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捻じ曲がる運命

 昼食を取り終えたライキルたちは、レキにこれからどうするのか尋ねた。


「そうだね、まずはこのツアーから抜け出さなきゃいけない。そのためには二人の護衛をどうにかしなきゃいけない。どういうわけか、彼らは僕たちをやたら警戒している。なぜだろう?目を付けられるようなことはしてないのに、前に誰かが同じことをしたのかな?フフ…」


 レキがそこで楽しそうに笑う。

 ただ、笑っている場合ではないことは確かだった。ツアーの本来途中離脱は許されていても、聖樹に向かうなどということは絶対に認められるはずがなかった。


『このままだとまたみんなと集団行動を取らなくちゃいけなくなる。抜け出すならこのタイミングしかない。ただ、どうやって抜け出す?目をつけられている以上自然には無理だ…』


 しかし、そこでライキルが周囲を見渡した時ひとつのアイデアが振って来た。


「トイレに行くと言って抜け出すのが一番手っ取り早いですね」


 ライキルが視線を広場の隅にあったトイレに向けた。


「ほお、なるほど…フフッ、うん、いいアイデアだね、よし、それで行こう。作戦名はお花摘みに行ってきますだ!」


「くだらないこと言ってないでレキさんは護衛たちの注意を惹きつけてください」


「ええ、なんで僕が?」


「目をつけられているのはあくまで私たちのはずです。みんなと同じ軽い格好のあなたなら大丈夫なはずです。護衛たちが私たちに引き付けられたタイミングで適当に逃げ出してください。合流地点はここから見えるあのねじれ木の下でいいですか?」


 ライキルが視線だけで、広場から遠くに見えるねじれ木を示した。ねじれ木はどれも背が高く景色の変わらない森の中では目印になりやすかった。


「わかった、僕が彼らの注意を引こう。なんだか楽しくなってきたね」


「失敗すれば私たちは犯罪者ですけどね」


「大丈夫、僕が上手くやるから、さっそく作戦開始だ!」


 やけに乗り気の彼がさっそく立ち上がって護衛の元に向かったので、ライキルたちも慌てて行動を開始した。


 ライキルたちは広場の隅にあった木で組み立てられた小さな小屋のようなトイレに向かった。そこで背後を確認するとレキが二人の護衛を見事に引き付けていた。何やら親し気に話しており、彼らはレキが取り出したものに目をやっていた。

 その隙に小屋の後の回ったライキルたちはツアーから無事に抜けだすことに成功した。

 遠ざかる広場からレキを残して集合場所のねじれ木を目指した。


 ***


 約束したねじれ木の場所にライキルたちがたどり着くと、何故かその木の下にはニコニコと笑顔のレキの姿があった。


「え、あれ?なんでレキさんの方が早いんですか?」


「フフッ、それはこれらがあるからでした」


 そこでレキが取り出したのは何やら小さなカードと紙の束だった。


「何ですか?これ」


 ビナが興味深く眺めていると、彼が意地悪な笑顔を崩さずに答えた。


「これが特別管理人のカード。上級管理人より上のやつね、んで、こっちの紙の束が女王陛下直筆の許可書ちなみに聖樹にまで入れる万能許可書だよ、凄いでしょ、僕って結構凄い人と知り合いなんだ」


「え、レキさんって女王様と知り合いなんですか!?」


「そうだよ、僕は顔が広いからね」


「す、凄いです…」


 驚きすぎたビナが恐れおののき、彼から距離を取っていた。


「………」


 ライキルが冷たい視線でレキを睨んだ。こちらはいろいろ背負って挑んでいるのに彼と来たらまるでゲーム感覚でこの状況を楽しんでいた。


「そういうのがあるなら最初から言ってください」


「いやあ、でも、これでよくわかったんじゃないかな?」


「何がですか?」


「君が誰よりもハルくんを求めてることがだよ」


「………」


「彼のためならなりふり構わない、そうでしょ?だって、嫌いな相手にそこまで本気になれないでしょ」


 ライキルがレキの襟元に掴みかかった。


「なめた真似しないでください。ガルナの前ですよ?」


 誤解されるようなことを彼女の前で言って欲しくなかった。それだけではらわたが煮えくり返りそうなほどの怒りが込み上がって来た。

 レキをこの世の悪であるかのごとき勢いで睨む。


 だがその時、彼が心の底から嬉しそうに笑った。


「いい目だね、それはこれからの君にとても必要なことだから忘れないでいて」


「チッ…」


 ひとつ舌打ちをすると荒れていた心をライキルは何とか落ち着かせた。後ろを振り向くと、ガルナがどうしたいいか分からなそうな顔をしていた。


「………あぁ…」


 きっとこれは憶測だが、自分たちの愛のために怒ってくれたライキルに感謝したい反面、ハルとの唯一の繋がりである彼を傷つけて欲しくないのだろう。だから、彼女は止めもせずけれど賛同もしない。戸惑いだけが彼女を包み込んでいた。


『やっぱり、そういうことなんだよね…まあ、うん、仕方ない気がするこれは…』


 そんな彼女でもライキルは許すことが出来た。

 理由はライキルも彼女と同じ気持ちだからだ。レキに掴みかかって怒りをぶつけたのだって演技でしかなかった。ただ、その時は自分とガルナの関係を維持するのにその行動が最適だったから取った行動だった。この怒りには何の意味もなかった。


「早く案内お願いします」


「言われなくても喜んで」


 レキがひとつ頭を下げて返事をしていた。


 ***


 楽しかったツアーから一転し、ライキル、ガルナ、ビナの三人は、謎多きエルフのレキに連れられて深い森の中の道なき道を進んでいた。

 観光客向けに整備されていた森とは違い、自然がのびのびと好き放題に生い茂っており、ライキルたちの長袖長ズボンと華の無いサバイバル装備が、すれ違う葉っぱで皮膚を傷つけるのを守っていた。


「一体どこまで歩くんですか?普通に考えてここから聖樹まで歩くと一週間程度かかりますよね」


「ビナちゃんは賢いね、その通りだ」


 何故か列の最後尾を歩いているレキが前に居たビナをおだてていた。


「竜を借りて来た方がよかったんじゃないですか?」


「うーん、それはちょっと賢くないかも、竜だと時間が掛かっちゃうし…」


「え、でも…竜以外に、森を進むには馬だってダメだし…」


 ビナが他の移動手段を考えるが、空路を使う以外に森を安全に素早く向かう手段が全く思いつかなかった。


「…というか道案内のレキさんがなんで最後尾なんですか?」


「ふむ、いい質問だね」


 レキが頷き、二人の会話は続く。


「正確に言うと僕はまだ君たちを案内していないから最後尾で構わないんだ」


「それってどういう意味ですか?」


「これからちょっとした僕の魔法で移動したいと思ってるんだ」


「レキさん魔法が使えるんですね?」


「ああ、そうだよ、僕はこう見えてもとっても凄い魔法使いだからね」


「魔法使いですか…?」


「魔導士って言葉が使われ始めたのはつい最近ってことビナちゃんは知ってた?」


「それは知ってます…えっと、私の、こ、恋人もエルフで魔導士のことをよく魔法使いって間違えてましたから」


 ビナが顔を赤くしながらも気丈に振舞っていた。


「へえ、ビナちゃんの恋人さんってエルフなんだ。それはとても情熱的だね」


「はい、でもやっぱりとっても相手は大人って感じで私も頑張っているんですが、そのいろいろ、まだまだで…」


 ライキルも納得したビナの様変わりの仕方は恋人の彼女の影響だったのだと、レキという権力のある相手に対してもなんとか大人な自分を演じていると思うと、素直にライキルは彼女のことを尊敬した。


「大人か…ふーん、でも本当にそうかな?」


 ビナがどういうこと?と首をかしげる。


「エルフって結構子供じみた人の方が多いってこと。長く生きているから大人っぽく見えるけど、その心の奥底に隠している感情は案外脆かったり、甘ったるかったり、外から見ただけじゃ分からないけど、それは弱点を隠しているから、今度思いっきり甘えさせてみれば分かるさ。きっと、そのエルフは君の虜になる」


「…なるほど、確かにたまに寂しそうな顔をしていたので、よし、今度実践してみます!」


「うん、心に傷を負ったエルフは多いからね…」


 レキの最後の言葉がビナには何か引っかかった。


「レキさん…それって……」


 ビナが彼にその真意を問おうとした時だった。


「よし、そろそろ頃合いだ!」


 レキが手を叩きみんなに呼びかけた。

 そこは森の中でもちょっと開けた場所だった。


「僕は超一流の魔法使いで、みんなにはこれから僕の魔法にかかってもらいます。なかなか繊細で面倒くさい魔法だけど、すぐに終わるから安心して」


 彼の言葉が嘘か本当か疑わしかった。そもそも、彼の存在自体がとても怪しいのだが、魔法となるとさらに彼の怪しさがましていた。


「いいかい、これから君たちは信じられない体験をするけど、慌てないで常に冷静でいてね」


「あのひとつだけいいですか?」


「はい、どうぞ!」


 レキがライキルに発言の許可をする。


「その魔法は安全なんですか?」


「安全だよ。普通にここから聖樹を目指すよりは圧倒的に安全だね」


「どういった魔法なんですか?」


「それは体験してみてからのお楽しみってことで」


「ふざけないでください、こっちは全く知らない魔法を受ける…」


 ライキルがひとつ瞬きをした時だった。


 ***


 すでに周りの状況は一変していた。


「何…これ……」


 彼の言った通り信じられない光景が広がっていた。


「これは現実だから、夢なんかじゃない。君たちは今、聖樹からおよそ百キロメートルほど離れたエルフの森にいます!」


 さっきまで立っていた開けた樹海からまったく別の景色の樹海にライキルたちは立っていた。辺りを見渡しても樹海が広がっているだけだが、明らかに景色が一瞬で変わった違和感には気づくことが出来た。


「何をしたの?」


「瞬間移動って言えば理解してくれるかい?」


 ライキルが一緒にいたガルナとビナの存在を確認する。二人も何が起こったか分からず戸惑っていた。


「ありえない。何か私たちに魔法をかけてるの?催眠とか?幻覚とか?」


「いや、もう魔法はかけ終わってる。何だったら今日広場であったときからこの瞬間移動の魔法をずっとみんなに掛け続けてたよ。いやあ、この魔法結構使い勝手悪くてね、もっと他の移動方法はあるんだけど、今ちょっとあっちの方にたくさん容量を割いているから、使いたくても使えなくてね…困っちゃうよ」


 彼の言葉を信じたくはなかったが、レキがそのまま三人を置いて先に進んでしまうと、身体が答えを欲して勝手に彼の後を追っていた。


 そして、ライキルたちは目撃してしまう。

 樹海を抜け、切り立った断崖が現れ、そこから遥か先に見える景色に、天まで届きそうなぶ厚い柱がそびえ立っていた。周りの百メートルを超えるねじれ木がまるで小枝のように細く脆く見えるほど、遥か先で雲を貫いている巨樹の大きさは異常だった。


「あれが聖樹セフィロト、みんながこれから向かう場所だよ」


 レキが指をさしながらみんなに振り向いて言った。


 そして、そんなみんなが目を奪われているさなかの出来事だった。


『ライキル』


 一度も聞いたことのない、けれどとても懐かしく感じる声で名を呼ばれたライキルは無意識のうちに彼の名前を呼んでいた。


「ハル…」


 近づけば、近づくほど彼を感じてしまう。だからもうこの時点でライキルは思ってしまった。これから先変わっていってしまう自分が怖いと、知らない自分が手を振って待っているのが怖いと、そして、何よりも最愛の人が変わっていってしまうのが怖かった。


 隣を見るとガルナが目を見開いて遠くの聖樹の頂上がある空を見上げていた。その時の彼女は何かにとりつかれたようにただひたすらその先にある何かに魅了されていた。


 そして、そんな彼女の瞳からは涙が流れていた。


『あぁ、そっか、そうなんだ…ガルナはもう……』


 ライキルは隣で彼女のその様子を受け止めては壊れていく。


『ここに来てはっきりした。私たちはハルって人のことを忘れてたんだ…』


 彼の存在を知った瞬間からライキルの止まっていた歯車が動き出していた。その歯車はライキルを聖樹へと運びやがて、彼のもとまで運ぶのだろう。

 それがこの時点での運命というものだった。

 絶対に変えられない可能性の収束。

 けれど、もしもそんな運命を、この世のルールを根本から覆してしまうほどの可能性があるとしたら…。


 こんな決意をライキルにはさせなかっただろう。


「ガルナ、こっち向いてよ」


 呆然としている彼女がこちらを向いてくれた。

 泣いている彼女の顔も珍しくとても可愛らしかった。彼女が涙を流す理由を尋ねはしなかったし、聞きたくもなかったけれど、泣いている彼女にはいつも以上に魅力があった。強い彼女が弱っている姿は見ていて守ってあげたくなったし、貪りつくしたくもなった。


「私、ここに来てひとつ分かったことがあったの…」


 ライキルがガルナの前に歩み寄る。

 彼女が木々の頂上に居る彼のことより、自分のことを見てくれていることに計り知れない幸福を感じた。けれどそれでも彼女はライキルよりも聖樹の頂上が気になって仕方がない様子だった。


「私、やっぱりガルナのことが好き、あなたのことを愛してる」


 彼女の頬を優しく包むように両手で触れた。しかし、そこから自分から目を背けさせないように触れた後はしっかりと逃がさないように掴んだ。


「だから、ガルナ。あなたのことは私が絶対に守るから安心して…」


 運命が捻じ曲がる。

 無限の可能性がありえない未来を創り出す。

 輪廻が崩壊する。


『ハルは私が殺すから』


 その時、傍に居たレキが驚いた表情で目を見開いてこちらのことを見ていたが、ライキルは構わず言葉を失っていたガルナに酷い口づけをした。嫌がる彼女を無視して一方的に自分の愛情を彼女に注ぎ込んだ。


「んん…」


 しかし、ガルナも逃れられないライキルの愛を受け入れる。彼女もライキルのことを愛しているから背くことが出来ない。ここで拒絶してしまえば彼女がライキルと誓った愛を裏切ったことになるからだった。


『私と彼女の世界は壊させない、絶対に誰だろうとそれは許さない』


 やがて愛を貪り満足したライキルがとても幸せそうな笑顔を浮かべると告げた。


「じゃあ、案内してハルの元まで」


 邪悪な笑みにその場にいた誰もが凍りついていた。恐怖が直接心に刻み込まれたかのように、みんなの身体の自由は奪われていた。

 そこには愛憎に染まってしまった悪魔がいた。

 愛する者を手放さないため、愛のためならどんな犠牲も顧みない、純粋な邪悪が存在していた。


『私は、今ある愛を選ぶから…』


 きっと正しい選択肢ではないのだろう。しかし、正しい選択などあるはずがなかった。誰を愛そうと全て自分の勝手だった。ライキルにはもう、いま傍に居るガルナのことしか考えることができなかった。


 忘れ去られた英雄を殺すため、エルフの森に愛に溺れた獣が今降臨する。

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