神獣討伐 行ってきます
聖樹セフィロトの頂上には自然が生み出した鳥かごがあった。木々がねじれ絡み合いひとつの球体となりその鳥かごはできていた。そして、その鳥かごの中心には、当然そこに住む鳥がいた。
このレゾフロン大陸に名を轟かせている四大神獣そのうちの一角をなす朱鳥と呼ばれる鳥が、古からこの聖樹の頂上には棲みついていた。
おとぎ話にもなっている朱鳥の語りつがれる物語で彼は怪物だった。それもそのはず、朱鳥は一度この広大なエルフの森の半分を一瞬で焼き払い火の海に変えた、まさに生きた災害とどの国にも伝わり記録されていた。
そのため、朱鳥が四大神獣に名を連ねることになるのは必然であった。四大神獣に指定された神獣が棲みついた地域は、特別危険区域となり人々の出入りの一切が禁止され閉鎖された。
それは何者かが四大神獣をそそのかし国に誘導しないためであり、これを破った者は死罪に値した。神獣一体でも野放しになれば各国には甚大な被害が被ることになり、対処するのにもその国の実力者が出て行かなければならなくなり、神獣を利用し国を傾けることは容易であった。
それでもいままで格大国が彼らを利用することが無かったのは、そもそも四大神獣が人間の手に負える範囲を逸脱しているからであった。普通の人間ならばまず近づくことさえできず、彼らの前では生きることすら諦めてしまうほど、四大神獣たちは生物として格が違った。
人類は彼らを前になすすべがなく、このレゾフロン大陸の人々は、長年この四大神獣たちを野放しにするしかなく手を焼いていた。
しかし、そんな四大神獣も今や白虎と黒龍が葬られたことで残り二体とこのたった数か月という長い歴史から見てもありえないスピードで絶滅させられていた。
そして聖樹にいる朱鳥もその例に漏れることなく、死神の鎌に現在切り刻まれていた。
ハル・シアード・レイ。レイド王国の歴代最強の元剣聖にして大陸の英雄、そして四大神獣を狩る者という人類最強の男がいた。
霧の森の白虎と龍の山脈の黒龍をそれぞれ単騎で仕留めた英雄と聞こえはいいが、百メートルを超える白虎の首を落とし、龍の山脈に関しては山脈ごと更地に変えたもはや大災害そのものであった。生きる天災その矛先が人類に向かっていないだけで、この世界は今日も無事に存在し続けていると言えた。
そんな四大神獣を軽くしのぐ彼の手に寄って、現在、聖樹の朱鳥は常時肉塊に成り果てていた。
朱鳥には何度でも再生できる力がありそれがさらに状況を悲惨なものにしていた。
朱鳥の身体にはハルによって透明な力が加えられ、常にねじられ、潰され、刺され、千切られ、ありとあらゆる方法でぐちゃぐちゃの肉塊にさせられていた。
聖樹の鳥かごのなかでハルと朱鳥の間には、殺し続ける側と殺され続ける側の二つの関係しかなく、それはもはや止まらない歯車のように常にそのサイクルが回り続けていた。
しかし、そんな歪な関係が繰り広げられている最中、ハルの隣にはしっかりと彼を支える人がいた。
それがルナと呼ばれる女性だった。彼女は一言で表すとハルに恋する乙女だった。
ハルが朱鳥を殺すためだけの機械となってしまった今、彼の身の回りの世話をしていたのは彼女だった。
黒龍討伐後、世界が一変しほとんどの人がハルの存在を忘れても彼女だけは彼を忘れずこうして世界中探し回ってようやく居場所を突き止め会いにいくくらいには彼を愛していた。
ルナは今彼の傍に居られて幸せだった。テントではあるがひとつ屋根の下、彼の世話ができて彼と一緒に暮らせているようで毎日が夢のようだった。
テントの外は常に朱鳥がバラバラになった肉が飛び散り血の雨が降り注いでいたが、ルナの心はずっと晴れていた。
ずっと遠くから指をくわえて眺めてることしかできなかったルナの目の前には憧れの愛する人が寝て覚めても傍にいてくれるのだからこれほど幸せなことはなかった。
ハルは人間としての活動は一切せずに朱鳥を殺すということだけを繰り返していたが、それでもルナにとっては彼が目の前に居てくれるだけで良かった。いつか彼が目を覚ました時に一番最初に映るのが自分でいたかった。そのために、あらゆる準備をしてここにいた。だから、会話が出来なくても、声が届かなくても、彼の視界に入らなくても、重ね合ったキスの感想が聞けなくても、何も問題はなかった。こうして彼の隣に二人っきりで居られるだけで十分だった。
「私さ、こうしてハルと一緒に居られることが夢みたいだよ…この時間が永遠に続けばいいなって思うよ、ハルはどうかな?私じゃやっぱり嫌?そっか、そうだよね、でもさ、じゃあさ、私はどうやったらあなたの隣にずっといられるかな?別に都合のいい時にだけ呼んでくれてもいいよ、その代わり、一生あなたの傍に置いて欲しい。もう結婚なんて欲張らないからさ、隠し妻とか、あ、それだと結婚してるか、まあ、どうでもいいや、フフッ…」
ルナがハルに話しかけるのは日課になっていた。それはもう毎日聞き飽きるほどルナは彼に語り掛け、耳が取れるほど彼に愛を伝えた。日常会話から死ぬほど重たい愛の告白までルナの口からはスラスラと言葉が紡がれ彼の耳に届けられた。いくらやっても反応が返って来ることはなかったが、それでも彼を愛でることを止められずにはいられなかった。
「ハル、私どうすればいいかな?」
ルナはハルに語り掛けると同時に傍にあった。黒と赤の刃の双剣を取り出した。それを腰に掛けると次は自分の服が入った小さな木箱から戦闘服を取り出した。
「迷ってるんだ。私のために殺すか、あなたのために殺すか、それともあなたのために生かすか?どうすればいいと思う?」
ルナが戦闘準備を整えると、刀を離さず立ち尽くすハルの胸の中に抱きついた。
「それとも私があの子に殺されればいい?まあ、好きな人がいき残ってくれた方がいいよね?それでハルはどっちが好き?あなたを忘れていた女とあなたを忘れられなかった女どっちがあなたに相応しい?ちなみに忘れられなかった女の方はあなたを見つけてお世話までしてあげていた将来お嫁さんに有望な女性です」
ルナがそう言うと名残惜しそうな表情でハルから離れてテントの出口に向かった。外は相変わらずの血の雨で、テントの方に振り向くとそこには当たり前だがハルがいた。外に出るのは億劫で、ずっと彼にベタベタしながら一方的なおしゃべりをしていたかったが、運命の時は刻々と迫っていて、避けることはできなかった。
「ハル、私行ってくるけどさ」
ルナのとびきりの笑顔がハルに向けられる。その笑顔は万人の誰から見ても素敵な笑顔だった。
「この数か月私はとっても幸せだった。ありがとね」
前を向き血の雨が降る外へ出るとルナは言った。
「大好き、愛してます!」
返事は返ってこなかったが、それで良かった。きっと帰って来る返事は辛いものだから、これでよかった。
ルナはこの聖樹の頂上にやって来るお客さんを迎えに行った。