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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 帰りを待つ

 帰りを待つ人の気持ちを考えたことがあるだろうか?待っている時間はとても胸が苦しく、あなたのいない時間はまるで人生の時間を無駄にしているような、そんな死んだも同然の時間を過ごす羽目になるということを知っていただろうか?


 ライキルの周りには、沢山の仲間や家族がいた。みんなで半壊した宿の前で、炎を囲んで彼の帰りを待っていた。

 ライキルの右隣にはガルナがおり、仮眠を取ったからか、真夜中にも関わらず元気だった。そのさらに右隣には、ビナがいた。彼女はどこか大人びた様子で焚火の炎をじっと見つめていた。

 ビナの隣にはエウスがおり、その隣にいたベッケというエルフがおり、何やら男同士の会話に花咲かせていた。

 そして、そのベッケの隣にはレイチェルがいて、二人の話に耳を貸してはうっとりとした表情でベッケという彼女の旦那を見つめていた。

 レイチェルの隣には、サムが座っており、彼のその右隣。つまり一周してライキルの左隣にいたギゼラと親しげに彼は会話を楽しんでいた。


 ここにいるみんなはひとりの男の帰りを待っていた。

 その男の名はハル・シアード・レイ。

 彼が帰って来ることをライキル以外にも望む人たちがここにいた。


 最初はライキルだけが外で一番最初に彼を迎えるために待つつもりだったが、外は危ないとエウスがついて来て、その後に起きたガルナと彼女を見守っていたビナが焚火に加わった。その後宿に戻って来たベッケとレイチェルが焚火の前に現れた。二人は宿が半分になっていることにずいぶんと驚いていた。そして、その後に合流したサムとギゼラもまったく同じ反応をしていた。


 そして、そんな焚火のサークルを死者を弔う儀式のようなものだと勘違いしたのだろうか?


 逃げまどってきた人たちが次々とライキルたちの周りで炎を中心にサークルを形成していった。

 砦の敷地内は基本立ち入り禁止であったが、もはやそんなもの関係なく、そこにいた人たちはみんな復興中の街から必死に逃げ延びて来た人たちだった。


 スフィア王国の魔導士たちが張ってくれている、結界によって緩和された気温ではあったが、それでも冬の夜の厳しい寒さを緩めるのにも限界があった。そのため、みんなで焚火を起こし、暖を取っていた。

 ライキルたちのサークル以外にも、ベッケの部下たちや街から避難してきた人たちが、焚火を起こし、あちこちで炎の明かりが灯っていた。


 宴のような盛り上がりはなく、どちらかというとみんなひっそりとしていた。それは深夜を回っているという理由からではない者たちもその、焚火を囲う者たちの中にはいた。

 永遠に帰ってこない者たちを待つ人たちもその中にはいたのだ。


 スフィア王国の王都が襲撃され、逃げ延び、そして、この復興拠点を襲撃され、彼らの中にはなぜ自分たちがこんな目に遭わなくてはならないのかと、強い義憤に駆られたことだろう。

 しかし、現実、ライキルもそうであるように、降りかかる災いを払う手段を持っていない民たちは、その災いに抗う術もなく殺されるのは自然の摂理であった。

 だが、人はそれを理不尽といい、運命を呪うしかなかった。


 ライキルは、焚火に枝をくべながら炎を維持しようとした。くべられる枝が細すぎて、すぐに燃え尽きてしまった。そんなすぐに消えてしまう枝を見て、ライキルは向き合わなければならないことを連想していた。


 それは人の命の軽さについてであり、人を殺すことについてだった。


 襲撃者は罪なき無垢な人間たちだった。それはベッケが教えてくれたことだった。

 襲撃者である複製体と呼ばれる存在は、無垢な人間の命を魔法で複製体という人形に宿し、その命を原動力に術者に操られるという、残酷な儀式魔法だった。

 人形に命を宿した人間はその人形が傷つくと同じ痛みを感じ、その人形が死ねば生贄となった人間も一緒に死んだ。


 つまり、人形を殺せば、無垢な人間の命も同時に殺したことになると、ベッケは今回の襲撃の肝となる部分を語ってくれた。


 無垢な民たちはその術者本人の複製体として、命を利用されていた。

 術者は自分の複製体を操り人形のように使い、街を襲わせ大量の死者を出した。


 ただ、その襲撃たちもまた全員殺されてしまった。だから、きっと、生贄にされた人たちもみんな死んだのだ。


 そして、その複製体たちを殺しまわったのが、ハル・シアード・レイだった。


 ライキルはその事実を聞いた時、何ともいえない感情に苛まれていた。ハルがしたことはどう考えても称賛されるべき人道的な行いだった。襲われている人たちを救うために戦ったのだ。もしハルがいなければ、もっと大勢の人が死んでいたのは確かだった。


 だが、一方でハルが殺した人たちもまた罪のない人たちだと知れば、あのハルは何を思うだろうか?本当は誰も傷つけたくない優しい彼が、罪なき人々を殺していたとしたら…。きっと、その事実に耐えられず、彼の心は壊れてしまうかもしれなかった。


 だから、ライキルはとにかく、ハルが返って来たら、自分の愛で満たして包み込んであげることを決めていた。彼を優しく抱きしめて、おかえりなさいと言って、辛かったことを全部忘れさせてあげるつもりだった。

 こう見えてもライキルは彼に死ぬほど愛されていることを自覚していた。うぬぼれているみたいで滑稽に思うかもしれないが、それでもライキルには、ハルが自分に惚れこんでいる自信があった。だから、そんな自分が彼を癒してあげることで、彼の心の負担を少しでも和らげてあげたかった。

 もちろん、それはライキルがハルに欲情しているから、自分の欲を満たすために、心の弱った彼を利用しその欲を解消しようとしているのではなく。

 彼の心のケアをここでしなければ、壊れてしまう瞬間が必ずやってきてしまうことは目に見えていた。

 だから、それはハルに好きと伝えるだけでも良かった。ライキルの好意で染めて意識を変えてあげるだけでも効果はあると思った。とにかく、彼の心が壊れてしまう前に、ライキルは自分にできる精一杯のことをしてあげるつもりだった。


 ライキルがひとり彼に対する思いにふけっていると、隣にいたギゼラが心配そうに話しかけてきた。


「ライキルさん、大丈夫ですか?」


「え?」


「浮かない顔をしていましたが?」


 ギゼラが心配そうにライキルの顔を見つめていた。


「ハルさんのことが心配ですか?」


 ギゼラがそう言うと、ライキルは小さくうなずいた。


「そうですよね、旦那さんですもんね」


 ライキルは彼女のその言葉に、内心とても気分が高揚したが、外には出さなかった。周りには今日愛した人を失った人たちが大勢いるのだ。そんな中、自分だけ浮かれるのも場違いも甚だしかった。

 けれどそれでも彼女は、ライキルとハルに関することについて尋ねていた。


「二人はもうどれくらい付き合いが長いんですか?」


「えっと、ハルとってことですよね?」


 ギゼラは「もちろん、そうです」というと、ライキルの顔を見つめていた。


「出会ったのが子供の頃なので、もう十年以上一緒にいます」


「ああ、十年も…」


 ライキルが少し誇らしげに、ハルと一緒にいた長い時間を思い起こしながら言うと、ギゼラはどこか悲しげにけれどそれが大きく顔に出ないように、無理やり微笑んでいた。


「はい、ハルとは長い付き合いなんです…」


 そこから、ライキルは話を広げようと思ったが、反対に尋ねたギゼラが口を閉じて顔を焚火の方にゆっくりと向けそっぽを向いてしまった。彼女の顔色はあまりよくなさそうだった。ライキルはそこで思い出話のひとつでもしようと思っていたがやめた。どうやら世間話をしたいわけではないようだった。何か意図があってこちらの様子をうかがっているようにも見えた。


 すると彼女は会話の流れを大きく変えてしまった。


「ここに、ルナさんがいないの、気づいてましたか?」


 ライキルがそこであたりを見渡すと確かにルナの姿はなかった。


「いま、初めて気づきました…その彼女はどこに?」


「たぶん、ハルさんを探しに行ったんだと思います」


「あぁ……そうですか…」


 ライキルはその時、ルナのことを羨ましく思った。彼のもとに駆けつけられる力をもっていて、借り物でもない自分自身の力で、彼の傍にいられる。それはライキルにはできないことだった。いつも、置いてけぼりというより、ハルに追いつける人がいなかっただけなのだが…。


 しばしの沈黙が二人の間に舞い降りた。夜に浮かぶ月明かりが嫌に輝きを放っていた。


 ギゼラが横目でライキルを見ると、彼女はいいずらそうに言った。


「ライキルさんにとって、ルナさんはどんな風に見えているんですか?」


「彼女は、ハルの命の恩人だから、私は彼女のことが好きです。感謝してますよ…」


 ライキルはそう好意的に答えるが、その声はどこか心に霧が掛かった状態から生じたようにぼやけてしまっていたような気がした。

 それでは本心は見えてこなかった。

 だが、ギゼラはその答えを聞くと、目線を焚火に逸らしていた。

 真実を深く隠したことで、周りがくっきりと浮き出て、結局のところその真実の意味がはっきりと分かってしまう。ライキルはそれが言葉以外の表情や声のトーンなどのニュアンスに出てしまい、彼女には見抜かれてしまったのだろう。


 それでもライキルには、彼女を受け入れなければならない理由があった。

 ルナがハルの命の恩人なら、その反対側の対の立場にいたのはライキル自身だった。聖樹で、ハルを殺して、その後自分も死んですべてを終わらせるつもりだった。


『私は、ルナさんを嫌いになれない。例えハルが取られても、私に彼女を拒絶する権利はどこにもない…私はハルを殺そうとして……』


 そこでライキルはふとあることを思った。


『あれ…なんで、私はハルを殺そうと思ったんだろう……』


 完全に自分の思考が停止したところで、ギゼラが唐突に言った。


「だったら、あなたも、もう、ハルさんとルナさんの関係のことは認めているんですね?」


「はい、そうですよ」


「本当にいいんですか?」


「何がですか?」


「私はルナさんの味方です。ただ、それでも、彼女があなた達のような陽だまりで生きてきた人たちと共に過ごせるとはとても思えないんです」


 ギゼラは少し俯き焚火に視線を向け、ライキルにだけ聞こえるように声を潜めて呟くように言った。

 彼女は続ける。


「ライキルさんは人を殺したことがありますか?」


 ライキルは彼女を見つめたまま、静かに首を横に振った。獣なら狩ってきたが生まれて一度も人を殺めたことなどなかった。


 ギゼラが焚火を見つめる。


「今日、沢山の人が死にましたよね?」


 ライキルは彼女の言葉に相槌を打ち、小さく静かに首を縦に振る。


「ルナさんは、一日でこれよりも比べものにならないくらい大量に人を殺したことがあります。それも罪のあるなしに関わらず、皆殺しです。その時の任務で大集落が丸々ひとつ血に染まりました」


 ライキルは言葉を失って、彼女の話を聞いていた。


「男女も子供も大人も関係なく、どこまでも冷酷無慈悲で、逃げ出すことも許さずに全員皆殺しにしたんです。なぜだかわかりますか?」


 ギゼラは、ライキルがショックを受けていることをしっかりと自覚して続けた。


「昔、レイドに歯向かった部族だった。理由はこれだけです。たったこれだけで、ルナさんは、地図からその集落を消したんです。ただ、彼女はそれだけじゃありません。その部族と横の繋がりがあった他の部族を片っ端から殺しまわって、レイド周辺にいた小さな部族たちは全て殺戮したんです。知っていましたか?あなた達が陽だまりで国を守っている間に、彼女は本当に脅威になりそうな種火を潰して回っていたんです」


 ライキルはその話を頭の中で上手くイメージできなかった。

 特に、ルナに関してはちょっと危ない人で、ハルに夢中なお姉さんという、甘ったれたイメージしかなかったからだ。だから、ギゼラの口から出てくる悲惨な話があまりにも信じられなかった。


「それだけじゃありません。ルナさんがハルさんに会う前の残酷さは人間の域を超えていました。生きたまま人間が串刺しにされて、燃やされたときの悲鳴をあなたは聞いたことがありますか?」


 ライキルは、耐えきれなくなって、彼女の言葉を遮った。


「なんでそんなこと私に言うんですか?」


 そこでギゼラが、厳しい表情で言った。


「あなたが、ルナ・ホーテン・イグニカという人間をしっかりと理解していないからです」


 彼女は怒っていたんだと思う。


「私、あなた達のこと好きですよ。皆さん優しくて暖かくて、私もあなた達のような人たちと心から笑い合う人生を送りたかったです。だけど、私もルナさんと同じように暗闇を歩いて来たから分かるんです。私、ルナさんのためを思うと、こんなこと言いたくありませんが、もしライキルさんが、本気でハルさんを愛しているなら、すぐに二人を引き離すべきです。ルナさんは劇薬などではなく、純粋な毒そのものなんですから…」


「………」


 ライキルは彼女の言った言葉にどう返せばいいのか分からず無言を貫いてしまった。


「いつか、あなたの知っているハルさんがいなくなってしまうかもしれませんよ?」


「ギゼラさんはどうしてそんな…」


「これは警告です。私はライキルさんたちにも幸せになって欲しいから言っているんです。表の世界の人たちが、どす黒いルナさんという存在に触れて綺麗でいられるはずがありません。彼女とは適度な距離感を保たないといけないんです」


 言い方は酷く乱暴だったが、彼女の目は本気だった。


「ルナさんは、あなたとも上手くやっていきたいと言っていましたが、私はそこが交わるのはやめた方がいいと思っています。人にはそれぞれ適した場所があると思うんです。混ざり合ってしまえば、別物になってしまいます」


「だったら、ルナさんが変わるってこともあり得ますよね?」


「それも当然あり得ます。ですが、考えてみてください。何千、何万と虐殺を繰り返して来た人間が、いきなりあなた達と同じように純粋無垢な人間になれると思いますか?」


 ライキルは、ハルのことを連想してしまった。なぜそこでハルが出て来たかというと、それは今宵彼がこの砦や街を救ってくれた結果が起因していた。

 彼は人を殺して、この街を守ったのだ。


「そこのところよく考えておいて下さい…。私はルナさんの幸せを一番に願っていますが、それでも、私たちのような人間を受け入れてくれる素敵なあなた達の人生も壊したくないんです」


 ライキルたちとルナたちの繋がりは、ハルを通してだけだった。彼がいなけれ生涯関わることのなかった人達なのだ。


「私、そろそろ、限界なので眠らせてもらいます…ごめんなさい、それじゃ、失礼しますね?」


 ギゼラが立ち上がると、隣にいたサムが彼女にどこに行くか聞いていた。護衛のためなのだろう。ギゼラとサムが、サークルから席を外した。


 ライキルは彼女が行ってしまうと、隣でずっと夜空の星を眺め、何も考えていないような愛くるしい顔をしていたガルナの肩にもたれかかった。


「どうした、ライキル?」


「なんか、いろいろ、聞かされちゃって疲れちゃった…」


「そうか、なら、私の膝の上に来るか?私が椅子になってあげる。木じゃ尻が痛いだろ?」


「フフッ、ありがとう。でも、みんなの前だとちょっと恥ずかしいから後でして欲しいかな。いまはあなたの肩で十分だよ…」


「わかった」


 ライキルはそのまま疲れが回った体をガルナの肩に当てて、少しばかり目を閉じた。


 そして、これからどうしたらよいか、ギゼラの言葉を思い出して考えてみた。しかし、結局答えは全くと言っていいほど出なかった。


『分かんないよ、これから私がどうしたらいいかなんて、ずっとハルやみんなと一緒にいられたら私はそれでいいよ…』


 眠気に負けたライキルは、そのまま、ゆっくりと夢の中に行ってしまった。


 すでに夜は明けかかっていた。


 ***


 ギゼラは自分の部屋がある宿にも向かわず、ひとりぶらぶらと砦の敷地内を散歩していた。その隣にはサムがおり、自由に歩き回るギゼラに付き添っていた。


「どうしてあんなこと言ったの?」


 隣を歩いていたサムが言った。彼の曖昧な笑顔がギゼラがライキルに告げたことの真意を読み取れなかったことを表していた。


「君はルナさんの幸せを願うたったひとりの友人じゃなかったけ?」


「そうです、だからこそってこともあるんですよ…」


 ギゼラの顔は、気力が抜けきって疲れを帯びていた。


「ルナさんに幸せになって貰いたいのは私も同じです。ハルさんと結ばれて幸せになる。だけどいざ結ばれたら、彼女の持っている毒がどう周りに影響があるか心配下までのことです」


「なるほど確かに、ルナさんのような心底闇に染まった人が、綺麗な共同体に入れば、彼女の色で染めてしまう可能性はあるね」


「私も二人をくっ付けることに夢中でしたが、いざ、くっ付いてしまうとライキルさんやガルナさんたちのことを思ってしまったんです」


 頭を悩ませたギゼラは立ち止まり、告白する。


「だって、ライキルさんがあんな懐の深い女性だとは思わなかったんです。まさかルナさんまで簡単に受け入れるなんて、愛する人をいきなりよく知りもしない女に奪われるなんて我慢できるんですかね?私なら無理です。他の女に奪われるくらいなら、相手を殺してでも私だけに夢中にさせます。女ってそういう生き物のはずですよ」


「ギゼラは優しいんだね」


「なんでそうなるんですか?」


 彼に苦々しい笑顔を見せてやった。


「だって、みんなことを考えてる。俺からしたらギゼラがライキルさんやガルナさんたちのために怒る必要はないように思えるし、単純にルナさんの幸せだけを応援すればいいのに」


「それは…」


 ギゼラが言いよどむと、崩れた表情を彼が見せた。


「もしかして、ハルさんにルナさんが本当に取られてしまったこと、ちょっと嫉妬してるとかない?」


 思いもしなかった、いかにもありそうな本質を突かれたギゼラは思わず笑ってしまった。まさか、自分より相手の方が自分のことに詳しいなど、笑うしかなかった。


「アハハハハハハハハ、フフッ、サムさんからはそう見えたんですか?」


「分かるよ、自分の方が強い絆で結ばれていたはずなのに、急に現れた人に全部持って行かれちゃうの…それはなんていうか悲しいよね」


 茶化すギゼラに彼は真剣に言った。


「別にそういったことじゃ…でも、やっぱりそういうことなんですかね?」


「素直になった方がいい、その亀裂を放置しておくと、いつか取り返しが着かないところまでいくからさ…」


 朝焼けに染まったサムの微笑みには少しだけ悲しみが混ざっているように見えた。ギゼラはそんな彼を見て、自分の状況を理解した。サムにもそういった出来事が実際にあったのだろう。そんな彼がギゼラに言ったことは間違っていないはずだった。


「分かりました。そしたら、私ルナさんがハルさんばっかり気にかけて寂しいですって言いますね?」


「うん、なんだったら、俺がギゼラの傍にいてあげてもいいけどね」


「弱っている女の子を狙うなんて、サムさんも罪な男ですね」


「罪ならもう数えきれないほど背負ってるし、それも俺も今はそんなに強くないんだ…」


「そうですか、なら分かりました。だったら、一緒に支え合いましょう。辛い時ほど傍に誰かいてくれた方がいいですもんね」


 ギゼラがサムの手を取って握った。


「乗り越えましょう。一緒に…」


「ありがとう…」


「いえ、こちらこそです!」


 二人はそれから夜道を少しだけ歩いた後、同じ部屋に戻った。寂しい孤独な夜を超えるために、互いに支え合うために、孤独を抱えていた二人は一つになった。


 夜はすっかり明け、冬空に上る太陽が澄み切った空気に光を差し込んでいた。

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