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神獣討伐 軋轢

 愛しき人の胸に刀が一突き、大きな穴が開く。彼を生かす臓器たちが背中からいきおいよく飛び散るのを見た。


 ルナはその光景を目撃した瞬間、天性魔法を発動させ、さらにありとあらゆる自信を加速させる魔法を重ねがけした。それはもはや死に至るほどの突発的な重複魔法であった。


 ルナの身体だけが加速し続け、世界の時間がまるで止まったかのようにゼロに近づいた。


 それでもルナが体感した時間はあまりにも遅く、ハルまでの距離が遠かった。ルナの手がハルの風穴の開いた胸に届くまで永遠に近い時間が流れたような気がした。その間、ルナは信仰するほど愛した人が死にゆくさまを、まざまざと見せつけられていた。死んで欲しくない人が死んでいく、ルナの人生はそんなことばっかりだった。


 だから、ルナは力をつけた。理不尽な暴力や事象に自分が、いや、それよりも目の前で困っている人を、救いを求めている善人を、無垢で純粋な人を、そして、愛する人を守れるように血反吐を吐き続けた。


 その努力がここでようやく報われた。


 周りの時が止まりかけている最中、加速しきったルナだけが動けていた。

 ハルの前にようやくたどり着いたルナは、まず初めにライキルを思いっきり殴り飛ばした。

 その直後すぐにハルの空っぽになりかけていた胸に手を当て、全力の白魔法を放った。


 ルナが加速を終え、膨大な魔力出力の白魔法に集中すると止まりかけていた世界の時間が正常に戻り始めた。


 するとルナの横に居たライキルが、ハルの刀を残して、何者かに後ろから力強く引っ張られたかのように、吹き飛んでいった。その衝撃でハルとルナが暮らしていた愛の巣であったテントは一瞬で吹き飛び更地になってしまった。


 そして、問題はハルの方だったが、ルナの白魔法の威力は凄まじいものだった。ハルの吹き飛んでめちゃくちゃになった臓器たちが、まるで時間を巻き戻すようにハルの身体に戻り、彼の命を散るのを押さえ込んだ。

 その白魔法の輝きはこの鳥かごを超え聖樹の樹冠いっぱいに広がった。

 次にルナがその戻ったハルの胸に耳を当て鼓動を確かめた。


 ドクン、ドクンと一定のリズムで刻まれる鼓動を聞いたルナは心の底から安堵した。


 白魔法はまさに奇跡そのものと言えた。死者の国に身体の半分を入れた人間をあろうことかたかが一人の人間の犠牲があれば済むのだからたいしたものだった。

 だが一瞬でも、時さえ置いてけぼりにした天性魔法と重複魔法の乱発、ほとんど即死級の致命傷を一瞬で癒した白魔法はルナを一瞬で瀕死にした。身体を駆け巡った魔力の負荷に耐えられなくなった全身からは血が噴き出し、体中がぐちゃぐちゃになったことで大量の血を鼻と口から吐き出した。


 ただ、そんな傷などルナからしたら大したことなどなかった。


 魔法は偉大だ。特に白魔法は他の魔法に比べて群を抜いて優秀だった。

 血だらけになったルナが自分の身体に手を当てると、一瞬でぐちゃぐちゃだった身体の傷が治った。

 しかし、その大怪我を治す白魔法を使ったことで再びルナの身体の中はぐちゃぐちゃにかき回されてしまった。そのたびにルナは自分に白魔法を掛けて身体の傷を治していった。やがて、傷の開く具合より治る速さの方が上回るとルナは白魔法を自分に掛けるのをやめた。

 こんな荒療治ができたのも、ルナの白魔法の才能とそれから自身の痛みに対する精神力と、この聖樹に満ちた大量のマナのおかげであった。


 ルナは身体が回復するとすぐに向き合わなければならない問題を一瞥した。吹き飛ばされた小さな炎が、遠くの視線の先で立ち上がろうとしていた。


「ハル、私はあなたを守りたい。私はあなたに死んで欲しくない」


 ルナがいまだに目覚めないハルに語り掛ける。


「覚えてる?王都に神獣が現れた時、私の命を救ってくれたこと、いいえ、命だけじゃない。私にもう一度生きる希望を与えてくれたこと、この世界が絶望だけで成り立ってないってことをあなたは教えてくれた」


 真っ赤な雨が降り注いでいる。ルナはただハルを見つめている。お互いドロドロの血でずぶ濡れになる。


「私はあの日から誓ったんだ。あなたに幸せになって欲しいって…あなたを困らせるモノ、あなたを傷つけるモノ、あなたに不幸を振りまくモノ、全てを排除して来た。それはあなたにはずっと笑っていて欲しかったから。私はあなたが幸せならそれでよかったの…たとえその幸せの中心にいるのが私じゃなくても、あなたが笑ってくれさえいればよかったの」


 ルナがハルの前に来ると彼の前にかざしている手の平に自分の手を当ててみた。そこでルナは微笑んだ。


「ハルが王都に来てからどう?幸せだった?私はレイドに来てからのあなたのことしか分からないけど、あなたは王都にいた間ずっとみんなと幸せそうに笑ってたよね」


 ルナがハルの手を離してさらに彼の元に近づいた。


「そんなあなたの笑顔を遠くから眺めているのが好きだった」


 彼の身体に触れる。上半身裸の彼の露になった胸にそっと手で触れた。心臓の鼓動がルナの手の平に心地よく響く。


「私、約束するよ、あなたのことは絶対に守る。誰にも殺させない。」


 ルナが背伸びをして両腕を彼の頭の後ろに伸ばした。ゆっくりと彼の頭を自分のほうに引き寄せると、ルナも進んで自分から顔を寄せた。


「愛してるから…」


 ルナの唇とハルの唇が重なる。このまま時間が止まってしまえばいいのにと思った。


 短いキスを終えるとルナは腰の赤と黒の刃の双剣を引き抜いた。


 そして、ルナはハルから離れると、遠くで揺らめく炎に振り返った。

 その炎はすでに立ち上がっており、こちらのことを瞳孔を開き切って見つめていた。

 小さな炎から尋常ならざる神威が生じる。

 ルナはその炎が放つ怒りを真正面から受け止めた。


『ライキル、なんでお前がそうやって怒れるんだよ…』


 ルナの感情に沸々と赤く大きな怒りの感情が湧き上がって来た。さっき見たハルが死ぬ瞬間の記憶がよみがえると、ルナの怒りも頂点を一気に超えて爆発した。


『お前にその資格はないぞ?』


 ルナとライキルの神威が激しく衝突する。互いに一歩も譲らず、両者相手を殺すことだけを考えながら二人は歩み寄った。


 ライキルの手にはいつの間にか、刃が常時燃えている真っ赤な剣を持っていた。


 ルナも両手に双剣をしっかりもって両腕を開きながらゆっくりと近づいた。


 ジリジリと互いの距離が狭まるほどに二人の神威が交じり合い濃くなっていく。衝突した二人の神威の中心からありとあらゆる存在が否定され、ルナとライキルの神威だけがそこに存在を独占し始めていた。その現象は現実に破壊という形で現れていた。二人の神威が衝突する中心ではありとあらゆるものが存在できず消滅していた。


 だが、やがて、その消滅現象も二人の刃が交わると一瞬でその空間には濃密な存在を放つ二人の女だけが残った。


「ライキル!!お前って奴は何してんだぁ!!!」


 ルナは怒りのあまり力任せに相手を押し切ろうと重ねた双剣を支える両腕に力を込めた。


「あんたはハルを穢した!!許さない、殺してやる!!!」


 ライキルの瞳孔は相変わらず開きっぱなしで、錯乱しているようにも見えた。震える身体に力が分散し交えた剣がひどくふらついていた。


「お前がぁ…ハルを殺そうとしたお前がぁ……どの口で言ってんだぁ!!!」


 つばぜり合いを制したのはルナだった。双剣を前に振り抜くと目の前に激しい衝撃が広がりその衝撃を剣で受け止めたライキルが地面に背中を打ち付けながら勢いよく後方に吹き飛ばされ転がった。


「お前は、自分がさっき何をしたか分かってるのか…」


 ルナは熱い怒りの中でも、冷静さを取り戻そうとした。


「うるさいな、邪魔するなよ!!!」


 剣を地面に突き立てこちらを睨むライキルの形相は殺意に満ちていた。


「ライキル、本当に、どうして、何があったんだよ…お前がハルに手を掛けるなんておかしいだろ…」


 ルナの足が止まる。ここに来て追撃をしようか迷ってしまった。

 それにはライキルの様子があまりにもおかしかったからだった。今の彼女はルナの知っているライキル・ストライクとは似ても似つかずかけ離れていた。

 誰よりもハルを愛しているはずの彼女がハルを殺すことを実行したこと自体異常だった。


「もしかして、誰かに操られてるのか?自分の意思で行動できない状態なのか?」


 彼女の腕が治っているのもそうだが、見るからに彼女は人間の姿をしていなかった。

 よく見れば目の色も赤色が混じり濁っており、体中から炎が出ていた。燃えない真っ赤なドレスを身に纏い自然豊かなこの聖樹で不自然さを振りまいていた。

 何かにとりつかれたかのような死んだ瞳はルナの戦意を鈍らせた。


「もしそうなら力になってあげたい…お前はハルにとって大事な人だから…」


 結局、ルナの思うところはハルの幸せであった。だから、ライキルを殺すことにためらいはあった。彼女はハルの幸せそのものなのだ。それを奪うことがどういうことかもルナは知っていた。その先にある未来は誰も幸せにならないことなど分かっていた。


 だから歩み寄った。


 もし彼女が誰かに操られているのなら、ハルを殺そうとしたルナの煮えたぎった怒りにも治まりが利いた。


 彼女の脅威が彼女の意思ではないことを願いたかった。


 けれど、その願いは簡単に打ち砕かれた。


 ライキルが立ち上がり剣をルナに向けると言った。


「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇよ!私は誰にも操られてない。ハルを殺すのは私の使命だ!それがライキル・ストライクができる最後の愛なんだよ!それを邪魔するやつは全て殺す、全て燃やす!全て消してやる!」


 虚ろだったライキルの目に光が戻るのを見たルナの表情が歪んだ。


「お前みたいな部外者は引っ込んでろ!!」


 ライキルの威圧的な鋭い視線に、ルナの身体は勝手に硬直して怯んでしまった。しかし、そこは歴戦の戦士でもあるルナ、すぐに切り替えて彼女を睨み返した。

 ゆっくりと近づいて来るライキルに対して、ルナは構えを解いた。


『ハル、ごめんなさい。あなたの彼女はここで私が終わらせます。その後に私もあなたの前から消えるので』


「それで許してくれませんか?」


 ルナがそう小さく呟いた時には、すでに天性魔法を解放していた。


 ライキルが強制的にルナと引き合わせられる。ライキルが突然のことに焦っていたがすぐにルナの天性魔法に合わせるように対応していた。


 ライキルと戦うことになり、最後に少し寂しさを覚えたルナは引き寄せられこちらに向かってくる彼女をただじっと見つめた。


「そうそう、ライキル、あなたも殺す気で来て…」


 ルナが諦めを口にするように小さく呟く。


 ライキルがルナの天性魔法に順応するとさらに勢いをつけて飛んで来た。


「レイドの裏を統べて来た私の実力は生半可じゃないから、覚悟してね…」


 ルナが体勢を低くして双剣を構えた。


 剣を振りかぶって飛んで来たライキルが剣をルナめがけて振り下ろした。


 その瞬間。


 ルナの姿が一瞬でライキルの目の前から消えた。その消えた瞬間をライキルの強化された動体視力ですらおうことが出来ないほど、目の前に居たのに跡形もなくルナの姿は消えていた。


『…あれ?」


 ライキルの身体に異変があった。全身に上手く力が入らずバランスが崩れ始めていた。今から倒れると分かっているのに、身体のどこにも力が入らなかった。


 そして、ライキルはある光景を見てそこで気づいた。


 それは自分の両腕が剣を握ったまま宙を舞っていた。


『はっ?あ?え?』


 ただ、それだけではなかった。


 ライキルの上半身と下半身が力任せに千切られたように裂けていた。

 最後のダメ押しに、ライキルの首と胴体すらも繋がっていなかった。


 ライキルの背後で声がした。それは背筋が凍るほど冷たい声だった。


「ほらね…」


 新たな血の雨が降り注いだ。

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