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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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生まれ変わり穢れる

 偽った自分でいるのには苦労する。けれど偽った結果得る成果の大きさに比べれば、自分を殺すことだって、相当容易なことだった。

 ルナはとても良い手駒になることは確実だった。レイドの裏社会の元締め。そして、他を寄せ付けない強さ、にもかかわらず、ハルのいうことならば何でも聞く忠実なしもべ。そんな彼女を手放すはずがなかった。これで空っぽだったハルに実質レイドの支配権が戻ってきたのと同義であった。

 もとから支配などに興味はなかったが、剣聖時代知らず知らずのうちに、周りを圧倒的な力や畏怖で縛っていたこと、それは支配といっても変わりはなかった。ただそこに要求がなかっただけで、ハルが一方的に恩恵を与えているだけだった。

 レイド王国を他の追随を許さない圧倒的な力で守護し、国と国の争いを間接的になくし、大陸に平和をもたらす象徴のような存在となった。

 しかし、それは言い方を変えれば抑止力といえた。逆らえば皆殺しという脅しといっても過言ではなかった。圧倒的な暴力とはそれだけで人々の行動を縛り従わせる力があった。


 そういった点でハルは、支配の実行はいつでも可能だった。

 それを望まないハルがあの頃にはいた。まだ、いろんなことが不透明で誰かに振り回され続ける何も知らない子供だったあの頃のハル・シアード・レイには、支配という力の利便性に全く気付けていなかった。

 支配は効率よく自分の思い通りに事を進められる点では、受け身の姿勢よりよっぽど、自分の望みを達成させるためには役立つ手法だった。


 そして、その手法は大切な人を失わないためにも必要なことでもあった。


 これまでに失った大切な人たち、そして、まさに現在失っている記憶の無い人たち、そんな喪失感を埋めるように、ハルは身近な大切な人を守ろうと決意していた。

 例えその途中、地獄に浸かる道を歩んでしまっても自分の手のひらの上で大切な人たちが笑えていれば、それだけで、最悪に沈む身を抱えたとしても笑えるだろう。自分を騙して、騙し続けて、たどり着く未来が明るいのなら、それに越したことはない。そこに自分がいなくても世界はきっと回るから。

 だから、ハルは自分がいなくなった世界で新しく目を向ける景色が、今まで見れなかった陽の当たらなかった影の部分だったのかもしれない。

 だんだんと世界の全体像が透けて見えてきた今だからこそ、分かることがある。


 自分たちのいた世界は針の上の盆のようにあまりにも不安定の上に成り立っていることを。


 不安定な空の天秤。


 ちょっとした偏りで全てのバランスが崩壊する天秤。悪意ある者たちが好きな方向にその天秤を傾ける。そして、その天秤が傾けられるまで当事者たちは気づくことすらできず、傾けられた時には手遅れでもうすでに失っている。

 だから、もう一人の冷酷な自分が囁く。


『それでは誰も守れない』と。


『お前が天秤を支配しろ』と。


 それは、ハルがこの新しい世界で目覚めてから、いつの間にか自分の中に芽生えていた強烈な感覚でもあった。

 何も知らない無知では運命に翻弄され、誰かが放った悪意に殺される。そう、自分の奥底からの悲痛な叫びがあったのだ。


 理不尽とは悪意の集積であり、予測不可能な悪意が募った未来だった。


 ハルはそれらをどうにか観測予知して、四大神獣討伐のように先手を打って、滅ぼしておきたかった。自身の幸せな世界を創造するという利己のためだけに。自分が世界に対して理不尽になる必要があった。そのためならどんな手段も臆さない構えだった。


 変わってしまう自分が不気味さに、ハルは医療棟からの帰り道、ひどくかすれた短い自分の笑い声を耳にしていた。


「さよなら、昔の自分…」


 優しいだけのハルはもうどこにもいない。

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