であるハドー家のことも蔑ろにできなかった。
「どうだろうな、手紙には帝国も絡んでいることからするに、アドル皇帝もこの件は耳に入っているのだろうな…」
詳細で長文の手紙には帝国もこの支援に参加している主旨も書かれていた。
レイドの国王とアスラの皇帝の仲が良いことは知っていた。現在レイド王国とアスラ帝国は友好関係を築いていた。そのため、隠し事はあまりなく情報がこの二国間では流動的だった。スフィア王国の件もおのずと王の耳に入るのも時間の問題ではあった。
「いや、やめておこう。ここであまり私が変に目立つこともないだろう。それより、一刻も早く人と物資をスフィアに送ることを考えた方がいい、すぐに動いてくれ」
「承知しました。シェルク・ヴァロワントがこの件承りました。ザイード卿、それでは失礼いたします」
そういうと、彼はすぐに部屋を出ていき、任務遂行に尽力を尽くしに行った。
ザイード卿は、ティーカップの中に残っていた紅茶を飲み干した。
「私もこうしてはいられない、全く、ルナ様はいつだってトラブルを持ち込んで来て下さる」
しかし、悪態とは裏腹にザイード卿の顔は歪んだ笑みを浮かべていた。
「それにしてもスフィアを手に入れるとは、やるようになったな」
ザイード卿もすぐに支度を整えて部屋を出て行った。誰もいなくなった主の部屋にからのティーカップだけが残っていた。
***
ザイード卿が城の敷地内を護衛をつけて歩いていると、向かい側から、彼よりも地位の高い女性が歩いて来た。そのため、すぐに頭を下げ敬意を示した。
「ザイード卿、ごきげんよう…」
「これは、これはキャミル殿下、こんな寒空の下お会いするとは、ああ、護衛もつけずに…」
「散歩よ、別に敷地の外に行こうって分けじゃないんだからいいでしょ?」
王女に似つかわしくない動きやすい庶民でも着れてしまいそうな運動着を着ていた。
「いくら敷地内だからといっても、私が見てしまった以上は護衛をつけさせてもらえませんか?」
ここで王女と会ってしまったことで、ザイード卿にはすでに彼女の身の安全を守る義務が発生していた。
「いらないわ…あなたも分かってるでしょ?私に護衛をつけても振り切って逃げること」
「むむ…」
「別に私に何かあってもあなたのせいじゃないわ」
「しかし…」
「それよりも、ザイード卿、物知りのあなたにひとつお聞きしたいことがあったんだけどいいかしら?」
「何でしょうか?」
「ハル・シアード・レイってご存知かしら?」
聞き覚えの無い、しかし、特名にレイがあるということは剣聖の名前に違いなく、ザイード卿は首を傾げた。
『昔いた剣聖の名前か?しかし、ここ数十年レイドにはずっと剣聖はいなかったわけだし…』
しかし、その名前を最近どこかで聞いたような気がした。ザイード卿が後ろに控えて護衛の騎士たちの顔を見ると、ひとりが反応して、耳打ちした。
「大国議会の話題に出て来た行方不明の騎士のことです。レイドの元剣聖だったようですが誰もその存在を知らず、現在捜索中の幻の騎士のことです」
それだけ言うと、ザイード卿の護衛は下がった。
「………」
『どういうことだ?なぜそんなふざけた議題が、大国内で話し合われたのだ?ついに王たちは全員おかしくなってしまったのか?』
リーベ平野で行われた大国議会に参加していなかったザイードが、知れるのはそこで話し合われた内容の議事録から読み解くだけで、実際にどんなことが話し合われたのかそれに載っていない部分まで把握することは不可能だった。
ただ、思い返せば確かに議事録に失踪中の騎士の捜索願いの件について書かれていたことを、記憶をたどっていくとザイードの頭の中にはしっかりと残っていた。
「ねえ、あなたは知ってるの?」
「申し訳ございませんが、私にもそのような者がいたという記憶はありません。ただ、現在大国内でそのハル・シアード・レイという者を探しているとのことですよ。六つの全大国で探し出せばそのうち見つかるでしょう。待っていればいずれ、殿下のお耳にも届くと思いますよ」
「そうよね、ありがとう、ザイード卿、邪魔しちゃって悪かったわ。それじゃあね」
「あ、ちょ、キャミル様、護衛を!」
キャミルがザイードの言葉を聞かずに走りだして行ってしまった。散歩とは何だったのか?
彼女が見えなくなると、ザイードはすぐに切り替えて、城に向かった。
「お前はどう思う、そのハル・シアード・レイという男を?」
ザイードは先ほどの護衛に尋ねた。
「私にもよくその騎士のことは分かりませんが、ひとつ言えることはあります」
「何かな?言ってみなさい」
「はい、それは大国議会という大きな場でその話題が持ち上がったということは、その騎士を知っている者がいたということです」
「なるほど、面白い。少しそこら辺を探ってみるのも面白そうだな…」
誰もその存在を知らないレイドの元剣聖。探るだけの価値はあった。情報とは、相手より優位に立つための最大の武器であった。知っていると知らないでは天と地の差ほど権力争いに影響を表していた。
それに謎を解き明かすのはザイードとしても好きなことではあった。事実に整合性が取れることほど落ち着くことは無い。
『だが、まずは、ルナ様の件を片付けなければ…』
ザイードは、護衛を連れて、立派に天高くそびえたつレイドの王城ノヴァ・グローリアに足を進めるのだった。