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神獣討伐 夢見る人間

 レゾフロン大陸の人里離れた海岸沿いの崖下に、小さな神殿は建っていた。その神殿にたどり着くまでは道なき長い道を通って来なければたどり着けないほど人気のない場所にあった。

 そして、神殿というにはそれはあまりにも小規模で粗悪な作りの建物であった。人一人住むのがやっとというよりは、高台のやぐら、キャップで使うちょっとしたテントなど、その程度の大きさしかなかった。そんな狭すぎるぼろぼろの神殿の扉だけは両開きでやたらと大きく不格好な形をしていた。その扉を開けると、中は家具ひとつない物寂しい空間が広がっていた。窓はなく、扉を閉めると窒息しそうなどこか息苦しい室内があった。室内は真っ白でそこに長時間いるだけで頭がおかしくなりそうだった。

 しかし、そんな異常なほど簡素な室内の床には地下へと続く大きな片開きの丸い扉があった。この神殿はまるでその扉が雨風をしのげるようにだけ設計されたと言えるほど空っぽだったが、外見は神殿と分かる程度には凝った造りをしていた。そんな外装と内装に差はあれど、それらは全てどうでもいいことだった。

 全てはその扉の下にこの神殿に住む者たちの居住区は存在した。

 丸い扉を開けるとそこには螺旋階段が出現し、何十メートルと深い地下まで降りていくと、その地下にはさらに巨大な鉄の扉が待っていた。

 鉄の扉を開けるとその奥には巨大な空間が広がっていた。いくつもの巨大な柱が天井を支えており、入り口から伸びる赤い絨毯は遠くの暖炉の炎が灯るラウンジまで続いていた。

 赤い絨毯の脇には背の高い照明が並び炎が揺らめいており、奥のラウンジでは、巨大なシャンデリアに大量の炎が灯り周囲を照らしていた。

 奥のラウンジに向かう途中、赤い絨毯の両脇には、ローブを纏った女性たちがずらりと並んでいた。どの女性も容姿端麗で、艶めかしく奥にいるひとりの男のことを気にかけている様子だった。

 ラウンジの暖炉の手前には一つのテーブルを囲うようにソファーが並べられていた。この地下の空間で唯一の男がそのラウンジでくつろいでいる。彼は訪問者から見て背を向く位置に座っており、彼が振り返らない限りその顔を拝むことはできなかった。

 そんな男は、両脇に女性を侍らせて彼は赤いワインを口に運びながら、難しい顔をしていた。


「なにやら、エルフの森で不穏な動きがあったようだな」


 男が愚痴をこぼしたように呟き、ワインをテーブルに置く。するとどこからともなくバインダーに書類を挟んだローブ姿の女性が彼の傍に立った。


「現在、エルフの森にはサクリファイスが任務を遂行中ですが、依然として連絡がありません。こちらからも進捗を確認しようと連絡を取ろうと試みているのですが…」


「近づけないんだろ?」


「おっしゃる通りです。現在、サクリファイスがいる聖樹近隣に何やら結界の様な空間が展開されており、入ることが出来ませんでした」


 男は足を組みソファーに深く寄りかかると、困った様子のその秘書の女性に言った。


「そいつは恐らく神威って特別な力だ」


「カムイですか?」


「そう、神の威圧、神の威光、神の威厳なんていろいろ起源はあるが、ようは神様みたいなすげえ奴にはみんな逆らえないってことだ。ほら、聖樹周辺には神みたいな巨大な鳥がいるだろ?そういこと、奴の神威を突破しなきゃまずベリルソンたちには会えないだろうな」


 組織の末端から入って来た情報をまとめてあげるだけの戦闘経験の全くない秘書が困った顔をする。


「では、その壁を突破するにはどうすればよろしいのでしょうか?彼らと連絡が取れなければ任務の達成度をこちらも把握することが出来ません」


 あくまで彼女は彼の言った言葉を自分なりに解釈して答えを探った。


「ハハッ…」


 男は力なく笑うと、テーブルのワインを再び手に取った。グラスの中で赤く輝く液体を眺めながら彼は言った。


「秘書ちゃん、残念ながら今回の彼らの任務は失敗…いや中止にすることにした、理由はわかるかな?」


「見えたのですね、未来が?」


 ごく当たり前のように男は静かに頷いた。そして、秘書や周りの女性たちも彼のその言葉を馬鹿にせず全員が真剣に彼の言葉に耳を傾けていた。


「正直、私は今回の任務で欲を出し過ぎた。神なることを急いでしまった。それはよくないことだった。私のような人間は本来もっと気長に機が熟すのを待つタイプだったのだが、なんだろうな、あの英雄が世界を大きく揺さぶったから、焦ってしまったのだな…私らしくなかった」


 男ががっかりした顔を見せると周りに侍っていた女性たちが彼の悲しみを紛らわせるようにすり寄って来た。

 秘書の彼女の表情も沈んでいた。ここにいた誰もが彼の失敗を悔やんでいた。中には涙を流している女性もいた。しかし、そのことを誰もおかしいとは思わなかった。むしろなんて彼に対して忠誠心が厚い人なのだろうとこの場では称賛に値した。彼を思って泣いたのだから。


「ということで現在サクリファイスに出している任務は中止、彼らに帰還命令を出す。他の空いている部隊を呼んでくれ、ここからエルフの森への扉を開ける」


 男が淡々と秘書に指示を出すが、そこで彼女は少し考えこんでしまった。


「ひとつよろしいでしょうか?」


「神威はどうすればいいのか聞きたいのか?」


 男が先回りして秘書が言おうとしていた質問を口にした。


「はい、我々の中にその聖樹のカムイを突破できる者がいるのでしょうか?」


「それに関しては問題ない。ある時を境にサクリファイスの中にその神威の範囲外に出て来る者が出て来るから、そいつらに伝えろ、任務は変更今すぐ中断して引き上げてこいと、報酬も出すということも忘れるなよ」


 預言めいた命令に彼女は首を縦に振った。


「承知いたしました」


「頼んだよ」


 男の前から秘書がいなくなる。両脇に居た女性たちが甘えた声と共に彼に抱きつき寄ってたかって来た。男はその女性たちに埋もれながらもひとつ気がかりなことを思い返した。


『私の未来視がなぜエルフの森を映さなかった…あの森で何が起きてる?あの英雄が関係しているのか?ありえるかもな…』


 実際に男には未来を見通す嘘偽りない力があった。それは神に通ずる道の途中で習得した力であった。

 彼の未来視は強力なものではあったがかなり限定的なものでもあった。それは彼の神へと続く道の障害となる不幸を先取りして見るというものだった。さらにその未来視は自発的には行えず、どんなタイミングで発動するかも分からないが、その未来が確実に来ることは確かだったが、それを回避する猶予は与えられているため、彼はこうして今も甘い蜜を吸いながら暮らしていくことが出来ていた。

 ラウンジに次々と美女が彼の元に集まって来る。しかし、男の心は一向に満たされることなく、今回供物の献上に失敗した原因のことをずっと考えていた。

 というより、彼の未来視が酷くぼやけ不鮮明で曖昧な光景しか映さなかったことに違和感があった。

 いつも彼が見せられていた未来視ならば、どんな悲劇が起きるのか具体的で鮮明な光景が脳裏に焼き付くのだが、今回彼が見せられた未来視は霧がかっており曖昧で分かりずらかった。まるで、曇ったガラス窓を通して見ている気分だった。それでは何も見えていないに等しかった。

 しかし、今回彼が見た未来にはベリルソンらしき人物が怯えながら逃げ惑っている姿があり、この光景を見てしまったから、彼はサクリファイスの連中に帰還命令を出すことにしていた。


『あの森でこれから何が起こるか分かったものじゃない、サクリファイスは私のお気に入りだからな、優秀な運び屋を失うわけにはいかない』


 男の眼前は女性たちで埋まる。その中で彼は天井のシャンデリアの明かりに手を伸ばしていた。まるで届かない星の明かりを求めるように彼は必死に手を伸ばしその明かりをその手につかみ取ろうとしたが、その手はあっけなく群がって来た女性たちに握られ彼女たちの身体に吸い寄せられていった。


 男は思った。


『叶わないかもな…俺の夢は……』


 近づけば近づくほど分かってしまう。欲しいものほど届かないところにあるということに。


『だからと言って、諦めるわけにはいかない。諦めるわけがない。俺はイビルハートの主、バフォメ・レンジゴットなのだから』


 彼は静かに目を閉じた。

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