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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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語り部サム

「その時の私は、少しばかりの重要な任務で、スフィア王国の王都エアロに滞在していました。その任務は、帝国に牙をむいたグループがいたので、その犯罪者たちの調査という名目上の暗殺でした。私は部下たちにそのグループの後を追わせていたんです。ただ、その犯罪グループはどうやら、エルフの森に逃げ込んだようで、まあ、居場所は突き止めたのですが、訳があって手が出せなかったんです。

そんな感じでそのグループの監視を続けていたのですが、あるときを境に不審な輩が街に現れ始めたんです。何やら人目の着く街の中央広場で主張といいますか、抗議を始めたんです。今に思えばあれは宣戦布告のようなものでした。街の中央に集まった数人のエルフ。といっても年は見た目からでは判断できなかったのですが、子供ではありませんでした。何やら赤い紋章が刻まれた白いローブを着た連中が、街の中で堂々と純血のエルフ以外種族に対して差別的発言を繰り返していました。いや、暴言ですかね?とにかく根拠も倫理もあったもんじゃない酷い主義主張でした。そこに何人かの騎士たちが、彼らの演説を止めさせて解散させたんですが、彼らは次の日も、そのまた次の日も、広場に現れては差別的発言を繰り返していました。


 そうして、迎えた今から数週間ほど前の昼下がりのことでした。


 あれはいつも通り、窓際の席で紅茶を飲みながら部下からの報告が来るのを待っているときでした。大きな振動とともに、轟音が響き渡り、外から街の人々の悲鳴で埋め尽くされたんです。私は慌てて滞在していたホテルの外に出ました。そこに広がっていた光景は地獄とそう変わりありませんでした。完全武装したエルフの兵士たちが、街の人々を襲っていたんです。戦火はあっという間に街を飲み込んで、至る所で黒煙を吐き出していました。

 ホテルには任務を中断した私の仲間たちもいました。新人のリットンという青年だけは森で監視を続けていたため、街にいなかったのですが、あとの仲間は私と同様、いち早く危険を察知して、外に出ていました。逃げ惑う人々の中、冷静沈着な彼らに私はこう命令しました。

『自分の命を優先で、できるだけ多くの避難民を街の外に誘導しろ。それが終わったら、エルフの森に建てた自分たちの拠点で待機。私は王城で王族たちの身の安全を確保してくる』と、最優先事項は友好国の要人たちの安否でした。ここで、スフィアの現女王に何かあれば、混乱が広がることは必至でした。帝国の属国であった暗殺やシフィアム王国の王都壊滅に続き、スフィア王国の王都襲撃とくれば、時代は加速度的に、悪い方向へと進んでしまう。それだけは、避けたかった。みんなが積み重ねてきた平和という壁を崩したくなかった。

 そのため、私はこの事件を少しでも抑えようと非力ながら、奔走しました。

 道行く先に現れた武装したエルフたちを殺して周りながら、王城を目指しました。王城はすでに、武装エルフたちが占領しており、多くの聖騎士たちの死体が転がっていました。隠密が得意な私は、混乱に乗じてその武装エルフが跋扈する城内を突破して、謁見の間にいた女王ジェニメアのもとにたどり着きました。彼女の傍には殺気立ったスフィア王国の剣聖アルバーノがおり、私が入ってきたときは彼が斬りかかろうとしてきたので、焦りましたが、帝国からの使者というあながち間違えではない言葉を選び取ると、何とかその場で彼は刃を収めてくれました。そこで私は自分の立場と、外の状況を伝えると女王ジェニメアは、私を信用し受け入れてくれました。そこで私がここから逃げ出すことを提案すると、彼女は強気の姿勢でその件を却下したんです。王たるもの国とは最後まで寄り添うべきだと、そこで私は彼女に言いました。『外にいる襲撃者たちは全員ただの賊じゃない。ここにいる兵力だけでは防ぎきれない』その時、私と剣聖の彼以外、精鋭騎士が少数と戦力的にもとても頼りありませんでした。なんせ外で暴れていたのは全員、精鋭騎士を片手間で倒せるほどの実力者ぞろいで数で押されればこちらに勝ち目はありませんでした。私はこの状況を打開すべく剣聖の彼に説得するように助力を願いましたが、彼も実力に自信があるからなのか、ここで専守防衛の意を固めていました。彼は、女王の意見に賛成だったんです。しかし、それでは、スフィアはここで終わってしまうと思った矢先でした。三人のエルフたちが新たに扉を開きました。

 全員が金髪碧眼のいわゆる純潔のエルフたちでした。私たちはとっさに武器を構えて戦闘態勢を取りました。ですが、その中の一人の青年ぐらいに見えるエルフが武器も持たずにひとり歩いてくるといいました。『俺はエルヴァイスってもんだ。全員早くここから逃げるんだ。もたもたしてると厄介な奴らが来るぞ。ここはもう戦場だぞ、ガキども』その男は礼儀も何もなく王城の謁見の間に入ってきました。そんな無礼者に剣聖や精鋭騎士、周りの残った貴族たちも彼を軽蔑の目で見ていましたが、彼はそんなこと気にも留めずに続けました。『何してんだ。さっさとここから出てけよ、時間がないんだ。ボケっとしてんなぁ』そこで剣聖アルバーノがエルヴァイスの前に立ちふさがって言った『貴様に何の権限があって、我々に命令している』そうすると、男は面倒くさそうに苦笑いをした後、剣聖アルバーノを目にもとまらぬ速さで地面にたたきつけねじ伏せました。

 超高身長の彼でしたが、私はその彼の初動の動作すら見えませんでした。格の違いを見せつけられた私たちは、彼の意見に従う他ありませんでした。『貴様、この私を…』アルバーノの屈辱的な顔をエルヴァイスが見下ろすが、すぐに視線を決定権を持っていた女王に移すと、『女王様、あんたは国と心中する気でいるんだろうが、それはなんていうか、あんまり賢いやり方じゃねえと自分で思わないかい…?』女王ジェニメアが顔をしかめる。『あんたが生きていれば国は何度でもどこからでもやり直すことができる。それともあんたはその立派な玉座(イス)の方が、そんなに大事なのかい?』ジェニメアが自分の座っていた玉座に目をやるとすぐに立ち上がった。『上に立つと視界がぼやけちまう。あんた今外がどうなっているか知ってるか?地獄だ。今もお前を守るために犠牲になり続けている騎士たちもいる。お前がここにいるせいでな』ジェニメアは何も言い返せず自分の判断ミスに対して自己嫌悪と焦りを感じていた。『俺の仲間たちがあんた達を安全な場所へ案内する。ベッケ、レイチェル、お前たちだけで脱出できるな?』扉側にいた男女のエルフが黙って頷いていた。エルヴァイスが手の下に押しとどめていた剣聖アルバーノを離す。彼はエルヴァイスを凄まじい剣幕で睨んでいたが、この緊急事態の中取り乱すことはなく、襟を正すと武器を構えたまま、女王の方へ後退していた。彼もエルヴァイスという男に実力で敵わないことを悟ったこともあったのだろう。

 それからすぐに私たちは、王城にエルヴァイスを一人残して、彼らについていくことにした。『あの、あなたは一体何も何ですか?』ジェニメアが彼に尋ねると、エルヴァイスはつまらなそうに答えた。『ただの一般市民だよ。あんなたが女王なのと同じくらいにな』彼はそういうと退屈そうに笑ったあと続けた。『長生きしてるだけだ。それだけだよ、お嬢さん』ジェニメアがその答えを聞くと、彼女は剣聖アルバーノに腕を引っ張られて、謁見の間を出ていきました。私もすぐに彼らと一緒に謁見の間を後にして王城を出ました。

 それから地獄のように燃え広がった炎に包まれた街を、私、女王ジェニメア、剣聖アルバーノ、少数の精鋭騎士たち、残った貴族たちと一緒に脱出しました。

 追っ手を追い払うのと逃げるに必死でしたが、街には巨大な植物や、ピンク色の煙溜まり、そして、光の翼を携えた天使のようなものを見ました。そして、王城の方に飛んでいく黒い輝きを見ました。きっと襲撃者たちの仕業でしょう。それらを確認するすべも余裕もないまま、何とか逃げ切った我々は、こうして、エルフの森に仮拠点を作って反旗を翻す機会を伺うことにしたんです」


 サムはそこで一息つくと、呼吸を整えて声の調子を落としていった。


「その後の王都は巨大な結界に包まれて、中にいた人々はみんな光になってしまいました」


 黙って聞いていたみんなの頭上に一気に疑問が浮かんだ。光になるとは?


「光になるってどういう意味ですか?」


 ギゼラが声を上げる。


「想像がつかないと思いますが、言葉通りの意味です。襲撃後の王都にいた人たちが、人間をかたどった光に変えられていたんです。【光人】とでもいえばいいでしょうか…」


「サムさんは襲撃後の王都に行ったんですか?」


「はい、待ち合わせ場所にいなかった仲間たちを探しに」


「待ってください、それだったら、リオは…リオはどうしたんですか?」


 ギゼラが深刻そうな顔でサムに言い寄る。


「話しそびれましたが、彼も襲撃のとき私の近くにいて、仲間たちと同じ指示を出していました。それでも、誰も集合場所には戻らなかったんです…」


 サムも悔しそうに奥歯を噛んで顔をしかめていた。


「王都の中の光人は、元人間のはずです。人数的にも多分そうなんです。だから、王都にいる人々を光人に変えた魔導士か何かをたたけばみんなもとに戻るはずです。これは憶測でしかありませんが、何かしら助ける方法はあるはずなんです」


 サムの話はそこで終わった。


 重苦しい雰囲気の中、誰もが何を言えばいいのかわからない状況で、ハルが口を開いた。


「サムさん、俺でよければいくらでも力を貸します」


 サムの目に希望の光が灯り、まるで天国から差し込む聖なる光に当てられたかのように表情が明るくなった。


「仲間たちのこと助け出してあげましょう。必ず」


「はい、ありがとうございます、ハルさん…」


 サムはしばらく顔を伏せて自分の気持ちに整理をつけているようだった。大切な人たちが危険にさらされている彼がこうして思いとどまっているのも彼が強い人間である証であった。ハルも自分の身に置き換えたとき、こういう状況の場合、少しでも味方は多いほうがよかった。いくら強くても心の支えは重要なのだと、ハルでさえそう思うのだ。人間は脆くしぶとい生き物なのだから…。

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