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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 援軍要請

 砦に着くとルナはハルの指示通り、騎士としての威厳と、支配者としての荘厳な風格を演じていた。ただ、元からどちらも兼ね備えていた彼女にとってそれは造作もないことだったようで、暗殺者としての殺意が人々を恐れ怖がらせていたのかもしれない。どちらにしても、彼女が英雄という役を担うには十分すぎる風格を漂わせていた。


 ルナが砦内を歩くとすれ違うエルフの兵士たちの誰もが制止して頭を下げ、彼女が通りすぎるのを嵐が去るかのように待った。


 ハルはその後ろを静かに目立たないように着いていき、彼女の従者を演じた。


 砦内の女王がいる謁見の前に入ると、相変わらず、忙しなく人の出入りがあった。襲撃の件でさらに山積みになった問題が積み重なったのだろう。

 中央の席で大量の書類を捌いている女王自身が酷く疲れ切った顔で、上に立つ者の務めをこなしていた。

 だが、そこにルナが来たことで、彼女の手もピタリと止まることになった。


「全員ただちに下がりなさい」


 スフィア王国女王が、彼女のもとに用があって尋ねて来ていた者たちを、全員外に返し始める。


 ルナとハルの横をすぐさま、文官のエルフたちが腰を低く抜けていく。


「ごきげんよう、女王ジェニメア、大変そうね?」


「ホーテン様…」


「ホーテンはやめて、ルナって名前で呼んで、みんなにもそれは伝えておいて」


「申し訳ございません。それでルナ様、今日はどのようなご用件で?」


 ルナはあたりを見渡した。前回、生意気な口をきいていた貴族のエルフたちなどはしっかりと生き残っているようだった。これが権力のある者たちと平民たちの命の重みの差だった。頑丈な壁の中、最高の騎士たちに守られ、安全が確保されていた。それ比べ平民たち昨日、森の中で何の守りもなく殺されていった。一方的に虐殺されたのだ。絶望からさらに絶望へ、叩き落されていたのだ。

 仕方のないことなのだろう。命には優先順位がある。彼らの命には平民たちよりも価値が高いのだろう。

 ルナはそんな高価な命の者たちを蔑みの目で見まわしてから、彼女に言った。


「ご用件?昨晩の襲撃からこの街を救ってあげたのに…そう、あなたは、ずいぶん嫌な顔を私にするのね?」


 ルナの赤い瞳に睨みつけられた女王ジェニメアは、蛇に睨まれた蛙のように体をこわばらせていたが、自分が怯えていることが悟られないように背筋を伸ばして、凛とした態度は崩さなかった。


「あなたが、今回の襲撃を治めたのですか?」


「ええ、あなた方が砦に籠っている間に、市民たちがいた街の安全は私たちが確保したのよ。気付かなかった?一方的に痛めつけられ、逃げまどい、最後には殺される。そんな絶望的な状況にいた市民たちを救ってあげたの」


「それは感謝の言葉もありません…まさか、ルナ様が直々に動いて下さっていたとは思ってませんでしたので…」


 女王としての尊厳を失わないように毅然とした態度を取っていたが、彼女は完全にルナに先手を打たれており、どこかぎこちない雰囲気が表情や声から漂い始めていた。


「フフッ、いいのよ。あなた達が私に服従するその対価として、私はあなた達を守る。これは契約でしたから当然のことをしたまでなんだから」


 女王ジェニメアはとても不服そうな顔をしていたが、このルナの発言に対して誰も返す言葉がなかった。

 周りの貴族たちも自分の命の可愛さに誰もルナに口を挟む者はいなかった。


 辺りは静まり返り、重苦しい空気が充満した。しかし、そんな中身軽なルナだけが全員に向かって爽やかな笑顔で告げた。


「そうだ、それで話を戻すのだけれど、今日はあなた達を手伝ってあげようと思ってきたの」


 建物の内に緊張が走った。ルナの一挙一動に、その場にいたハル以外の全員が怯えていた。


「手伝うって何をですか?」


「レイド王国がスフィア王国に復興支援をするってことよ」


 周りの貴族たちが彼女の発言にざわつき始めた。


「それは私たちの望むところではないのですが…」


 ジェニメアがいかにも不満そうな顔を浮かべていたが、反論することを渋っているようだった。スフィア王国は外国に頼らない政策を取って来た。ここに来て、それが覆ろうとしているのだ。


「望むも望まないもないでしょ?今、困っているのは誰なの?国民たちじゃないの?あなた達の身勝手で彼らを飢え死にさせる気?そんなに他国に借りを作るのが怖いわけ?あなた達は色々先のことを考えすぎて今が見えてない。それじゃあ、国や組織は回らないわ。足りないところは何が何でも補うのそうじゃなきゃ、立ち行かなくなるって分からなかった?長生きしているあなた達の頭の中に協力という言葉はなかったのかしら?」


 しかし、ジェニメア自身もすでに分かっていた。こうなってしまった状況では、もう自分たちではどうしようもないことを、スフィア王国が頼る者はすでに目の前の危険なルナという女性しかいないということなど嫌というほど分かっていた。


「私たちに協力してくださるのですか?」


「これは私からの施し、改めて感謝しなさい。この国を救ってあげるって言ってるの」


「………」


 これから先のことなどすべてひっくるめて考えていたのだろう。国のことや民のこと、ルナとの関係、複雑に絡み合った条件が重なる中、スフィア王国がどのような道を進むべきか、彼女の頭の中で未来が構築され、その結界、現在どのような選択肢を選べばよいか計算されていた。


 ルナの目をまっすぐ怯えずに見据えたジェニメアが言った。


「ルナ様、それでしたら、私たちにあなたのお力を貸していただけないでしょうか?」


「それでいいのよ、最初から私に頼ればよかったのよ、そすれば私が力を見せることもなかった」


「そうですね…人間はいつだって自分の想像を超えた存在を理解できず受け入れたがらない。でも、私はスフィア王国の女王。人の上に立つ者、他の人と同じでは国は守れない。私は違うということを証明したい」


 ジェニメアはどこか吹っ切れたようにルナを受け入れる姿勢を見せていた。それは彼女の状況の判断能力の高さを示していた。選択肢は一つしかなかったが、どう考えても将来ルナにどんな要求をされるかわかったものではなかった。そんな中、彼女は悪魔の手を取ることを決めたのだ。


「じゃあ、王女様、話し合いを始めましょうか?復興とスフィアの王都奪還についてレイドの代表の、このルナと」


 そこでジェニメアが言った。


「ルナ様、それでしたら、ひとつよろしいでしょうか?」


「何?」


「私のことも名前で呼んでください。女王ではなく、ジェニメアと…」


 ルナがハルを一瞥した後、にやりと笑うと、その答えに愉快そうに返した。


「いいわ、ジェニメア、その代わり、あなたも私のことはルナと呼び捨てにして」


「それは…」


「いいのよ、お互い信頼関係を深めましょう?そっちの方が唯意義だから」


 話し合いは場所を移し会議室で行われ、ルナとジェニメアのほぼ二人だけで滞りなく進んだ。

 スフィア王国は現在、王都へ続く道を各主要都市の貴族たちに命を下して封鎖状態にあった。そこをルナたちがレイド王国から呼ぶ支援部隊を通すように話は運んだ。数週間以内に、この砦の人たちの最低限の衣食住が整うように、大量の物資を無償で届けるとルナは相手に提示した。

 そして、話は、王都奪還について流れる。


 ルナは事前にハルから教えられた。四人のエルフについて語った。王都襲撃の首謀者であるミルケー。これはジェニメアたちスフィア王国の方でも把握していたが、残りの三人の幹部であるエルフたちについては、彼らも把握していなかった。そして、今回の砦の奇襲もその幹部の一人による反抗であり、さらに、残りの二人のエルフについてもスフィア王国側と情報を共有した。


「分身、植物、煙。どれも厄介な魔法そうですね。私は戦闘のプロではないから分からないけど、彼らはどれくらい強かったのですか?私たちの最高戦力である剣聖アルバーノだと何人の幹部まで抑えられそうですか?」


 ジェニメアがそういうとしっかりと後ろで控えていたアルバーノが少し不服そうな顔をした。自分なら全員を打ち負かせるという自信があったのだろう。


「そうね、彼だと、相性や状況にもよるけど、幹部ひとりを足止めするのが限界かもしれないわね、運が良ければひとりぐらい持っていけるかもしれないけど、連戦は無理そうね?」


 そこでアルバーノがジェニメアの後ろからルナに言った。


「それでは、ルナ様ならどれくらい相手にできそうなんですか?」


「私は三人を相手にしても勝つ自信はあるわ。だけど、あなたにも忘れないでいて欲しいことは、今回は個人プレイじゃなくてチーム戦なの、あなただけに敵の幹部を任せるつもりはないわ。なんだったらこっちが大勢でその幹部をひとりずつ囲って、なぶり殺しにしていけばいいだけの話なの」


 会議の場でさらに女王の前で、物騒な物言いに顔をしかめたアルバーノだったが、彼女の言っていることは理にかなっていた。

 ひとりずつ誘い出して、倒していけば、それに越したことはなかった。

 アルバーノもただ、いたずらにルナに挑発されたわけではないことを知り、自分の立場をわきまえてその後発言を控えていた。


「じゃあ、王都奪還は具体的にどのような方針で進めるのでしょうか?」


「そうね、ただ、その前にひとつ知っておきたいことがあって、今のこの拠点の状況ってどうなっているのかしら?」


「それは被害状況ということかしら?」


「違う、防衛状況よ。いくら奪還作戦を急いでも、私たちが留守の間にまたここを狙われたら、意味がない。そうならないように応援を呼びたいけれど、スフィア王国のこの状況をなるべく公にしたくない。現状でレイドと帝国の一部の人しかこの事態を把握していない。となると、どう考えてもこっちの守りを固める人間は限られてくる」


 この街全体をカバーできるほどの護衛がいないことが、まず攻めあぐねる理由のひとつであり、ハルの単騎突入での敗北が痛手でもあった。もし、王都にあの対ハル用の特殊な結界が張られていなければ、今頃、全てが無事に終わっていたのだ。


「そうですね、私たちの手元に残ってる騎士団も少なく、だからと言って他の都市の騎士団も自分の街で精一杯。回せる戦力は少ない。唯一の望みはサムさんが呼んでくださっている帝国の援軍が到着することでしょうか?ですが、どれくらいの規模ではたまた全員を守れるのか不安は大きいです…」


 見たところ現在のスフィア王国は本当に限界ギリギリといった様子だった。しかし、それには理由があった。国の根幹ともいえる王都エアロが奇襲にあったことは、何よりも国にとってダメージが大きかった。


 だが、そんな困っているジェニメアに、待ってましたと言わんばかりにルナが発言した。


「フフン、それならよい案があるのよ。私の部下に、街ひとつを丸々警備できる規模の騎士たちをすぐに用意できる者がいるから、彼に応援も寄こすように要請するわ。大丈夫よ、その部下の人間もしっかりと訓練されている者たちだから、まず情報が流出する心配はないわ、それは私が保証してあげる」


 ルナが部下と言ったのは、ザイード卿のことなのだろう。大国の三大貴族を顎で使うルナにハルは些か苦笑いが止まらなかったが、それでも話の流れがとても良い方向に進んでいることは間違いなかった。

 スフィア王国にはこれで多大な恩を売れたことで、ルナを通して、支配は容易になった。だが、ルナが少しジェニメアと仲良くなってしまっているところが、気掛かりだった。しかし、それでも険悪な関係よりはましかと納得するしかなかった。本当は恐怖で縛りたかったが、現段階でそれはもう不必要といえた。それに言うことを聞いてくれるなら何でも問題はなかった。


 会議はとりあえず夕暮れになったことを境に終わった。ルナはジェニメアたちに会食に誘われ、それを断ろうとしていたが、ハルがそれを許さなかった。


「友好的な関係を築けるなら尽力してください、ルナ様…」


 ハルが今の立場を考え敬語で耳打ちすると、ルナがウルウルと赤い瞳を濡らして、こちらを見つめていた。


「ハルと一緒に夕飯食べたかった…」


 必死に訴えてきた彼女に、ハルは冷酷に無慈悲に指示を出す。


「ジェニメアがどこまで信頼できる人物か探ってきて欲しい。これも任務です…」


 ルナが小さく悲鳴のようなうめき声を上げると、すっと振り返りジェニメアのもとに向かい、笑顔で彼女の申し出を受け入れていた。


 ハルは、ルナがジェニメアや周りの貴族たちと会話で盛り上がっている中、ひっそりと会議室を出た。


 会議室を出たハルはそのまま砦を抜けて、半壊した宿に戻った。

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