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神獣討伐 炎

 ここに来たときからずっと朱鳥の加護下にあり守られていたライキルは、さらに朱鳥の力の一部を継承して聖樹に向かうための万全の準備を整えていた。

 朱鳥の力を継承したのは昨晩が初めてのことだった。この森に来たとき、朱鳥から力を授かる誘いは何度もあった。朱鳥は常にライキルがひとりの時か、眠っている時の夢の中に現れ、ライキルの前に幻の炎を見せた。その真っ赤で美しい揺らめきを持つ炎に何度も触れそうになったがいつもギリギリのところで踏みとどまっていた。

 しかし、昨晩ついに意を決してその炎に触れた。今まで踏みとどまっていたのを、あの夢が最後のきっかけになってくれたんだと、背中を押してくれたんだと確信できた。


 炎に触れた後ライキルは永遠の炎の力を手に入れていた。それはライキルの頼もしい力となってくれた。その力を受け入れたことで、まずライキルは強力な神威、それに伴った強靭な肉体、さらに朱鳥の炎を手に入れることができた。


 授かった神威の力に関して言えば、ライキルは事前に神威の修行をビキレハたちと行っていたため、ある程度冷静さを欠かなければ暴走させずに制御することができた。これは日々諦めずに修行を重ねて来た賜物で自分に感謝した。ただ、それでも授かった力はまず人間の身に余るものではあったため、気を抜けば周りの人を神威だけで殺してしまうかもしれない可能性があった。それほど今のライキルが発せられる神威には力があった。


 急激に変化した肉体にしてみれば身体能力が飛躍的に向上しているのはわかったがこれは強力な神威に耐えるためなのであろう身体が元の引き締まった筋肉質の体型に戻っていた。


 最後に授かった炎これはライキルはまだ試したことがなく。聖樹に向かう途中どこかで試運転をするつもりでいたが、これが彼女を狂わせるきっかけとなってしまった。


 元々、秘めていたライキルの欲をその炎は忠実に解放するための材料となってしまった。身に余る力は人を狂わせる。だが、元から力に飢えていたライキルに四大神獣の力を自由に行使する権限はあまりにもかみ合わせてはいけない組み合わせだった。


 自由には責任が伴うが、愛で盲目となった狂人にルールなど無い。

 望んだ未来が手に入った時、ライキルは我を忘れることとなった。


 ***


 ライキルはガルナを連れて第三キャンプ場から聖樹へ向かう途中だった。

 いつものように半ズボンとはいかず、ガルナは気候に合わせて綿などが詰め込まれた防寒対策が施された長ズボンを履いていた。獣人族と違い寒さに耐性の無い半獣人のガルナに寒さは、人族と同じくらい厳しいものだった。しかし彼女の背には大きな赤い大剣があり、それを扱う際、上着だけは薄着で動きやすい格好でその代わりに持って来ていたコートを羽織っていつでも戦闘態勢に入れるようにしていた。

 片手には食料が詰まった袋を持っていた。聖樹に向かうと言っても途中どこかで野宿をすることにもなるかもしれないし、聖樹に留まるとなればある程度の食料を用意するのは考えのつくことではあった。

 そんなガルナの表情は今日の空模様のように少しだけ曇っていた。それもそのはずだった。彼女たちの目的は酷く前向きなものではなかったからだ。


 だがそれにも関わらず、ライキルは満面の笑みで森の中を身軽に足取り軽く進んでいた。ガルナとは違い、服装も薄手の軽装で荷物も持たず持っているものは腰の剣だけであった。


「ライキル、寒くないのか?」


 背後から重い足取りのガルナに声を掛けられた。


「うん、寒くないよ。それがなんだか身体が温かいんだ。もしかして朱鳥さんの力のおかげかもね」


「なあ、その力本当に大丈夫なのか?」


 心配そうな目でガルナが見つめる。


「大丈夫だよ、ほら、神威だってまき散らしてないしちゃんと制御できてるから安心して」


「なんだかライキルっぽくない気がするんだけど気のせいか?」


 ガルナが視線を外し伏目で言う。

 そこでライキルは思った。きっと彼女はライキル・ストライクという人物が別物の何者かに変わってしまわないか心配なのだろう。けれどライキルからすれば変わってしまうことなどこれから先のことを考えたら特に気にすることでもなかった。それでもすぐに彼女に安心を与えるために振り返って控えめに笑った。


「ごめんちょっと、舞い上がってたのは認める。だって、私、こんなに強くなったことなかったからさ、今の自分にビックリしてるんだと思う」


「そうか、なあ、その授かった力っていうのはどれくらい強いんだ?」


「うん、それも聖樹に行くまでに試そうと思ってた。もし、まだ扱えないようだったらガルナ、聖樹に行くのもう少し伸ばしてもいい?」


 冗談めいて言ってみたが彼女は本気で頷いていた。


 ライキルが適当な少し開けた場所に出ると、ガルナを下がらせて、意識を自分の内側に集中させた。魔法を使う時とは違い、朱鳥の炎を扱う時には体内に宿る炎に意識を向ける必要があった。その体内に宿る炎はまるで新しい臓器のようにライキルの中心で燃え続けており、ライキルはその炎を体外に出すようにイメージを膨らませた後実際に実行するように身体にその意志を強く働きかけた。


 その時だった。


「ああああああああああああああああああああ!!!」


 静寂な森に絶叫が響き渡った。紛れもなくその絶叫はライキルの叫び声だった。

 ライキルの内側から勢いよく炎が放出されると、あっという間に身体全体を包み込んで知った。


「ライキル!!」


 あまりの突然の出来事にガルナが慌てて近づいたが、炎の勢いが強すぎてのけぞり尻もちをついてしまった。


「おい、ライキル!!クソッ」


 ガルナが空気中にあったマナを身体に流し、手のひらに大きな水の塊を召喚したが、その間に炎の勢いはさらに大きくなり、彼女は後退せざるを得なくなった。


 炎の熱が全身を焼け焦がす痛みで意識が吹っ飛びかける。が、しかし、次の瞬間にその激痛は治まっていた。


「あれ、熱くない…」


 炎の渦がほどかれ辺りに拡散していくと、ライキルは深呼吸をした。

 自分の身体に目をやると焼け落ちた自分の服と入れ替わるようにライキルはいつの間にか真っ赤なドレスに身を包んでいた。そのドレスはところどころに炎が灯っていたが生地が燃えて焼け落ちることは無く、炎と共生するように一体となっていた。そして、それはライキルの身体の外層のようにぴったりとなじんで、着心地はまさに身体の一部のようだった。


「すごい、これ、可愛い…」


 ライキルが無邪気に真っ赤なドレスのような何かに気を取られていると、ガルナが恐る恐る顔に指をさしていた。


「おい、ライキル……」


「え?」


 そこでライキルは近くにあった水たまりを覗き込むとそこには、炎のような赤い痣に蝕まれた顔がそこにはあった。それだけじゃない、腕にも脚にも体中全身にその赤い痣はあった。そして、その痣は胸の中心から広がり身体の末端にまで行き届いていた。それはまるで炎の妖精というよりかは、業火の悪魔という表現の方が正しい見た目をしていた。


「これは、なんていうか、人外みたいだね」


「身体は大丈夫なのか?」


「問題ないよ、それより…」


 人間離れした醜い姿がそこにあった。それはまるで地を這う虫のようにライキルの全身には赤い痣が出現していた。ライキルの口から小さく笑みがこぼれた。


『ああ、醜いな、これが私の最後なんだ。こんなんじゃもう振り向いてもらえないかもしれないなぁ…ハハッ』


 全身の赤い痣はライキルを人間から遠ざけた。これでは誰も人間として自分を扱ってはくれないと落胆する。どんな舞踏会でもこんな姿では忌み嫌われることは確かだった。もう舞踏会など行く未来などないのに、変わり果ててしまった自分に怒りが湧いた。


 ライキルはその行き場のない怒りを発散させるために、ひとつ炎球を手の中に生み出した。それは体内にある朱鳥の炎から生み出した炎で、空気中のマナを消費して生み出した魔法の炎ではなかった。


 手のひらに乗った炎を広場の奥に思いっきり投げつけた。


「アハハハ、ガルナも嫌だよねこんな私…」


 ガルナに振り返り、少し困ったように笑った。


 直後、凄まじい爆音と衝撃波でガルナが、ライキルの元から引き離されるように吹き飛んだ。その爆風がライキルにも襲いかかるが、まるで微動だにしないライキルは困惑した。


「え?」


 振り返ると自然広がる森の中に赤々と燃え上がる炎の柱が天空にそびえ立っていた。その炎は森を吹き飛ばし多くの木々を薙ぎ倒し、爆心地ではありとあらゆるものが消滅しており灰が舞い散っていた。炎の勢いは衰えることを知らなかった。

 我に返ったライキルはすぐさま、その場から消えるように移動すると、あろうことか吹き飛んでいたガルナに追いつき、彼女の身体を大剣ごと両腕の力で抱きかかえた。その際にライキルは自分の腕の真っ赤な痣が発光していることに気が付いた。それだけじゃない、脚を見ると炎のような赤い痣が発光していた。力を引き出した箇所がそうやって光っていた。


「これはダメだ…こんな強すぎる力、必ず身体に反動がくる。代償も無しにこんな魔法扱えるわけがない」


 腕の中のガルナが訴えかけるように言う。


「だろうね、多分この力は一時的なものなんだと思う。だからこそ、この力が使える今だけは利用させてもらうことにする、それにうん、そうだとしたらちょうどいい…」


 ライキルもいまだに勢いの止まない炎の柱を見て呆然としていた。この力は確かに四大神獣に匹敵する力だった。あと数発でも放てばちょっとした町なら炎の海に飲まれるほどの威力があった。なんなら大国の剣聖に匹敵する力がライキルの手中にあった。


「ねえ、ライキル、この力を使うのやめてくれないか?このまま見殺しにはできない。聖樹には私が行くからライキルは……」


 彼女の言葉を遮ってライキルは言った。


「それを言うならガルナにはここに残っていて欲しい」


「何を言ってる…」


「この力があればきっと聖樹の頂上にまで数分で辿り着けると思うから」


 今までと立場が逆転した。足手まといだったライキルはこれから向かう場所にガルナを連れて行きたくなくなっていた。ひとりで片をつけられるなら、それに越したことはなかった。あの頂上にいるハルに手を掛ける瞬間を彼女には見せたくなかった。ガルナも彼を愛していることに変わりはなく、そんな彼女の前でわざわざ殺すのは残酷もいいところだった。


「なら私も連れて行ってくれ、最後までライキルの傍に居させろ!約束しただろ…」


 力強い彼女の意志をなだめるようにライキルは彼女の頭を撫でた。


「ごめんなさい、こうなったからにはあなたを連れて行くことはできない」


「なんで…」


「私はずっと自分の問題を自分で解決できる力が欲しかった。自分の望むものを自分の力で引き寄せる力が欲しかった」


 弱かったことで立ち止まってしまったことは何度もあった。だけどそのたびに彼が現れて助けてくれた。必死に努力しても届かない領域にみんなはいた。


「弱かった私はいろんな人の手を借りなきゃいけなかったけど、今の私はその一時的なんだろうけど強いから自分ひとりでどこまでできるか試したくなってる。それにこうして強くなったから分かったけど、私たちってハルからしたらかなり足手まといだったって分かった。私たちはすごく脆かった…」


 ガルナを連れて行きたくなくなったのは、先ほどの爆風に魅せられたからでもあった。自分はなんともない爆風に、彼女は吹き飛んだ。これほどまで弱く脆い存在を自分の戦場に立たせたくないのは当然だった。

 今、ハルがなぜ頑なに重要な時にたったひとりで行動するのかが分かったような気がした。


「何だよ、それ、強くなったら簡単に仲間を切り捨てるのか?」


「うん、そう私はそうする。そして多分、ハルも同じ気持ちだったんだよ。私たちは弱すぎた。この力を得て思ったの、人間は簡単に死ぬって」


「私はお前を力ずくでも止めるぞ!」


 ガルナが背中の大剣を抜き取った。地面に振り下ろすと剣の風圧で周囲の木の葉が舞った。


「本当はガルナはハルには死んで欲しくないんだもんね。分かるよ、その気持ち、でもちゃんと私が殺すよ、これは誰にも譲れない」


「目覚ませぇ!!」


 ガルナが赤いぶ厚い大剣を水平ではなく垂直にし、そのまま振り抜いた。斬撃ではなく打撃に切り替えての攻撃だった。そうでもしないと最悪ライキルを真っ二つに殺してしまう可能性があった。


「ごめん、もう目は覚めてるの…」


 振るわれた大剣が静止する。激しい動からの静への切り替わりが不気味なほど早かった。それはライキルが片手の人差し指を立てただけで、ガルナの渾身の大剣を振りを止めていたからだった。指に刻まれた赤い痣が発光する。


「お前、本当に…」


 ガルナはライキルのことを認めず、大剣を持ち直し振りかぶると今度はライキルの頭めがけて大剣を振り下ろした。今度の一撃は殺す気で殺気を伴っていた。そのため、ガルナの身体から異常な量の神威が溢れ、ライキルめがけ襲いかかった。


 しかしだ。


 ガルナはいつの日かの古城アイビーでの出来事が頭をよぎった。あれは久しぶりにハルたちに会ったときの挨拶代わりの一撃だった気がした。お菓子を食べていたハルに振るった背後からの一撃が…。


 振り下ろされた大剣がライキルの人差し指と中指に挟まれビクともせずに止まっていた。


「私はもう行かなくちゃいけない、この力がどれくらい持つか分からないし」


 大剣を雨上がりの湿った地面に落とし膝から崩れ落ちるガルナ。ライキルは彼女の元に駆け寄ろうとしたがそこは我慢して前を向いた。


「私たちは親密になるべきじゃなかったのかも、こんな辛い別れが来るって分かってたなら、友人のままとどめておくべきだった。友達ならここまで深く傷つくことはなかった。私との時間はあなたにとって全部無駄で、私が奪ってしまった…」


 ライキルのその答えに、俯くガルナが軽く鼻で笑って首を振った。


「ハハッ、それは全然違うだろ…」


「私がもうひとりのガルナを誘ったからこうなった」


「もう一人のガルナなんていない。どっちも私でその私がライキルを受け入れたことに変わりはない、嫌なら嫌って言ってる。それくらいの頭はバカな私でも持ってるし、それに二人で過ごした時間はかけがえのないものだった。それは誰にも覆させはしない。だから…」


 そらから小雨が降り出した。すぐに止む雨だ。通り過ぎていく雨雲が思い出したかのように残りの雨を細やかな線にして地面に落としていた。


「だから、私がライキルを愛してしまったこの事実に変わりはない」


 ライキルの呼吸が一瞬止まった。とても胸の奥が苦しくなって手を胸に置いてなんとか落ち着かせた。顔が少し赤くなっていたかもしれないが痣のおかげで彼女にはバレはしなかった。


「私は、ガルナみたいな素敵な人に愛されていいような人間じゃなかったんだ…」


「例えそうだとしても現実ライキルは私に愛された。それは揺るがないことだ。ライキルはどう?私のこと愛してるのか?」


「うん、とっても愛してる、当たり前でしょ…」


「じゃあ、ひとりで行かないでくれないか?私ライキルまでいなくなったら生きていけないぞ?…なあ、頼むよ……」


 別れの時が近づいているのは明白だった。彼女は駄々をこねるようにその場に力なく座って動こうとしない。ライキルはこの光景をどこかで見たことがあった。


『ああ、そっか、これはまんま私じゃないか…』


 同じようなことをハルにしていたことを思い出した。行って欲しくないのは死んで欲しくないから、そう、行ってしまえば帰ってこない。そんなことばっかりで、今だってハルは私たちの隣にいない。大切な人ほどいなくなるのが早い。どうしてこうも世界は私たちの味方をしてくれないのか?


 ガルナを見降ろしていると彼女が生気のない顔で力なく言った。


「私はいざとなったらライキルを止める気でいた。だけどそれももうできない。ライキルは本当にハルを殺すのか?」


「あの人の本当の幸せは私たちじゃないってこと、ガルナにも分かって欲しい…」


「それはハルの口から直接言われたのか?」


 その質問で言葉に詰まりそうになったが、次から次へとその言葉の信憑性を高める理由が悲しいほど浮かび上がってきた。けれどガルナが先行して言い続けた。


「もしハルが私たちと一緒に居たいって思ってたら?もうハルには会えなくなるんだぞ!そしたら、ライキルは絶対に後悔する。きっともう生きていけないほど深い後悔を味わう…」


「………」


「なあ、それでいいのか?ハルの真意を聞いてからでも遅くないんじゃないか?」


「ハルとは話さないこれは私が決めたことだから」


「なんだよ、それ…」


 きっとハルの声を聞いてしまったらもう何もできない。だから、自分の気持ちが揺らいでしまう前に決着をつけるつもりだった。


「それにハルが目覚める可能性なんてどこにもない。こんな世界で死ぬまで彷徨うならここで終わらせてあげるのが一番いいよ…」


 ハルのことはレキからよく聞いていた。彼は抜け殻で生と死の中間的存在だと告げられていた。何がどうしてそうなったかは分からないけど、苦しんでいることに違いは無い。この世に生まれた時点で辛かったことに違いはない。私たちの様なまがい物と一緒にいて嫌だったに違いないのだ。

 引き離された愛の痛みは癒えやしない。


「ライキルに…そんな誰かに手を汚してもらってまで欲しい幸せ何てないだろ!そんなこと、ハルやアザリアだって望んでないはずだろ!」


 ライキルはそこで珍しく知的な彼女が間違ったことを言ったと思った。誰かの犠牲で成り立つ幸せはこの世の中そこら中に溢れかえっていた。誰かの幸せの裏側には同じくらい誰かの不幸があった。ライキルひとりの不幸でハルが幸せになる未来はちゃんと用意されているはずなのだ。


「ハルの幸せを勝手に決めるなよ!!!」


 ガルナの叫びはもっともだった。だけど、だったらあのアザリアの理想を描いた夢を見せてあげたかった。ハルとアザリア、二人だけの完成された美しい世界を、他人の入る余地が介在しない完璧を、欲に溺れた私たちでは到底たどり着けない穢れの無い青く透き通った理想を見せてあげたかった。

 そして、二人が実際に過ごした時間を見せてあげたかった。小さな木の家で二人だけでひっそりと愛ある生活を送る平和で完璧な日々を、ライキルが嫉妬すら諦めてしまうほど幸せが詰まった暮らしを見せてあげたかった。

 アザリアこそがハルにとって最高のパートナーだということを知って欲しかった。


「なんとなく、分かるんだ。ライキル、お前はもう帰ってこないつもりだろ…」


 かすれきったか細い声でガルナが言う。


 ライキルは何も答えずただ彼女の前まで行くとしゃがんで強く抱きしめた。


「どこにもいかないでくれよ、もう嫌なんだ…誰かが私の前からいなくなるのは…」


「………」


 ライキルが彼女の頭を優しく撫でて安心させた。


『本当に私はガルナを幸せにできなかった…』


 もう少し彼女のことを撫でてあげていたいと思ったその時だった。何かをいち早く察知したライキルがすぐに立ち上がって、気配のした方向を見据えた。痩せた木々の隙間の奥で何やら大きな黒い影たちが近づいていた。


「ガルナ、みんなのことよろしくね、私行ってくるよ」


 ライキルが最後にガルナに優しく笑いかけた。


「あぁ…」


 手を伸ばすガルナ。もう、そのライキルの後姿が、戦いに赴くハル・シアード・レイの姿と重ねって見えてしまい、止めることができなかった。


 飛び出したライキルの姿があっという間に遠のいて見えなくなると、森の奥が真っ赤に輝き、やがて凄まじい火柱が天まで上がっていた。


 ガルナの頬を強い風が撫でる。


 気が付けば聖樹周辺に満ちていた神威は消えていた。


 その場には独り、ガルナだけが取り残されていた。

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