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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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憶測と訪問

 暗闇の中頼りない手元の明かりを頼りにサムの後を着いて行くこと数十分ほどで、彼が足を止めた。

 そこはまだエルフの深い森の中であり、街などからは程遠い場所だった。辺りには冬支度をし終えた木々とその残骸である枯れ葉の絨毯が広がっているだけで、殺風景な場所だった。

 冬の森と言っても雪が降っていないため、辺りは秋の森を熟成させ放置したような、秋の名残をところどころに残していた。これで雪が降ればその名残も一瞬で消し去られるのだろうが、頭上に重く垂れこめる闇を形成し続ける暗雲は、まだ白い結晶で辺りを埋め尽くすか決めかねていた。


「ここには魔法による結界が張ってあります。許可なく入ると侵入者として判断されてしまうので、少し中の人たちと話しをつけて来るのでここで待っていてください。すぐに戻ります」


 それだけ言い残したサムは、ハルたちから遠ざかり、殺風景な森の中の闇に姿を溶け込ませていった。


 待っている間、ハルはみんなに自分が知っているだけの情報を共有した。といってもハルもスフィア王国の王都エアロが陥落し、現在、その街が賊どもに占領されているぐらいのことしか聞いていなかったが、みんなで王都を観光などという夢のあった話が終焉を迎えたことは確かだった。

 それに占領されたとなるとことは急を要しており、ハルたちの中にも緊迫感が増していた。それでも、まだ、実際に何が起こりどのような状況なのか一切把握できていないため、現実味だけが欠けていた。


「私たちがいた時にはそんなそぶり一切ありませんでしたけど。どこの組織か目星は着いているんですか?」


 輪になりみんなで話し合いをしている中、ギゼラも難しい顔をしていた。ことの緊急性や重要性を理解するだけの常識は彼女にもあるらしい。


「そこまではまだ聞いてない。俺もただスフィアの王都が陥落したって聞いただけだから」


 ハルはまだ背中で気を失っているルナを背負ったまま答える。こういう時こそ彼女の意見を聞いてみたかったが、ハルの自業自得であった。


「スフィア王国は私たち裏の人間の観点から見ても一番手を出しずらい場所ではあったはずなんです。エルフは長寿で様々な面で、知識や経験が豊富で、いろいろ他国の追随を許さないほどには優秀で対応力の高い国と聞いています。それに何よりも長寿であるがゆえに一般人でさえ高度な魔法を扱える人が多くて、エルフがいるというだけで抑止力になるのに、スフィア王国のそれも王都ほど難攻不落な街が、陥落となると…相当大きな組織的犯行だといえますね…」


 裏社会を見て来た彼女の意見は参考になるし、ハルもその通りだと思った。ハルも数か月前には裏社会に足を踏み入れる機会があったが、国全土は無理でも、ひとつの街を占領できるほどには強力な軍隊を持った国境なき組織があることをハルは知っていた。


「でも、またなんで、スフィアの王都を狙ったんでしょうかね?スフィア王国の守りは他の国に比べると堅牢で、同じ大国の王都を狙うならまず、復興中のシフィアム王国が楽ですし、ますますここを狙った意味が分かりません…金か、あるいはそう実力の証明か…だとしたら単なる賊ではないですし、厄介そうです。ルナさんの意見も聞きたかったですね」


 ギゼラはハルの上で幸せそうにスヤスヤと寝ている彼女に渋い視線を送っていた。


「ギゼラから見るとそうなんだね」


「ぶっちゃけ、いまの段階ではなんも分かりませんけんどね。正直これほどまでことが大きいと憶測で語っても意味ないですし、まずはサムさんたちからの情報を仕入れないことには始まりません。それでやっと見えて来ると思います」


「そうだね」


 ギゼラの裏の人間としての立ち回りにハルは感心し、少し彼女のことを見なおしていた。そして、背中で眠るルナのこともなおさらハルは、気が抜けないと思った。


 しかし、そこでビナが小さく呟いたのをハルは聞き逃さなかった。


「もしかしたら、純血主義者たちの仕業かもしれない…」


「はあ、でも、ほんとせっかく観光する気満々だったのに残念です」


 ギゼラのでかいため息とともに、ビナの声はその後かき消されてしまった。

 それにライキルは不安そうな顔を浮かべ、ガルナは少しそわそわしていた。ライキルは分かるが、ガルナはきっと戦闘が起こるかもしれないことに血が騒いでいるのだろう。エウスに関しては、彼なりにどう立ち回ろうか思案しているあんばいなのか、いまはまだ聞き役に徹していた。

 ハルも少しの不安を抱えつつ、いまはまだ待つことだけが自分のすべきことだと精神を安定させていた。


 その後、サムが戻ってくると、彼は許可が下りたといって、ハルたちを王都への顧みりから外れた殺風景な森の中へと誘った。どこまでも景色の変わらない道なき道が続いた。ハルたちは彼に連れらるがままに森の中を彷徨った。夜は始まったばかりで、夜明けとはほど遠い場所にあった。


「迷い道の結界を張って拠点の場所を暗ませてるんです」


 サムがここら一帯に張ってある結界について述べてくれた。


「結界内に侵入者が入るとまずい場所を知らせてくれて、そして、こちらの思うように景色を変えて侵入者を処理場まで誘導するんです。そこで入って来た者が何者なのか聞いた後、敵だったらその場で殺して肉塊にします」


 魔法による結界には様々な効果を付与でき、便利であったがそれだけ結界というものを張るのは困難なものだった。もちろん、結界を張る大きさや、効果の内容によって、難易度は変わって来るが、そうそう結界をひとりでポンと張れる魔導士はごく稀であった。


「結構サムさんて惨い言い方しますね」


「すみません、ここ最近ちょっと気が立っていて、他者に対して配慮が欠けてしまっていることは自覚してます。ただ状況が状況でして」


「そうでした。だけど、どうして帝国のサムさんがスフィア王国に力を貸しているんですか?」


 その問いにサムは淡々と答えた。


「それは単純に帝国の利益に繋がるからです。スフィア王国に恩を売っておけば、後にそれはしっかりと返ってきます。国は社会的な生き物といえますから、受け取った恩は返さなければと動くのが常です」


「恩か…」


 ハルは自分を支えてくれた人たちのことを思い出していたが、自分のことを忘れていると思うとその恩もどう返そうか、難しい問だった。


「恩と言えば、ハルさん。遅くなりましたが、黒龍討伐の件、本当にありがとうございました。我々、帝国はあなたに頭が上がりません。あなたという偉大な英唯を忘れてしまった全帝国民を代表して私から今一度感謝申し上げます」


「いいんだ。俺一人でもできなかったことだから、みんなで勝ち取った勝利だよ…それにあれは…」


 ただの虐殺だった。ハルはそう言いたかった。勝利などといういかにも正義の象徴が言いそうな言葉を発したが、ハルは黒龍というひとつの種族を殲滅した、神が用意した天秤を傾ける、いや、叩き壊す悪魔といえた。死神だってルールに沿う、ルールがないのは悪魔か、全く別の何かなのだろう。


「ハルさんが黒龍を討伐して下さったおかげで、帝国の民が空に怯えることもなくなりました。これは素晴らしい事です。どんな帝国の偉人たちも成し遂げられなかった偉業なんですから」


 黒龍討伐、言葉で表せば理解できるが、その実態を目撃すれば誰もが、ハル・シアード・レイを傍に置こうとは思わないであろう。感謝だってしなくなるだろう。それもそのはずだ。誰だって自分の傍にいつ爆ぜるか分からない正体不明の危険物を置いておきたくはないだろう。

 それはもはや、誰もがハルに逆らえない。言ってしまえば、閉鎖的な世界の始まりなのであって、それはハルもふと頭を悩ませることではあった。

 だからといって、別に憎しみ殺し合えというわけではない。だけど、人は生まれながらに自由で可能性に満ち溢れているべきだと、ハルの心の中にはあった。

 ただ、実際に自由であるということが、王都陥落ならば、自分の力が世界に轟いていた方が良かったと思っていた。


「そう言ってもらえると、自分に自身が湧きます。ありがとうございます」


 感謝を伝えるが、内心そんなこと微塵も思っていなかった。英雄とは世界を救った後、感謝をされて終わりであるのだ。もちろん、ハルはそれでいいと思っていた。例え、自分が消えうせようともハルは自分の守りたかったものをちゃんと守れたのだから、結果に満足していた。ハルが誰かに何かを求める時はいつだって、身近な人達にだけだったのかもしれない。


『世界は本当に変わったんだな…』


 ハルがしょぼくれていると、すでに切り替えていたサムが言った。


「さあ、着きました。ここです」


 そこには何もないみすぼらしい、原生林が広がっているばかりで、拠点といえるものは何一つなかった。


「ここですか?」


「そうです。ハルさん、少し前に進んでみてください」


 サムに言われたとおりにハルが一本足を踏み出すと、ハルの踏み出した足の先が消えてなくなっていた。ハルの前の前には透明な壁の様なものが広がっており、景色に同化したその壁は、ハルたちがいる空間とその壁の中の空間を見事に隠していた。


「ここには結界の膜が張ってあります。この結界の膜の向こうに臨時で立てた軍事基地が広がっています。さあ、皆さん進んでください」


 サムが先にその結界の膜の先に飛び込むと彼の姿はみんなの眼前から消えてしまった。そして、景色の中からサムの顔だけが飛び出て来た。


「皆さん、早く進んでください。結界の効力を弱めていると侵入者が入って来てしまいますから」


 サムの顔が景色の中に消えていった。


 そして、ハルを先頭に次々とみんなが、その透明な壁の中に入っていくと、そこには。


「すごい、なんだこれ…」


 そこには建途中のひとつの街とも呼べる基地が広がっていた。木造づくりの建物がそこかしこに建ち並び、建設中の施設がまだまだいくつもあり、発展途上の街のように凄まじい勢いで工事が進んでいた。そこに携わっている人たちはエルフや人族が主であり、この街とも言える軍事基地の発展に貢献していた。

 頭上には結界の効果範囲内のドーム状の天井が広がっており、それだけでも相当の人数がこの結界の維持に携わっていることがわかり規模も相当大きいことが分かった。

 軍事基地では、あちらこちらで炎が灯り、昼間のように明るかった。そして、街を行く人々が皆忙しそうに、街の建設や荷馬車を動かしたり、訓練をしたりと、とにかく結界内の中はとても血気盛んで慌ただしかった。


「これからここを束ねている人のところまで案内します。はぐれないようについて来てください」


 辺りを物珍しそうに見渡しているハルたちは、サムの後に続いていった。

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