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神獣討伐 月炎衝突

 目の前のバラバラになった死体を見下ろす。

 自分がしてしまったことの取り返しのつかなさに身体が震えた。今、転がっている死体はルナが愛していた人がとても深く愛していた女性だった。自分なんかがとっては変われない立ち位置に彼女は立っていて、当然、代わりなど利かない唯一無二のハルの恋人だった。

 そんな彼女をルナはいつも通り悪党を狩る感覚で造作もなく屠ってしまった。決着はあっけなく手加減などする心の余裕もなく。ルナは彼女に自分の全力を叩きこんでしまった。

 その結果が目の下でバラバラになったライキル・ストライクの死体だった。


 ルナは震える手で双剣を腰の鞘にしまうと、遠くに居るハルを一瞥した。この惨状を見て本人は怒るかもしれない。いや、怒るどころか私は殺されるのだろう。愛する人を冷たい死体に変えられて復讐に取りつかれない人間はいない。植物のように穏やかな心を持ている人間ですら、悪意や憎しみで満たされればもともと人が持っている内なる狂気に溺れ身をゆだねてしまうだろう。市民は革命家へ、聖人は狂人へ、温厚な神ですら時として悪魔に堕落させる怒りはハルを蝕むだろう。


「結局、私はあなたに拒絶されるのが怖かったんだ。そして、今もそう、私は目を覚ましたあなたに嫌われるのが、怖い」


 ルナが懐から短剣を取り出す。装飾が施された短剣の鞘を取り外すと白刃が遠くで明滅する炎の光を反射した。

 その短剣は自決用にルナが常に懐に用意しているものだった。

 ルナの様な裏の人間には拷問しても話せない内容の情報がたくさん流れて来る。そのため、時として命はその情報より軽くなる。だが、その情報ひとつで自分たちの守っている人たちに被害が及ぶなら自分の命などいつだって軽かった。

 だが、今、勝利したルナがその剣を抜いているのには償いの意味があった。


「結局、私は殺すことでしか人と関われないんだな、ほら、見ろ、ハルの一番大切な人を殺したぞ…ハハッ」


 気が付けば自然と目からは涙がこぼれ落ちていた。頭がおかしくなりそうだった。ようやく取り戻した色鮮やかな世界がじわりじわりと白黒に滲んで行く。


『…いいのか、これで……私はどう転んでも破滅していたのか…滑稽だな……』


 地獄の中に差し込んだ一筋の光に希望を見た。だけどルナがいた場所が地獄だったことに変わりはなかった。

 ルナの日常には常に生きるか死ぬかの命のやり取りが常であり、そこに友情や恋などは枷でしかなかった。


 だけど、ルナだってちゃんと人間の女の子だった。


「ごめんなさい、ハル…」


 ルナが自分の喉に短剣を当てる。剣先が喉に軽く刺さり一筋の血が流れた。


「私は結局、あなたを不幸にしかできなかった…」


 死のは怖くなかった。けれどもう彼の優しい声も聞けず、この目に彼の美しい姿を焼きつけられないと思うと、心は悲鳴を上げた。

 けれどそれよりもルナは彼が目覚めるよりも前に死ぬことの方が先決だった。きっと、彼の憎悪を受け取ったらもうルナの全ては終ってしまう気がしたからだ。きっとその時点でルナは自分が自分でなくなってしまう気がして怖かった。


「ありがとう、私に希望を見せてくれて、この世界であなたに出会えてよかった」


 ルナが頭をのけぞり、腕を伸ばす。そして、思いっきり自分の持っていた短剣を自分の喉めがけ突き立てた。


『ああ、ギゼラ…ごめんなさい……』


 最後に浮かんで来た人の顔は、大切な友人の顔だった。


 だが、ルナの短剣が首に突き刺さることはついぞ無かった。


「死なないでよ、まだ、喧嘩は終わってないでしょ?」


 ルナの手を死んだはずのライキルが片手で止めていた。ルナが切断したはずの彼女の四肢の部分が炎に包まれ燃えさかっていた。さらに彼女の長い金髪には赤色が混ざり、黄色かった瞳も今やほとんど赤く染まり瞳の奥が不気味に輝いていた。彼女は前よりもその何かに浸食されていた。

 ドレスの様な赤い戦闘服が鮮やかに揺れており、そして、彼女の全身に巡らされた血管のような刻印の痣がほんのりと発光しつづけていた。まるで何かのエネルギーが循環している様にその痣は彼女の身体に張り付いていた。


 だが、そんな彼女を見たルナの瞳は彼女でいっぱいになっており、心の底から喜びに満ち溢れていた。それと同時にルナはすぐに短剣を捨て、腰の双剣に手を掛けると戦闘態勢に入った。


「生きてたのね!!」


「勝手に殺すな、お前には言いたいことがたくさんあるんだ」


「こんな幸せになったのは、私のハルに救われた時以来だわ!」


「あんたのじゃないでしょ?いい加減そんな妄言吐いてると口を縫い合わすけど」


「一応拷問に耐える訓練はしてたから大丈夫よ!」


「そうかよ!」


 ライキルが力いっぱいルナの顔面を殴り抜けた。彼女はその拳に一切抵抗を見せずにそのまま殴られて吹き飛んでいった。


「無抵抗って、そんなに私は戦うに値しないか?」


 抵抗しないのは、なめられていると思われて当然だったがルナがわざと殴られたのはいびつな感謝の形だった。


「アハハハ!違うわ、これは私にまた希望を見せてくれたあなたへの感謝の気持ち。今度は一瞬の気も許さないで、私から目を離さないで、手加減しないで、本気で殺しに来て!」


 ルナが立ち上がる。顔の骨格が変わるほどの強力なパンチを防御の魔法をひとつも発動させず生身で受けていたためルナの姿は悲惨そのものだった。だが、彼女の目が輝きに満ちていた。

 そして、ルナはすぐに白魔法を掛け、血だらけでぐちゃぐちゃだった顔を元に戻し双剣に手をかけていた。


「じゃないと、私、またあなたを殺しちゃうから!」


「やっぱり、あなたは私のことなめてるでしょ?」


 ライキルが苦笑いで応え呆れた顔をするが、そんな悠長に構えている暇はなかった。


 ライキルの視界から一瞬でルナが消えた。


「!?」


 次の瞬間にはライキルの背後に回っており、双剣を抜刀していた。


「目離さないで、って言ったでしょ?」


「ああ、そうだな」


 ライキルの身体から灼熱の炎が勢いよく噴き出した。まるでライキルを中心に炎の花びらが咲いたかのように炎の波が燃え広がった。

 その炎の花びらたちは広範囲を焼き尽くした。


 接近していたルナもこれには慌てて水魔法の壁を張って防御に回るしかなかった。だが、その炎の花びらの勢いが思った以上に強くさらに持続時間が長く、炎が届く範囲内にいたルナはその花びらの外まで水の壁ごと吹き飛ばされてしまった。


 吹き飛ばされ水魔法でずぶ濡れになったルナが起き上がると、すでにその炎の花びらは勢いを失い、鮮やかに散っていった。

 だが、そんな目を奪われる光景に見惚れている場合ではなかった。炎の花びらが消えた後の煙を切り裂いて、一直線に真っ赤なドレスのライキルがこちらに突っ込んで来ていた。

 その速度は目で追えるようなものではなく、すぐに立ち上がったルナが双剣を抜刀し構えるが、構えた直後には彼女の燃えさかる真っ赤な炎の足で蹴り飛ばされていた。


 その蹴りの威力はまず人間だせるようなものではなく、双剣を破壊されては困ると判断したルナは片腕を犠牲にその蹴りを腕に吸わせ威力を軽減した。

 身体は白魔法で治せるが、武器はそうはいかない。ここで双剣を失っては彼女を殺す手段がなくなってしまう。


 吹き飛ばされたルナの思考が完全にライキルの対策に頭を回していると、彼女が有無を言わさずハルの居る方向に向かっているのを見た時、ルナは全神経を天性魔法に集中させ、彼女を自分の元に引き寄せた。


「戻って来い!!まだ、何も終わってねぇだろうがぁアアア!!」


 ひれ伏したルナが手をかざす。そして、ルナの心からの絶叫と共にライキルの身体が宙に浮きルナのいた後ろに引き戻された。

 だが、ライキルがルナの元にくると彼女は戦闘態勢を解いて言った。


「あなた、もう、限界でしょ…」


「はぁ?何言ってるの?私はまだやれる…」


 足をふらつかせながらもルナは立ち上がった。


「そう、あなたって本当に強いのね…」


「当たり前でしょ、あなた達国民の暮らしを裏から支える主が弱くてどうするの」


 だが、ルナも後何回天性魔法を使えるか分からなかった。先ほどから使用している白魔法の負担があまりにもルナの足を引っ張っていた。自分を治した分はまだよかった。問題はハルを治した時に使用した白魔法の負担があまりにも大きかった。あれはほとんど死者の蘇生といってもいいほどの奇跡だった。


「羨ましいな、私もあなたくらい強かったら、ハルを守ってあげられたかもしれないのに…」


 深く詮索はされなかったがライキルから本気の羨望の眼差しを送られた。だが、ルナはライキルのその発言に疑問が生まれた。


「殺そうとしているあんたが何言ってるのよ…」


「私はハルを愛してる。だからこそ彼を終わらせなくちゃいけない」


 バカげた発言をする女の顔を見たが、彼女の目は本気だった。


「意味が分からない。愛してるんだったら、殺すなよ、その赤い痣に浸食されておかしくなったのか?」


「あなたこそ分かってないのね」


 ライキルが哀れみを込めてルナを見た。


「何がよ」


 ルナは負けじと反抗的な目つきで返した。


「愛する人の幸せを願うこと。私はハルに幸せになって欲しいのよ」


「だったら、尚更あなたがハルを殺そうとする意味が分からないわね…あなた、ハルにとっても愛されてた、これでもかってぐらい彼からたくさんの愛をもらってた。あなたがいればハルも幸せなはずでしょ?」


 ルナは彼女たちのことを五年間影から見守って来たから分かることだった。彼女といるハルはいつだって笑っていた。それは幸せじゃないのか?普通を知らないルナには分からなかった。


「あなたには分からないかもしれないけど、ハルには私たちなんかよりも先に愛していた女性がいた。ハルはその人に会おうとしていたけど、私たちを選び続けてくれていた。私たちがずっとハルの人生を引き裂き続けていたんだ」


 ルナからすればそれはライキル自身と言えた。ハルの寵愛をもらっている彼女を遠くから羨ましく眺めていた自分がまさにその今のライキルの言っていた状況だと言えた。


「誰なの、そのハルが愛していた女性って………ん?」


 そう尋ねるがルナの頭の中でふとひとりの女性の顔が浮かんでくるのと同時だった。


「彼女の名前はアザリア、ハルの最初の婚約者で、ハルの最愛の人…私はハルを彼女のもとまで送ってあげたいの」


「それって…」


 ライキルのその発言に、ルナの目が見開きそう言うことだったのかと納得した。

 ハルを殺してその元妻のいる場所に送ってあげようとそういうことだった。アザリアという女性にルナもこの聖樹で会ってはいたが、あまりにも現実離れした体験に自分が生み出した幻覚だとすら思っていたが、ここで彼女の名前がライキルから告げられ、あれは夢じゃなく確かな現実だったのだと再認識させられた。


「あなたってバカなのね…」


 しかし、ルナが出した答えは単純だった。


「本当にくだらない理由でハルを殺そうとしてたんだな」


「くだらない?あなたは愛する人の幸せを邪魔してまで自分が幸せになりたいの?」


 ライキルが少し苛立った口調で返して来た。


「そうだな、だけど…いや、だったら、ライキル、お前はいつ幸せになるんだ?」


「………」


「それがハルのためになるって本当にそう思っているのか?」


 アザリアという女性。いい人だった。ハルが惚れるくらいなのだから当たり前だが、彼女も誰かのためなら自分を譲るような人だった。じゃなきゃ、私にライキルを止めてとは言わない。こんな見ず知らずの私に助けを求めない。

 もし本当にハルが死んで、彼がアザリアと一緒になり二人が幸せになれるのなら、彼女は私の前に現れる必要はなかった。幽霊になってまでハルのために行動する彼女に嫉妬すらしそうになるが、そういうことだった。それほど彼女もハルのことを思っているということ。そんな彼女がライキルを止めてと言った。答えは出ているじゃないか。


「ハルはアザリアをとっても愛してる。後を追いたくなるほどに!!」


「そうだとしてもハルは、ライキル、あなたのことも深く愛してるでしょ!それはアザリアにも引けを取らないぐらい!」


「私はハルに…」


 ライキルが言い淀むがルナが遮る。


「それを否定することは私が許さない。私はずっとレイドの王城でハルとあなた達を見て来た」


「え?」


 舞台に上がった脇役がついに光を浴びたようだった。


「ずっとあなた達をレイドの王城で見て来た。あなたがハルやエウス、キャミルや他の仲間たちと一緒に城で楽しく騒いだり暴れまわったりするのを傍で見て来た。知ってた?ハルってあなたが見てない時ずっとあなたのことを愛おしそうに見つめてるのよ?気づかなかったでしょ?当たり前よ、そんなの外から見てないと分からないもの」


「ルナさん、あなた一体何者なんですか…」


 そこで得意げな顔で言ってやった。


「ハルのことを誰よりも愛してるただの女よ」


 所詮ルナも人間であり、結局行き着くところはそんなものだった。国を裏から動かす権力者でも恋の魔法には敵わない。どれだけ罪で汚れた手でも愛した人には触れていたい。たとえ神様がそれを許さなかったとしても、ルナは神様だって殺すつもりだった。


『譲っちゃダメなんだよ、本気で愛したなら、奪い合うべきなんだよ…ぶつかって初めて分かることもあったでしょ?私はあったよ』


「ハルは私が救う。でも、私はあなたのことも救うよ」


 彼のように優しく微笑んだルナが、最後の天性魔法を発動させた。

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