夜闇に紛れ
ハルたちが瞬間移動で飛ばされた元の場所に戻ってからおよそ五分程度経ってから、ルナ率いる部隊の片割れが戻って来た。彼らも捜索対象だったレキを見つけることはできず、肩を落としていた。
「ごめんなさい、レキを見つけること、できませんでした…」
部隊を率いていたルナが、ハルの元に来て頭を下げる。この短時間で薄っすら汗をかくということは必死に探してくれた証拠だった。
「謝らないでよ、こっちも全然ダメだったんだ。それより、これからのことを考えよう」
いない人のことを考えても埒が明かないことを、分かってくれたのか、はたまたハルの言葉だから切り替えてくれたのか、ルナは「ハイ」と切り替え早く良い返事をした。
「あ、ただ、さっきギゼラが見覚えのある道を見たって」
「え、ほんと?」
それは幸先の良い知らせだった。凍える空間に葉の落ちた木々に囲まれる景色にはもうさっそく飽き飽きしており、どちらに進めばよいか判断を決めかねていたところだった。
ルナがギゼラを連れて来た。
「私たちが捜索してたところから、もしかしたらなんですが、その見覚えのある道に出れそうなんですが、行きますか?」
少し自信なさげに言う彼女の前で少し思案を巡らせたが、取っ掛かりの無い状況で唯一の手がかりである彼女の言葉に乗らない手はなかった。
「行く当てもないし、案内してもらってもいいかな?」
その場にいた他の全員にそのことを伝えると、ハルたちはギゼラを先頭に森の中を歩き始めた。
二十分ほど、代わり映えのしない雪の無いただ冷たいだけの冬の森を歩いたところで、ギゼラが急に駆け出し始めた。
「こっちです!ほら、この道に見覚えありませんか?」
走っていくギゼラの後を追う。彼女はハルではなくルナに向かって言っているようだった。ここがエルフの森である確証はまだ小さなねじれ木一本というだけで、もし仮にここがまだエルフの森だったとしたら、ハルは空から直接落下して侵入したため、森の中の見覚えなど皆無であった。
それでも、彼女もまたそうなのか。ルナは顔をしかめて辺りを見渡して自分の記憶の中を探っているようだった。
だが、そこでひとり声をあげるものがいた。
「あれ、あれって、ねじれ木じゃないですか?」
それはビナだった。そして、その声に興奮するようにギゼラが続けた。
「そうですよ!ほら、あっちに見える大きくて立派な木、あれってツアーで見た木じゃないですか?」
「ああ、確かにそうかもしれないわね…」
ルナがまだ遠くにあるねじれ木を目を細めて眺めていた。確かに、今はまだ小さいがそれでもその木は遠近感の関係で小さく見えているだけで、近づけば相当な大きさの木であることが分かった。
「さっき探し回っている時に、ちょっと見えたんですよ」
「でかしたわ、流石よ、ギゼラ」
「フフン、もっと褒めてくれてもいいんですよ?」
ギゼラが得意げに鼻を鳴らすがそこで横から。
「でも、まだ、あのねじれ木がツアーで見たものと一緒とは限らないですよね?」
ライキルが冷静に言い放った。
「もう、ライキルさんってそんな冷めた人だったんですか?いいですか?あのねじれ木はいま私たちの希望なんですよ?」
「ああ、いや、可能性のひとつを上げただけで、盲目にひとつの情報を信じるのはどうかと思って…でも、そうですね、いまは目指すべきですね!」
ライキルがチームの気を悪くしたのかとオロオロしていたが、ハルからしても状況が全く把握できないため、ライキルの意見も間違ってはいないような気がした。しかし、そのみんなが見たことのあるかもしれないねじれ木に、向かうのもまた間違った選択ではない気がしていた。
前に進んでいるか、後ろに後退しているかも分からない状況では、ただ、どちらかに振り切って進むしかなかった。
ひとつの目標を見つけたハルたちは黙々と、冷たい昼間の森を進んだ。しかし、その目的のねじれ木に到着するまでに随分時間がかかってしまった。
それも森の中はどこも獣道といった具合で、人が歩きやすいような親切な道の作りなどしていなかった。森の中には巨大な木々がいくつも倒木した後があり、そのたびに、乗り越えたり迂回した理と時間を取られていた。
最初、エウスがねじれ木までの真っ直ぐ伸びる道をハルの拳で切り開いてくれよと言われたが、森の中に万が一人がいる可能性も考えてすぐに断った。
ハルがみんなを運ぶという手段もあったが、人数オーバーは一目瞭然で、六人を二回か、三回に分けて運ぶこともできたが、見知らぬ森にみんなを置いて行くことは避けたかった。
ハルが目を離した隙に、何者かに襲われて死にましたでは、悔やんでも悔み切れなかった。いままで離れ離れだったため、尚更ハルは過保護気味になっていた点も大きかった。
それにだ、いまは何一つ急ぐ必要などなかった。みんなが背負っているリュックの中には食料だって入っているし、食料だって確保しようとすれば森の中でいくらでも手に入った。
だから、ハルたちはまるで旅行のように気ままに森の中を進んでいた。
目的のねじれ木に到着すると、ギゼラは首をかしげて難題を解き明かすように難しい表情を浮かべていた。
「どう?このねじれ木で合ってた?」
ギゼラの隣に立って彼女と同じように背の高いそのねじれ木を見上げる。ハルからしても完全に観光しているようだったが、じりじりと日が傾き始めており、先を急ぎたい気持ちが次第に表面に表面化していた。
「えっと、それが実際に近くで見たわけじゃないので何とも」
「そっか…」
ハルが少し強めの神威でも浴びせてやろうかと思ったが、その時後ろから声が掛かった。
「ハル!ちょっとこっちに来てくれ!!」
エウスの声のする周りには、みんなが彼を囲うように集まっており、彼の指さす方向に誰もが視線を熱心に注いでいた。
そこには、ひとつの成人男性くらいの背の鉄の柱があった。
「ここに彫られてる文字見て見ろよ」
「どれどれ」
ハルが、その柱に刻まれている細かい文字に目を通した。
そこにはびっしりと目の前にあるねじれ木の所有に関わるあらゆることが書かれていた。
「この木はブリーズ商会が所有する木であり、スフィア王国の繁栄を象徴する重要な国宝級に匹敵する木である。そのため、以下にこの木に対する禁止事項を記す。
その1 立ち入り禁止
その2 火気厳禁
その3 伐採厳禁
その4 接触禁止
その5 木登り禁止
その6 周辺の掘削厳禁
その7 その他、この木の存続に危害を加える行為全て
なお、これらの禁止事項に違反した者には国から重い罰が下される。さらに、この木が生み出したであろう将来の金銭的価値の分までの対価をブリーズ商会に支払うことを強制的に締結する。その際、本人にその支払能力が無い場合は、身内の中から一人選び…」
ハルはそこで読むのをやめた。そこらへんで十分だった。下に行けば行くほど惨い内容が書かれており、こんなものは正式な誓約書ではなく、警告文、いやこんなものはただの脅しだった。ただ、それほど、この商会がこのねじれ木にどれだけ価値を見出しているか、よく理解できた。
「多分、この木がツアーで観光客たちに見せる木として大事にこのブリーズ商会ってところに管理されてるんだろうな、稼ぎ頭ってやつだな」
エウスがその鉄の柱を熱心に分析していた。みんなが途中で読むのをやめる中、約束事がびっしりと刻まれた誓約書ならぬ誓約鉄柱を下までしっかりと目を通していた。誓約書というものに対して真摯に向かう姿勢は、さすが商会の会長を務めている彼ならではの姿だと思った。
「この近くに、整備された街まで続く道があるはずだ。その道を日没までに見つけられれば、後はそこから真っ直ぐだろうな、その道に出れば案内の看板もあるはずだからな」
しゃがんで下の文章までしっかり読んでいたエウス。彼もそのツアーに参加していたようなのでハルは尋ねてみた。というより、ハルはなぜみんなそのツアーのことを知っているのか、そもそも、何のツアーなのかもハルには全然分からなかったが、とにかく現状を打開する救いの手には間違いなかった。
「わかった、でも、だいたい、どっちに向かえばいいかとかわかる?」
「そうだな、見た感じだけだと、あっちだな」
エウスが指さした方向は、ハルたちが来た方向のさらに先だった。目新しい目印も無い、西も東も分からない中、エウスの勘に頼ることにした。特に間違っていてもキャンプをして、また明日探し始めれば良かった。まだエルフの森にいることで魔法が使えるため、明かりも、火の確保も十分できた。
「よし、じゃあ、エウスの勘だよりにあっちに進もう」
「いいのか?何だったらハルが先行して見に行ってくれれば確実なんだが?」
「みんなと離れたくない」
「めんどくさいだけってことはないか?」
「そんなことないよ」
ハルはエウスが決めた道を進むとみんなに伝え、再び歩み始めた。冷たい空気に身をさらけ出しながら進む、歩いて行くうちにだんだんと辺りの木々が妙に整列したかのように間隔を開けて立ち始めた。
遠くのどんよりと重く垂れこめた灰色の空を、オレンジ色の光が照らし赤く染めていた。やがてその燃え盛る炎を映したような赤みが自分たちの頭上にまで広がったかと思うと、辺りは薄暗くなり、夜を運んで来た。
そして、ハルたちはお目当てだった道に無事に出ることが出来た。
その道はさっきまで進むのに悪戦苦闘した悪路ではなく。安全策や、均された道に、段差には階段、迷わないために設置された看板など、ありとあらゆる人の手が施された道がどこまでも伸びていた。
「ああ!ありました!ありました!この道、歩いた記憶があります!!」
ビナが一番乗りで子供のように駆け出すと、ガルナもつられて彼女の後に続き、手を繋いだ二人は輪になって飛び跳ねながら、はしゃいでいた。
「これで私たち帰れるんですね」
隣にいたライキルもほっとした様子で、はしゃぎまわる二人を見守っていた。
そして、ギゼラが鼻を高く自分を誇りながら、得意げな顔を披露していた。
「まったく、はしゃいじゃって、いいですか?最初にきっかけをつくったのはこの私なんです。皆さん私に感謝してくださいよ?」
ハルは近くにあった看板に歩み寄った。そこには分かりやすくツアーの順路が簡単に示されており、街までの帰路の方向が示されていた。
ハルがその看板が示した方向に目をやりこれから進む道を眺めていた。
自然に左右される広大な森という環境に、ここまで人の手を入れて管理しているところには、感心するしかなかった。
「ハル、これからどうするんだ?」
そこにエウスもやって来た。
「ここから歩いてどれくらいかかる?」
「そんなにかからないと思うぞ、だいたい、歩いて一時間ってところか、どうする?」
「エウスは森の中で寝袋に包まれるのと、街の宿のふかふかのベットで寝るのどっちがいい?」
エウスは当然、宿のベットだと答えたが、続けた。
「っていうより、お前があいつらと早くベットに入りたいだけだろ?」
「まあ、それもあるけど」
「んだよ、少しは恥ずかしがれよ、まったくつまらない男になっちまったなハルさんは。まあ、聖樹でのいざこざはなかなか笑えたけどよ」
「エウスは相変わらず、俺の悪友で居てくれるね」
「当たり前よ、ハルの居るところにエウス様ありだ」
久々の友との軽い冗談は格別だった。それにどんな時でも傍に居てくれる親友というのは、いつだって心の支えだった。
「ありがとう、エウス」
エウスに微笑みかける。彼は、鼻で笑って呆れた顔をする。
「そういう顔はお前らの妻たちにしてやれよ、泣いて喜ぶぞ」
「心得るよ」
「悪い顔だ、まるで善人に見えないな」
「正解、俺は悪い人になっちゃったんだ」
「あっそうですか…」
ハルのくだらない冗談を聞き流し、エウスは小声で周りの人たちに聞こえないように囁くように聞いて来た。
「それで、結局、彼女もそうなのか?」
エウスが視線でその女性の方を一瞥する。そこには黒髪ロングの女性がギゼラと話していた。
ハルは何も言わずに、さっきと同じように物憂げでどこか壊れそうな笑みを浮かべた。エウスがため息を吐く。
「罪な男だな」
「そうだね…」
「いつか刺されるぞ?」
「誰に?」
「そりゃあ、まずはあっちのライキルさんにかな?」
「俺はライキルとガルナの二人が安全に暮らせるようにするつもりだよ。それが一番だと思ったんだ」
ハルの瞳から光が消え、闇が濃くなった。
「欲に溺れたんじゃないのか?」
「欲の海に沈んでも欲しいんだ。みんなの傍に死が付き纏わない日々が…」
「そうか、だったらいいけどよ、彼女のことも愛してやれよ、利用するなんてお前らしくないからな」
そう言うと、エウスはハルを残してみんなの元に戻っていった。
「利用か…」
目覚めてから、何か自分の中から自分を構成していた一部分が抜け落ちたような感覚があった。その抜け落ちたということは、とても自分にとっても重要な意味があったはずなのだが、その抜け落ちたものが何だったのか?どれくらい大切なものだったのか?いくら自分の内側を探してもその答えは見つからなかった。
別にその何かを思い出さなくても、見つけなくても、取り戻さなくても、いまの自分にはもう必要ないものなのだという感覚だけははっきりと残っていたため、いまさらその何かについて必死になることも努力しようとする気も起きなかった。元から持っていない探し物を探すようなものだった。
ただ、聖樹で目覚めたとき、長年付き纏っていた過剰過ぎる厄介な莫大な力と一緒に何かが自分の内側から抜け落ちたのは確かだった。
自分は何かを喪失したのだ。
だけど、だからこそ、その失った部分を補うようにライキルという存在が、ガルナという存在が光り輝き眩しかった。空白を埋めるように、二人のことが恋しかった。
「何だって、利用するし、俺たちの邪魔をするなら…」
きっと落としてはいけないものもその失った一部にあったのだろう。だが、それが何なのかすらハルには思い出せなかった。
「ハル、どうかしたんですか?そんな怖い顔して」
エウスと入れ替わるようにそこにはライキルがこちらの顔を覗きこんでいた。
「ううん、何でもない」
「それより、ハル、エウスがみんなにこれから街まで進もうって言いまわってるんですけどあれ許していいんですか?ハルがここのリーダーじゃないんですか?」
ハルはそこで先ほどエウスに見せた笑みと同じように笑った。
「ライキルは、硬い地面の寝袋と、ふかふかのベットどっちで俺と一緒に寝たい?」
「ベットで」
ライキルは恥じらうことなく間髪入れずに即座に食い気味に答えた。
「そういうこと、エウスと話し合ったんだ。だからエウスのことは構わないよ」
「ハル、もう言ったんですから、言ったことはもう後に戻せないんですからね?」
「フフッ、目が怖いけど?落ち着きな」
荒い鼻息と血走った目の彼女はとてもハルからすれば愛らしかった。どんなに彼女がいびつに歪んだ愛を提供してきてもハルはそれを受け入れる準備は整っていた。
ライキルはかなり興奮しており、ハルの手を突然掴んだかと思うと、ハルの胸に顔を埋めながら呪文のように「スキ、スキ、スキ」と三回唱え、「約束ですからね?」と強迫めいた口調で告げた。
「もちろん、こちらこそ、約束だから」
そのことを聞いた彼女は、口をポカンと開けて数秒固まった後、顔を赤くした。そして、急いでみんなの元に急いで走り去っていった。
気が付けば辺りはすっかりと夜の闇に侵食されていた。
ハルはひとり森の奥の闇に目を慣らしていた。
***
それからハルたちは夜の森の中を進んだ。道が整備されている分、足並みはとても軽快だった。
魔法を使える、といってもハル以外の全員が魔法を使えるため、みんな手元魔法の中でもっとも簡単で馴染みのある炎を魔法を使って辺りに広がる闇を照らしていた。
みんなで灯す炎は冬の夜の森を暖かく照らした。
「そう言えば、スフィア王国のえっと、王都【エアロ】でしたっけ?まだ全然観光してないんですけど、皆さんはどうなんですか?」
ギゼラはすっかりハルたちの中に溶け込んでいた。まるでずっと昔からいた友人のように親しみがあった。
「私たちも、一日、そこらしか滞在しませんでしたね」
「なるほど、観光する暇もないほど、逢いたい人がいたと」
「まあ、そんなところです…」
ちらりとライキルがハルの顔を伏し目がちに覗いてきたので、笑顔で返すと彼女は顔を真っ赤にし嬉しそうに、にやけていた。
それを見ていたギゼラがルナに耳打ちする。
「ルナさんこれはなかなか辛い戦いですよ…」
「何がよ?」
「ハルさんの気を引かないと」
「フフッ、ギゼラは子供ね」
「え?」
そう言ったルナは勝ち誇ったように、耳元にかかっていた髪をかき上げていた。
「なんですか!?その大人の余裕は…ルナさんには無かった…大人の余裕……」
「失礼ね、最初からあったわ」
今度はルナが見つめて来たので、ハルはライキルと同じ笑顔で応えてあげた。すると彼女はその場に倒れ込んだ。
「うわあああ、ルナさん、どうしたんですか!?」
そんなこんなで、ハルの元に集ったパーティーは深い闇が支配する森の中を賑やかに進む。
月も出ていない真っ暗闇の中、ハルはみんなの灯す炎に照らされる数メートル先の地面に目をやっていた。今宵はとくに闇が濃く光が先まで広がらないような気がした。
「なあ、夜は何を食うんだ?」
ガルナがハルの肩に腕を回して肩を組んで来た。
「そうだね、ガルナは何が食べたい?」
「上手い肉が良い、今日食ったスープの中に入った肉がいい!」
「わかった、じゃあ、宿を取ったら…ってちょっと待てよ、あ、俺、金がないかも…です…」
甲斐性皆無の発言をすると、ガルナが言った。
「私はお金たくさんもらったからお金持ちだぞ?」
「え?ほんと!?じゃあ驕ってくれませんか?」
ハルがガルナにすり寄る。なんとも情けなかったが、仕方ない。無いものはないのだ。地位も名誉も無いハルは女性のひもになって寄生するしかなかった。
「いいぞ、ハルにお腹いっぱい食べさせてやるぞ!」
「頼もしい…ガルナが居てくれてほんと良かった…」
しみじみと情けない自分の哀れさに打ちひしがれていると。
横から割り込んでくる二人が居た。
「私もハルにたくさん食べさせれます!なんだったら、今晩泊る、宿代も全部私が出します!!」
「ハルさん、こう見えても私お金はたくさん稼いでるんです。あなたの不自由が無いように一生養ってあげることもできます!!」
爛々と光り輝く二人の目は草食動物を刈り取る肉食動物の目をしていた。
「二人とも本当にありがとう、嬉しいよ、後で二人にも頼ることになるかもしれないけど、いいかな?」
その甘えた言葉は二人の首を勢いよく縦に振るわせた。
好意を逆手にとった悪魔みたいな最低な行為にしか見えなかったが、実際無一文のハル本人は心の底からいまの状況に困り果てていた。生きるのに必死ともいえた。まあ、なんとも滑稽な姿をさらしていたが、この場の生存戦略としては何も間違っていなかった。たぶん。
しかし、ハルのその行動は挙句の果てに、ビナにまで私も、と言わせてしまいそうになっていたので、流石に彼女からの支援は辞退した。
だが、ハルがそんな情けない姿を見せるのも束の間だった。
まだ秋の落ち葉が大量に残るこの森で音をたてずに、少し離れた闇の中で何か動くものを天性魔法を使うまでもなく目の端で捉えた。
『なんだ…何かいる……』
みんながその姿を見せない影に気づかない間、ハルだけはその気配をひとりでずっと探っていた。
『来たら迎え撃つか…』
ハルは尾行者の隙を誘うため、わざと平然を装う演技を続けた。
その尾行者はやがて、ハルたちのパーティーの後ろに回り、最後尾にいたビナに襲いかかろうとしており、ハルは覚悟を決めた。
みんなで話している時だった。
いつの間にか、みんなの前からハルの姿が消えていた。