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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 稽古

 ハルが、ルナとベッケと別れてから向かった場所は、砦の裏にある運動場だった。ここでは兵士たちがこの非常時の中でも訓練を欠かさずに、汗水をたらしいていた。

 ほとんどの騎士たちは街の復興に行ってしまったが、精鋭中の精鋭たちはこんな大変な時だからこそ、身を入れて訓練を継続する必要があった。いざというとき体がなまってしまっていては、守れるはずの人たちも守れなくなるといったところだろう。

 だから、運動場はいつもより人は少なかったが、貸切というわけではなかった。


 その中でも運動場の中央で、激しい体術の打ち合いをしていた二人がいた。


 そこにいたのは、ガルナとレイチェルだった。


 二人はハルが近づいても全く気付かずにいかに相手の防御を崩して一発拳をねじ込むか狙い合っていた。


 ハルは二人の試合が終わるまで見守ることにした。優勢なのは同考えてもエルフのレイチェルだった。圧倒的な手足の長さに、鍛え抜かれた鋼のような鋭い無駄のない筋肉から繰り出される彼女の打撃はどれもガルナに防戦を強いていた。

 だが、ガルナも負けていない。そんな圧倒的なリーチ差があるにも関わらず、野生の感とでもいえばいいのか?積み重ねてきた戦闘経験からなのか?定かではなかったが、超人的な反応でレイチェルの拳や足技をかいくぐって、攻撃の隙を伺っていた。


 そして、決着は一瞬だった。レイチェルが拳を雨のように叩きつけ、ガルナの自由を奪った。だが、その猛攻からわずかな隙を狙っていたガルナが、レイチェルの攻撃の呼吸を見切り、隙を見つけると、彼女は飛び込んだ。低い体勢から異常な体の柔軟性を駆使して、懐に入り込んだガルナは、そのまま下からのアッパーをレイチェルに放とうとしていた。


 しかし、それがいけなかった。ガルナが振るった下からの打ち上げるような拳を、待っていたと言わんばかりにレイチェルがその突き上げられた拳をかわすと、代わりに肘のカウンターが、胸のみぞおちに入り、ガルナの呼吸は一瞬止まり、その場に倒れた。


「いやあ、なかなか良くなってきたんじゃないか?」


「くそお、なんでお前はそんなに強いんだよ…」


「そりゃあ、私たちエルフはあなた達より長生きだから、仕方のないことねこれは」


「むう、お前魔法使ってないんだろ?」


「魔法使ったら、ガルナは絶対に私に勝てないわよ」


「だったら、私も本気を出していのか?多分、お前じゃ止められないぞ?」


 意地を張るように、ガルナが言うが、彼女は全く相手にしていなかった。


「フフッ、ガルナの本気も見てみたいけど、今はだめ、一応、非常事態下にあるのよ、ここで二人して大怪我でもしたら、大変でしょ?」


「傷を治してくれる奴はいるだろ?だから、やろう!本気で…」


 ガルナが、両手を地面に置いて、四足歩行の姿勢を取った。


「え、あなたまさか…」


 レイチェルが息を呑んで、身構えた。ふつふつと嫌な汗が流れており、ガルナの構えに危機感を持っていた。


 けれど、そこから先、二人が本気で激突することはついぞなかった。


「おーい、二人とも試合は終わったのかな?」


「おあ!ハルだぁああ!!」


 ガルナが四足歩行からすぐに二足歩行に戻し、ハルのもとに全速力で走りだした。そして、彼女はハルの前で力いっぱい両手を広げながらジャンプすると、彼に飛びついた。

 ハルは飛びついてこられた勢いを殺すために、ガルナを抱きしめたまま二、三回転彼女を振り回し、その後しっかりと地面に着地させてあげた。


「惜しかったね、ガルナ」


「悔しいけど、あいつは強い。今の私じゃ勝てん。ハル、私と稽古してくれないか?あいつを倒せるようになりたい!」


 ガルナが、レイチェルを悔しそうな顔で指さしながら、ハルにお願いしていた。


「それより、稽古に付き合ってもらったお礼をいいな?レイチェルさん、ありがとうございます。ガルナの相手をしてくれて、大変だったですよね?」


「いえ、私も彼女がいい練習相手になってくれていたので助かってた」


「そうでしたか、なら良かったです」


「レイチェル、ありがとな、もうハルが来たから行っていいぞ」


 ガルナが失礼な挨拶をしハルの胸にうずくまると、ハルは彼女の両頬を掴んでレイチェルに振り向かせた。


「ちゃんとお礼を言おうね?」


「あの、れいひぇるひゃん、ありがとうございましゅた…」


 縦に潰れた顔で、ガルナはもう一度レイチェルに礼を言った。


「アハハハ、いいよ、別にお礼なんて」


 レイチェルが困ったように笑うのを見て、ハルの顔も綻んだ。


 ***


 その後、レイチェルはハルとガルナが二人っきりで稽古をするところを離れた場所から小さな切り株の椅子に座って、見守ることにした。冬空の下でも結界内は厳しい外気を緩めてくれていた。そのため、汗を拭かなくても体が急激に冷えることもなかった。


 遠目から見る二人の稽古はどう考えても、恋人同士がイチャイチャしているようにしか見えない。


「ていうか、本当にただイチャついているだけじゃん…」


 ハルという男が、ガルナの頬を手のひらの甲で撫で乙女が喜ぶ甘い言葉を吐いているのだろう。ガルナの表情がどんどんとろけていき、ついには興奮が理性を超えたのか、彼に唇を伸ばしていたが、彼の方が制止させていた。


「あの二人、何やってんだ…」


 レイチェル自身、ハルという男に興味があった。もちろん、それは彼の強さの秘密についてだ。彼と拳を交えた時、まさか自分が手も足も出ないことになるとは思ってもいなかった。

 レイチェルは、二人が稽古する間、ハルのことを観察して少しでも彼の強さの秘密を暴いてやろうとしていた。

 しかし、二人は、いつまでも恋人らしく言葉を交わすばかりで、一向に稽古をする気がなかった。


「早く稽古しろよ…」


 さすがのレイチェルも呆れて、帰って自分も夫のベッケに甘えるかなど、考え、腰を上げた。

 しかし、そこでレイチェルの目にようやく二人が、稽古を始める姿が映ると思いとどまった。


 手取り足取り教わっている間のガルナは真剣そのものだった。ただ、彼女が理解しているのか、していないのかレイチェルにもそれは分からなかった。けれど、教えてくれる彼の言葉を聞き逃さないように、一生懸命なのは伝わってきた。

 そして、言葉で教わる時間が終わると実際にその動きをするように指示されたガルナが、ハルに向かって教わった動きの通り体を動かし始めた。


 ハルが拳のジャブを連続で放ち、それをガルナが受け止めるところから始まった。そして、そこから彼女がタイミングを見計らって反撃に転じていた。それを数回繰り返すと、彼は再び、ガルナに何やら言葉でアドバイスしながら、今やっている稽古の意味を彼女に説いているようだった。彼女もそれはもう真剣だった。

 最初は、間違いばかりで、彼に何度も修正されていたが、次第にその教えられた一連の動きができるようになっていき、そして、スピードはどんどん上がっていった。


 ただ、レイチェルが二人の稽古を見ていて驚いたことがひとつあった。


 それはガルナの教わっていた動きが、先ほどレイチェルが仕掛けた攻撃の流れに対してのカウンターの動きだということだった。


 レイチェルが得意なスピードが乗った手数の多い拳の連撃。そこからわざと隙を見せ、相手の反撃に嚙み合わせる渾身の一撃で、立ち上がる者は少ない。カウンターのカウンターという、反撃を誘発しそれに対して、カウンターを合わせる技巧に溢れた一撃だった。


 彼はそのような戦術があることを見抜き、ガルナに、カウンターのカウンターのカウンターという、反撃の応酬の対策を叩き込んでいたのだ。


 誘発していると見せかけるという、思考を得たガルナの動きは、ハルのわざと作った隙に反応せず、堪えることに成功していた。


 飲み込みの早いガルナはどんどん動きを習得していき、ついには、先ほどレイチェルが彼女とした練習試合よりも格段に速い攻撃の応酬で、組み手を交わしていた。


「そうか、あの子は対処の仕方が分かれば、私の攻撃にも反応できるんだ…」


 レイチェルが、頬杖をついて、関心を示す。

 知識を駆使した武人と、感覚だけで戦う獣だった。しかし、獣に知恵が入れば、それは人を遥かに凌ぐ化け物に変わる。


 ハルとガルナの打ち合いは速度を増していく。彼の左足の高い蹴りに、ガルナの右腕が防御の姿勢を取り身を固める。彼の大技を見たガルナが攻勢に転じ、左の拳を振りぬくが、その拳はハルの顔面を捉えることなく、彼はすでに分かっていたかのように、鼻先ギリギリでかわしていた。そして、再びハルの攻勢が始まる。


 素早い攻守の切り替えにまるで二人は息を合わせてダンスを踊っているようにレイチェルは見えた。


「凄い…けど、違うな、あれは…」


 二人の動きを見て勘づく。レイチェルが見たのはハルの動きだった。


『ガルナの動きに彼が合わせて、修正してる…』


 二人が打ち合うたびに、レイチェルのハルへの武への好奇心が止まらなかった。


『良い技の組み合わせが、自然に出るように彼が彼女に打ち込んで誘導してる…』


 ハルという男は高速の打撃の応酬の中で、彼女が最善の技を繰り出せるように、攻撃を仕掛け調整していた。その原理はレイチェルがやっていた攻撃の誘発と似たようなものだったが、彼の方が圧倒的に誘発のさせ方が上手かった。良い意味で誘いに乗ったガルナが次々と切れのある技を繰り出し、体の調子を上げていった。


 すっかり出来上がったガルナと、汗ひとつかいていないハルが、次に行ったのは剣術の練習だった。

 そこでもハルは彼女に、実践的な試合形式の中で、彼女が切れのある剣技を放てるように、誘導していた。


 日が暮れる頃には、レイチェルはすっかり二人の稽古に夢中になっている自分がいることに気づいた。


「レイチェルさん、いらっしゃったんですね?」


「ああ、いたよ、ずっとね」


 辺りが薄暗くなっていたため、ハルたちが近づいていることに、レイチェルは気付かず慌てて返事をしていた。

 そして、彼女はハルのことを不思議そうに見つめていた。


「どうかしましたか?」


「いや、別にただ、どうしてお前さんはそこまで強いのかなって思って、エルフでもないのに…」


 ここでレイチェルは余計なことを最後に付け加えてしまったと思った。長い時を掛けられるエルフがいろんなことに秀でていることは確かだったが、それでも、今のは種族の優劣に関わる発言であまり気持ちのよいものではなかった。


「さあ、自分でも自分のことは分からないことばかりで、おかしいですよね…」


 彼は一切気にする様子もなく答える。その穏やかな対応にレイチェルは安堵した。


「分からないとはどういうこと?自分の強さをあなたは自覚していないってこと?」


「自覚はしてますよ。ただ、どういうわけか、俺は少し他の人とは違うみたいで」


「そうね、そこまで強いとあなたが特別なんだってことは分かる」


「特別だなんて…俺はみんなと違って魔法も使えませんし」


「何ですって!?」


 薄暗い運動場に短い悲鳴にも似た叫び声が上がった。


「ああ、いや、天性魔法は使えます。ですが、他の魔法は全然使えなくて、いいですよね、水魔法、あれすごく便利ですよね…アハハハ……」


 ハルが一発冗談をかましたつもりだったのだろうが、レイチェルからすればそれは衝撃以外の何物でもなかった。


「特殊魔法は?さすがにそれはできるでしょ?」


 彼は困ったように笑った。そこでレイチェルの顔は信じられないと言った様子で目を見開き開いた口が塞がらなくなっていた。


「じゃあ、どうやって、街を襲撃から救った時のように動き回っていたの?」


「あれは…ううん、なんていえばいいんでしょう…自分の体は多分みんなと少し違う…そう考えるのが妥当なくらい、俺にとってあのスピードで動くのは普通のことなんです…みんなが地面を蹴って走ったり、歩いたりするように、なんかおかしいですよね?でも、できるんです。俺には」


 レイチェルは一通り驚きつくすと、冷静に頭を使って、彼の言葉を理解しようと努めた。


「そんなこと言われたら、あなたが私たち人間とは、少し違うと認めるしかないんだけど…」


「認識としてはそれで間違ってないかもしれません。人間の皮を被った化け物。たまに自分は本当にそうなんじゃないかって思うときもありますから…」


 そこで突き詰めて考えていたが、レイチェルは彼に気を遣わせていると感じると、申し訳ない顔をした。


「ごめんなさい。あなたは別に化け物なんかじゃないよ。失礼なことを言わせてしまった」


「ああ、いえ、別にいいんです。本当に自分でも分からなくなる時があるんで…」


「おおい、ハル……」


 そこに稽古で疲れ切ったガルナが、ハルの背後から顔を見せ、彼の背中にもたれかかった。


「おうち帰ろう…疲れた、お腹すいた、眠い…」


「そうだね、そろそろ日も暮れて来たし帰ろうか、背負ってあげるから背中に乗りな」


「ありがとう…」


 ガルナが彼の背中によじ登る。彼は彼女を抱えてあげていた。


「話の途中でしたが、俺たちは一緒に帰りますが、レイチェルも一緒にどうですか?」


「ああ、私はもう少ししてから行くよ、お前たちの稽古をゆっくり思い出したいんだ」


「それなら、俺たちは戻ってますね?」


「ああ、お疲れ…」


 ハルと背中に乗ったガルナが宿がある方向に帰っていく。


「なあ、あんた!」


 レイチェルが呼び止めると、ハルが横顔だけ見せた。


「弱そうだなんて言って悪かった。あの時は、私が愚か者だった!」


「全然、気にしないでください!」


 遠くで彼が叫ぶと手を振っていた。きっと彼は大なり小なり笑顔だったのだろう。いかにも強者の振る舞いそのものだった。


 レイチェルはひとり、誰もいなくなった運動場を見渡した後、その場に座り込み目を閉じた。


 ハルとガルナの稽古していた記憶を呼び覚まし、その動きを頭の中で完全に模倣していた。


 そして、頭の中で自分と彼を戦わせてみたが、何度やっても勝つことはできなかった。


 イメージの中で誰かと戦えば、いくらでも勝つことができた。しかし、ハルという男と戦うときだけは、どうしても自分が勝つイメージを抱けなかった。

 彼と拳を交えてわかったことがあった。彼は実力の底…いや、その水面すら見せてくれなかった。

 これほどまでの実力差を見せつけられたのは、まだレイチェルが未熟だったころあの男と出会った時以来の衝撃だった。


「そういえば、あのバカは、どこで何してるんだ?」


 レイチェルは頭の中でその思い出した男をボコボコしてやった。少し気分が良くなった。


「早く顔出せよな…ヴァイスの奴め……」

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