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愛が人を狂わせる

 愛が人を狂わせるなら、あなたの愛を与えてやればいい。人はそれを受け入れたり、拒絶したり保留にしたり、提示された愛について酷く興味を持ち、やがては扱いに困るのだろう。みんな受け取った愛の扱い方を知らない。だからより新鮮で眩しい愛が現れるといろんなところに目移りしてしまうのかもしれない。

 ライキル・ストライクだってそうだった。子供の頃に村の人たちに見捨てられ、そこから人を信じられず深く人間というものを憎んでいたはずなのに、多くの人から与えてもらった愛で救い上げてもらえたから、あの彼にとびきり大きな無性の愛で守ってもらったから、こうしてこの世のあらゆる人々を恨まなくて済んでいた。


 ずっとひとりで生きていけば、彼のぬくもりにも、温かい言葉にも、別れの悲しみにも、一緒に居た時間を愛おしいと思うことにも気づけなかった。視野の狭さは人を不幸にするかもしれない。けれど、彼に会ってから私の世界はずっと彼しか見ていない狭い視野で幸せを感じていた。

 彼の声を表情を仕草を感情を、生きた彼を傍で見て感じていられればそれだけでよかった。

 憎悪だけしか持ち合わせていなかったらきっと私は笑えずにいた。彼を知らなければ生きるということがどういうことかもわからなかった。


 ――――だけど今はその方がいい。知らない方が私は幸せだった。


 もしも、もう一度、あの頃に戻れるなら私はやり直したかった。彼を知らない世界線の私が人を恨み続けて、惨めな最後を遂げて終わるくだらない人生を送りたかった。幸せなど知らない愛情など少しも持ち合わせていない、ひとりぼっちの自分に戻りたかった。


 それが正しい選択だと今になってみれば思う。


 自分が外の世界になど、彼になど興味を持たなければこんなことにはならなかった。

 自意識過剰かもしれない。だけど、それくらい彼も愛してくれたから分かる。彼も私に本気だったって、夢中になっていたって、そう思わなきゃ、やってられなくなっていたのかもしれない。それほど、今の自分がおかしい状況に立たされていることは事実だった。

 今、目の前は真っ暗で身体が動かないはおろか感覚というもの自体自分には存在していなかった。ただ、無限に広がる闇に浮かんでいるだけで、もし、人間に魂という器官があるならそこだけが正常に機能している状態と言えたのかもしれない。なぜなら、それは私が今自分の存在を認識していると自覚できていたからだった。全ての感覚が消えても私はここに存在していた。


 こうなる前、聖樹に上る階段の途中に現れた神威の壁を超えた自分がどうなったのか見当もついていなかった。きっと倒れているのだろう。そして、ビキレハか、ガルナが助けてくれてるに違いなかった。

 なぜなら、壁を超えた瞬間まるでそこで人生の終わりが訪れたかのように、世界がこんな真っ暗闇に変わってしまったからだ。


 暗闇にひとり。まるで夜空に輝く一番星だ。それは悪くないがずっと一番星が輝くだけならそれはただの孤独でしかない。虚しいだけだった。


 しかし、そこで私はある一つの重要なことについて考えなければならなかった。

 私が意識を失いこの真っ暗な世界に来る直前。ひとつの光景を見た。ハルと例の彼女が幸せに暮らすイメージ。


『………』


 いや、違う。あれはイメージではない。あれは二人の過去であり、実際にあったことなのだろう。

 あの胡散臭いエルフのレキに、最初の瞬間移動の魔法で聖樹が見える崖の上に飛ばされた時、私の頭の中に最初に流れ込んで来たのはハルの記憶だった。けれどそれと同時に流れ込んで来たのは、彼女の存在でもあった。

 それは決して幸せな夢などではなく、それは確かに存在した過去だった。忘れられていた彼女の存在がそこにはあった。ハル自身も思い出せなくなっていた最愛の人のことを、彼はすでに思い出していた。


『アザリア』


 そう、アザリアという女性がいたということをハルはこの神獣を討伐する旅の途中に思い出していた。


 ――そりゃあ、あの時、死にたくもなるよね。


 白虎討伐後のことであった。ハルの首元にハル自身が持っていた刀の刃が当たっていたのは。


 アザリアはもうこの世にいない。ハルも彼女の元へ行こうとしていた。


 英雄と崇められていたハル・シアード・レイがそんなことをすれば、それは無責任じゃないのか?と多くの人たちから非難が飛んできそうな行いでもあったが、今、彼を知る者はもうほとんどこの世にいない。みんなが知っていた彼の存在はみんなの中から抹消されてしまった。彼、本人によって。


 ただ、それでも私は言いたかった。誰が彼にそんなことを言えるのか?確かに無責任かもしれない。だけど、ハルだって人間だ。彼にだって本心というものはある。


 きっとハルはこんなこと言わないのだろうが、私だったら代わりに言ってやれる。


「世界なんてどうだっていい、好きな人に会いに行こうとして何が悪い」と、「誰よりもこの世で一番愛している女を選んで何が悪い」と、心の底からそう叫びたかったはずなのだ。

 世界のことなんかより、たったひとりの愛する人のことの方が大事なのは当たり前だ。だってあなたにとって世界は愛する人そのものなのだから。多くのことを抱えていていつも忙しい見向きもしてくれない世界なんて大きすぎる存在を選んだって仕方がないじゃないか。

 私だったら世界平和よりも愛する人を取る。例えそれで世界が終ってしまっても、私は、私が決めた人のことを最後まで愛するつもりだ。

 しかし、これはあくまでライキル・ストライクから見たハルでしかなく。実際の彼は自分の責務を果たし続ける決断をした。本当に英雄だった。


 みんなに夢と希望を見せ続けてくれたひとりの男の英雄譚。


 だから、行かなくてはならない。


『ごめんなさい、私なんかが傍にいて…ずっと邪魔だったよね』


 終わらせなくてはならない。


 愛した人を愛する人の元に行かせてあげなければならない。


 英雄をただの青年に戻さなくてはならない。


 それができるのはきっともう私だけなのだとそう思う。


 ハルが愛してくれた私にしかできないことそうなんでしょ?


 やっぱり、私は彼の幸せのことを第一優先に考えてしまうどうしようもない女だった。


『ごめん、ガルナ、こんな私で…』


 大好きな人に心の底から謝った。許してもらえるかは分からない。


 私は闇の中でジッと目が覚めるのを待った。

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