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神獣討伐 広がる悪意

 エルフの森の奥深くに存在するエルフの故郷と呼ばれるエルフたちだけしかいない街があった。街中には背の高い木々がいくつもそびえ立ち、そんな木々に実る果実のようにツリーハウスがいくつも実のように建てられていた。そして、そんな木の根元にも街は広がり、建物は全てログハウスであり、森とともに息づく街がそこにはあった。

 そんなエルフの故郷と呼ばれる街の中でもひときわ目立つ大きなねじれ木の上にあるツリーハウスがあった。ツリーハウスと言ってもその家は屋敷のように広く、木に実るには大きすぎる果実と言えた。

 そんな大きなお屋敷の書斎にはひとりのエルフがいた。手の込んだ装飾が細かく施された他種族には高すぎる椅子に腰を下ろし、そこで酒を呷りながら、窓から街の様子を眺めていた。


 金色の髪に透き通った青い目。長い髪は後ろの黒い髪留めで一本にまとめていた。狡猾そうな鋭い顔つきは彼を見た人々に警戒心を与えていたが本人もそれを自覚している部分があった。窓の外の下界にいる人々を見下すような目でみるその瞳は濁っていた。


 部屋にノックの音が鳴ると、そのエルフは扉の方を一瞥し「入れ」と声を掛けた。


 扉がゆっくりと開くと、同じく金髪エルフの麗しい女性が入って来た。


「ジャレット様、報告がございます」


「なんだ?」


「イビルハートから招集状が届いております」


 椅子にふんぞり返っていたジャレットと呼ばれたそのエルフの顔に酷く深い青筋が立った。怒りのあまり握っていたグラスに力が入ってしまいグラスは粉々に砕け散ってしまった。

 秘書と思われる女性は怯えもせずに、彼の様子を静観していた。


「バフォメの奴は我々を使い勝手のいい駒だとしか思っていない…噛みつかない行儀のいい犬だと我々を見下しているんだ…我々フルブラットは古来より純血主義を信念にエルフを導いて来た高潔な存在なんだ。それなのに、神のまがいごとをする暴君めが…」


 怒りに支配されている彼に、秘書が冷静に口を挟んだ。


「それは旧フルブラットが掲げていたものでは?我々【シン・フルブラット】は全く別の目的を掲げているのでは?今どき、純血主義は時代遅れとジャレット様も自分でおっしゃっていませんでした?」


「黙れ、ナタリー。そんなこと言われなくても分かっている。だがな、今、この故郷の暮らしが成り立っているのは誰のおかげだ?大量の金をつぎ込んでこの街を豊かにしているのは誰のおかげだ?」


 秘書のナタリーはジャレット様のおかげですと頭を下げた。


「フルブラットという亡骸同然だった組織を立て直したのは私なんだ!ありがたく思って欲しいものだ」


「………」


「それに私の言葉になら長老たちも耳を貸す。フルブラットの総帥である私になら彼らは全力で協力してくれる。なんせ彼らは根っからの純血主義者だからな」


 ジャレットが着替えてくると言って立ち上がった。上等な服には酒が零れていたからだろう。


「ナタリー、フルブラットの兵隊をかき集めろ、全員だ」


「招集に応えるのですか?」


 そこでジャレットが目を光らせた。


「まさか、もう奴らの圧政に屈する時間はおしまいだ」


 ジャレットがナタリーの傍に立つと彼女の耳元で囁いた。


「戦争だよ。私たちの時代を再び到来させるんだよ。フルブラットの先導者がかつて純血の凶王と恐れられていた時代にまでね」


 その言葉を聞いた、ナタリーの目が見開き、冷や汗が流れた。


「革命を起こし、私はエルフを統一する。イビルハートもスフィアも同時に潰す。備えは十分だ。戦争が私を呼んでいる。いや、世界が退屈し始めたともいえるか?昨今世界は平和過ぎた」


「なんてことを…」


 ナタリーがジャレットの元から距離を取る。


「おや、君はどうやらこの作戦に反対のようだね?」


「当たり前です。無謀すぎます…スフィアには剣聖のアルバーノが居ます。彼がいる限りこちらの被害は甚大です。我々の今の戦力では彼ひとりだってどうすることもできませんよ」


「それなら安心しろ、こちらには太古の戦士たちがいる。新しく協力を得たのだ。血に飢えくすぶっていたエルフたちを戦場に解き放つ時が再び来たのだ」


「太古の戦士?」


「血の味を忘れられなかった者たち、血の味を思い出してしまった者たちのことだよ、君もよく知っているんじゃないかな?ナタリー…いや?【レイチェル・ザイン】」


 ナタリーは自分の真名を言い当てられたことで今まで以上に目を見開いて、何が起こったか彼女はわけも分からず混乱していた。


 その時、部屋の扉が勢いよく開かれると、大量の武装したエルフたちが現れた。


「な、なに?何なの?」


 普段は冷静で感情を制御しきっていた冷徹なイメージがあった彼女も、この時ばかりは焦って慌てた様子を露呈させていた。それがジャレットには快感とすら言えた。彼女からはいつもどこか見下されていたような感覚があったからだ。ジャレットは見下されることが大っ嫌いだった。

 しかし、それを我慢して来た結果、こうして、イビルハートの圧政にも耐え、裏切り者をあぶりだし計画は全て順調に進んでいた。


「お前が旧フルブラットの一員だってことは我々の耳に入っているんだよ、レイチェル・ザイン!」


 秘書ナタリーの背後にはいくつもの剣が向けられ、退路が塞がれた。そして、目の前にはジャレットがおり、ナタリーは完全に逃げ場を失くしてしまっていた。


「観念しろ、お前は袋の鼠だ。情報を全て吐くんだ。そうすればここに長く仕えてくれた礼だ。拷問だけはよしてやろう。ただし、兵士たちの相手はしてもらうがな?」


 そう言うと、後ろの血気盛んなエルフたちから歓声が上がった。


「このゲス野郎…」


「黙れ、裏切り者の女狐がお前ら、彼女を拘束し可愛がってやれ」


 背後の男たちが歓喜の声で秘書のナタリーに襲いかかった時だった。逃げ場を失ったナタリーが取った行動はシンプルなものだった。彼女は立ちふさがるジャレットに対して前進した。そして、堂々と構えている彼の顔面に向かって拳を振るった。


「ガッ!?」


 その拳は嫌な音を室内に響かせるとジャレットの顎の骨を容易く砕き、彼を簡単に地面に叩きのめした。

 そう、退路がないなら前に進むしかないのだ。


「あふ…この…女………おまえたひ、あいふを殺へえええ!!!」


 ナタリーはそのままジャレットが先ほどまで眺めていた窓を突き破り、屋敷の外に飛び出した。

 兵士たちは窓に駆け寄り外を見渡した。落ちていく彼女の背中には光のリングが二つ展開されていた。


「あらあら、ジャレット様、こんなに痛々しい姿になってしまって…」


 砕かれた顎の激痛にのたうち回っているジャレットの元にひとりの女エルフが現れる。

 そのエルフの髪は、長く美しい艶のある黒髪だった。瞳の色もエルフらしい青ではなく真っ黒な瞳だった。肌を露出させた服から見える白い肌は輝いていた。彼女はとても色っぽく大人の色気を周囲に漂わせていた。そのため、周りの戦士たちも彼女に釘付けだった。


「ミルケー、おへ、こんな、くやしぃよぉおお…」


「ううん、可哀想にいま治してあげるからね」


 彼女の手のひらから白い光が輝く。これだけで戦士たちは息を呑んだ。彼の砕けた顎があっという間に元に戻った。そするとジャレットが彼女の胸の中に飛び込んだ。


「あいつは絶対に俺が殺すぅ、殺してやる!」


「でも、あの子は強いから、そうね、弱ったところを一緒になぶってあげましょう?」


「ああ、それでもいい、とにかくあの女は俺がなぶった後殺す…」


 ミルケーという女性の胸の中で、子供のように殺意をあらわにするジャレット。そんな彼を冷静に彼女はなだめる。


「フフッ、それより、ほら、甘えてないでみんなの指揮をとってあげて、これから、あなたは王になるんでしょ?純血の凶王よりも恐ろしい支配者に」


「ああ、そうだ、そうだったな。すまないミルケー取り乱した、ありがとう」


 そう言うとジャレットは彼女の胸から顔を上げて凛々しい顔を作って戦士たちに命令した。


「お前たち戦の準備に直ちに取り掛かれ、我々フルブラットが全てを取りに行くぞ!!」


 彼の言葉でその場に居た戦士たちは雄たけびを上げて奮い立った。


 ミルケーが静かに微笑む。


 ***


 至るところにねじれ木が生えている街といえばそれはエルフ故郷以外ありえなかった。エルフの森の中にあるこの小国とも言える街は、金髪碧眼の美しいエルフたちだけの国と言えた。街はそんなエルフたちの平穏な生活の営みが広がっていた。


 ただ、その中に息を切らして街を駆けるエルフがひとり。彼女は通り過ぎる人たちの目に珍しく留まった。穏やかな時が流れる街にひとりだけ忙しなく存在するのは違和感しかなかった。

 それでも、彼女が足を止めることは無かった。


「はやく、このことをベッケに伝えなきゃ…」


 彼女は足早にエルフの故郷を後にする。


 争いの火種がくすぶり始める。


 帰還を待ち望まれる者たちがいる。

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