朝に君を想う
第三キャンプ場の朝は早かった。
「おい二人とも朝だぞ!起きろ!」
ライキルとガルナのテントの入り口が、大きなリボンの女の子によって開かれる。テントの中で一つになって眠っていたライキルとガルナに突然、朝の強烈な直射日光が差し込んだ。
「うぅ、眩しい…」
ライキルが眩しさにのたうち回っていると、リボンの女の子の顔がすぐ傍まで迫っていた。
「朝食を作ってあるから早く起きて食べにこい!」
寝起きで周りの状況が上手く把握できないため、見上げる先にいる大きなリボンの女の子が何を言っているのかすらライキルには理解できていなかった。
「もうちょっと寝かせてください…」
「バカ、二度寝するな!おい、ガルナお前もだ!早く起きろ!!」
うとうとしているライキルとガルナの二人は彼女に尻を叩かれながら渋々、テントの外に追い出された。
冷たい朝の森の空気は新鮮で、背伸びをしてひとつ大きく深呼吸するとすっきりと目覚めることが出来た。
頭に大きなリボンをつけた女の子であるビキレハに連れられて、第三キャンプ場の中央にある焚火の前に集まる。三人が付いた時にはすでにもう先客がいた。
ウェーブが掛かった金髪をなびかせる彼女はギゼラという女性だった。
樹海のどこからか切り倒して来た丸太を椅子にして座って、焚火に当たりながら彼女は朝食のパンにかぶりついていた。
「あ、みなさん、おはようございます。美味しい朝食が出来てますよ。一緒にどうですか?」
ギゼラが二人を歓迎するが、そこにビキレハが怒りをあらわにする。
「お前、何ひとりで先に食ってんだよ。つうか、それは私が二人に用意した分でお前の分は作ってねえんだよ!」
「ライキルさん、ガルナさん、昨日はよく眠れましたか?」
「おい、無視すんな消し飛ばすぞ?」
ビキレハの拳が鳴り始めると、ようやくギゼラが彼女のご機嫌を取り始める。
「彼女の作った料理は絶品ですよ、さあさあ、座って朝食にしましょう!」
鋭い視線がギゼラに突き刺さったままだったが、ビキレハがすぐに調理器具を取って来ると空いているもうひとつの焚火を使って料理を始めた。
驚いたことに、完成した料理は様々な種類の肉料理だった。どこから用意したのかライキルたちの前には味付けと調理方法を変えた肉料理が大量に現れた。よだれが滴り落ちそうになる前にライキルとガルナは出された肉にかぶりついた。数週間ぶりのまともな食事に涙が出そうになった。毎日保存食を消費する毎日うんざりしていたから、ここに来て胃袋を掴まれた二人は完全にビキレハを姉貴分と認めた。二人もちょろいのであった。
夢中になって朝食をもくもくと食べ、休憩している際、ライキルは隣にいたギゼラのことをふと眺めるとなんとなく親しみを覚えて彼女に向かって言った。
「なんだか、私、ギゼラさんと初めて会った気がしないんだけど、私たちどこかで会ったことありましたっけ?」
「………」
この世の終わりを目撃したような顔で固まっている彼女に首をかしげながらライキルは続けた。
「どこかで聞いたことあるんですよね、ギゼラさんの声…」
「…多分、気のせいですよ」
彼女は紅茶の入ったカップを覗き込み顔を隠していた。
「もしかしてレイド王国とかに居ました?」
「いえ、レイド王国には生まれてこの方行ったことありません。そんな国、名前も存在も今まで知りませんでしたけど」
「え、あぁ、そうなの…」
何故かものすごい食い気味に彼女に迫られライキルはのけぞってしまう。
「あ、えっと、その、もしよかったらレイドがどういう場所か教えてくれませんか?」
だがそこで急に彼女は少し前のめりになった姿勢を戻して冷静に言った。
「ええ、いいですよ、レイドは良いところですよ。特に王都のスターシアはとっても住みやすくて、街並みも綺麗で、お酒や食べ物もおいしくて、王とは毎日楽しいですよ。あ、そうだ、その中でも剣聖が新しく任命されると三日間ずっと王都はずっとお祭り状態になるんですよ!」
「それは楽しそうですね」
「一度ギゼラさんも王都に来て見てください。レイドの王都を案内してあげますから」
「それはありがとうございます…いつか機会があれば頼みますね…」
「はい、任せてください」
レイド王国。その言葉だけで王都にいた頃をライキルは思い出してしまった。みんなと過ごした輝かしい日々を。
『戻りたいな、楽しかったあの頃に…みんないたあの頃に…』
いつかまたあの街にみんなで戻れたら、そう思うと気持ちは底に沈んだ。いつかそんな日が来ればいいなと望むがそれは叶わぬ願いなのだろう。
王都を駆けまわっては、いろんな人たちと出会った。出会った人たちと絆を深め友達になって酒屋で一晩中酒を飲み明かしては昼夜を行ったり来たりした。その合間に騎士として鍛錬を積んだり、任務をこなしたり、お金が無くなれば冒険者ギルドに寄って依頼を受けては、その稼いだお金で豪遊しては稼ぎを繰り返して、身体が動かなくなるまで一日中仲間たちとバカ騒ぎ。そんな日々が今でも鮮明にライキルの記憶の中にあって、それはまるで人生の黄金期のような時間だった。
そんな楽しかった日々はいつだって過去にしかなくて、未来はどうしようもなく不安ばかりで先が見通せない。だけど辛い未来を生き抜いて来たから輝かしい過去が生まれたわけで…だから、そう、いつか自分も過去になれば、彼に振り向いてもらえる日がくるのだろうか?
彼が後ろばかり振り返るのは、大切な人を過去に置き去りにしてきてしまったから。その距離を少しでも近づけてあげられたなら彼はきっと笑ってくれる。
本当はそれだけで良かった。だけど多くを彼に求めて望んでしまったから、負担をかけてしまったから、彼は行き場をなくしてしまったんだと思う。
ライキル・ストライクでは彼の居場所にはなってあげられなかった。
『あなたはみんなに生きてと美しい言葉を告げるけど、あなたはずっと……』
涙が出そうになるのを堪える。みんなにばれないようにライキルは立ち上がってひとりテントに戻って休憩した。
休憩後、ライキルとガルナは、ビキレハとギゼラに連れられて聖樹の根元へと向かった。