古き血脈 逢瀬
試合があった次の日のとある昼下がり。
「ルナ、ちょっと話たいんだけどいいかな?」
ハルは、ルナを連れ出して、敷地内の宿の近くの適当な人気のない木陰に連れ出した。そこでハルは昨日あった試合のことから話を切り出していた。
砦内の敷地で行った、互いの実力を測ることを目的とした試合を終えると、エルフや他の騎士たちのハルたちを見る目ががらりと変わっていた。特に大きな変化があったのは、スフィア王国の貴族たちなどの権力者である上の者たちがそうだった。さらにスフィア王国の女王であるジェニメアの耳にも、試合のことが入って来ると、ハルたちのことを無視できない存在と認識したらしい。主に試合の最後に行われたスフィア王国の剣聖アルバーノを軽々といたぶったルナの功績が大きかった。次の日には、ルナ宛に女王からの直接の招待状が届き、今後のスフィア王国の軍事会議に参加して欲しいと打診されていた。
ルナが困ったようにその手紙をハルのもとに持ってきたとき、行けばいいと他人事のように言った。実際に、招待されていたのはルナのみで、彼女はスフィアは何も分かってないと国を批判していた。
どうやらアルバーノはルナにあっさりと敗北をしたことがショックで、試合の後すぐに起き上がっても、ハルのことなどすっかり忘れ、ルナにばかり固執していたようで、ハルの名が広まることはなかった。
そして、こうしてルナだけが招待されていた。だが、ルナが上目遣いでハルもついてきて欲しいとお願いしてきたので、いくつか条件を出して、彼女についていくことにした。
それは、あくまでもルナがハルより上の立場での参加させることがひとつ、ルナは特名までを名乗りレイド王国の使者であることを明かすことだった。
「それだけは、できません。私がハルの上なんてそんな恐れ多い…」
くだらない理由で彼女がハルの提案を遠慮しようとしていたので、ハルは彼女を黙らせ服従させる。ハルはルナの頭を無造作に抱き寄せると彼女の耳元で低い声で囁いた。
「黙って従いな。わかった?」
「あ、はい…」
そして彼女を軽く突き放すと、彼女は顔を赤らめてこちらを恍惚の眼差しで見つめていた。それは普通の男女の関係ならば成り立ちはしないものだったが、二人の間ではそれが当たり前のようになっていた。それもルナの過剰な愛、つまり信仰心がなせるものであった。それは一瞬の狂気ですらあった。
ということで、なぜハルがルナにそのような提案をした方ということに話を戻すと、ハルは女王とであった時、ハル・シアードと名乗ることしかできず、権力や地位を持ち合わせていなかった。そこで都合のいいルナという存在がいたので、彼女を通してハルはジェニメアたちと交渉するつもりだった。そういった便利な点でハルはルナのことを重宝していた。
そんな彼女の熱い視線を冷ややかな目で返したハルは、彼女にその会議がいつあるのか時間を聞いた。
「会議があるのは明日の昼過ぎだそうです」
「そうか、じゃあ、まだ時間があるな、今夜少し話そうか…」
「え!?そ、それは、その二人っきりで、ですか?」
「そうだよ」
ハルは何を当たり前のことをといった様子で応えていたが、ルナの興奮度は頂点を超えていた。夜に大人の男女が二人っきり、それだけでルナのだらしない笑みが溢れて止まらなかった。
「ということは…そのもしかして私を…」
ハルはルナの思考が手に取るように分かっていたので、今夜の夢も希望もない内容を彼女に言いつけた。
「明日のその会議、ルナには強い発言権があるはずなんだよね。だから、そこで少しルナには、スフィア王国にお願いをして欲しいんだ。ほら、こんな状況だからもし助けてあげられたら、俺たちの強い味方になってくれそうでしょ?いま助けてあげるから困ったとき、この恩を忘れさせないように釘を刺しておくんだよ。その条件について予め内容を練っておきたいんだ」
「あ、はい、分かりました…」
ルナの目はどんどんと死んでいきついには彼女自身がその場に倒れそうになっていた。
ハルはそんな彼女を見て十分鞭を与えたと思い、救いの言葉を与えた。
「その話し合いが全部終わったら、二人でいいことしようか?」
「え…え!?」
前から思っていた。ルナという存在をいつまでもいいように使うには、とげとげしい監獄に閉じ込めて突き放し、たまに飴を与えるより、甘い、甘い脳が緩むほど甘いお菓子の家で彼女に小さな不幸を振りまいている方が、より従順になるのではないか?仮初のすぐに消えてしまう支配愛という名の毒を、少しずつ甘い小さな生地で包んで与える。彼女を蝕むその特殊な愛はやがて、彼女の身も滅ぼす要因にだってなるかもしれない。それでも彼女はハルに尽くすしか選択肢がなくなる。それほど愛とは与え方によって、毒にも薬にもなった。
ハルはひたすら非道を進むことを決めていた。
ハルは、愛する人を守るために必死だった。
狂気的なまでに、まるで一度失っているかのように、ハルは手を汚すだけ汚す覚悟があった。
「みんなには言えないようなこと」
「ほ、本当にいいんですか、私、みたいな女が…」
「もちろん、いいよ、俺とルナの仲でしょ?」
陽だまりのような微笑みがルナを照らす。けれどこの約束でハルの心の大事な部分がボロボロとはがれ落ちる音が聞こえた気がした。ありもしない痛みが、胸を貫いた気がした。
「愛しています!ハル様!」
彼女の愛に返事はなかった。
「じゃあ、そういうことで、また今夜」
「はい、よろしくお願いしますね!!」
ルナがスキップしながら、跳ねて歩いていく。
ハルは彼女が見えなくなるのを待って、ひとりそのまま木陰に立ち尽くしていた。
そして、自分の手の平を広げて天性魔法の光をあたりに散らせると、ハルは少し離れた茂みに目を向け言った。
「いるんでしょ、出てきてよ…」
そこから、出てきたのは小さな背の赤い髪の女の子だった。そして、その髪の色と彼女の瞳も同じように赤色だった。しかし、先ほどいたルナの瞳の紅と違って、彼女の瞳には一点の曇りもないほど純粋だった。その清らかさにはハルも息を吞むほどだった。
「ハル団長、あの…」
茂みから出てきたのは、ビナ・アルファだった。