神獣討伐 幸せの先に
ルナの最後の天性魔法が発動する。
ライキルを天性魔法の対象に指定し、ルナの身体が彼女に引き寄せられる。
その瞬間にルナが思うことは。
幸せとはなんだろうか?
愛する人の傍に居られる時、がむしゃらに戦っている時、未知を知り新たな世界を知った時、美味しい料理を食べている時、素晴らしい絶景を眺めている時、ありふれた日常の何気ない会話で友と一緒に笑えた時、数えたらきりがない。だから、そんなの人それぞれだというのだろう。
ルナにとっての幸せとはなんだろうか?
それはハルと一緒に居ることだった。ルナにとってハルさえいれば世界はそれだけで完結しており、それ以外の他の存在など意味が無いものだった。私とハルさえいればあとはもう何もいらなかった。
だけど、それだけではルナの求めるハルが手に入らないことを知った。ハルの周りに居る人たちの存在にもちゃんと意味があった。
それはハルが、ライキルの時にだけ見せる笑顔があるということ、決してルナには向けられない表情、言葉、気持ちがあるということ。自分では彼から引き出せないものがたくさんあった。それはライキルや他のハルを取り巻く人たちがいて初めて見られる彼の一面だった。
ルナはハルのどんな側面も好きだった。彼がルナを救ってくれた時のヒーローの様なカッコよさも、剣聖として威厳ある風格を見せる彼も、年頃の青年として男友達とふざけてバカやってる時の彼も、大好きなライキルのことを優しい表情で見つめている時の彼も、全部全部大好きだった。
だけど。
『ハルにはあなたが必要だから』
引かれあう際、ルナだけが加速し続け、世界を置き去りにする。だがそれと同時にルナの意識だけはゆったりと遅くなっていき、考える時間が増えていく。世界の時間が止まって見えた。
ルナの身体が悲鳴を上げる。すでに天性魔法が使えるような身体の状態ではなかった。体中から血がにじみ出るが、それでも彼女に近づくまでは決して天性魔法を解くことはしなかった。
ルナは手に持っていた双剣を地面に捨てた。
そして、ライキルが眼の前に近づいてくるとルナは両腕を広げた。
ずっとあなた達を見て来て分かったことがあった。
ライキルを抱きしめると最後の天性魔法を解いた。
彼女がルナに抱きしめられていることに気づくと、驚いた表情と共にすぐにルナを燃やそうと全身に熱を帯び始めた。だが、ルナは決して彼女から離れようよしなかった。熱で肌が焼けようが熱せられた空気が肺に籠ろうがとにかくしがみついて離さなかった。というより、これが今ルナにできる最後の抵抗だった。
「ライキルは私が憎い?」
ライキルがその一言で身体中の熱を抑えた。
ライキルのことを救ってあげたかった。間違った道をそれでも自分の意志を貫いて進もうとしていたから止めてあげたかった。
「私はずっとあなたのことが羨ましくて仕方がなかった。彼の隣で当たり前のように心の底から笑っていられる権利があって、彼に愛されているあなたが私は羨ましかった…」
後はもう言葉しかなかった。振り払われればそれまでだった。限界を迎えた身体には力が入らなかった。戦うことしかできないルナがもう戦えない身体で、それでも止めたい最後のあがきだった。いや、ルナの心からの叫びだった。
「影から見てたから分かるの。ハルと一緒に城を歩いていたあなたはいつも幸せそうだった。その隣に居るのが私だったらって思ったことは何回もあったよ」
自分の思っていることを敵うはずもない恋敵に話すのはなんとも滑稽で哀れだった。だけど、それでも、少しでも彼女を足止めできるならそれでよかった。
ハルがこの世にいる時間を一分一秒でも引き延ばせることが今のルナにできる最大の恩返しだった。
「思い出してよ、あなたがハルと過ごした日々を、そのどれもがかけがえのないものだったでしょ!」
ルナが影から見ていた彼らの日常はルナには決して手に入らない遠い世界の物語だった。それでも、ルナはそんな世界から飛び出して救ってくれたハルが、自分の真っ暗だった世界を希望の光で照らしてくれたヒーローだったから、彼らの幸せな世界をこんなところで終わらせたくなかった。終わらせてはいけなかった。
「あなたはこれからもそのかけがえのない素晴らしい日々の続きを過ごせるのに、あなたは今ここで区切りをつけて終わらせようとしてる。それがどんなことだか、もう一度考えて欲しいの」
ルナは彼女の虚ろな目を見て言った。
「ハル・シアード・レイに心の底から愛されていたあなたが彼を殺すことがどんなことか、これから先、まだまだ続く幸せを断ち切るほどの意味がそこにあるのか…考えて欲しい……」
荒い呼吸で息が切れていた。身体に限界が来て、ライキルの身体にしがみついていた腕に力が入らなくなり、スルスルと足元から崩れ落ちていく。
「あなたは愛する人を殺して何を得るんだ?」
その時ライキルが一緒にしゃがんで崩れ落ちたルナのことを強く抱きしめた。その彼女に抱かれる温かさにルナは心から安心しきってしまった。まるでひな鳥を温める親鳥に包まれているようなそんな母性すら感じさせる抱擁力があった。
「ルナさん、ありがとう。あなたがハルのことが大好きなことはよく分かったよ」
「私は、そうじゃなくて、ライキル、あなたがハルに愛されてることを…」
ライキルが首を横に振った。
「ううん、ハルの心はいつだってアザリアだけに向いていた。彼は本当は誰よりも一途なの知ってた?」
「違う、私が知っているハルはあなたのことしか見てない…」
「フフッ、きっと私たちは仲良くなれた。親友にだってなれたかもね」
彼女が嬉しそうに笑う。だがその瞳にどうしても光が戻らない。
ライキルが立ち上がると、ルナに言った。
「ハルは私たちを選んでくれた。だから、ハルは必死になって私たちを守って幸せにしようとしてくれた。それは愛だったのかもしれない。だけど、それじゃあ、ハルがいつまでたっても幸せになれない。私たちに振り回されてずっと会いたい人に会えないでいる。それを私は見過ごせない…見過ごしちゃいけないんだよ……」
「違う!!!」
喉が裂けるほどルナが絶叫した。
「なんでそんなにあなたは不幸になりたがる。どうしてそんな分かり切った間違った道にしか進もうとしないんだ!!」
ライキルはルナを離すとそこに置いて立ち上がった。そして、血の雨が降り続けるハルの方を向いた。
「間違ってないよ。幸せになろうとすることだけが、幸せになる道じゃない。不幸を知ることで、見えなかった幸せに気づくことだってできる。私はハルを失って初めて本当の幸せを掴めるの」
ライキルは最後に振り向いてひとつ笑顔を見せた。
「そんな幸せの見つけ方は不幸だろ…」
ルナが手を伸ばすがもう彼女は届かない場所にいた。
「ああ…ダメだ…いかないでくれ……」
枯れた喉にかすれた声が出てた。彼女は彼の元へと行ってしまった。
「誰か、助けて、ハルをライキルを止めて…」
ルナには這って前に進む力すらもう残されていなかった。
「誰か…」
気が付くとルナの傍には誰かがいた。
ボロボロのルナの前にひとりの女性が現れる。見慣れたウェーブが掛かった金髪の女性がそこには立っていた。
「ルナさん、大丈夫ですか?」
「ギゼラ…なんで……」
「はい、助けに来ました」
「どうやって…」
「レキさんがここまで送ってくれました」
ルナがギゼラの腕の中に抱きかかえられると、ライキルが向かった向こうに何人か人の姿を見た。
「………」
「みんなも来てます」
ライキルの前に立ちふさがる者たちがそこにはいた。
エウス、ガルナ、ビナ、レキの四人がライキルの前に立ちふさがっていた。