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神獣討伐 鳥剣

 冬を超えるために葉を落し痩せた細った木々が立ち並ぶ森から、広大なエルフの森の中心にそびえ立つ聖樹に近づけば近づくほど緑が蘇り鬱蒼とした樹海が広がっていた。頭上を見上げれば聖樹の樹冠が空を覆い尽くしており、聖樹がすぐそこまで近づいていた。

 季節の影響を受けていない、樹海の中を赤い揺らめきが駆け抜ける。まるで生き物のように蠢く赤い生地のドレスに身を包んだライキルが森を突っ切る。全身にくまなく刻まれた炎の形をした赤い模様は、彼女が使った身体の部位に対応して発光していた。森を駆ければ足が光、腕を振れば腕が、身体をひねれば腰が、首をひねれば、笑顔で口角を上げれば、そして、胸の模様だけが常に心臓の鼓動に合わせて赤く光っていた。


 そんなライキルが森の中を進み聖樹を目指す際に、些細な問題があった。それは森の至るところから凶暴な魔獣たちが群れを成してライキルを排除しようと牙を剝いて来るところにあった。さらに驚くことに様々な異なる種類の魔獣たちが結託しているところにあった。本来ならば互いに殺し合っていても問題ないはずの魔獣たちでさえ、ただライキルを殺すことだけに必死だった。

 辺りを見渡すと周囲の木々の隙間からウマ科の魔獣とネコ科の魔獣の二つの集団がこちらの様子を窺っていた。それは本来ならばあり得ない光景だった。片方は草食、もう片方は肉食。食料が欲しいだけならネコ科の魔獣が今すぐにでも隣のウマ科の魔獣を襲えば済む話なのだが、魔獣たちはある種の調和のもとライキルにだけ殺気を放っていた。

 それだけでは無い、ライキルが強力な神威を飛ばしてみるが、何の反応も示さなかった。神威は動物にも効くはずであり、なんなら動物たちは人間よりずっと素直に神威という指標に従う生き物のはずだった。動物たちが人間よりも先に危機を察知するのは神威を感じ取る感覚が優れているからであった。人間と違い外敵との接触が多く本能的に神威という存在を上手に扱っていた。


 そのはずなのにこの森に居る魔獣たちには効果がなかった。そうと分かるとライキルは神威を出すのをやめて、前へと進んだ。


 聖樹へと足を進めると当然魔獣たちが束になって襲いかかって来た。木々の隙間に隠れていた魔獣たちがライキルを取り囲むように四方八方を包囲した。


 ライキルは立ち止まるとひとこと呟いた。


「私はハルみたいに手加減とかしないけどいいの?」


 ハルだって魔獣に手加減はしないいつだって命のやり取りの場合は全力だった。ただ、それでも、彼の殺しは一瞬で痛みすら感じない絶技があった。

 しかし、ライキルは力を手に入れたが、相手を苦しませないで殺す手加減はできそうになかった。

 魔獣の群れが有無を言わさず襲いかかって来る。魑魅魍魎の様々な種類の魔獣たちが一斉にライキルの元へと突撃して来た。


「私、急いでるの、邪魔しないで」


 直後ライキルを中心に巨大な爆発が生じた。


 魔獣たちは爆風に巻き込まれるとその威力で身体は爆ぜバラバラになり、その後の熱で跡形もなく消し炭になった。周りにあった緑あふれる樹海が一瞬で灰と劫火だけの世界に変わった。

 ライキルは気に留めることなく前に進んだ。

 走る速度はもはや人間の域を超え、聖樹がどんどん近づいていた。

 ライキルの口元は笑みで歪んでいた。借り物の力だったがそれでもこうして自分の力で周囲を屈服させることに一瞬の快楽を得ていた。ずっと、ハルの背中を追い続けていたが、叶わなかった夢が今こんな悲劇的ではあるが叶ってしまい、不本意ながらも気持ちが良かった。


『私にも最初からこれくらい力があればなぁ…』


 ライキルが聖樹のもとまで一直線に樹海を突破しようと、さらに脚に力を込めて加速しようとした時だった。何か異変を察知したライキルはすぐさま力強く足を地面にめり込ませ加速を止めた。

 その直後、ライキルの目の前の地面に一羽の鳥が剣のように突き刺さった。その鳥は体長1.5メートルほどで、剣のような鋭く長いくちばしを持っていた。空から降ってきたこともあり深々と地面に突き刺さった鳥はその後身悶えしながらなんとかその地面から抜けようとあがていた。鳥剣とでも呼べばよいのだろうか?それは空から大剣が降って来たのとほぼ同義だった。


 ライキルがその鳥を蹴り飛ばし、長いくちばしを持った頭と胴体を千切り飛ばすと一切動かなくなった。


「なに…」


 鳥が降って来た上空を見上げると、大きな黒い影のようなものがライキルの頭上を旋回していた。それは円環をなしており、よく目を凝らすとその空中に浮かぶ円の正体は今落ちて来た鳥の群れだった。


 ライキルは有無を言わず走り出した。

 直後、空から無数の鳥たちの特攻が始まった。


 ライキルが駆ける後の道には次から次へと剣のくちばしを持った鳥が突き刺さった。空に浮かぶ円環から無数射出される鳥たちは雨のようにライキルを貫くためだけに命をなげうって降り注いでいた。

 足止めしようと森の木陰で待機していた多くの魔獣たちにも見境なくその剣は降り注ぎ辺りで血しぶきがあがっていた。

 ライキルは言ったん木の影に入りやり過ごそうと思った。だが、降って来ているのは剣ではなくあくまで鳥であり、刺し殺そうと翼で軌道と角度を変えて、木の死角に入っていたライキルに狙いを定め攻撃は止むことがなかった。むしろ止まったことで速度を失ったライキルは円環から射出され続ける鳥剣の第二波に追いつかれてしまった。無数の生きた大剣がライキルを串刺しにしようと降り注いだ。

 ライキルはとっさに身構えて防御の体勢を取ってしまった。急激に跳ね上がった身体能力や膨大な魔力を手に入れても染みついた戦闘経験からもう逃げられないと勝手に頭が決めつけてしまった。それもそのはず前のライキルなら大剣の雨など避けられるはずもなく、防ぐ魔法も持っていなかったのだから仕方のないことだった。

 落下して来た鳥剣の群れが、両手で頭を守るライキルに容赦なく突き刺さった。その数は数十秒の間に何十何百と増え、ライキルの居た場所は降り注いだ鳥剣の残骸で山ができ、最後の方はライキルの元に届かなくなり鳥剣が鳥剣を串刺しにしていた。


 しかし、辺りの温度があっという間に異常なほど急激に上がると、その鳥剣の山がひとつの炎となるとその山頂から血を浴びてさらに真っ赤に染まったライキルが姿を現した。

 無数の切り傷で皮膚が引き裂かれ、さらにはところどころに穴が開き、全身血だらけであったが、目には力が宿っており生き生きとしていた。

 何事もなかったかのように燃え盛る鳥剣たちの山から下りてくると、手を胸に当て心臓の鼓動を聞いた。忙しなく鼓動する心臓に合わせライキルの傷口から炎が上がると、何故かみるみる傷が癒えていった。自然治癒とでもいえばいいのか?それでも傷が治りきると体内に鈍さが溜まるのを感じた。何度も大けがは追えないことをここで感じ取ることはできたが、まだまだその鈍さは微々たるものと感じることも確かだった。


「鬱陶しいな!!!」


 ライキルが手に炎の火球を宿し、それを天空で高みの見物を決め込んでいた鳥剣の集合体である円環に投げつけた。その手のひらサイズほどの火球は空に勢いよく昇って行くと、みるみる小さくなった。


 そして、その炎が剣鳥たちの円環に近づいた時だった。


 エルフの森聖樹近辺の空に巨大な赤い禍々しい花火が上がった。


 樹海の上で円環が赤々と光を放つ。空を覆い尽くしていた無数の鳥剣たちが燃え上がる。緩やかに円環が崩壊していく、燃え上がる天使の輪がゆっくりと堕ちていく。

 もう、剣の雨に降られることも無いとわかったライキルは安堵共に歩き出した。


 剣の雨に降られた森に静寂が戻る。ライキルを追っていた魔獣たちも一緒に間引いてもらったことで、辺りに魔獣の姿はなかった。それほど大規模な集団攻撃だったのだが、それよりもライキルはこの異常な獣たちによる襲撃に違和感があった。ここまでひとりの人間に集中して敵意を向けるなどありえないことで、そのことからも、獣たちが何者かに操られていることは明白だった。そして、ライキルの中でもおそらくではあるが誰がこのようなことをしているのか?おそらくと想像はついたが、それでもまだその誰かは憶測の域でしかなく確証を得ることはできなかった。


『多分だけどこれは…でも、まだ決めつけることはできない。伏兵の可能性だってある。それに私は彼がどんな人かだって知らない。ビキレハに聞いとけばよかったかな?』


 ライキルが思案に更け、一定の速さで移動している最中だった。


 ズブッ…リ……。


 何かがライキルの背中を押した。突然のことによろめき体勢を崩しそうになったが何とか足を止めて立ち止まった。


 気が付けばメラメラ炎に包まれた剣のようなくちばしがライキルの背中を貫いて腹に穴をあけていた。突然の致命傷にライキルの思考がぐちゃぐちゃにかき乱された。

 すぐさま腹から突き出た剣のくちばしをへし折り、背中に刺さっていた鳥を引き抜くと頭を潰して地面に投げ捨てた。すぐに胸の模様が赤く発光しライキルの致命傷を癒す自然治癒が始まった。


「まだ生き残りがいたか…」


 鳥剣が飛んで来た背後を、ライキルがゆっくりとため息をつきながら振り返った。

 と同時にライキルは我を忘れてトップスピードで駆け出した。

 空を見上げれば燃え落ちたと思われた円環が炎を纏ったまま空中で形を保っていた。そこから同じように今度は炎を纏った剣を吐き出していた。


 ライキルが駆け抜けた後を追うように炎を纏った鳥剣が次々と突き刺さっていく。


 速度を上げるためなのかライキルの服装は美しいドレス姿から勝手に現在の状況に合わせるように形を変えた。余計な生地の面積が消え、肩が出た胸から腿まで吸い付くようなデザインの密着した赤い服に姿を変えた。そのおかげでライキルはさらに機敏に動けるようになり、聖樹まで一直線に鳥たちにも魔獣たちにも追い付かれることなく駆け抜けた。その際、ライキルは目の前に立ちふさがる邪魔な木々を得意の朱鳥の炎で消し炭にしながら走っていた。

 エルフの森が燃え上がっていく。気が付けばライキルの走った後の森は大火が支配する灼熱の森へと姿を変えていた。深い緑に囲まれていた樹海が今や火の海と化していた。


 最後の木を焼き倒すとライキルは聖樹の根元の前にようやくたどり着いた。


「あんたは!?」


 誰かの驚く声がした。


 ***


 そこにはベリルソンという男が立っていた。彼は驚いた様子でライキルのことを見つめていた。


「なぜライキルさんが…っていうかその姿は一体どうしたんですか!?」


 わずか数日の間にこれだけ外見が変わっていれば驚くのも無理はない。それとももっと根幹にかかわる部分つまりライキルの神威を感じ取ってしまったから驚いているのだろうか?おそらく両者で間違いないだろう。それは混乱するのも無理はない。


「ライキルさんですよね?」


 彼が聞き直すが、そこでライキルが遮った。


「その質問に答える前にあの獣たちはベリルソンが操っていた……」


 ただそこで彼の答えを聞く前に答えが明かされた。ベリルソンの傍に火傷を負った焦げ付いた鳥たちが何羽も下りて来た。その鳥たちはライキルを追い回していたくちばしが剣のように鋭い鳥だった。彼はそんな鳥たちを撫でていた。


「そうだね、こいつらは俺の命令を素直に聞いてくれる退屈な奴らだよ」


 ベリルソンがその鳥を撫でるのをやめると彼らに空へ戻るように指示を出した。


「君はそうじゃないみたいだけど、その姿どうしたの?隠してた?そんな風には見えなかったけど?」


 それはベリルソンにとってライキルが弱く取るに足らない存在と言われているようなものだった。しかし、本人はこちらを挑発するような目的はなく本当にライキルの変化に驚いているだけのようではあった。それでも癪に障った。


「ベリルソンさん、私、聖樹の頂上に行きたいんです。案内していただけませんか?」


 ニッコリとライキルが微笑む。

 これは紛れもなく開戦を意味していた。


「それはできません、前にも言いましたよね?俺はあなたを殺すように言われている。それでもここに来ないように警告までした。もし、これ以上先に進む気なら俺はあなたを殺さなくちゃいけなくなります。できればそれはやめて欲しいです。あなたはビキレハとも友人でそれにあなたが死んでしまったら傷つく人がたくさんいる、そこにはあのハルさんだって…」


 ベリルソンの目の前にはすでにライキルがいなかった。彼が背後を見るといつの間にかズカズカと聖樹の入り口に向かって足を進めていた。

 ベリルソンが慌てて追いかけてライキルの前に立ちふさがる。


「待ってください話し聞いてました?」


「聞いてないです。聞く気も無いです」


 ライキルが不機嫌そうな顔で言った。


「どうしてですか?俺はあなたのためを思って言ってるんです。あなたには聖樹には行かせられないし、行って欲しくもないんです!」


「ベリルソンさんが誰に言われて聖樹の番人をしているのか分かりませんが、私には関係ありません。それに…」


 体中に張り巡らされた赤い模様が発光し始める。ベリルソンの頬に殺気混じった熱気が吹きつけた。


「もう、あなたと私は敵でしょ?」


 ライキルの身体が一気に赤い輝きを放つ。


「お前ら、来い!!!」


 ベリルソンはその時空を飛んでいた鳥に傍に控えさせていた獣たちに一気に自分の元に来るよう指示を飛ばした。すぐさま彼の指示を受けた魔獣たちが駆け寄って来た。

 赤い閃光を放つライキルとベリルソンの間に死体の壁が出来上がる。


 直後、聖樹の根元で爆発が起こった。


 ライキルが眼を開けると、地面が黒く焦げ周囲にいたものは全て消し飛んでいた。

 しかし、聖樹の入り口にはよろよろと立ち上がる男がひとりいた。彼の傍にはたくさんのバラバラの動物の死体らしきものが散らばっていた。

 遠くで彼が叫んだ。


「あなたがその気ならこちらも手加減はしません!」


「もとより、私は手加減できない」


 ライキルが返すように小さな声で呟いた。

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