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神獣討伐 死の行進

 銀色の雲の隙間から黄金色の朝の光が地上に降り注ぐ。昨晩降った雨は止み、空には大きな虹が掛かっていた。途切れ途切れ浮かぶ雲の隙間からはとても深い青空が顔を覗かせ、そこにはまだ星の輝きがあった。

 森の中はひんやりとしてところどころ霧がかっていた。いつの間にか秋が終りかけており、冬の到来を告げていた。

 紅葉していたエルフの森もすっかりと葉を落した裸の木々が増え、森全体が痩せ細っていた。

 それでもなお森の中央にそびえ立つ聖樹の近くの森だけは青々と緑が生い茂り生命に溢れていた。まるでそこだけ季節が切り取られたように、冬支度をしない木々たちであふれていた。それはきっと聖樹の傘下に入っているからだった。雪が降らず栄養を聖樹から分け与えられているからだった。そう、聖樹がここまで大きくなったのは他の木々を成長させ吸収することを繰り返すことで大きくなっていた。いずれこの聖樹はこの星の全ての木々を吸収しこの惑星を飲み込む怪物と言えた。しかし、聖樹が星を食らう前に人間がそれを許さないことは明白だった。聖樹の守り神ですら今は肉塊になり続けているのだから、人間とは末恐ろしく、救いがない。だから、人間ではだめなのだ。


 ベリルソンは聖樹の中層のねじれ木の壁の隙間から身を乗り出し、遠くの地平線まで広がるエルフの森の樹海を見渡していた。

 聖樹中層にはいたるところに先人たちが残した広場があった。聖樹内のねじれ木を魔法か何かで編み込んで土台とし、その上に巨大な木の板を打ち付けならしちょっとした町規模の広場があった。昔人々がこの巨大な木の中で生活していた跡がそこにはあった。ベリルソンはその恩恵を受け、中層をキャンプ地としていた。

 しかし、手入れがされていないため、育ったねじれ木が地面の役割をしていた木の板を貫き、その広場のいたるところに天に向かって伸びたねじれ木が柱のようにいくつも生えていた。さらに板の老朽化が進みその広場の床は抜け落ち、土台となって編み込まれていたねじれ木が見えていた。

 足場の悪い中、それでも聖樹にこうして拠点を建てられたことは僥倖だった。本来ならばもっと過ごしにくい過酷な環境を想定していたが、どれだけ聖樹を登っても空気は薄くならないし、聖樹の至るところに食べられる果実がなっており、まさにここは楽園といえた。聖樹ひとつで小国程度ほどの規模の人間を収容できるのではないかと、将来この大陸に人口が増えた際の改善策などくだらないことを考えたベリルソンでもあったが、それほど聖樹の中の環境は生物に優しく整っていた。

 全てが終ったらこの樹海を眺めるだけの生活も悪くないと思った。


 愛する家族と共に…。


 そう、全てが終ったら…。


 終わりが近づいている。


 終わりの最初の合図が森中に響いた。鳥のさえずりひとつですら聞こえなくなってしまったこの場所で目も覚めるような轟音が響き渡った。


 そして、聖樹の麓の樹海で爆炎と黒煙が上がった。


 ベリルソンは聖樹の中層から、遥か下に位置する樹海に突如現れた得体のしれない怪物の進行を食い止めていた。

 目下でいくつも木々が薙ぎ倒される。


「ダメだ、止められない、こっちに向かって来てる…」


 彼は必死に聖樹の下層にいたしもべたちに命令を出しては樹海を進行してくる得体のしれない侵入者の進行を食い止めていた。が、それも時間の問題だった。

 爆炎が上がる位置がどんどんと聖樹に向かって接近していた。


「聖樹が燃やされるのはマズイ。それだけは止めなくちゃ…」


 ベリルソンは聖樹の中層からその身を投げた。朝の冷たい空気にその身を滑り込ませていき、森を荒らしている侵入者を迎え撃つため、聖樹の真下めがけて落ちていく。

 聖樹の下まで落ち地面が迫って来ると、ベリルソンは飛行魔法による四つのリングを展開し、落下の勢いを殺した。

 聖樹の根元にたどり着くとベリルソンを出迎えたのは多種多様な獣たちだった。そこには魔獣も動物も両方混在しており、お互いが捕食者と非捕食者の間柄にも関わらず身動き一つ取らずベリルソンが下りて来るのを大人しく待っていた。


「お前たちも行って足止めをしてこい」


 その獣たちに指示を出すとまるで操り人形のように一切の迷いなく彼の言葉に従った。


「損傷の無い死体は素直に動いてくれるな…」


 死体。ここにいる獣たちは一匹残らず全て死んだものたちだった。彼らはベリルソンの天性魔法【死者の行進】で死後の身体を操られていた。

 ベリルソンの背後から使役させた大量の魔獣と動物たちの死体が駆けていく、木を薙ぎ倒し真っ赤に染まる爆炎が上がる方へ突撃させる。

 ベリルソンが支配下に置ける死体の数は基本的に制限はなかった。しかし、天性魔法である以上操る死体の数が増えれば増えるほど身体への負担が大きくなるが、それは日頃のトレーニングと少しずつ操れる数を増やし自分の能力を底上げしたベリルソンにとって、百単位の死体を操ることは造作もないことであった。

 そして、なぜこれほどまでの魔獣や動物たちの死体を彼が保有できたかというと、これは別に彼が兵隊を集めるために殺し回ったわけではなく、彼がこの森に来たときすでに聖樹の周りにはおびただしい数の死体があったからだった。どれも目立った外傷がないにも関わらず、どの獣たちも等しく綺麗な身体で死んでいた。

 ベリルソンがこの森に来て最初にやったことはそんな死体をかき集め備蓄しておくことだった。万が一何かあったときに役立つと思い三つのキャンプ場の周りと聖樹の周りの数えきれないほどの死体を一か所に集めておき備蓄兵としていた。そのため、ベリルソンが森を脅かす脅威に、突撃させている獣たちは全て命を終えた死体であった。


『相手は相当な手練れだな、魔獣たちじゃ止まらないか?一応肉体の性能は最大限まで引き上げているんだが…』


 使役した死体も一定以上破壊されるとベリルソンとのつながりが途切れてしまい、本当の死を迎えた。それでも例えば人間ならば首が無かろうが身体があれば自由に操ることができたし、生前の人間の能力を生かすこともできた。


 ベリルソンは死体となった獣たちとの繋がりが切れていくのを実感する。その速さはあっという間で得体のしれない怪物はすぐそこまで迫っていた。

 大きな木々が次から次へと薙ぎ倒されては爆炎が上がった。

 少しばかりベリルソンにも焦りと緊張が走る。

 その間少しばかり、仲間たちのことを思った。みんなは無事なのだろうか?としかし、これほどの神威を振りまいているならば、全員事前に避難していると見当はつく。そこまで仲間たちを足手まといだとは思っていなかった。


『そもそも、この侵入者は一体何が目的なんだ…どうして、こっちに向かってくる…』


 ベリルソンが外部からの侵入者だと決めつけているのは、ここまでの神威を習得していた存在はせいぜい、聖樹の頂上にいる彼女くらいで、他の可能性を考慮する余地はなかった。神威はそんな急激に成長させられるものではない。ベリルソンだって、レキというエルフに指導を受けた際、無自覚の内に神威を使用する機会があったからこそ、成長の速度が急激であったがそれは積み重ねて来た重み、経験があったからだった。死線を潜り抜けるたびに、神威は成長するともレキは言っていた。極限状態で神威は磨かれ発露すると。

 ベリルソンが超えて来た窮地は数知れない。しかし、そう考えると頂上にいる彼女はいったいどれほどまでの体験をしてあの場所に居座り続けているのかと思うと、胸が苦しくなった。


『それにしても、神威を習得して分かったけど、これは手に負えないかもしれないな…』


 ベリルソンは地上に降りてからずっと神威を展開していた。その突如現れた侵入者による神威から身を守るためであった。しかし、それでも肌にひりひりと刺すような圧迫感を与える侵入者の神威は凄まじいの一言だった。

 神威を感じるとることから見るところにまで昇華させたベリルソンはひとつ思うことがあった。神威は相手の力量が事前に分かってしまうため、戦うことすらためらってしまうと同時に、これはとても重要な生存戦略にもなりうると思ってもいた。

 もしも相手が神威を知らなければ、ただ、恐ろしいと感情が一方的に浴びせられ、その恐怖が自分でも対処可能なものなのか?それとも手に負えないのか?それは本人の感覚に依存した。しかし、神威を知る者は相手がどれくらい恐ろしい存在なのか事前に把握できる情報がひとつ増え、その脅威への行動の選択肢を明確にすることができた。これはありがたいことだった。極限状態に達するときの選択はいつだって命が天秤に掛けられる。そんな時、頼りとなる力が自分の中にあるのは心強いものだった。


「だけど、俺は聖樹を、ルナさんを守らなきゃいけない…」


 しかし、そんな神威で相手との力量差が絶望的だったと分かったとしても人というのは逃げちゃいけない戦いというものがあった。


 脳裏に失った妹の笑顔が浮かんだ。守れなかった彼女の存在を頂上に居るルナと重ねてベリルソンは奮い立たった。


「今度は守って見せる…必ず…俺が……」


 最後の木が切り倒されその怪物は姿を現した。


 そこには燃えさかる炎を全身に纏った炎そのものといった女性が立っていた。


「あんたは!?」


 ベリルソンの目が見開く。

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