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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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実力の証明 前編

 朝が来たのでとりあえず起きたハルはひどい寝不足の状態で、しばらく毛布の中で起きるか起きないかの葛藤を続けていた。

 ゴロゴロ転がっているうちに隣で寝ていたガルナにぶつかる。目を開けてあたりを見渡す。だが、ぶつかったと思ったガルナは寝相の悪さから部屋の隅まで旅に出ていた。ハルがぶつかったのは、座った状態で眠っていたライキルだった。


 ハルは状態を起こして、朝の陽ざしを浴びると、座ったまま寝ているライキルを横にして毛布を掛けた。

 まだ二人が寝ている間に、ハルは身支度を整えるために外に出た。部屋の外に出るとがらんとした長い廊下と閉まり切った多くの扉たちが、朝の静寂の中佇んでいた。

 あくびをしながら、歯ブラシセットを抱えて水がある場所を求めた。水魔法が使えれば部屋にいても窓から水を捨てられたが、そもそも、一般魔法が使えないハルには洗面所なるものを求めてさまようしか歯を磨くすべがなかった。歯を磨くためだけに二人を起こすのも申し訳ないし、だからと言って朝早くから他の人の部屋の扉を叩くのも忍びない。


 ハルは水を求めて宿の外に出た。


 冬の冷たい空気が肺に入りこむことを躊躇したが、この結界内は温度が一定に保たれており、白い息を吐くこともなかった。


 上を見上げると結界で少しばかり空間が歪んでいたが、空は気持ちよく晴れており、こんな非常事態じゃなければ、外に遊びに行き、観光することだって躊躇しなかっただろう。


『観光なんて言ってる場合じゃないんだよな…』


 スフィア王国の王都エアロがどんな状況になっているかは、サム、ベッケ、二人の話を聞いて分かったつもりではあった。光に変えられた人間というよくわからない現象を除けば、エルフたちに襲撃されたことで、街が滅茶苦茶になっていることだけは容易に想像がついた。


 ハルは結局、砦の傍に蓄えられていた、たぶん消化用で、飲み水ではない水が並々と入った大きな樽たちが、乱雑に並べられた場所まで来ていた。背に腹は代えられない状況で贅沢をいう気のなかったハルは、砦の中を歩いていた騎士にその水を少し使っていいかと聞くと、勝手にしろと冷たく言われ、しばしそこで歯を磨いた後、宿に戻った。


 日が昇ってくると宿のみんなが起き始め、賑わいを見せ始めた。みんなが朝の身支度をしている間、ハルはガルナの身支度を手伝ってあげた。

 ガルナのここ数か月で伸びた髪と尻尾をブラシでゆっくりと丁寧に梳いている間、彼女は今日手合わせがあることを楽しみにしていた。


「なあ、あのレイチェルとベッケってどれくらい強いんだろうな、楽しみだな」


「ガルナはどっちと戦いたいの?」


「どっちもだな、エルフと戦う機会は滅多にないから、どっちとも戦いたいな!」


 それもそうだとハルも思った。人にもよるがエルフは争いを好まない印象が強い。彼らを怒らせれば怖いといったイメージもあった。ただ、それは彼らが単純に人族よりも長生きしており、経験の差が圧倒的に違うという点からくるものが一番だった。長寿とはそれだけで強力な恩恵であった。


「そっかじゃあ、今日、そう掛け合ってみるよ」


「あ、あともちろん、ハルとも手合わせしたいんだが、いいか?久しぶりにハルと戦いたい!」


「いいよ、俺だったら好きなだけ相手してあげる」


「本当か!?じゃあ、今日一日中ずっと戦おうな!」


「エルフの二人とは戦わなくていいの…?」


 ハルはガルナの髪を梳き終わると、カバンから着替えを持ってきて彼女が着替えている間。散らかった毛布を片付け、ガルナの歯ブラシセットをカバンから取り出し、着替え終わったガルナの歯を隅々まで綺麗に磨いてあげた。女性の化粧もライキルから多少教わっていた。肌に綺麗な下地を作る程度ならハルにも何とか出来た。そこらへんはライキル、そして、なぜかエウスなどが得意分野であったため、彼らに任せることが多かった。

 と、まあ、そんな至れり尽くせりのこのガルナの習慣は、完全にハルの甘やかしすぎであったのは言うまでもなく、これはライキルにも注意されていることではあった。


『ハル、ガルナのこと少し甘やかしすぎです。ずるいです。それなら私にもやってください』


 それから、ハルはライキルの髪も梳くし、歯磨きまでも時々するようになった。そこらへんは別にハルからしたら苦労でもなんでもなかった。道場のころから下の子たちを見てあげていたし、そこらへんが、すっかり板についたハルは朝だけ完全に二人のお母さん的存在になっていた。


「ライキル寝てるけど、起こさなくていいのか?」


「昨日、いろいろ俺のために付き合ってもらったからゆっくり寝かせておいてあげて」


「そっか、じゃあ、メシ食べにいかないか?お腹すいた」


「そうだね、その前に向かいたいところがあるんだけどいい?」


 ハルはそういうと、ガルナと一緒に、宿の外に出て、医療棟に向かった。


 ***


 ハルは腕に抱きつくガルナと一緒に医療棟まで来た。相変わらずシンプルな四角い箱を高く積み上げたような造りの医療棟には機能性だけが重視されていた。

 医療棟の中に入ると相変わらず人が少なかった。

 天井が高い、長く広い廊下で、ひとりの看護師のエルフとすれ違っただけで、目的の病室に向かうまでハルとガルナ見た人はそれだけだった。ハルはこの医療棟がこのままずっとこの低い稼働率であることを心の中で願った。


 目的の病室に入ると、部屋の奥では窓の外を眺める一人の女性がいた。艶のある黒い長髪が窓から入ってきた風になびいていた。彼女が振り向くと血で染めたような紅い瞳が輝いていた。ハルが視界に入ると彼女は軍人のようにすぐに立ち上がった。背はそれほど高くないが、顔立ちの黄金比は完璧で、鼻筋が通っており、色白で手入れの行き届いた陶器のような肌、少しつりあがった目じりと鋭い眼光は、彼女に近づくものを限定するかのような威圧感を与えるが、ハルを見るときだけはいつ何時も緩み切っていた。

 彼女の印象は一言でいうと美人な年上のお姉さんだったが、その背丈も相まってその圧倒的な美の中に愛らしさを内包した。他を寄せ付けない完璧さのようなものを秘めていた。


 そんな彼女が、恥ずかしそうに後ろに手を組み、もじもじしながら、好意を持った声色でハルに挨拶をする。


「おはようございます。ハル…」


 最後の名前のところは、とても遠慮がちで恥ずかしさが色濃く残った声だった。


「おはよう、ルナ。砦の食堂にいくところなんだけど一緒に行く?」


「はい、もちろん、ご一緒します!」


「じゃあ、準備ができたら来て、病室の外で待ってるから」


「私、もう、準備は整ってます。朝からあなたが来るの、待っていたので…」


 上目遣いで見つめてくるルナ。大抵の男ならばここで心を打たれているのだろう。しかし、ハルの心が彼女に揺らぐことはなかった。


「じゃあ、おいで」


 ハルが彼女に手を差し伸べると、ルナが品を忘れて走ってきた。それはまるで愛犬が大好きな飼い主のもとに駆け付けるようだった。ハルがルナの手を握るとハルたちは病室の外に出た。


 ***


 両手に花。いや違う。左手には殺戮の天使、右手には乱暴な愛らしい半獣人、状態で宿に戻った。宿の前には、エウス、ビナ、ギゼラが、ベッケとレイチェルの二人と雑談をしていた。みんながこちらに気づくとハルを中心にワイワイと集まってきた。


「ハル、朝からいいご身分だな、そんな美人さんを侍らせて」


 エウスは完全にガルナを除外して、ルナだけを見てそう言っていた。まあ、普段からガルナにボコボコされているエウスが、彼女に好意的な言葉をかけることはないというより、ハルとエウスのそこら辺の感覚は大きくずれていたため、ガルナの魅力に気が付けないのも許してあげるしかなかった。それに気づいてもらっても困るのだ。


「エウス、僻むなんてみっともないですよ」


 エウスの傍にいたビナが味方してくれた。彼女もいつだってハルの頼りがいのある強い味方だった。対エウスとして彼女は完璧だった。


「うるさいな…お子様は黙ってろよ、お前なんかじゃ一生到達できない領域に彼女はいるんだぞ?」


「どういう意味ですか?」


「それはほら…」


 そういうとエウスは、ビナの平らな胸とルナの豊満な胸を見比べていた。


「このッ…」


 顔を真っ赤にさせたビナは、エウスの視界から一瞬で消えると、彼に向かって綺麗な下から上へのアッパーを放った。そのアッパーはエウスの顎を正確にとらえ、意識を奪った。そしうて、そのまま空へと打ち上げられたエウスは、誰にもキャッチされることもなく、地面に叩きつけられ潰れた。


「ハルさん、おはようございます」


「おはようございます!いい朝ですね!」


 ベッケとレイチェルがハルに挨拶をした。


「お二人とも、おはようございます」


 ハルは二人に軽く頭を下げた。


「よく眠れましたか?」


「あぁ、いえ、昨日はあまり眠れませんでした。新しい場所だとその、なかなか寝付けなくて」


 ハルは今も部屋で眠っているであろうライキルのことを思い浮かべた。


「今日、新たに物資が届くみたいで、少しは宿の方にも寝具など入ってくるみたいですよ」


「そうですか、それはありがたいですね」


 そこにレイチェルがハルに目を輝かせながら言った。


「今日は、あれでしょ?私たちと手合わせするんでしょ?私、楽しみにしてるんだからね?」


「ああ、そのことなんですが、うちのガルナがお二人と手合わせしたいと言っていたんですが、まず、彼女の相手をしてもらってもいいですか?多分がっかりはさせませんから」


「構わないよ、だけど、私相当強いけど本当に大丈夫?エルフって並みじゃないよ?」


 そうレイチェルが挑発じみたことを言うと、今度は隣にいたガルナが目を輝かせてハルの肩をゆすり始める。


「戦う!戦闘!いつだ?いつ戦えるんだハル?」


「とりあえず、朝食とってからね」


 となだめ、ハルたちは砦の食堂に向かうことにした。


 ***


 砦にある食堂に向かうことにしたのだが、ハルは今だ寝ていたライキルを起こすために、一度宿の部屋に戻った。彼女が起きたとき、自分がどこにいるか伝えておきたかった。なんなら一緒に朝食を取りたかった。


「ライキル…」


 部屋の隅で日光を避けて眠っていた彼女に声をかける。


「ううん?なに…」


 まだ意識が定まっていないライキルが辛そうに返事をする。


「これから砦にある食堂でみんなと朝食を取に行くから、もしよかったらライキルも来て?」


「私も行く…」


「その格好で?」


 ライキルはまだ寝巻き姿であり、着替えも身支度も何も済んでいなかった。


「ああ…待って、私、ハルと食べる……」


「わかった、じゃあ、みんなには後から行くって言っておくから準備しよう」


「うん…」


 そう、うなずくとライキルは力尽きて夢の中に戻っていった。


 ハルはみんなに先に行くように伝えると、寝ぼけているライキルの朝の身支度を手伝った。


 ***


 ハルとライキルが朝食に着くころには、みんなの食事の半分は終わっていた。

 食堂は広く装飾が一切なく、高い壁の上部には小さくかったが窓もわずかについて、細々とした冬の陽ざしを取り込んでいた。

 食堂というよりは食糧庫にテーブルや椅子を入れただけのような、薄暗い室内で、あたりには照明のための炎がいくつも灯っていた。

 外の澄んだ開放的な空とは対照的な行き詰まりそうな場所だった。


 それでも、人というのは適応するもので、どの国にもある普通の食堂のように他の騎士たちや関係者たちは、何の不自由もなく食事を楽しんでいた。みんなもそうだった。


「おい、ハル、こっちだ!!」


 エウスが席を立ち、ハルを呼んだ。


 ハルがライキルと一緒にみんなのいる席に着くと、隣で待ち構えていたサムが一番に話の話題を振ってきた。


「おはようございます、ハルさん」


「おはようございます」


「ところで今日はハルさんも彼らと手合わせするんですよね?」


「え?ああ、まあ、そうですね。互いの戦力を知っておけば戦場で間違った判断を減らせるので」


「楽しみです。私もハルさんの戦闘を見るのは、あの剣闘祭以来ですからね」


「あの場にサムさんもいたんですね」


「忘れもしません、あの剣闘祭の御前試合は、各国の剣聖が束になってもあなたに勝てなかった。あれほどワクワクした剣闘はもう今後ないでしょうね」


 興奮気味のサムが、朝食には目もくれず、ハルとの会話を楽しんでいた。


「だけど、今回は当然手を抜きますよ?こんな非常時にケガさせるわけにもいかないですから」


「そうですね。ただ、あなたのその自信満々って感じ、まさに私の知ってるハル・シアード・レイです。とても頼りになりますよ…」


「ありがとうございます」


 サムはそこで、いまある現状を素直に喜べないことを思い出したのか感情をしぼませていた。


「おいおい、なんか手加減とか聞こえたんですがぁ?」


 向かい側の席で聞き耳を立てていたレイチェルが立ち上がり椅子に片足を乗せて前のめりになっていた。そんな暴れそうになっていた彼女に、ベッケが割って入った。


「レイチェル、座ってください、品がないですよ?」


「だって、ハルが舐めた口きいてますよ?」


「別に舐めて言ってるわけではないのでしょう。彼からはヴァイスみたいに底知れぬ力強さを感じます。もしかしたら、レイチェル、あなたでも手も足も出ないかもしれません」


「そんなことないもん!ていうか、ベッケはあっちの味方なの?」


 レイチェルがハルとライキルを指さして言う。


「私はいつだって真実の味方です。それにハルさんはえっと四大神獣討伐作戦にも参加した実力をお持ちのようで、神獣も討伐したんですよね?」


 再確認するようにベッケが聞いてきた。ハルは答えに迷ったので合間に濁しながらうなずいた。


「あぁ、まあ、はい…」


「なるほど、それだとハルさんは剣聖にも匹敵する実力の持ち主ですね。レイチェルあなたはどうなんです?」


「私だって、神獣くらい簡単に倒せるもん!」


 レイチェルが可愛らしいふくれっ面を披露する。


 どれくらい彼女が生きているか分からなかったが、レイチェルという女性がとても負けず嫌いなことは何となく分かってきた。

 エルフは長寿ではあるが、精神的年齢はその人によって左右されるのだろう。見た目も若さと美しさを長い間保ち、変わらないため、それらは仕方のないことなのかもしれない。そういった点でエルフは羨ましい種族ではあったが、そんな彼らにもそのことで抱える問題もあると思うと、足し引きはしっかりとあっている気がした。


「ハル、だったらこの後、私と一番最初に手合わせしなさいよ!目にもの見せてあげるんだから!その余裕の顔腫れ上げてやるんだから!」


 ハルは困ったように笑っていたが、ライキルとルナの二人の目が完全に据わっていることに気が付くと、ハルは慌ててその場の空気を和ませにかかった。


「よし、じゃあ、このハルさんが相手になってやるぞぉ!」


 その時のハルはあまりにも滑稽で間抜けであった。道化を演じ殺伐とした空気を換え、ライキルとルナ、二人の殺意のこもりかかった瞳の圧を静めようとしたが、失敗に終わった。

 ただ、朝食を食べることに戻ったレイチェルに二人の怒りは届かず事なきを得るのだった。



 そして、ハルたちは食事を終えた後、砦の中にある、騎士たちが訓練していた広場を一時的に貸切って、互いの戦力を見極めるために、剣を交えることになった。

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