神獣討伐 あなたの元へ
聖樹の中に互い違いにかかった橋のようなねじれ木たちを足場に、飛び跳ね頂上を目指す女性がひとりいた。
金色の長い髪に、金色と赤色が半分ずつに分かれた瞳を持ち、両腕が無かった。
黙々と脚を動かす彼女は常に薄っすらと笑みを浮かべていた。頂上に上がれば上がるほどその笑みは酷く歪んでいった。
だがそこで彼女は気づいたことがあった。上っても、上っても景色がまるで変わらないことに、ある一定の場所を通り過ぎると、また同じ景色が広がっていた。
もし、聖樹の途中に目印となる広場のようなものや、誰かがキャンプした後の小さなテントなどが無ければもしかしたらあと数時間は馬鹿みたいに愛する人のことを考えながら登って時間を無駄にしていただろう。
ライキルは、一度その一人用の小さなキャンプ場があったねじれ木の橋の上にある広場にたどり着くと跳ぶのをやめた。
ライキルが立っていた場所は聖樹のおよそ中層辺りで、ここを中心にループが作られているような気がした。
樹皮の隙間から外を眺めると地平線の先まで満たされたエルフの森が見渡せた。
しばらくどうしたらいいか考えて至った結論があった。
「そうだ、燃やそう。ここら一帯の空間を焼き尽くしてこのループを破壊しよう」
何か特別な力が働いていてライキルを頂上に上らせないならその原理や概念さえも焼却してしまえば済む話だった。
ライキルが瞳の中にある炎を使って、周囲一帯を炎で満たそうとした時だった。
「待って欲しい!!」
その時、さっきまでそこにはいなかったエルフが慌てた様子で姿を現した。
「あ、やっぱり、レキの仕業だったの?ねえ、私上に行きたいんだけど、このループを取り除いてよ」
頬を膨らませて彼を威嚇した。
「ライキル、君は朱鳥を使役させたのか?」
「使役?よく分からないけど、朱鳥は私に力を貸してくれた」
「ありえない…あの朱鳥だぞ………やはり、彼の近くだと予定調和が一切ない……」
レキが信じられないといった顔でこちらを見つめていた。なにか他人にはできなかったことを自分がやってのけてしまったのか?とそう想像すると少しだけ気分がよかった。ただ、そんなことよりもライキルはループする空間を早く決して欲しかった。
「レキ、早くして、私は頂上に行かなきゃいけないの、それともここであなたも燃やされたいの?」
「ループはすぐに解く、ただひとつだけ質問させてくれ、お願いだ」
「いいよ、何?」
レキがこうも切羽詰まった状況に陥っているのを見るのは初めてだった。いつも余裕の態度で何もかもを知っている表情を浮かべ、真実を小出しにするような小賢しい人という印象があったから、意地悪だってしたくなった。ただ時間を無駄にしたくないことから質問には答えてあげることにした。この寛大な待遇に少しは彼も感謝して欲しいものだった。
「君は本当にハルくんを殺す気なのかい?」
レキが息を呑んでこちらの答えを待っていた。本当に彼はその答えのみを欲しているようだった。
仕方なく簡潔にライキルは答えた。
「殺さないよ」
「本当かい?」
「うん!ただハルには幸せになってもらうだけ、私はそのためにハルを救ってあげるの。それが私ができる最大の愛情表現ってやつだからさ!」
「そうか、良かった、それならいいんだ…行ってくれ、邪魔して悪かった」
レキがひとつ指を鳴らすと、ライキルの頭上に広がっていた空間が波打つ水面のように歪み始め、やがてその歪みが治まると、ライキルの目にもはっきりと頂上までの道が見えた。
「もう、邪魔しないでよ?今度私の邪魔したら殺すからね!」
「ああ、もちろんだ、急いでハルくんの元に行ってあげてくれ、彼も君が必要なはずだ」
「フフッ、いいこと言ってくれるんだね、ありがとう、じゃあもう行くね!!」
飛び立とうとした時、レキが呼び止めた。
「あ、待て、その腕は治さなくていいのか?」
ニッと笑ったライキルが言った。
「移動するときは少しでも軽い方がいいでしょ?」
そう言い残したライキルは、中層の足場を思いっきり蹴ると高く跳ね上がった。ライキルが足場に使ったその中層の広場は、凄まじい衝撃を受け聖樹から千切れて崩壊し、下層に落下していった。
レキのことなどお構いなしだったが彼は瞬間移動などという素敵でライキルが今もっとも欲しい魔法を持っていたのでなんの心配もなかった。
「瞬間移動があったらすぐにハルのところに行けたのになぁ……あ、脅せばよかったかな?なんてね、自分で会いに行くから価値があるんじゃないか」
ライキルはそう自分に言い聞かせて一心不乱に頂上を目指した。
*** *** ***
立っていた足場が崩壊する中でもレキは慌てることはなかった。なぜなら、足場が無くなってもレキが落ちることは無かったからだ。空中に浮いたように立っていたレキはただひたすらに今ライキルと交わした言葉を思い返して、思慮を巡らせていた。自分が何か間違った選択をしなかったか念入りに答え合わせをしていた。
「いや待て、そもそも、この作業に意味があるのか…」
自分の行いに酷く気を使っていたレキはこの土壇場に来て落ち着きがなく慌てていた。それは普段の彼からはあまり想像もつかないほどの慌てぶりだった。
「ハルの近くでは僕だって…」
――師匠…
そこでレキは昔の教え子の言葉を思い返した。
『師匠は焦ると周りが見えなくなるところがあるから気を付けた方がいいよ?』
ハッとさせられたレキは我に返った。
「違う、違うじゃないか、そもそも、ライキルがここまでひとりで来ている時点で…違うそれよりもなんで朱鳥の力を自由に引き出せてるのかだ!ちょっと待て、どっちも欠けちゃダメなんだ…どうすれば…そうだ」
レキは今すぐ瞬間移動の魔法を発動し、ライキルの後を追おうとした。
『師匠の弱点だね!』
今は遠のき彼女の声がレキの魔法発動を止めた。
「まず間違いなく、飛んだ瞬間殺されるのが落ちだろう…」
レキはその時過ぎ去った日々にこの状況を打開する術がないか記憶を辿った。
「どうすればいい、この悲劇を防ぐためには…」
様々な思い出たちに触れる中、小さな解決策に気づかせてくれたのは彼女だった。
レキが左耳のピアスに触れた。遠くから見れば黄色く、しかし近くで見ればしっかりとした金色の、その黄金のピアスが教えてくれた。
「みんなの力を借りればいい、ただそれだけで良かったんだ…」
レキが魔法を発動させると、その場から一瞬で消えた。