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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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実力の証明 後編

 勝てない。どれだけ挑んでも手も足も出ない。振るう剣すべてが魔法で強化されてもない拳ではじかれる。結局、私だけの力ではこの程度なのだと、思い知らされたライキルだった。


 目の前の対戦相手は、レイチェルという武闘家の女エルフ。


 ライキルは訓練用の木剣を持って、彼女に戦いを挑むが、その剣がまともに入ることはおろかかすりもしなかった。


『私もいいところを見せたい』


 観客席にはハルがいて、少しでも自分の存在価値を彼に認めてもらいたかった。

 この前の試合のガルナ対レイチェルでは、両者実力がほぼ互角で拮抗していた。それでも相性なのか、主力が大剣のガルナと、武術を極めていたレイチェルでは、レイチェルに勝機があった。最終的にガルナは不慣れな木剣を投げ捨て同じく武術で対抗していたが、熟練度的にも長い間生きてきたレイチェルの方に軍配が上がっていた。


 それでも、ガルナはハルにとても褒められていた。それを見たライキルに火が付かないわけがなかった。


 だけど現実は、全然上手くいかないどころか、いつだって超えられない壁にぶつかる。それもいつだって、実力以上の結果を望むからそんなことになるわけで、でも、やっぱり、彼に褒められる未来は羨ましくって諦めきれなかった。


「はあああああああ!!!」


 ライキルの高く構えた木剣がレイチェルに向かって振り下ろされる。


 だが、彼女は拳ひとつでその攻撃をいなすと、ついに反撃に出た。いままでライキルの攻撃を受け流すだけだったが、こちらの力量を測りきったのか、回避不可能なタイミング、まさにカウンターを彼女は繰り出してきた。


「あなたが、口だけなのはわかったわ!」


 レイチェルの拳がライキルの胸に直撃すると、ライキルの肺にあった空気は強制的にすべて吐き出された。


「がはっ…」


 胸を押さえて後退するが、よろけた足取りでレイチェルの猛攻が止められるはずがなかった。レイチェルの重い拳がライキルを乱打する。まるで雨のように降り注がれる打撃をライキルは致命傷になる場所だけ、守り抜くが、他の打撃はすべてまともに受けてしまい。それだけでもう、すでに立っているのがやっとだった。


 ライキルはレイチェルの乱打に耐えている間、なんとか反撃の機会を伺っていた。戦いは最後に立っていた方の勝ちであり、まだ日本の足で立っているライキルは負けていなかった。


『チャンスは必ず来る。私はそれまで耐えれば……』


 しかし、ライキルにそのチャンスが訪れることはなかった。


 レイチェルの猛攻を、防いでいると、ライキルが手に持っていた木の剣が、あっさりと折れてしまった。


「終わりだね、地面に這いつくばりな」


 レイチェルが軽く飛んで体をひねり、ボロボロの的になったライキルに、回転蹴りを放った。


 周りの時間がゆっくりになって、避ける気力も実力もなく、その場に立ち尽くす。ライキルは自分に失望した。

 何をやっても上手くいかない自分、手を伸ばしても届かない理想に、ライキルは飢えて、干からびた。終わらない砂漠の真ん中で、オアシスを探しているようなもので、もう一歩も動けない人間がそのオアシスの水で潤うことはない。


 しかし、それはあくまでも、普通の人ならであり、ライキルに限り言えば、彼女のもとにはオアシスの方からやって来る。


 ライキルに直撃するはずだったレイチェルの蹴りは、割って入ったハルによって片手で軽々止められていた。


「邪魔しないでよ!ていうか、あんたどうやってここまで距離詰めたのよ…」


「決着ついたよね?もういいよね、ライキルはもらってくよ」


 そういうと、ハルはボロボロのライキルを抱きかかえて、試合を後にした。


「何よ!そんな実力じゃ、戦場じゃ通用しないんだからね!?」


 感情高ぶるレイチェルだけが、ポツンと広場の真ん中で叫んでいた。


 ***


「痛かったよね、いま、治療してもらうからね」


 ハルの腕に抱きかかえられ、優しい声を掛けられながら、ライキルの体は揺れていた。こんな形で彼に抱きかかえられたくなかった。

 負けたのにこんなご褒美があってはいけない。これでは世界のバランスが崩れてしまうと、朦朧とした頭で、どうでもいいことを考える。


「私、みっともないですね…」


 彼の前で、弱音は吐きたくなかった。できれば彼とつりあうほど強くて魅力的な女性でいたかった。


「ううん、そんなことない、頑張ってるライキルは素敵だったよ」


 ライキルはハルのその言葉を聞いて、自分に腹が立ち、そして、その苛立ちを彼にぶつけてしまった。


「戦いは勝たなきゃ意味ないんです。それもハルは分かってますよね?」


「そうだね、でも、ライキルは最後まで諦めずに戦った。それは立派なことだよ」


「私は勝てなかったんですよ…相手は二連戦して体力も消耗していたはずなのに、それなのに…」


「じゃあ、次どうやったら彼女に勝てるか一緒に考えよう」


「無理ですよ、私じゃ彼女に一生勝てないです」


 その優しさにライキルは、ここぞとばかりに卑屈になって見せた。


「一生勝てなくてもやる価値はあると思うけどな、ライキルが望むならだけど。それにほら、大丈夫だよ、俺がついてるから、一緒にゆっくり進もうよ」


 何をどう突き放しても、優しく寄り添ってくれるハルのその優しさに、どっぷり浸かって落ちていくしかなかった。

 ハルの悪いところは、身内に甘すぎるところだ。特に彼の愛するライキルやガルナの二人なんかに対する態度は酷かった。彼は二人に対してすべて肯定し、間違ったことも力でねじ伏せたりと、溺愛も甚だしかった。


「ハルはいつも私の味方でいてくれるんですね…」


「俺の取り柄はそれくらいだからね」


 微笑と共にかえってきたその答えでライキルは居ても立っても居られず、体の痛みのこともすっかり忘れていた。彼の笑みは痛みを和らげる鎮痛剤だった。


「大好きなライキルさんが幸せでいてくれれば、俺はそれがすべてだから」


 そう言った彼の目は、本当にゾッとするほど深い愛に染まった色に変わっていた。そう、ライキルに思わせるほど、彼から熱い視線を注がれていた。それがライキルにとって、言葉に言い表せないほど、至福だった。


『あぁ、好きだ…本当に、あなたのこと以外考えられないほど、大好きだよ、ハル…愛してる。あなたのためならすべてを犠牲にできるのに、それなのに私は…』


 愛する人が自分に夢中になってくれている。だが、ライキルは一度彼を殺しかけている。もちろん、それも彼と一生一緒になるためだったが、結局あの時のライキルの考え方はただの狂人だったが、それでも、ライキルには、ハルという人間に対して狂うだけの思い出と愛情があった。


「ダメダメだ…」


「どうした…?」


「なんでもないです、それより、ハル、助けてくれてありがとうございます」


「いいよ、礼なんて俺がライキルを助けるのは当たり前だからさ」


 ライキルはハルに連れられて、場外の観客席に着いた。そこでルナの白魔法の治療を受けると、すぐに眠気が誘い、視界がぼやけていた。


「すみません、少し、眠ってもいいですか?」


 ライキルは後ろには座っているハルに寄りかかり、すっぽりと収まるように座っていた。彼に包まれながら癒される白魔法は快感だった。ただ、その間、ルナの視線が、酷く羨望の眼差しに染まっていたのを見ると、なんだかこうしているのが悪い気がした。

 ライキルは彼女に借りがあった。自分の大切な人を自分から守ってくれた大きな借りが。それだけで、ライキルは彼女を受け入れれることができた。


「いいよ、ゆっくり休みな、ライキルは頑張ったよ」


「ごめんなさい、私ダメな女で……」


 ライキルはそう言いかけると目を閉じた。


 ***


 ライキルが傷を癒すために眠っていると、レイチェルも観客席の方に戻って来た。


「彼女を戦場には連れてはいけないってこと、あなたはわかってるんでしょうね?」


 先ほどの試合で水を差したことに納得がいっていないのだろう。意見が衝突した相手に気持ちよく勝てるはずだったのを邪魔したのは紛れもなくハルだった。それでも、一方的にライキルが殴れる姿を見ていられるほど、ハルは平等な愛を持った神様でもなんでもなく、むしろ、彼女への愛を理由に様々な実力行使に走る理不尽そのものだった。


 それにしても彼女のその意見に、ハルも頭を悩ませる。本当は連れて行きたくないが、きっと、彼女は意地でもついて来ようとするだろう。本当にこちらから連れていけない趣旨を伝えれば話は別だが、ライキルの意志を尊重したかった。彼女が戦場で立ちたいならば、ハルは彼女がそうなれるように全力を尽くす。それだけだった。


「それは彼女が決めることで俺たちが決めつけることじゃない」


「足手まといが増えればそれだけで仲間の危険がずっと上がるのよ?実力に見合ったチームで作戦時は望むべきで、そこに彼女の居場所はないっていいたいの、そっちの獣人の女の子は合格だけどね」


 レイチェルがガルナを指さすが、彼女はわけがわからず首をかしげていた。


「わかった、だったら、作戦時彼女は俺の傍につける。それで解決だろ。君たちは気に入った人たちと組めばいい」


「あなたほどの実力なら単独行動が一番よ、それだけ強いなら誰かと組む必要はない」


 剣聖時代にもハルはよく孤立した場所に配置されることがほとんどであり、チームを組めば常にハルの足を引っ張る結果となり、作戦遂行上、剣聖などの強者は単独でかき乱すことが作戦の常となっていた。周りに仲間がいると可動範囲が狭まり、余計な気を遣うことから、剣聖などは常に必要最低限の援護が作戦の成功率を上げた。


「あれだけで俺がどれくらい強いかわかったんですか?」


「私ほどの歴戦の戦士が手も足も出ない。それだけであなたはエルヴァイスと並ぶ程度には強いってこと、つまり化け物。それだけ分かれば十分よ、あなたにはその力で活躍してもらうんだから、お荷物を背負わせるなんて絶対にさせないんだから」


「ライキルはお荷物なんかじゃないんだけど」


 表情には出さないがハルの内心は穏やかではなかった。

 しかし、そんな二人の会話を遮るようにハルたちの前に、仰々しい連中が顔を出した。


 その連中はスフィア王国の精鋭騎士たちだった。


 戦闘にいた騎士の一人が声を上げた。


「そこの男、お前がハル・シアードだな?」


「ええ、まあ、はい…」


 ハルはライキルを抱っこしたまま座っており、きょとんとした顔でその代表した騎士の声を聞いていた。周りのみんなもそうだった。突然現れたエルフの騎士のエリート集団にたじろいでいた。ルナ、サム、ベッケを除けば全員が、何事かと顔に現れていた。その中で一番驚いていたのは言うまでもなくハル自身だった。


「これより、スフィア王国剣聖アルバーノ様がお前と試合を組んでくださる光栄に思いなさい」


 ハルがどう返事をしようか迷っていると、ハルとその精鋭騎士の前にふらりとルナが現れた。


「ん?なんだ貴様」


 その騎士とルナとでは体格差から大人と子供くらいあった。圧倒的な威圧感を持ったそのエルフの騎士にの言葉に動じることもなく、ルナは突然現れた無礼な集団に睨みを利かせていた。


「子供が邪魔をするんじゃない!邪魔だ!どきなさい!!」


 そう言った騎士がルナの肩に手で触れてどけようとしたときだった。

 ルナが目にもとまらぬ速さで隠していた短剣を抜剣しようとしていた。精鋭騎士は見えていない。どう考えても彼女は騎士の腕を切り落とそうとしていた。

 その一瞬を当たり前のように見逃さなかったハルが、ひとこと彼女の名前を呼んだ。


「ルナ」


 彼女が主人の声に振り向くと、そのまま、彼女はその騎士にどかされてしりもちをついていた。


「ハル・シアード、立ちなさい。立って目の前の試合場に向かいなさい。アルバーノ剣聖が相手をしてくれる。武器は預かっているものを持ってきている。試合場に上がったら渡そう」


 その騎士がみんなを威嚇するように命令するが、そんなことより、勝手な行動を取ろうとしたルナにハルは冷たく鋭い声を放った。


「ルナ、何しようとしてたの?」


「あ、えっと、えと、その…」


 ハルの目は怒りを帯びており、それを見たルナは取り返しのつかないことをしてしまったと思い、助けを乞うように酷くオロオロと目を泳がせていた。


「勝手なことしないでね」


「はい…」


 周りのみんなにはハルが優しくルナに語り掛けているようにしか見えなかったが、当事者間では、叱る主人と子犬の関係が出来上がっていた。


「貴様、聞いているのか?我々の貴重な時間を奪うんじゃない」


 横柄な彼らの態度にハルも少しまいってしまった。ただ、それと同時に新鮮な気持ちでもあった。五年前、レイド王国に来たときも最初は剣聖でもなんでもなかったため、周りの騎士たちからキツイ態度を取られたこともあった。それが剣聖になり四大神獣を倒すまでになると、そんな態度をとる人間は、カイぐらいになってしまったのを考えると、昔に戻ったような気分が味わえた。


『あんまいいものじゃないけど…』


 ハルは騎士たちを一瞥すると、そこでひとついい考えが浮かび提案した。


「悪いけど、俺はいま、この子の世話で手がふさがってるんだ。お詫びに俺よりも強い彼女が相手するからそれで許してくれない?」


 そういうとハルはルナを指さしていた。


「こんな子供に何ができる…」


「君たちから見たら子供に見えても彼女は立派な戦士だよ、ねえ、ルナやってくれるよね?俺のために戦ってくれるよね?」


「はい、喜んでやります!!」


 今度はたっぷりと愛情を込めた視線を注いであげると、彼女は即答していた。


「じゃあ、そういうことで」


 ハルはそこで騎士に向かってたっぷりの神威を浴びせてやった。そこで怯え切ったその代表の騎士を有無を言わさず、ハルの意見を通させた。その騎士は今すぐにでも、この場から離れたいといった態度で、すぐに背中を見せ、仲間たちと共に去っていた。


「彼女の武器用意してあげてね!」


 話をつけるとルナに顔を覗き込まれた。答えなければならないことをハルは答える。


「ルナがどこまでやれるのか見てみたいんだ。実力を示して」


 ハルはそれだけ言うと、ルナから視線を外して、ライキルに夢中になっていた。


「はい、必ず、期待に応えます」


 けなげなルナの声にハルは耳も貸していなかった。けれどそれでもルナは満足気に微笑んでいた。

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