話しの途中で
道場は本来、騎士や冒険者になりたい者たちが剣術や武術を学ぶところであった。
国の軍とつながりがある道場もいくつか存在し、道場で鍛えた者が王国の騎士として抜擢されることも珍しくなかった。
しかし、エウスにとって道場とは飯にありつける場所でしかなかった。
エウスは商会で仕事がもらえないときは、道場に殴り込み、剣や武術の修行はついでで、飯にありついていた。
得意の話術で相手を一人でも倒したら飯をくれ、などと要求をしたあと、死に物狂いで戦うだけという作戦だったが、これが意外にどの道場でも通用した。
それはエウスが子供だったからというのもあったのだろう。
ずいぶんお世話になった道場もあった。
だが、今回エウスが目指す道場はレイド王国でも有名な道場だった。
そこでハルの力を見せつけて、一緒に自分も入門して飯にありつこうと考えていた。
「エウス、道場行ってなにするんだ?」
「俺たちはこれから道場に行って、そこの門下生をボコボコにする」
「え、だめだよ」
「ハハハハ、弱いものは食われるだけよ!」
「でも…」
ハルはあまり乗り気じゃなかった。
「そこの門下生を倒せば、うまい飯が食えるぞ」
「やります」
やはり飯で釣れば、ハルはコロッと落ちた。
二人が目指すのはレイド王国の南の森の中にある道場【シルバ】であった。
多くの優秀な騎士や冒険者を輩出していたが、そこは道場の弟子入りを拒絶しており、どうやったら入れるかは謎に包まれており、いろんな意味で有名だった。
エウスは以前から荷物をレイド王国に運んでいるときに、この情報を耳にしていた。
二人が、何日もかけて迷ったすえに、シルバと書かれた看板の道場の前にたどり着いた。
鬱蒼とした森の中にひっそりと建っていた。
「準備はいいか?」
「エウス、行こう!」
ハルは、木でできた門を勢いよく蹴って破壊する。
門は一蹴りでこじ開いてしまった。
そこから二人は敷地内を走り、道場の扉を蹴り飛ばした。
そこには、この道場の多くの門下生が正座していて、一番奥に、この道場の師範らしき人物がいた。
「さあ、この道場の看板をもらいに来たぜ!」
エウスが開口一番に叫んだ。
「なんだ貴様たち」
いかつい大男が、二人の前に立ちはだかった。
「今日からこの道場は俺たちのものだ!文句のある奴は、かかってこい!」
「何を偉そうに」
その大男がエウスの襟を掴んだ瞬間、隣にいたハルがその手を払った。
「な、なんだ」
異様な力の強さにその大男は一瞬現実を疑った。
「行くぞ!」
ハルがエウスの掛け声でその大男を蹴り飛ばした。
男は瞬時に両腕でガードするが、とてつもない力で吹き飛ばされ、後ろの門下生たちにぶつかり、受け止められていた。
「雑魚は俺に任せろ、ハル!」
「わかった」
二人が走り出すと、門下生全員が立ち上がり、二人を警戒した。
そのあとは、ひどいありさまだった。
ハルに、次々と門下生が飛び掛かっていくが、ことごとく吹き飛ばされていた。
最初は、数人がハルに飛び掛かり周りがそれを見るという構図だったが、いつの間にか、ハル対道場の門下生全員という構図に変わっており、ハルはその鬼神ごとき力で、年上だろうが何だろうが、殴る、蹴る、投げるで対応していた。
一方、エウスは、早々に数人の門下生にボコボコにされ押さえつけられていた。
そこで、エウスは、一人だけ道場の隅で座っている金髪の女の子がいることに気づいた。
まだ幼い姿だったが、目の前で起きている乱闘にも臆することなく黙って見据えていた。
その凛とした彼女にエウスは目を奪われてしまった。
そうこうしているうちに、ハルがボロボロになりながらも、相手していた門下生全員を地面に這いつくばらせていた。
「よ、よし、飯が…」
「おぬし、名前は?」
座っていたこの道場の師範が口を開いた。
「ハ、ハル…」
そこでハルは力尽きた。
「おい、そこの小僧」
師範は次にエウスに向けて言った。
エウスも限界ぎりぎりまで来ていたが、何とか意識を保っていた。
「なんだ、じじい…」
「こいつは、何者じゃ」
ハルを指さしながら師範が尋ねた。
「…し、知らね」
エウスもそこで力尽きた。
*** *** ***
「と言う感じで俺とハルが、道場に殴り込みに…ておい、ビナ寝てるのか」
「あれ、本当だ、いつの間にか寝てる」
ビナは満腹と長い話から、気持ちよさそうにすやすや寝ていた。
「そろそろ、帰るか」
「そうだな」
ハルとエウスはそれぞれのグラスに入ったお酒を飲み干した。
「もう、帰るんですか、ハルゥ」
猫なで声で言うライキルのテーブルの前には、大量の空のボトルが並んでいた。
「おいおい、ライキル飲みすぎなんじゃないか?」
エウスが注意するが聞く耳持たず、ハルによりかかってグラスに残った酒を飲み干していた。
ハルがビナを背負い、四人は下に降りた。
どの階層も人がまばらになっていた。
四人は一階のカウンターの前に着いた。
「エウス俺も少し出すよ」
ハルがそう言った。
エウスはカウンターに肘を置いて店長が来るのを待っていたが、その言葉を聞いて、ハルの方を振り返って答えた。
「俺がいるときは、金なんて出させないぞ、それに、ここ俺の商会の系列の店だぜ、幹部のちょっとした仕組みがあるんだよ」
得意げにエウスは言った。
「そうか、ありがとう、エウス」
「いいんだって、金のことなら俺に任せろ」
奥から店長が顔を出した。
「エウス様お帰りですか?」
「ああ、そうだ、店長、会計を頼むよ」
「会計は商会を通す形でよろしいでしょうか?」
「それで頼む」
「はい、かしこまりました、それでは足元にお気をつけてお帰りくださいね」
「今日は、ありがとうな」
「はい、いつでもお越しください、皆様のことお待ちしております」
四人はそのまま店を出た。
帰りは歩いて帰った。
ハルはビナを背負い、彼の腕にはライキルがべっとりと組み付いていた。
「ハルはモテモテだな」
「うるさいよ」
エウスの茶化しにハルは流すように答えた。
「ハル、私もおんぶしてください」
「え?」
ビナを背負っていたハルは、ライキルのおねだりに困惑した。
「お願いしますよ、ハルゥ」
ライキルの酔っぱらった赤い顔がハルの顔に近づく。
「わかったよ、エウスちょっと、ビナを持っていてくれ」
「はあ、ライキル様のかわいい酔っ払い芸が始まったよ」
エウスが呆れながら言い、ハルの背中にいるビナを抱えると、ハルはライキルを背負った。
「わーい」
ハルの首に腕を回し、真っ赤な顔で、嬉しそうにライキルは言った。
「ほら、ハル、ビナだ」
「エウス、手があいているんじゃないか」
「俺も酔いが酷いんだ、お願いします、ハル様」
あからさまな嘘だったが、ハルはしぶしぶビナも受け取る。
ライキルはハルの背中の上で幸せそうに何かぶつぶつと小声で呟いていた。
少し歩くとエウスが口を開いた。
「なあ、ハル」
「なんだ?」
「こんな日々が続くといいな」
エウスは、夜の輝く星空を見上げていた。
そのエウスの横顔から、ハルは、さっき話していた、二人が出会ったときのことを再び思い出した。
きっとエウスも同じことを考えているとハルは思った。
「続かせるよ、俺が必ず」
ハルがそう言うと、エウスはこっちを振り向き笑った。
その帰り道、二人はさっきの話の続きを語りながら城に帰った。