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胎動

 冷たい朝の目覚めは辛い。だけど今日も何かあると少しの期待を胸に身体全体に意識を巡らせ身体を起こし、目を開ける。テントの中にいたライキルが辺りを見渡す。

 夢のように目覚めた時「おはよう」と言ってくれた彼は当然いない。けれど、隣ではまだ夢の中にいるライキルの大切な恋人のガルナが、気持ちよさそうに眠っていた。

 きっと彼女はライキルではなく彼の夢を見ているのだろう。

 なんてひどい恋人だ。

 だけど、それでよかった。

 本当はそうじゃなくちゃいけなかった。


「おはよう、ガルナ…」


 ライキルは眠っている彼女の唇に自分の唇を何のためらいもなく重ねた。例え彼女との関係が失った彼の存在を埋めるためだけの中身のない愛だったとしても、それでも、この抱いた思いは確かに自分の感情だったから、ライキルは彼より彼女を選ぶと決めた。

 もちろん、この選択が惰性的で二人が幸せにならない独りよがりの選択だということは分かっていた。


 だけど、今、二人の幸せよりも大切なことがあった。

 ライキルのその選択はハルとアザリアを救うことができるのだ。

 離れ離れに引き裂かれてしまった二人をもう一度同じ世界にいさせてあげることができた。

 ハルを殺すことで、もう死んでしまっているアザリアの元へ本当の意味で彼を送ってあげることができる。そう確信していた。そうすれば二人は再会しずっと一緒に居られる。

 ライキルは、ハルの永遠の幸せを叶えてあげることが出来る。

 それはライキルにとって何よりも幸せ…と言うには無理があった。本当はその相手が自分だったらよかったと心の底から渇望した。だけど、実際はハルはアザリアを誰よりも愛している。その揺るがない事実を覆す自信がライキルには無かった。


「私はハルには喜んでいて欲しいし、ずっと笑っていて欲しい、幸せであって欲しい。だけどそれは全部本当はアザリアにしかできないことだった。私たちじゃ彼を満たしてあげられなかった…ねえ、知ってた?ハルはアザリアと一緒に森の奥深くで暮らしてたんだよ?そこには二人だけの幸せがあったんだ。ひとつのベットを二人で眠って、朝には必ず一緒に食事して、家の外にある花壇の花を育てて、離れた街に買い物に行ったり、草原にピクニックに行ったり、夜には星を見たり、それでさ、アザリアって子はハルとそういう二人だけの生活が何よりも幸せだったんだと思う」


 二人の幸せな過去を見たライキルは続ける。


「だって今日ね、凄くいい夢を見せてもらったの、本当に彼女の理想は綺麗で見せられた私はなんだかすごい惨めな人間に思えちゃってさ…、彼女の願いは平凡でありきたりな生活をハルと送ることだったんだけど、」


 ライキルが微笑みながら優しい視線をガルナに落とす。


「なんでその生活が終っちゃったのかは分からないけど、それでもさ、ハルもどこかでまだずっとその幸せを手放せないでいたんだと思うんだ。でもその気持ちすごく分かるんだ、今の私もハルと過ごした日々を忘れられないから、きっとその気持ちは同じだと思う」


 すやすやと眠っているガルナの前髪をそっとかき分ける。


「ちょっと悲しいね…」


 困ったように笑う。そして、ライキルは立ち上がってテントの外に足を向けた。テントの中に朝の陽ざしが差し込む。


「ごめんね、恋人にする話じゃなかったね。でも、聞いておいて欲しかった…」


 眠っているガルナは反応しない、静かな寝息だけが返ってくる。


「だけど、もう、大丈夫だよ。私がいるから強くなった私が何もかも終わらせてあげるから、全部終わったらガルナは私を許して欲しいけど…フフッ、なんてね、そんなの無理だって分かってるよ…」


 ライキルは物音立てずゆっくりと立ち上がった。


「全世界を敵に回しても、やっぱり、味方は欲しいな…」


 ライキルがテントの外に出て行った。テントの中で一人になったガルナが目を開け上体を起こした。


「………」


 ガルナは自分の唇を軽く触る。まだ彼女からもらったキスの感触が残っていた。


「選ばなくちゃいけないのか…私も……時間はないか…」


 ガルナもすぐにテントの外に出てライキルの後を追った。



 *** *** ***



 その日は冬の季節でも日差しが強く暖かな午後だった。


 第一キャンプ場にはその日いくつもの異変が起きていた。


 まずひとつに第二キャンプ場にいた。ドトルエスという大柄の男性が現れたことだった。


 ビナはここ一か月ほどの間、ずっと、第一キャンプ場から第二キャンプ場を隔てる神威の壁を超えようと必死に努力している最中だった。午前中から何度もその神威の壁を突破しようと、その壁に入っては身体を慣らそうとするもわずか数分で気絶してしまう。レキが何度も助言していたが、そもそも、神威というものは短期間で習得できるものではないとやんわりと諭されていた。それでも、ビナは毎日その神威の壁に挑み続けていた。

 それがここ一か月くらいで何度も続いていた。

 ビナの特訓する傍にはいつもエウスがおり、気絶したビナを運ぶという役に徹していた。そのおかげでビナは何の心配もすることなく自分の限界に挑むことが出来ていた。

 ただ、結果が出ないことに酷く焦っていた彼女の神威習得に関する執着は異常なものといえた。

 最初の頃、エウスも彼女のことを止めようとしていたが、話しても無駄なことが分かり、見守るようになっていた。


「お前もよくやるよな、一日ぐらい休んでもいいんじゃないか?正直、身体。持たなくなって来てるんじゃないか?」


 彼の言葉にビナ自身も最近身体の疲労が取れないと感じていることは確かだった。それは単純に日々の肉体の酷使のせいであることは自明のことだった。だけど、どうしてもビナは先に進みたかった。先に行ってしまった彼女たちに追いつきたかった。頭によぎる一通の手紙の内容がビナを奮い立たせる。


「追いつかなきゃいけないんです。こんなところで立ち止まっている場合じゃないんです」


 ビナが神威の壁の前に立つ。

 いつものように、ビナが限界と感じる神威の位置に来ると、突然強烈な圧を感じ壁が現れた。

 どこを見渡しても普通の森の中なのだが、ビナの前には今、途方もなく巨大な壁を感じていた。

 その神威で形成された壁に触れる。その感触は身の毛もよだつほど恐ろしいものだった。しかし、その恐怖に耐えなければその壁の向こうの先に進むことはできない。

 必至に恐怖に耐えながら、壁の内側に身体を滑り込ませた。

 ビナの小さな身体が脅威に反応して神威を放出する。

 自分の中から溢れる神威がその恐怖を和らげようとした。だが、結果として持ったのは数分程度だった。

 ビナの神威とその壁の内側に満ちた神威との間には歴然とした力量差があり、みるみるビナを覆っていた神威は押し負け浸食されていき、やがて実体化した恐怖が体に達すると気絶しそうになった。


「ぐっ…んん……」


 必至に耐えるビナはうめき、苦痛の表情を浮かべた。本来ならその場から退こうと身体が拒絶反応を示すのだが、歯を食いしばって耐え抜こうとした。

 しかし、いつも立ちはだかるその神威はビナの意識を刈り取っていく。今回も全く同じでビナはなすすべもなく倒れ込みそうになった。


 その時だった。


「ヒィイイイ!!!」


 大柄の男が神威で満ちた森の向こうから全速力で駆けて来ていた。

 朦朧とし意識を失いそうになっていたビナだったが、その男が現れたことで急激に神威が勢いを取り戻し周囲の神威を押し返した。


 ビナの思考が一瞬停止したが、大柄の男がビナを見ると叫んだ。


「みんな早く逃げろ!!神威が来るぞ!!!」


 大柄の男はそのまま、ビナの横を通り過ぎて、全速力で第一キャンプ場の方に走っていった。

 呆気にとられたビナと後ろに居たエウスは、互いに顔を見合わせ、駆け抜けていった男の背中を見つめていた。


「何ですか?今の…」


 ビナも神威の壁から戻って来ると特訓を一時中断して、エウスと共に困惑していた。


「さあ、わからんが…」


「逃げろって言ってましたけど、何かあったんですかね?」


「そうだな、どうやら何かの緊急事態みたいだな、何かは分からんが」


「それにあの男の人、多分、フェルナーズさんやジェットさんが言っていた。ドトルエスさんって人じゃないですか?」


「確かに大柄で厳つい顔をしてたが、なんだかイメージと違って乙女みたいな悲鳴を上げてたぞ?」


「とにかく、後を追って事情を聞いてみましょう」


「賛成だ」


 エウスとビナが、駆け抜けて言った彼の後を追うため走り出した。

 しばらく森の中を第一キャンプ場に戻る道を駆けていると、道の途中にへとへとに疲れた先ほど怯えるように逃げていた大柄の男が、膝に手をついて息を切らしていた。


「すみません、ちょっといいですか?」


 エウスが酷く疲弊しきった彼に声を掛けた。


「…お前らさっきの誰だっけ?」


「俺の名前はエウス・ルオって言います。あなたドトルエスさんで合ってますか?」


「ああ、そうだが、俺を知ってるのか?いや、待て、お前らもしかして、エウスとビナってやつか?」


「ライキルたちから聞いたんですか?」


 現状考えられる推察としてはそれぐらいしかなかった。


「おお、よく分かったな。そうだ、俺はライキルとガルナからお前たちの話しを聞いた」


「そうだったんですね…」


『じゃあ、あんまり、よく思われてないかも…』


 ライキルがエウスの話をするときは、たいてい酷い紹介をされていることが多い。それはエウスのライキルに対する普段の行いが悪いからであったのは致し方のないことではあった。


「あの、二人からは俺のこと何て聞いてました?」


 エウスにとっては重要なことだった。とんでもない紹介の仕方をされていたらまずは誤解を解くところから始めなくてはならないからだ。

 しかし、状況は刻一刻と迫っていた。ドトルエスが言った。


「二人とも話は後だ!とにかく、早く第一キャンプ場に戻るぞ!」


「何かあったんですか?」


 ビナが心配そうにドトルエスに尋ねると、彼は目をぎょっとさせて少し身をよじって彼女から離れたがすぐに冷静さを取り戻し、先ほどよりはペースが落ちるが再び走り始めた。


「神威が来てる」


「神威ですか?」


「ああ、とびきり強力なのがな、多分向こうの聖樹で何かあったんだ」


 三人は森の中を走る速度を上げながら情報共有を続けた。


「お前ら、飛行魔法は持ってるか?俺はもう二速出せるほどの体力が残ってねえんだ…」


「残念ながら二人とも持ってない」


「そうか、だったらこのまま走るしかねぇな」


 整備されていない入り組んだ森の中を走るより、空を掛けた方が早かった。ビナがいつも挑み続けていた神威の壁から、第一キャンプ場までは少しばかり遠回りをしたり道を選ばなければならなかった。空を飛べたら一直線に森を突っ切れるため、ドトルエスは二人に尋ねていたが、あいにく二人は空を飛ぶ手段をひとつも持ち合わせていなかった。空中に出入りできる人間というのはそこまで多くないのだ。


「あの、強力な神威っていっても俺たちまで全然想像がつかないんですが、どんな感じなんですか?」


「あれは多分、女が放った神威だ。俺には分かる。ここに来てからあの女にさんざん刻まれたから知ってんだ。だけどよ、今回のは、あの女の比じゃねえんだ」


「よく分かりませんが、その神威はえっと、こちらに向かって来てるんですか?」


「ああ、広がり続けてる。だが、突然現れたから俺も混乱してるんだよ」


 エウスは走りながら、何が起きているかを彼の発言からおおよそ理解することができた。


『向こうの聖樹で何かがあったのは間違いない。神威が現れるということは第三者の介入があったってことだよな…その第三者が危険人物だったとしたら、ライキルたちが危ないんじゃないか…』


「なあ、ドトルエスさん、俺戻ってもいいか?」


「あ?何言ってるんだ!ダメに決まってる!」


「いや、でも、ライキルたちが心配なんだ…」


「エウスだったか?残念だが、今彼女たちのことは忘れて自分の身の心配をした方が懸命だぞ」


「見捨てろっていうのか?」


「俺にも聖樹側に大切な仲間がいる。気持ちは分かる。だがな、そんなことを言ってるばあじゃないぞ!!」


 走っている途中、ドトルエスが急に背後に振り返り腕を振った。


「お前ら走れ!走れ!!」


 その時、エウスとビナにはドトルエスが何をやっているのかはっきりと分かった。二人には神威が実際に実体を伴って目に見えていた。それは微弱ながら神威を習得しているおかげと言えた。

 彼の目の前には、白い光の膜の様なドーム型の神威が展開されていた。やがてそれは大きな壁となり広がり、気が付けばすぐそこまで押し寄せていた真っ黒な神威をせき止めた。しかし、壁と言っても森を覆いつくすほどの勢いがある邪悪な神威相手に、ドトルエスの張った神威の壁は無意味と言えた。それは大海の荒波の前に子供が作った砂山を置くようなものだった。


 ドトルエスの神威がいともたやすく崩壊すると、彼は一瞬で気を失っていた。


「マズッ!?」


「エウス!!」


「ビナ!行け!!」


 今度はドトルエスに変わってエウスが人柱になろうとしたが、彼のように誰かを守るような神威の使い方を知らなかったため、エウスもビナもほぼ同時にその荒れ狂う神威に飲み込まれ気を失ってしまった。


 エウスは、レイド王国に残して来た王女様を。

 ビナは、パースの街の図書館で帰りを待つエルフの彼女を。

 二人はそれぞれ、気を失う最後愛する人のことを思い出していた。



 ***



 悪意をはらんだ黒い神威が吹き荒れる中、ビナ、エウス、ドトルエスの三人が森に倒れていた。

 そこにひとりのエルフが突然姿を現す。


「そうか、その手があったか、凄いな彼女は、本気なんだね…」


 エルフが天を仰ぐと呟いた。


「じゃあ、僕たちも行かなくちゃね…」


 そのエルフはビナとエウスとドトルエスを一か所に集めると、その淀んだ邪悪な神威の中から一瞬で消えた。



 *** *** ***



 第三キャンプ場では、ライキル、ガルナ、ビキレハ、ギゼラが昼食を取っていた。


 そこにはいつも通りのお昼下がりの風景があった。ライキルがガルナと一緒に食べているところにビキレハが割り込んでは、ガルナとビキレハがライキルを取り合うように喧嘩を始める。それをギゼラが遠くから眺めては小言を呟く。


 何気ない穏やかな昼だった。


 けれどそれはライキルの一言で簡単に塗り替えられてしまった。


「明日、私は聖樹の頂上に行きます」


「え?」


 突然の告白にその場にいた誰もがライキルの顔を覗き込んだ。


「明日って、ライキル、まだ、聖樹の頂上まで行ける神威なんて身に付けて無いだろ…」


「いえ、実はもう身に付けてはいるんです!」


 自信満々に笑顔のライキルが答える。


「はぁ?待て待てそれってどういう意味だよ?レキの奴も言っていたが神威は一朝一夕で身に付くものじゃないぞ」


「ライキル、どういうことかちゃんと説明してくれないか?」


 ビキレハとガルナが彼女に詰め寄る。それもそのはず、修行の進行具合としてはまだ聖樹の中間にすらたどり着かないレベルなのだ。今のままでは頂上に着く前に全員もれなく途中で気絶することは決まっていた。だから、二人がライキルの言っていることを受け入れられないのは当然のことだった。


「聖樹に何回か言ったでしょ?その時に私聞いたのよ、痛いって…苦しいって…助けてってね…正確には聞いたって言うよりかは感じ取ったっていう方が正しいのかな…ちょっと説明が難しいんだけど、でも、多分これも神威を習得してそこに存在しているありとあらゆるものを感知できるようになったからだとおもうの…」


「聖樹の下層で私たち以外に誰かいたのか?」


「あ…ううん、そうじゃないんだ。なんて言えばいいのかな、私とその彼は目的が一致してるって言えばいいのかな?」


「どういうことだ?彼ってやっぱり誰かいたのか?」


「えっと、そう、いるんだけど、それは彼じゃないっていうか、その彼の存在を定義するうえで彼といっただけで…本当はちょっと言いだしずらくてあれだったんだけど……」


 ライキルの言葉が先ほどから常に突っかかり気味でどもっていた。


「さっきから、すまないがライキルが何を言っているか分からないんだが…」


「ごめんなさい、でも、なんて言えばいいのかな、みんなにも迷惑を掛けちゃうかもしれないけど、それは選択次第というか…」


 ライキルのあいまいで遠回りした回答に、ギゼラが横から口を挟んだ。


「その彼とは誰なんですか?そこをはっきりさせてもらえませんか?そうじゃないと話が進まない気がします」


 ライキルは彼女の質問に少し困ったように返したが、その答えは衝撃的なものだった。


「えっとね、あんまり信じてもらえないと思うんだけど…」


 全員の視線がライキルに注目すると、彼女は立ち上がってみんなの前に出て言った。


()()って分かるよね?」


 全員の頭の中が一度真っ白になって何も考えられなくなった。急に目の前にいた金髪の女の子から得体のしれない恐怖が滲み始める。その恐怖に三人が気づいた時には遅かった。その場にいた、三人はすでにライキルの尋常ならざる神威に拘束され身体の自由を奪われていた。


 ただ、ライキル本人はそのことに気づいてないのか、笑顔でスラスラと普通に語り始めた。


「実は、ここに来てからずっとあの四大神獣の朱鳥は私を守ってくれていたみたいで、私だけ神威の成長が異常に早かった原因はどうやらそれなんだそうです。私が早い段階で神威を習得できるように彼は力を加減していたそうなんです。凄いですよね。で、なんで彼がそんなことしたのか理由を尋ねたら、その答えはたったひとつだけでした」


 そこで少し困った笑顔で、ライキルは続けた。


「ハルに殺意を抱いているのがこの森で私だけだったそうなんです…」


 俯いたライキルがひとつため息をつく。


「それでここでひとつ皆さんに選択肢を与えたいのですが、どうしますか?」


 顔を上げたライキルが全員を見渡すが、三人はライキルの神威で少しも動けなかった。言葉は愚か呼吸するので精一杯だった。


「あ、ごめんなさい、ちょっと、まだ力のコントロールが下手でごめんなさい…」


 ゆっくりとだが、ライキルが眼を閉じると、次第に三人を拘束していた神威の圧が緩んでいく。

 そして、ようやく口を開けるようになると、ギゼラが開口一番で言った。


「あんた、悪魔に魂を売ったのか!?」


「彼は悪魔じゃないです。それに私は、ただ、力を分け与えてもらっただけです」


「四大神獣は人類にとって最大の脅威で害獣だろ?お前はそんな最悪な害獣と手を組んだんだぞ?」


「彼はそんなんじゃない、それに四大神獣が人類の脅威というのは人間が勝手に決めたことでしかないと彼は言っていました。私は善であり悪でもあると、立ち位置が違えば見る角度も変わると、ただ、それは私たち人間も一緒ですよね?」


「あなたは洗脳されてる…」


「別にどう思ってもらっても構いませんが、ひとつだけギゼラさんにも確認させてください」


 笑顔のライキルがギゼラの前に立って顔を近づけた。


「あなたは私の敵ですか?それとも味方ですか?」


「………」


 ***


 その後、すぐにギゼラはライキルの強力な敵意のこもった神威を浴びせられ眠らされた。彼女は腰に身に付けていた剣で襲いかかってこようとしたが、神威の差がありすぎる者のまえで戦闘行為は無力でしかなかった。


「殺したのか?」


 子猫のように震えるガルナが尋ねる。


「まさか、殺してないです、そんなことしません。私が殺すのはこの世でひとりだけですから…」


 ライキルがガルナの膝の上に座って彼女にもたれ掛かった。最初、彼女が寒さで震えているのかと思って、腿のあたりなどをさすってあげたが、どうやら、彼女は寒いのではなくライキルという存在に怯えているようだった。


「ら、ライキル、お前、どうしちまったんだよ…」


 声をあげたビキレハも今にも懐のナイフを取り出そうとしていたが、ギゼラとのやり取りを見ていたためギリギリで止まっていた。


「そうだ、ビキレハはどっちを選ぶ?私の味方になるか、敵になるか?選んでいいよ、あ、大丈夫、拒絶しても殺しはしないから、ただ、全部終わるまで眠ってもらうだけだから、いい夢の中でね!」


 ライキルの狂気が空間を支配する。それと同時にビキレハの正常な感性が破壊され始めていた。日常が突然終わりを告げること、間延びした幸せが崩壊するショックにビキレハは耐えられなかった。ビキレハはどこかでこの生活がずっと続くと夢見てしまっていた。楽しい女子会のようなキャンプはいつまでも続くと叶わない理想を抱いてしまっていた。この環境は維持され続け誰にも奪われないと、確信すらしていた。しかし、そんな日々はビキレハが初めて本当の深い信頼関係を気づこうとしていた本人に狂わされてしまった。


「私は、あの、私は……」


 ついぞ彼女の口からどちらを選ぶかの答えを聞くことはできなかった。

 ビキレハは恐怖で震えながら後ろに倒れ込んでしまった。


「仕方ないですね、彼女の答えも聞きたかったんですけど…」


 ライキルは一度彼女を抱き上げテントまで運んで横になって寝かせると、戻って来た。


 焚火の炎が消えかかっている。

 ライキルはガルナ二人きりになれたことでちょっと嬉しそうにしながら、当たり前のようにガルナの膝の上に座り直した。


「じゃあ、最後はガルナなんですけど…えっと、その、最初に言っておくけどあなたには拒絶しないで欲しいんだけど…私の…み……」


 ライキルがガルナの胸の前で顔を赤らめながらもじもじと言いずらそうに選択を迫ろうとしていた。


「み、みか…たでいぃ、いて…え、えっと……」


 ここで結果が出るのが恐ろしすぎてうまく言葉がでてこなかった。

 けれどガルナが包み込むように抱きしめてくれたおかげで、その不安が消えたと同時に扉は勝手に開かれた。


「私は、ライキルの傍にいる、どんな時でも一緒だ」


 ライキルはガルナの腕の中で小さく縮み込んだ。思ってもいなかった即答に心の中は喜びで満たされるが、彼女の腕を見ると小刻みに酷く震えていた。恐怖を刻みつけられていたのだ。それは申し訳ないことをしたと思ったが、ただ、それよりも、彼女がこうして共に手を取り合ってくれることになったことが純粋に嬉しかった。

 本当なら全部自分ひとりで決着をつけようとしていたが、やっぱり、どうしても自分ひとりだけでは不安だったからだ。


「最終的にガルナはそう言ってくれると思ってた。本当に嬉しい!ありがとう!愛してる!!」


 振り向いてガルナに抱きつく。

 その時、ライキルの感情は変に高ぶってしまい、制御していた朱鳥の力を宿したライキルの神威が、第三キャンプ場を中心に暴発した。


「あっ…」


 その神威は第三キャンプ場を中心に、凄まじい勢いで広範囲に広がっていった。

 その神威に耐えられなくなったガルナはそこで気絶してしまった。


「うわああ、ごめんなさい!!」


 倒れるガルナに謝りながら慌てて彼女をテントに運んで横にさせていた。


 しかし、その時のライキルはずっと幸せそうな笑顔を浮かべていた。

 

 例え裏切られてもいい、この一瞬だけでも彼女が自分の味方だったことだけでずっと強くなることが出来た。


 その時、物語で言うならばひとりの悪役が誕生した。

 人類が善ならばその善を脅かす、底知れない愛をはらんだ悪が今、胎動する。


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