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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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作戦会議

 砦の中にあるサムの部屋に集まって、ハルたちは今後の予定について話し合うことになった。部屋の中は四角い箱のような形で窓一つなく、毛布が一枚置かれているだけのまるで独房だった。しかし、この緊急事態の中、他国の人間に雨風をしのげる部屋を用意してくれるだけでも十分寛容であった。

 ハル、ライキル、エウス、ビナ、ガルナ、ギゼラの六人が押し入っても、手狭に感じないほどには部屋の広さも天井の高さも十分確保されていた。ただ、広ければ広いほど、内装の無さで寂しさは増していたのだが、それすら贅沢といえた。


「王都奪還というより、サムさんの仲間たちを探す方がいいかもしれませんね」


 ライキルがひとりごとのように呟くと、エウスが反応した。


「いや、その前に、王都内の状況を確かめるのが先だろ?人間が光に変えられたって意味が分からなすぎる」


「光る人間…何かの魔法ですかね?」


 ビナも知見の無い情報に頭を抱える。


「全員、叩きのめした方がいいんじゃないか?」


 暴虐無人な発言がガルナから出る。


「裏社会でもそんな魔法聞いたことないですね…ルナさんならもしかしたら何か知ってるかもしれませんが…」


 空っぽの部屋でみんなは腰を下ろし輪を作って頭を抱えていた。


 ハルも光る人間について考えを巡らせていた。もしも、サムの言った通り何らかの魔法で姿を変えられた民間人なら、街中で下手に暴れまわることもできず、光る人々の救出が最優先になることろまでは見えていた。


『サムさん、人を連れてくるって言ってたけど、誰を連れてくるんだろうか…』


 スフィア王国側はこのハルたちのいる拠点の再建に力を注いでいるようで、協力的ではないし、この状況で彼に力を貸してくれる人はいるのだろうか?と考えが浮かんだ。


『ん?あぁ、そうか、もしかして、サムさんが言ってた』


 ハルが自分で答えを出す前に、部屋の大きな扉が開いた。


「お待たせしました。協力者をお連れしました」


 ハルたちの前に二人の男女のエルフが姿を現した。エルフ特有の超高身長がみんなの見る目を奪う。


「どうも、皆さん、夜遅くにお邪魔します!」


 明るく元気そうな女性のエルフが愛想よく入室する。


「失礼します」


 反対に後から入ってきた男のエルフの方はとても落ち着いており、逆に落ち着きすぎて近寄りがたい雰囲気すらあった。

 ハルたちは立ち上がって彼らを迎え入れた。


「皆さんに紹介します。こちらの女性が…」


 そこでサムの言葉を遮るようにレイチェルが男のエルフの腕にしがみついて言った。


「私の名前は【レイチェル・ベートレル】って言います。そして、こちらの彼が【ベッケ・ベートレル】私の夫です!」


 彼女はひとつウインクする。隣りのベッケは顔色ひとつ変えずに、ハルたちに「よろしくお願いします」と礼儀正しく頭を下げていた。一方、彼女は彼の隣でニコニコとみんなの顔を見渡していた。


 それから、ハルたちも彼らに自己紹介をした。


「初めまして、ハル・シアードです」


 ハルがエルフ式の挨拶をすると、ベッケは言った。


「私たちに対してそこまでかしこまる必要はありません。私たちはこう見えてもただの一般人ですから」


「そうなんですか?スフィア王国に仕える特殊部隊とかではない?」


「残念ながら、今の我々はエルフという種族の恩恵で長生きしている一般市民にすぎません。ですので、敬称や敬語は必要ありません。気軽にお話ください」


 そうはいっても彼の前だとハルは少しばかり緊張した。彼にはなんともいえぬ鋭いオーラのようなものが纏っていたからだ。神威ではなかったが、個人が持つ特有の空気、それが彼の場合とても冷たくとげとげしていた。研ぎ澄まされた礼儀正しさの鋭利さが刺さるようなそんな感じだった。

 そんな近寄りがたい雰囲気がある彼なのだが、同時にとても親切で話せば柔らかな態度が彼の誤解が解けるのが早かった。


「ねえ、ねえ、私はサムさんからあなたはハル・シアード・レイだって聞いたんだけど、あなたは偉い人じゃないの?特名は偉い人しかもらえない特別な名前だったよね?」


 特名であるレイを名乗るのを控えているのは、きっと現状で、レイドの特名名簿にハル・シアード・レイの名前が記録されていない可能性が高かったからだ。そこに名前が無く特名を名乗るのは重罪に値した。そのため、公共の場では自ら極力、レイの名前は出さないようにすることにしていた。


「俺もそのなんていうか…ええ、そうですね。俺もあなたたちと同じで、今はただの一般市民です。なのでお二人も気軽に接してください。そっちの方が俺も助かるんで」


「わかった。じゃあ、ハルでいいよね?私たちもレイチェルとベッケでいいからさ」


「それでお願いします」


 それからみんなの自己紹介は円滑に進んだ。ライキルがレイチェルに対抗心を燃やすように負けじとハルの妻であることを打ち明けると、レイチェルが興味津々にライキルに質問をしてはすぐに仲良くなっていた。ただ、ガルナも私も妻だぞと対抗心を燃やしたことで、話がこじれ、レイチェルは困惑していた。その間に、エウス、ギゼラがサラッと自己紹介済ませる。そして、ビナの番になると、レイチェルの興味が彼女に向いた。


「ビナ・アルファです。よろしくお願いします」


「うわぁ、可愛い!年は何歳?お父さんとお母さんは?」


 エルフから見ればビナは子供に見えるのも無理はない。巨人と小人位の差があり、種族間でなければ相手の年齢など見ただけではわからないのが常だった。だからこうしたすれ違いが起きてしまう。


「私、こう見えても十八歳でもう大人です…」


 ビナの顔が膨れると、レイチェルの顔はやってしまったというあからさまに動揺していた。


「ごめんなさい!エルフの目から見るとそのあなたぐらいの背の人は子供に見えちゃって…もしかして、ビナちゃんはドワーフ?」


 ちゃん付けの時点でまだ彼女の目にはビナが子供に映っているように見えたが、エルフから見ればここにいる全員が子供と大差ないといえた。そのため、彼らは見た目で他種族の成熟度を見極めているといえた。


「違います。ヒト族です」


「混血でもなく?」


「多分、そうだと思います。両親はどちらもヒト族なので」


「そっか、ごめんなさい、これから気を付けますね」


 レイチェルがしゃがみこんでビナの頭をなでていた。ビナはその彼女の行為に腹を立てていたがどこか嬉しそうにも見えた。


「自己紹介も済んだことですし、今後のことについて話しましょうか」


 その後、殺風景な部屋にレイチェル、ベッケ、サムを加えた九人で腰を下ろし、今後のことについて、話し合った。

 その中で、現在スフィア王国の王都エアロを占領している組織の全貌が、レイチェルとベッケのおかげで見えてきた。


「今回の騒動の首謀者は【ミルケー・ダレット】というエルフです。彼女は、元フルブラットという組織の一員で、私たちの同胞でした」


 そう説明するベッケ本人の表情が、今日の暗雲垂れ込む空のように曇っていた。


「フルブラットって…あのフルブラットですか?あの四大犯罪組織の…」


 ギゼラが驚きを隠せず、食い入るようにベッケに質問していた。


「ええ、裏社会ではそのように名が通っているようですが、実態は、私の親友であるエルヴァイスが、何百年も前に立ち上げた純潔エルフの血統を守るために発足したグループの名前でした。それが今では犯罪者たちのシンボルとなって、過激な組織として利用されています」


「それじゃあ、そのフルブラットを束ねているのが、そのミルケーというエルフなんですか?」


「そうです。彼女は組織を復活させて乗っ取っているんです。本当のフルブラットは一度エルヴァイス本人が直々に組織を解体しています。それがミルケーによって復活させられ、悪用されていたのです。ただし、そのミルケーによって再建されたフルブラットですら、エルヴァイスによって一度潰されています。だいたい、500年くらい前の出来事になります」


 500年という途方もない遠い昔のことにみんな頭の整理が追いつかない様子だった。


「ということはフルブラットは二度解体されているということですか?」


 ギゼラは裏社会の住人であるからか、彼の話に興味深々だった。


「ええ、今の裏社会でフルブラットの名前が上がるのも、エルヴァイスの伝説が語り継がれているところが大きいです。彼は一度酷い戦争を起こしていますからね」


 しかし、その時のベッケの語る顔はとても子供が大人に自分の宝物を自慢するような無邪気さがあった。そこには一般人とは異なった感覚を彼は持ち合わせている気がして、やはり、彼を一般人の枠にとどめるのは難しかった。そこにはしっかりと裏社会で経験してきたものが滲み出ている気がしたからだ。


「まあ、それとは別に実際にミルケーの下でフルブラットが犯罪のシンボルになり、犯罪組織として活動しているのもまた事実です。彼女のもとには500年前から生き残っている歴戦の戦士たちもおり、戦力も桁違いです。現存している各国の騎士団でも止めるのは不可能でしょう」


 それからベッケは次々と現実的な状況を突き付けてきた。


「スフィア王国の意向に沿うと、外部に協力を得られないのが現状です。国内の問題を他国に協力を仰げば、国どうしのパワーバランスが崩れてしまう。ジェニメア女王はこの問題を大事になることで発生する、後の要求や内政干渉などを恐れているのでしょうね。サムさんがいることで帝国は仕方がないと思っているようですが、これ以上、協力する国を増やしたくないと思っているようで、国の危機であるのにも関わらず、賢い女王様は将来のことまで考えているようですね」


 ベッケは別に皮肉を言っているわけでもなく淡々と事実を語った。


「そこでスフィア王国と帝国そして、私の運営する組織の三つの勢力だけで密かにミルケー打倒するとなると、それはあまりにもリスクの高い賭けになってしまいます。それに私の私兵も現在は各国に散らばっていて集められても100人程度が限界で、それも数か月後です。帝国のサムさんの援軍もここに来るかはまだわからないんですよね?」


「すでに動かせる部隊はこちらに呼んでいます。ただ、ベッケさんの話を聞く限りでは剣聖クラスが駆け付けなければ意味がないように思いましたね」


 サムがチラッとハルを一瞥していた。


「ええ、一度レイチェルが、ミルケーの下にいる部下たちと戦闘しているのですが」


 ベッケがレイチェルに会話のバトンを投げる。


「うん、あいつら強いよ、長生きしてるだけはある。普通の騎士じゃ、経験だけで圧倒的な差があるからね。私も命からがらで逃げ切るのがやっとだったんだから」


 そういうとレイチェルがベッケの腕に抱きつくように腕を回していた。


「レイチェルも戦闘は得意で、そこら辺の精鋭たちよりは頭ひとつ抜けています」


「そうなのか!?」


 急に立ち上がったガルナが目を輝かせていたが、「邪魔しちゃダメだよ」とハルが彼女の目を両手で塞いで興奮を抑え、その場に座らせる。


「レイチェルも古くからの戦士で接近戦が得意です。主に体術が得意ですね」


「体術!いいな、私と手合わせしないか?」


 ハルは興奮するガルナを押さえながらも、エルフの長い手足から放たれる体術は強いんだろうなと思った、その体格の優位性でガルナがどう立ち回るのかも実は見てみたくあり、危うく止めるのを止めそうになった。ハルは彼女に甘い部分があった。


「怪我でもしたらどうするのさ」


「しないぞ、私、強いから」


 そこでベッケがみんなに言った。


「互いの実力を知る上でも明日軽く手合わせするのも悪くないですね」


「ほんとか!お前、いいやつだな!」


 ハルはそこでガルナを押さえるのを止めてあげた。納得いかない顔をしていると、隣でライキルがこちらを見て微笑んでいた。ハルはその笑顔にどんな意味が込められているのか分からなかったが、彼女の笑みでいろいろ納得してしまった。


『あ、ていうか、ライキルは戦場に出したく…』


 ハルはライキルに語り掛けようとしたが、この場でいうべきことでもないと思いとどまった。


「ちなみに、私のベッケは魔法がとっても得意で、たぶんこの中だと一番強いです」


 レイチェルが自分の旦那を自慢する。しかし、当然聞き捨てならない彼女のセリフに、サムが口を開こうとしたが、それよりも遥かに早くライキルが口を開いた。


「ハルより強い人はいません」


 きっぱりと、ライキルはみんなの前で言い放った。


「え、だって、ベッケはエルヴァイスにも勝ったことがあるんだよ?あの凶暴な男の本気を一回止めてるんだよ」


「ハルの前ではみんな赤子同然です」


 ライキルは、レイチェルと目も合わせず、淡々と言葉を返していく。そのおかげでただでさえ新鮮な空気が入りずらい部屋の空気が淀んでいく。


「ベッケは魔法使いの最高峰なんですよ?四大魔法はもちろん、膨大な特殊魔法も扱えるし、結界だって張れる天才なんだから!」


「そんなの全然関係ありません。ハルの前で人間は無力です。いくら魔法が使えようと魔法を発動する前にハルは相手を倒せます」


「ちょっとライキルさん、やめてください…」


 ハルが止めに入るが、ライキルは口を閉じてくれなかった。


「そういう人たちは何度も見てきました。けれど、みんなハルの前で膝を折って降伏の言葉を告げてきました。あなたが認めなくてもいいですが、これは世界の真実のように絶対不変のことです。いいですか?ハルを他の人間と一緒にしないでください。ハルに勝てる人間なんてこの世にひとりもいません」


「うちのベッケはすごいんだから!そんな百年も生きていないような若造に負けるわけがないよ。だって、彼すごく弱そうだもん!」


「年は関係ありません。勝った者が勝者なんです。あと、別にあなたが認めないのはいいんですが、ハルの悪口だけはやめてください。私の癪に障りますから…」


 ライキルの体の周りから少しずつゆっくりと殺気が立ち上り始める。


「弱そうに見える男に弱いって言って何が悪いのよ?」


「その口縫い合わすぞ」


 ライキルの目の色が変わったところで、ハルが後ろから優しく抱きしめた。もちろん、それは拘束を意味していた。


「ライキル、嬉しいけど。でも、ダメだから」


「…あ…その…ごめんなさい…」


 我に返ったライキルが後ろを向いて謝る。そこにはもう鬼のように恐ろしいライキルの姿はなかった。


「レイチェル、主観の過大評価は良くない。彼らとはこれから命を預け合う仲になるんだ。信頼関係を崩すようなことはやめてほしい。あと、私は戦闘で君に一度も勝ったことがないだろ」


「そんなことないよ…」


 いじけるように言うレイチェルをわき目にベッケは頭を下げた。


「すみません、彼女が取り乱してしまって」


「いえいえ、こちらこそ、すみませんでした」


 ハルも慌てて頭を下げる。


 レイチェルとライキルは気まずそうに視線を泳がせていた。自分たちは悪くないと意地を張っているようでもあった。


「ですが、ハルさん、私もあなたの実力が少々気になるところはあります。サムさんからお聞きしています。相当お強いようで」


「えっと、はい、戦うことは得意ですね」


 そこで腕の中にいたライキルが口を挟む。


「謙遜しないで、ハルも自分のことを少しはアピールしてください」


「まあ、神獣とかでも結構いけます」


「結構どころか、四大神獣を討伐してますから!!」


 腹を立てながらライキルがしたから喚く。


「それは本当ですか?ですが、私の記憶だと、ハルさんのような名前は…」


「ああ、いいんです。あんまり気にしないでください。でも、戦闘では役に立つと思うので、一番危険な場所に配置してください!」


 大人な対応を見せるハルにライキルは不満げの様子だったが、抱きしめられているうちに彼女はそんなことどうでもよくなり、会議中はずっとハルの腕の中で静かにニコニコしていた。


 話が再び王都奪還作戦に戻った時に、話を整理していたエウスが、ベッケたちに質問していた。


「ちなみになんですが、そのさっき名前が出ていた、エルヴァイスという人は今どこにいるんですか?」


「彼は、女王救出の際、城に残りそこで別れた際、ずっと行方不明なんですが、彼は無事なはずです」


 その時のベッケの顔は自信に満ち溢れていた。


「そうそう、あいつは心配するだけこっちが損するだけなんだから」


 レイチェルもあきれた様子で、そこから彼に対する絶対的信頼が彼らの間にあることは見て取れた。


「まあそれでも、万が一捕らわれていた場合のことも考えて王都奪還はなるべく早く実行した方がよいでしょう。ミルケーたちが態勢を整え、次の目標を定める前にも」



 結局のところ今日の段階ではあまり話は進まず、ハルとベッケたちとの間にあった情報の差がなくなった程度で、具体的な方針は一切決まらなかった。


 襲撃者はミルケー率いる新生フルブラット。

 その新生フルブラットの構成員は全員手練れで普通の騎士では歯が立たないこと。

 王都エアロには結界が張られており、中にいる人々は全員光に包まれた人間となっている。

 王都内にはサムの仲間たちと、ベッケとレイチェルの友人である、エルヴァイスが囚われている可能性があるということ。

 援軍はほぼないということ。


 だが、そこでまだ、ベッケとレイチェルには伝わり切っていないことがあった。それはハルというひとりのイレギュラーすぎる存在のことだった。


「なんでさっきは本当の実力明かさなかったんですか?ハルはもっとすごいのに…」


 ハルたちがサムの部屋を出て、今夜泊る宿に向かう途中ライキルが言った。


「やっぱり、ああいうのって、口では伝わんないと思ってさ、それになんかかっこ悪くない、私が四大神獣を倒しましたって…だって、今のみんなの記憶では白虎はレイドと帝国が協力して倒したことになってて、黒龍の討伐だって原因が分かってないんでしょ?そこで俺がやりましたって、誰も信じてくれないよ」


「そうですけど、なんだか納得いきません」


「俺はライキルが知ってくれていればいいと思ってる」


「ハル…」


 ライキルが腕にしがみついてくると歩きづらくなった。だが、それはハルにはとても必要な不自由だった。


 その後、ハルたちは、ベッケたちも泊っている砦内の敷地に、即席で建てられた木造の宿に招待された。その宿は防御の観点からも安全とは言えなかったが、砦の中のあんな、のっぺりとした生活感のない牢屋のような部屋に比べたら、木で建てられた部屋は親しみを感じ精神的に快適だった。しかし、相変わらず物資が少ないため、家具などは一切なく簡素なものだった。それでも、窓などがしっかりとついており、居心地は格段に良かった。


 宿は二階建てで長い廊下に小さな部屋が永遠と連なっている構造で、トイレやお風呂は別にあった。本当に寝泊りするだけの場所でもあった。


 ハルたちはその二階の空いた部屋にそれぞれ人数分部屋を取った。ハルはライキルとガルナと一緒の部屋にした。三人が限界の広さでそれ以上だと手狭さを感じるほど部屋は狭かった。

 そう考えると、サムの方が特別待遇なことがよく分かった。だが、あんな部屋はこちらからお断りだった。


 それから部屋でしばらくダラダラした後、夜も深まってきて寝るまになった後、ハルが立ち上がり扉の前に向かった。


「ライキル、ガルナ、少しルナの様子を見てきたいんだけど、ここでお留守番しててもらっていい?」


「あ、だったら、私もついていくぞ?」


 すると立ち上がろうとしたガルナをライキルが止めた。


「ハル、留守番は私たちに任せてルナさんのこと見てきてあげてください。ガルナは私とここにいましょう」


 ガルナは無邪気に分かったと言って、素直にライキルの隣に座りなおした。


 ハルはそんな彼女たちを見て一度引き返して、二人の前でしゃがんだ。


「すぐに戻って来る」


 ライキルとガルナ、二人の頬にそれぞれ口づけした。すると、ライキルが不服そうに唇に人差し指をあてながら、物欲しそうに言った。


「ここでも良かったんですけど…」


「そこだと、ライキル、離してくれなくなるでしょ?」


「まあ、はい……」


 照れているライキルの頭を優しく撫でると、ハルは部屋の扉に向かった。


「先に寝てる?」


「いえ、ハルが戻ってくるの待ってますよ」


「そっか分かった。じゃあ、待ってて、俺も一緒に二人と寝たいから」


「はい、待ってます!」


 ライキルの笑顔を最後に、ハルは部屋の扉から出て行った。

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