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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 禁じ手

 数キロ先の区画まで吹き飛ばされたミルケーは、崩壊したがれきの下敷きになっていた。ただ、彼女にとってはそれは深刻な問題ではなく、彼女は片手で覆いかぶさった壁を手で軽々とどけると、誇りまみれになった体を払って、外に出た。


『早く戻らなくちゃ…』


 状況は一変していた。

 概念魔法という世界のルールを変えてしまうほど強力な一種の禁じ手ともいえる類の魔法で、ミルケーは世界から見れば小さな区画の王都エアロという街に対して、この世のルールから隔離された独自のルールを制定した空間を生成していた。

 ミルケーが概念魔法で生み出した結界内の効力は、ハル・シアード・レイという個人の存在の完璧な拒絶と抹消だった。そのため、どんなことがあろうと、たとえ世界が変わってしまっても、本来ならば、ハル・シアード・レイという特定の人物が、この空間に入ることはおろか存在すら許されないはずだった。


『おかしい、おかしすぎる。こんなのありえない…』


 概念魔法はそんな簡単に突破はおろか、絶対的な力をこの世界に対して持っていたはずなのだが、それが通用しないことに、ミルケーは、酷く動揺していた。それは世界の根幹を揺るがす事態であると同時に、彼の存在がますます不透明になり、影を濃くしていった。

 まるで、触れてはいけない世界の禁忌を目撃していると、思うと彼女はぞっとした。

 この世のことはある程度どういう形をしているか輪郭ぐらいは捉えたつもりではいたが、彼のようなイレギュラーが発生すると、頭を抱えてしまう。


「あなた様が興味を持つのも分かる気がしますが、危険すぎませんか?彼の牙は【神域】も脅かしますよ…そんな彼を放置しておいていいんですか……」


 ミルケーは、誰もいないなか、夜空に向かって呟いた。しかし、返事はなかった。


 返ってこない返事に彼女は目を閉じて納得はできなかったが、彼女の方からコンタクトが取れないため諦めるしかなかった。


『でも、そう考えたら、もしかして、私も……』


 ミルケーは、そこで何かを察してしまい、力なく笑った。


「ハハッ、そうだとしたら、それはそうか、仕方のないことだけど…」


 そして、ミルケーは、体を宙に浮かすと、深い夜に浮かび上がった。


「残酷だな…」


 ミルケーの遥か先の眼前では、キリヤ、ピクシア、ブロッサーの三人が街を破壊しながら、立った一匹の化け物を相手に激闘を繰り広げていた。巨大な蔓が夜空を不気味にうねっては、何度も動き回る化け物を叩き潰そうと、街に振り下ろされていた。ピンク色の靄が街中に広がり、激戦が繰り広げられている場所に行くほど、その靄の密度が濃くなっていた。そして、光り輝くキリヤの複製体である命知らずの兵士たちが、キリヤが持っていた槍を持って、特攻を仕掛けてはいくつも命を散らせていた。


 ミルケーは目を閉じ、その激戦の中の座標をイメージした。そして目を開けると、ミルケーその激戦地の真っ只中で目を覚ました。


 ***


「遅くなったね、戻ったよ」


「ミルケー様!!」


 三人のもとにミルケーによる救いの声が届くと安堵の表情を浮かべていたが、それもつかの間、一瞬で彼らの顔は緊張に満ちて極限状態に変わっていた。すでに戦闘が始まってから数分で、三人の顔には疲労が滲み、息を切らしていた。


 そして、三人が目を離さない視線の先には、ボロボロになりながらもなお、凄まじい殺気を放つ、くすんだ青い怪物がいた。


「ミルケー様、あいつキリヤに執着して逃がしきれないんです。私とブロッサーで、何とか足止めをしようとしたんですが、あいつ透明な何かで常に守られていて攻撃が通らないんです…」


「そうか、ならまず試すか…」


 そういうと、地上でこちらの出方をじっとうかがっていた狂人に、ミルケーの生成した魔力が籠った球体を高速で放った。しかし、その放たれた球は彼の前で見えない何かはじかれて、近くの民家を吹き飛ばしていた。


「あれです。あのバリアみたいな機能で全く攻撃が当たらないんです」


「厄介だな…ブロッサー君の魔法で、彼を消耗させてくれいないか?」


「かしこまりました。ミルケー様」


 指示を受けたブロッサーが化け物の近くに伸びていた巨大な蔓を彼に向かって叩き込んだ。すると彼は、避けれる蔓は避けたが、避けれない蔓はその透明な障壁のようなもので防がれてしまっていた。


「まずは、あの障壁を剥がすまで全員で猛攻だ。私が中心に彼の相手をするから、ピクシア、とブロッサーは援護、キリヤは距離をとれ、君本体の実力は最後の最後までとっておいて、その代わり君の人形をここに集中させろ、肉壁にはなる」


「承知しました。ミルケー様」


 ミルケーが指示を出すと三人はすぐに行動を開始した。


 ミルケーはターゲットが自分に向くようにハルに接近戦を仕掛けた。


「私が相手だ、異端者!」


 ミルケーの左の回し蹴りが炸裂するが、ハルを覆っていた障壁がその蹴りを簡単に防ぐ。しかし、それでターゲットをミルケーに変えたハルの凛とした相貌が彼女に向いた。


「お前も、ライキルを知っているな?」


 彼の身勝手な怒りを含んだおぞましい声が、ミルケーでさえ息を呑むほどの緊張という感情のステージに強制的に引っ張り上げた。


「狂ってるのか?」


「こうでもしなきゃ、ここでは意識が保てないんだ。悪く思うな、お前ももう死ぬ」


「そうかな?私にはそうは見えない。ハルさん、あなたの方が相当消耗しているように見えるのは私だけかな?」


 ミルケーが近くでハルを観察すると、すでに彼は満身創痍もいいところで、体中から流れ出る出血はたいして深い傷はなかったが、それでも止血する暇もないほどの天使たちの猛攻を食らえば癒えるものも癒えず、ダメージが蓄積されていくのも当然だった。それに、彼の左腕はすでにミルケーが折っており、それが一番の要因として彼の体力を奪っていた。


「どうかな?さっきから俺に傷一つ増やせないお前たちに、俺が倒せるか?」


 彼のその言葉にミルケーも少し顔を歪めるしかなかった。彼を包む透明な障壁がまるで攻撃を通さないことは分かった。だが、こちらが攻撃を仕掛け続ければ、何となく、彼の障壁が消えるタイミングがあらわるのではないかという、隙を伺うしかなかった。


「倒せるさ、その障壁もずっとは展開できないんだろ?」


 ミルケーは彼の痛いところを突いたつもりだった。しかし、そういった考えはあまりにも愚かだった。


「ああ、そうだな、だがな、お前ら障壁だと思ってるこいつは、もっと別の使い方があるんだよ!!」


 ハルが広げた両手を思いっきり閉じた。その瞬間、ミルケーの両側の空間から突如、強力な圧が生まれた。その圧を即座に感じ取ったミルケーはその場からすぐに離脱した。

 ミルケーが浮かび上がり下を見下ろす。自分がもといた場所の空間が、嫌に不気味に音を立てねじ曲がっていた。強い力がその場に掛かっていることは分かった。


『なんだ、いまのやばすぎる。座標指定型の見えない挟みこみの攻撃…おそらく、あの場にいたら私の体は粉々に潰されていた…』


「キリヤ!!ありったけの人形を彼に突撃させろ、奴の力が何なのか知りたい!!」


「お任せください!!」


 そういうと、街のあらゆるすき間から、槍を持ったキリヤの複製体が大量にすがたを表し、ハルに突撃をかまし、ハルの周りはあっという間に複製体で埋め尽くされ、人間の肉団子が完成していた。


 ミルケーはその様子を、空中から、蔓を足場にしたブロッサーと、ピンクの煙で浮いていたピクシアたちと共に行く末を見守っていた。


「二人はどう思う?彼のこと」


 ミルケーが、彼がどう出るか様子を見ながら二人に話しかけた。


「こんな人間がこの数十年で誕生していたと思うとゾッとします」


 ピクシアが引きつった顔で、キリヤの複製体が群がった肉の塊を覗いていた。


「そうだね、長生きしてると、人を甘く見てしまう癖をどうにかしないとね。だけど、彼は多分、人間じゃないよ」


「え?」


「きっと、この結界の外に出たら、まず、私たちじゃ相手にならない…」


「今より強くなるってことですか?」


 ピクシアが愕然とした表情をしていたが、ミルケーはそこで少し疑問に思ったが、すぐにその違和感は解消された。


「ああ、そっか、君たちは神威があっても、ハルを知らなかったから忘れちゃったのか。あのヤバい事件は、神威を持っていても、彼を覚えていたいと強く思わないと、軒並み彼に関する記憶を消されてたからな…」


 ミルケーは独り言のように呟くと、ピクシアにはさっぱり意味が分からず首を傾げていた。


「何の話ですか?」


「そこにいる化け物が私たちが思っている以上にヤバいって話かな」


 ミルケーがそう蠢く肉団子を指さす。中の状況がどうなっているか分からなかったが、複製体たちは、ごちゃごちゃしているように見えたがしっかりと統率の取れた動きをしており、複製体が群がるすき間からしっかりと槍で攻撃したりなど、ただ覆い被さっているわけではなかった。そこはキリヤの技量の高さがうかがえた。

 それでもあの透明な障壁にはキリヤが魔法で生み出した槍も効果がないのか、一向に状況は進展していない様子だった。


 ミルケーは以前のハルを知っていた。自分の目的を果たすために必ず障害となる人物がこの世にひとりいると、自分を窮地から救ってくれたミルケーが崇めるあの方は、教えてくれた。

 そのために、ミルケーは今日この日まで仲間を募り、組織を作り、神にまでなって、時が来るまで世間から身を隠し活動し続けていた。

 いつか、自分の視界に純粋なエルフしかいない楽園を創るために、過ぎ去った忘れられない過去を取り戻すために、ミルケーは全てを失ったあの日からずっとこの世界で生きていた。


『それをこんなたったひとりの男に奪われるわけにはいかない。私の夢は始まったばかりなんだ…』


 固く口を結んだミルケーの覚悟はとうの昔に決まっていた。何を犠牲にしてでも、あの頃を彼女は取り戻したかった。だから、彼女にとって最大の障害となるハルは何としてでもここで摘み取っておきたかった。


 複製体のキリヤが翼をはためかせ、ミルケーのもとまで来ると告げた。


「ミルケー様、その彼は障壁のようなもので守られており、力ではどうすることもできません」


「そうか、みんな、何かいい方法はないかな?」


 ミルケーがそこにいた全員に向けて言うと、キリヤが言った。


「そこで提案なのですが」


「何かな?」


「彼を感情的にしてみるのはどうでしょうか?」


 ミルケーは彼の言葉に思慮を巡らせしばし黙った。その際に、キリヤは続けた。


「彼は、ライキルという女に酷く執着しています。彼女の名前を出すだけで彼は正気を失ったかのように、襲い掛かってきます」


「ふーん、愛ってやつだね。なるほど、それで?」


「いま彼は閉じこもっていますが、ここで彼女の名前を出して挑発することで、彼を防御から攻めに転じさせるのです。これはそのなかなかの賭けなのですが、彼をしとめるのはこの結界内でしか不可能だと思います。彼はミルケー様が張ったこの結界内で想像以上に弱体化しています。これは千載一遇のチャンスかと進言します」


 キリヤのハルをここでしかしとめられないという見解はミルケーも同意見だった。


「面白い、確かにやってみる価値はあると思うけど、そう簡単に彼女の名前だけで隙を見せてくれるものかな?」


「私の経験した限りでは、彼は相当そのライキルという女性に左右されるところがあります。なので逆に彼女の名前を出しすぎると、危険かと…」


 キリヤも苦笑いせざるを得ないほどであるよだった。

 ミルケーは先ほどハルと交わした際の会話を思い出す。確かに彼の目は狂人そのもので、常軌を逸していた。


「そうだね、このままじゃ、埒が明かないここはひとつ、化け物の尻を蹴り飛ばしてみるとするか」


「私が挑発しますので、そなえてもらえてよろしいですか?暴れだしたら、さきほどミルケー様を襲った見えない攻撃が飛んでくるかもしれませんので」


「よし、わかったよ。ブロッサーは私の傍を離れないで、ピクシアは距離をとってわたしたちを魔法とその煙で援護して、キリヤはなるべく人形たちをあの化け物に突撃させて勢いをそいでちょうだい」


「承知しました。合図は、ミルケー様たちの準備が整い次第お願いします」


「うん、それじゃあ、行動開始」


 四人はそれぞれ命令された通り自分たちの役割がこなせるように配置につきに向かった。


 ミルケーは唯一この結界内でハルと対等に殴り合えそうだったので前衛であり、ブロッサーの便利な蔓はそのミルケーの手足として補助になるので傍に着かせた。ピクシアは遠距離からの支援が得意なので、距離を取らせ離れさせた。

 そして、キリヤに関しては使い捨てられる人形がよい戦闘の緩衝材になると考え、ハルの消耗と彼の扱う謎の力の正体を暴くための犠牲になってもらうつもりだった。もちろん、キリヤの本体は安全な場所に退避指せていた。彼の強みは本体の素の強さもそうであるが、何よりもこの彼の強さの半分ほどを受け継いだ人形たちにあった。

 ミルケーは複製体のことを人形と呼んでいたが、複製体を創るために消費するのは人間であった。一体につきひとり犠牲にすることで、キリヤの複製体を作り出すことができた。複製体は個体によって受け継ぐ力の割合は変化したが、それでもたいてい半分は受け継がせることができる時点で、やはりエルフという種族は優秀だった。

 もちろん、そこでミルケーたちの胸は痛まなかった。所詮彼らは混ざりもの使い捨てても問題はなかった。ミルケーが選んだのは、純粋なエルフだけ、彼らだけが唯一この世に存在を許された唯一の人種だとミルケーは信じていた。


「それじゃあ、キリヤ、始めてみて」


 近くにいた複製体のキリヤにミルケーが言った。


「はい、これから、彼の感情に刺激を与えるので、ミルケー様は戦闘準備をお願いします」


 ミルケーは先ほどよりも遠くの上空から、ハルに群がる複製体たちの塊を見下ろしていた。


「さて、どうでるかな?」


 それから、数分後のことだった。


「キリヤ、状況はどうかな?」


 ミルケーが傍にいた複製体に声を掛ける。


「ミルケー様、にげ…」


 傍にいた複製体が言葉に詰まった、直後、群がっていた複製体たちが一瞬で肉塊になり、はじけ飛んでいた。やがて、その複製体を蹴散らした破壊の余波は、周囲の建物にも及ぶとそこではっきりと、何がそこで起きたのか把握することができた。


 そして、ハルの周囲数十メートルが跡形もなく消し飛ばされまっさらな大地に変貌を遂げていた。


「逃げてください!俺が間違ってました!!ひ、ひいい!!」


 傍にいた複製体のキリヤが泣き叫んでいたが、ミルケーは興味深そうにじっと彼の姿を見下ろしていた。


「キリヤ、お前は間違ってなかった。いいぞ、彼は戦闘態勢に入ってる。殴り合えるぞ!」


「無理です!行ってはダメです!!彼には勝てません!お逃げください!」


 ミルケーはキリヤの変貌っぷりに驚きはしなかった。彼が何にやられたかは分かっていた。


『複製体、越しにも与える恐怖ほどの神威か…すごいな……』


 ミルケーの視線の先には、とんでもない神威をまき散らす、怪物の姿があった。その怪物は、生命の存在から自然とにじみ出る力を周囲に放っていた。

 その力を知る人には、その力は神威と呼ばれていた。それは生命に元来備わっている力ではあった。誰かが発した神威に触れると、そこで自分との神威との対抗が始まり、その対抗で押し負けた生物は、勝者に対して恐怖や怯えといった感情を抱いてしまうことになり、それが戦闘ともなると戦いどころではなくなり、逃げ腰になってしまったりと負の側面が色濃く表れることになった。


 神威を意識的に扱うとなると、それは困難を極め、長い鍛錬の時間が要求された。それでも神威が扱えるようになると、そのように戦闘面や、生命を掌握したい時など優位に立つことができた。いわゆる、神の威光のように相手の存在力によって畏怖を抱いてしまうことになり、それを覆すことは難しく、唯一の対抗策としては、こちらも自分の神威を展開し拮抗させるか、軽減させるか、それか誰かの神威の傘下に入るかなど、神威には神威で返すしか方法がなかった。


 しかし、そんなハルの強力な神威でも心が壊れないように、ミルケー自身も神威を習得済みであった。そもそも、神が神威を使えないわけがなかった。


「殴り合いと行こうじゃないか!!!」


 ハルがミルケーに勘付くと彼は地面を蹴って飛び上がった。逆にミルケーは地面から飛び上がったハルめがけて地上を目指した。


 二人がぶつかりあう前に、先に二人の神威が衝突し、神威での決着がつく。勝者はハルだった。その神威はミルケーの神威よりも遥か高みにあった。しかし、それでもミルケーの神威も相当なもので、彼の神威で心が萎縮し壊れてしまうことはなかった。


 それはミルケーにとって程よい緊張感となって、戦闘に身が入った。


 そして、どうやら、彼は相当怒り狂っているらしく、もう言葉は通じなかった。


「だいぶ、頭にきているようだね、キリヤに何か言われたかい!」


 二人は直後衝突した。ミルケーが怒り狂った、くすんだ青い怪物めがけ踵を振り下ろした。そこでの決着はミルケー側に傾いた。


 空を上って来たハルは、本当に何の準備をすることなく、内側に孕んだ灼熱の怒りに突き動かされただけで、全くの無策だった。


 しかし、あらかじめ、対策を練っていたミルケーは、ブロッサーとピクシアの援護を受けていた。


 ぶつかる前にハルの視界をピクシアの煙が塞ぎ、下から伸びていた蔓に足を捕まえられた彼は減速し、最後にミルケーの踵落としが彼の頭に直撃すると、元来た道をなぞるように彼はそのまま下に落下していった。


「まったく、あの天才は何を言ったんだ。逆上して本当にただの獣に成り下がったぞ…」


 ミルケーは地上に落下したハルを覗き込もうと、視線を下に向けたときだった。


 頭に鈍い衝撃が走った。


「!?」


 ミルケーの意識は飛びかけたが、そう思う暇もなく、彼女は地面に激しく叩きつけられていた。神であるミルケーにとって地面に這いつくばらされる屈辱はこれ以上にないものだった。


 そして、ミルケーが天を見あげると、そこには頭から流れた血で顔が赤く黒く血塗られたハルの姿があった。


『なんで、何が起こった?なんで私が地にいて彼が、天にいるの?』


 彼は空中にまるで透明な足場があるかのように立って、虚ろでどこまでも冷え切った眼差しで、ミルケーを見下ろしていた。


 見下ろされることで、ミルケーの心は余裕を見失っていた。


「ハル・シアード・レイ、お前のような人間さえいなければ、私は、私は…」


「神に死を、人類のために…」


 虚ろな瞳のハルが虚無に向かって呟き、片手をあげる。


「人類に死を、愛する者のために…」


 もはや正気ではないハルは、ミルケーに向かってその上げた手を振り下ろした。


 すると、ミルケーには何が振り下ろされたのか感じ取ることができた。それは先ほど彼が見せた透明な力の塊だったそれが無数に落ちて来ては、雨となってミルケーとその周辺一帯に降り注いだ。


 そこにはもはや彼が英雄だったときの姿など微塵も存在せず、敵を討つためだけの純粋な力だけがあった。


 ミルケー中心におよそ数キロ先まで、一切の塵を残さず綺麗に区画ごと消し飛んだ。


 その周囲を巻き込んだハルの範囲攻撃で、ミルケーはその攻撃を避けきれず、防ぎきれずに致命傷を負った。そして、囚われ輝いていた光たちもハルの放ったその力の前で、その灯がかき消されていた。


 ミルケーの体が穴だらけになる、その上空で化け物はひとり呟く。


「俺は…もう、戻れない…」


 彼は顔に手を当て、償い切れない罪で、涙を流していた。

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