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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 時間稼ぎ

 明らかな嫌悪感を抑えることは難しかったが、相手に余裕が無いことを悟られないために、冷静さを保っていた。

 目の前には自分と同じの屑男。人の命をなんとも思っていない愚者が樹木に貼り付けにされていた。それでも、ハルはまだ自分の方が他者の命に寛容であると思っていた。

 悪辣な感性で人の命を弄ぶ人間より、愛する人たちを守るために積み上げる犠牲者の山の上に立つ自分の方がまだ救いがあると信じたかった。それでも彼にも彼なりの理由があってこうして戦っているのかもしれないと思うと親近感さえ湧いてしまい。自分がどうしようもなく、悪い方向に傾いてしまったことを自覚せざるを得なかった。

 それにハルには自分の意志を通す力もあった。それはわがままな子供に簡単に人を殺せる魔法を扱わせるようなものだった。思うままに邪魔なものは消して、光り輝く道を切り開く。その周りがたとえどんなに闇に染まっても、自分たちの歩く先が光に満ちているならば、いくらでもハルは自分たちの先を閉ざす、闇を素手で掴んで退けることができた。その結果自らが闇になっても、未来を明るく照らすことがハルにとって最優先事項だった。


 だから、そんな決意を固めたハルの前でのどっちがより悪だなんだのは無意味な背比べで、何の価値もなかった。


 邪魔するなら殺す。従わないなら殺す。協力しないなら殺す。ただそれだけだった。そこに正当性をハルはもう求めていなかった。そういった意味では、昔の倫理観を持った元剣聖のハル・シアード・レイはどこにもいなかった。


 そんなハルは自分のことを罪の最後の溜まり場だと考えていた。それはハルの傍にいられる人たちからすれば、救済の神として眩しく映るだろう。しかし、それ以外の者たちからすれば、死神のような存在になることは間違いなかった。


 そして、いま、まさにハルはその死神としての側面が顔をのぞかせていた。だが、翼のエルフの彼は気づいていなかった。

 ルナのようにハルに守るべき対象と認識している者には感じられないが、二人のいるこの砦のはずれにある森一体には、今、人が生きていられないほどの強力な神威が渦巻いていた。それは紛れもなくハルの神威だったが、翼のエルフの本体は、他人の肉体を犠牲にして作り出した魔法でできた人形に乗り移りこの場に存在していたため、まったくと言っていいほどハルの神威の影響を受けることはなかった。


「こっちだけ一方的に知ってるのも悪いな、名を名乗ろう。俺の名前は【キリヤ】だ。よろしくな、ハル。見ての通りエルフだが、以前は純潔だった。それが今はわけあって、こうして目の色も黄色く輝くようになってしまった。どうだ綺麗だろ?俺の目の色は、神々しいと思わないか?」


「くだらない自己紹介や世間話をするなら、話は終わりでいいか?」


 ハルはキリヤが入った翼のエルフに手を翳した。


「まあ、そう焦るな。互いに殺し合った仲だろ?もう少し猶予をくれ。いいか、俺はこの襲撃でハル、お前のことが少しだけ分かったんだ。お前が最強というのはどうやら嘘でも誇張でもなんでもなく、本当らしいな。正直、俺の複製体が、ああも簡単に羽虫のごとく潰されては、こちらも納得せざるを得ない。正面から戦って勝てる相手ではないことは理解した。そして、俺の手に負える相手でもないことがよくわかった。ああ、怖い、怖い、だがそんな怖いあんたに弱点があることを俺は見つけた」


 もう勝ち誇ったかのように、その翼のエルフはだらしない笑みを浮かべ続けていた。


「それはそこの女の存在だ」


 ルナは私が?というようなそぶりで独り言から顔を上げた。


「お前が嬲られていることを知るとこいつは、目の色を変えてすっ飛んでいったぞ、あれは傑作だったな」


 そのことを聞いたルナが、息を呑んで聞き返していた。


「キリヤさん、それ本当ですか?」


 なぜ敵を敬称で呼ぶとも思ったが、ルナは鼻息荒く、ハルの腕をつかむと言った。


「ハル、そういうことでいいんですね?」


「ちょっと黙ってて」


「もうこれって、私からチューしてもいいってことですよね?」


「俺に殺されたくなかったら本当に黙ってて」


「へへッ、それは嘘ですね。ハルは私を殺せません。それはそこのキリヤさんが証明してくれました!!私はついに、ついに、ハルの心を手に入れたんですね!!!」


 ルナはハルに思いっきり抱き着き、顔をこすり続けていた。

 この敵と会話できている好機に、ハルは相手からいろいろ情報を聞き出そうとおもっていたが、こうなってしまうと、とにかくルナが邪魔になった。


「分かったじゃあ、半殺しにされたくなかったら、今すぐ離れて黙って」


「あ、分かりました…」


 ハルの限界ギリギリだったものを抑えた苛立った声は、興奮状態のルナを素に戻した。彼女は名残惜しそうにハルの元から一歩だけ離れ静かになった。

 本当に何をしても殺されないと確信を得たにしてもルナは今後のことも考えて調子に乗りすぎることを控えている様子だったが、少しづつハルのほうにまたじりじりとにじり寄ってきたため、ハルは睨んで彼女を牽制すると、それ以降本当におとなしくしていた。


 そんなくだらない寸劇を見せられたキリヤが言った。


「貴様が仲間思いなことは俺にとっては好都合だったよ、今頃、隠していた俺の複製が、お前が真っ先に向かったお仲間のところに行って皆殺しにするところだ。お前が守ったのはそのルナって女だけ。確かライキルだったか?それにエウス、ビナ、そいつらは今から死ぬ。残念だったな、体がひとつで可哀想だよ」


 彼がずっと勝ち誇った狡猾な笑みを浮かべていたのはそのためだった。


「お前、今ライキルっていったな?」


「ああ、ライキル、そうか、その女もお前にとっては大切なんだな?その女のように?」


 そこでルナがえ?といった様子で顔を赤らめていたが、その隣ではハルの目から光が消えさり、瞳が夜の闇に溶け込んでいた。星明りの無い真っ暗な闇が深さを押し広げていた。


「お前、ライキルの名前を覚えたな?」


 ハルは自分の中から次々と溢れる神威を抑えこんだ。誰も傷つけないように、自分の怒りで人の命を奪わないように。


「もう、私の複製が動き出した。ふむ、どうやら、全員二階にいるようだな、どれ、いっちょ玄関から堂々と入って、一人ずつ嬲り殺しにしてやるか?」


 キリヤには別の人形の視界から、ライキルたちがいる半壊した宿の二階の様子が見えているのだろう。それを彼はハルの前で状況を説明して楽しんでいるのだ。まさに悪趣味な奴だった。


「さあ、扉の前だ。よし、開けるぞ、ハハッ!お前はきっと俺を将来殺すだろう。しかしだ。俺はすでにお前から大切なものを奪ったという消えない存在証明を成し遂げる。そういった意味で、俺の永遠の勝ちなんだよ!」


 ハルは黙ってその場に立ち尽くしていた。


 だが、そこでルナが呆れたように彼を見下していた。


「ん、なんだい嬢ちゃん?ああ、お前は、まあ、よかったな。この愚かな男を独り占めにできるぞ?失意のどん底に落ちたところを慰めてでもしてやりな、女のやり方でな」


 そこには嘲笑が混じっていた。


 ルナは彼のその挑発など気にも留めずに、とんでもなく大きなため息を吐いた。


「ええ、もしあなたの言った通りになれば、それは夢のような話なんだけど…」


「これは決定事項だよ、お嬢さん?未来は神の意志によって決まる。偉大なる神、ミルケー様によって!」


 狂信的な発言をする彼に対して、蔑みと軽蔑の眼差しを送ったルナは言った。


「私、以上に、気にかけられているあの子を、ハルが危ない目に遭わせるわけがないでしょ…」


 ルナはそう言い切ると、もう用がなくなったその翼のエルフを、自身の一段階覚醒した天性魔法の【引力】で潰しにかかった。


「おい、小娘、お前にはなかなかシンパシーを感じた。どうだ?ここはひとつ俺の話を…」


 ルナはそういうと、翼のエルフを潰しきり、殺した。


 そして、隣にはもういないハルのことを思った。


「本当に、あの子のこと大好きなんだから…」


 寂しさと悔しさが混じった声でつぶやいたルナは、ひとまず自分も彼が向かったであろう、宿まで帰還することにした。


「はぁ、あの子が、羨ましい……」


 背中に三つのリングを展開し、ルナは颯爽と夜の闇に飛び上がった。

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