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血闘 後編

 王都エアロの繫華街。

 夜も遅く街に灯るお洒落な炎の街灯だけが頼りの帰り道。

 昼間に比べて人の気配がめっきりと減った静かな繫華街を、ライキルたちは徒歩で帰路についていた。


「びっくりしました!エルフでもあるんですね、あんな喧嘩」


 ライキルの隣でビナがさきほどいた店で起こった出来事について語っていた。


「どこにでもああいうことがあるってこと、忘れちゃだめですね。それにしても、お酒がタダになったのは嬉しかった」


「不幸中の幸いですね」


 二人が酒代がタダになったことに喜んでいる横でガルナが難しそうな顔をしていたので、ライキルが気にかける。


「どうしたんですか?」


「さっきのあいつ凄かったなって…」


 自分の世界から我に返ったガルナは店に居たエルフのことを思い返しているようだった。


「さっきのエルフですか?確かになんか怖かったですよね?」


「うん、すごい圧があった。私、あいつと戦って見たかったかも…」


「もー、ガルナはすぐそれですよね」


「強い相手を倒してみんなを守る。それだけが私の取り柄だから」


「…そんなことないですよ、ガルナには他にもいっぱいいいところはありますよ、戦うことが全てじゃないはずです…」


 ライキルがガルナと腕を組むと、彼女は言った。


「あいつの言ってたことも分かる気がするんだ。戦って勝たないとダメな時があるってこと」


 ライキルはそこでガルナのどこか思いつめたような顔を見て、安易に何か気軽な言葉を掛けれなくなってしまった。

 その時だった。


「元はと言えばお前たちみたいな外来種が居るから悪いんだ。お前たちが居なければエルフはこんな分断されることもなかったんだ!!」


 三人が後ろを振り向くと先ほど、四人組のエルフに難癖をつけていた純血主義者のエルフが立っていた。


「みんな、逃げよう…」


 純血主義のその男の身長はさすがはエルフだけあって二メートルを超えた超身長でその体格だけで威圧感があった。さらに鍛え上げられた戦士のように腕は太く、高身長で細身のエルフの常識を覆すような男だった。

 人族の中でも背が高くがたいの良いガルナでさえ小さく見えてしまった。


 男は酒に酔っているのか、正気ではないようだった。それだけじゃない。先ほどの店で受けた屈辱がさらに男を狂わせているのだろう。彼はファイティングポーズをとってこちらに襲いかかってくる気満々だった。


「お前らが居なければ!!俺がこんな不幸になることも無かったんだ!!!」


 叫び殴りかかって来る男。

 ライキルが怯え、ビナが前に出ようとした時にはもう二人の目の前にはガルナが庇うように立っていた。


 ガルナの尻尾の毛が一気に逆立ち、彼女は正面から男を見据え構えた。


 男の下から振り上げるような拳がガルナの腹部めがけて飛んで来た。

 その拳をガルナが両手で防御しようと押さえ込むと彼女の身体が宙に浮いた。


「ん!?ガハッ!!」


 ガルナの身体から空気が押し出され、彼女は辛そうに息を吐きだした。


「ガルナ!!」


 すかさずガルナの背後から現れたビナが男にカウンターを入れるように蹴りを放った。その蹴りは男の腹部に深くめり込み、男の身体を勢いよく後退させた。


「大丈夫!?怪我は…?」


「大丈夫、ちょっと、油断した。あいつ多分魔法で身体を強化してる…じゃなきゃ、あれぐらいのパンチ私には効かない」


 お腹を押さえているガルナはすぐに立ち上がってビナの隣に立った。


「ビナ、ありがとう」


「彼、多分、一般人じゃありません。動きが訓練を受けている動きでした。それに相手が魔法を使ってくるとなると、こっちも本気で行かないと」


「そうだね、こっちも本気で行く。ライキル、警備の人呼んで来てくれ!」


 戦いのことになると恐ろしく頭の回るガルナが、後ろを向いてライキルにウインクした。


「ガルナ、来ます!」


 肉体を強化したエルフの男が二人に突っ込んで来た。


 そこで本気の殺し合いが始まった。


「あ、ああ……」


 ライキルはその場から動けなかった。

 久しぶりの戦闘に腰が抜けてしまっていた。これがずっとガルナに甘えていた弊害であった。ライキルはすっかり普通の女の子に戻ってしまっていた。精神的にも体力的にも戦士ではない普通の一般人に戻っていた。それは守られる立場の人間だった。脅威に直接立ち向かってはいけない人という意味だった。

 ライキルはこの場で怯えることしかできない自分に絶望した。


 ガルナとビナは、屈強な怪物と正面切って戦っているのに。


「消えろ!消えろ!!消えろ!!!純血以外はみんな消えろ!!!」


 男が雨のように降り注ぐ殴打をビナに浴びせる。小柄な体型のビナはその重い連撃をかわし、高速で男との間合いを詰めた。


「オラアアアアアアア!!」


 そして、殴打をかいくぐったビナが、勢いよく振り上げた右足が、男の顎下に直撃した。


「よし、入った!!」


 顎から突き上げるような衝撃が男の頭を揺さぶり意識を飛ばす。そのはずだった。


「こざかしいぃ、わあ!!」


 両手をハンマーのように握った男がそのまま浮いたビナを地面に叩き落とした。


「ゴハッ!!!」


 地面でバウンドしたビナの意識が飛びかける。重い一撃だった。ビナも警戒していたが、この男はそのビナの予想を遥かに超えていた。

 そして、男の追撃の蹴りがビナの目の前に迫る。


『これは、やばい…』


 だが、蹴り飛ばされそうになった時、男の足をガルナが蹴り飛ばす。


「お前何してんだよ。いい加減にしないと殺すぞ…」


「死ぬのはてめえの方だ。この獣がよぉ!!」


 その男が、ガルナの前でくるりと一回転したかと思うと、そのままの勢いを利用して回転蹴りを放った。

 その蹴りをガルナは背面飛びで即座にかわすと、高火力の炎魔法を放った。打撃より遥かに出の早い魔法攻撃は回避後の硬直時に放つのが騎士の戦闘術の基本であった。


 夜の街に真っ赤な炎の花が咲く。


「てめえ、この野郎!?俺を本気で怒らせたな!!!」


 男は身体に這うように展開する水魔法の防壁で防いでいたが、一手遅れたのか身体の至ることに火傷の跡があった。


 ガルナがそこで戦闘態勢を解いて、男に語り掛けた。


「そろそろ、気が済んだんじゃないか?ここで暴れてても警備のものが駆けつけて来てお前が捕まるだけだぞ」


「ハハッ、それはどうかな?俺はエルフの純血、それでお前たちは外から来た異物。騎士たちがどちらの味方に付くか答えは明白だろうがよ!」


 男が怒り狂いながら叫ぶ。その間ガルナは冷静に相手の戦闘の技量を推し量る。


『こうして隙を与えたのに傷を癒さないってことは白持ちではない。応援の騎士はまだこないか?って、あれ、ライキル?』


 ガルナが後ろを向くとそこには怯えていたライキルがいた。

 よそ見をした時だった。


「それに俺はこの街のごみを掃除してるだけだ!いいことをしているんだ!なんでそれがわかんねぇんだよ!!」


 男の肉体がさらに膨れ上がり、水の防壁が弾ける。筋肉を膨張させながら男がこちらに向かって突進してきた。それも身体を加速させる魔法も重ねているのかまるで弓から放たれた矢のように吹き飛んで来た。

 男は遥か昔にあったとされる戦争時代の馬に引かせる戦車のようだった。地面の石畳みを破壊しながら、突き進んでくる。直接受ければひき殺されることは間違いなかった。


「ライキル逃げろ!!!」


 ガルナがライキルの元へ駆けつける。だが、それではどちらも間に合わなかった。ガルナの背後にはもう破壊の塊となって突っ込んでくる男がいた。


「ガハハハハハハハハ!お前たちはまとめてひき肉だぁ!!」


 ライキルの前に絶望が広がる。


『あれ、なんでこんなことになったんだっけ?こういう時っていつも誰かが傍に居て守ってくれてたような……』


 ライキルはあまりにも理不尽でできている現実に吐き気がした。少し外に出ればこれだ。人々の悪意だけで外の世界はできているんだ。だから、ライキルは人が嫌いだった。憎んでいた。自分たちの都合を押し付けてすべてを台無しにする。だけど、それは当たり前のこと。

 弱ければ選択肢など無い、分かっていたのに、こんなことはあんまりだった。


「ライキル!!!」


「ごめん、ガルナ、私……こわくて……」


 ライキルを突き飛ばしても間に合わない状況をとっさに察知したガルナが、ライキルの前で男に振り向き受け止めようとしていた。


 それが紛れもなく死を表す行為なことにライキルだってわかっていた。破壊が二人の前に迫る。


「誰か…助け……」


 最後にライキルはすがるしかなかった。自分ではどうにもできない。いや、自分が招いてしまった悲劇だったのだが、それでも今のライキルには叫ぶことしかできなかった。


「助けて!!!」


 夜の街中に声が響いた。しかし、その声に応えてくれる者はいなかった。


 ライキルの目の前に絶望が広がるはずだった。


「うがあああああああああああああ!!!!」


 ガルナに衝突する直前。まるで男の時間が止まったかのように勢いが殺され、代わりにその筋肉の怪人となっていたエルフの悲鳴だけが響いていた。


 ライキルとガルナの二人は、何が起こったか分からず、その場に座り込み立ち尽くしていた。


「こっちの方で騒がしい音がすると思って来てみれば、これか」


 いつの間にかいたひとりのエルフがそう言った。

 目にかかるくらいの長さで、サラサラと流れるような金髪に、どこまでも透き通った碧眼。エルフ特有の尖った長い両耳には黒い宝石のピアスをして首には銀のペンダントを下げていた。服装は高そうなグレーのシンプルなシャツに、脚にぴったりとあった黒いズボン姿で、本当にただの一般人に見えた。

 しかし。

 そんな彼であったが、この状況を一変させた彼が一般人であるわけがなかった。


 彼は筋肉で膨れ上がった狂った男の背中の肉に手を突っ込んでいた。言葉通り、彼の手は筋肉だらけになった男の背中に、まるで水槽に手を入れたかのようにその男の体内に手を入れ、その中の肉を掴み片手で男の動きを止めていた。


「あがががががが!!痛い、痛い、なんだ、お前は!?」


「あんたさ、さっき俺が忠告してあげたよね?血は大事にしろって、聞いてのか?」


 黒いピアスのエルフが男から手を引き抜くと大量の血が噴き出した。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 男の絶叫が夜の街に反響して響き渡る。筋肉の男は叫んで痛みを和らげている様子だったが、背中の肉が手のひらサイズほど強引にえぐり取られたのだ。叫ばない方がおかしかった。


「…お、お前、なんで、こんな異物たちの味方するんだ…お前だって純血じゃないのかぁ!?」


 男が息を荒く問うと、黒いピアスのエルフが興味なさそうに答えを返した。


「ああ、俺は純血だよ。だからどうした?そんなのものに何の意味がある?」


「純血のエルフは選ばれたものなんだ…」


「誰に?」


「神にさ…」


「神って誰よ?」


 喋るのも一苦労の筋肉のエルフに対して、間髪入れずに退屈そうに質問する黒いピアスの彼。両者には明らかに時間的余裕に差があった。同じ長寿のエルフであるのに、悲しいほどその差には開きがあった。


「ハァ…ハァ…この世を創造した俺たちの主さ、お前神書を読んだことないのか?」


 このままだと残り僅かの命のエルフがバカにしてように言う。


「…神書だって?」


 しかし、そこで、黒いピアスのエルフは大笑いした。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!神書だって?こりゃ傑作だ!!神書にこの世を創った神のことが載ってたって?アハハハハハハハハハハ!!!面白い、でも、確かにそうだよな!!書いてあるよな、神書には神様のことが、ククッ、ああ、ダメだお前、マジで面白い。いいな、これから一杯俺たちと飲み直さないか?」


「てめえは、俺のみならず、神をも冒涜するか!?」


「お前のその顔で聖職者様だったとはな、偏見とは真実を酷く歪めまうんだな…」


「おのれ、どこまでもコケにしおって!」


 筋肉の男がライキルとガルナのことなど眼中の外にやり、黒いピアスのエルフに向き直った。

 こぼれ出る血を肉圧で埋めて止血処置をし、黒ピアスのエルフに襲いかかる。


 筋肉男が魔法を使用し身体を加速させ、振りかぶった拳を振り抜く。

 しかし、筋肉による渾身の一撃は、黒ピアスの顔の横をすれすれで通り過ぎてあっけなく外れてしまった。


「この野郎!どいつもこいつもちょこまかと!俺に潰されてばいいのに!!異物たちも混血も全部潰れればいいんだ!!」


 殴打が雨のように襲いかかるが、黒いピアスは的確に振り下ろされる拳をすれすれでかわしていた。


「そう荒れるなよ、どうしてそんなに混血を憎む?」


「俺は純血主義者だからだ!!フルブラットの名の下にこの国を変えるんだ!!!」


 必至になる男が全力で拳を振るう。


「!?」


 そこで初めて黒ピアスのエルフの表情に変化があった。


「…そうか、そういうことか、懐かしい名前だな……」


 少し寂しい顔をした黒いピアスの彼が、拳を止めない筋肉男に向かって言った。


「おい、お前、いいこと教えてやるよ。フルブラットなんて趣味の悪い組織は、もうとっくの大昔に解散してるぞ」


 しかし、彼の声は、痛みと戦いながら必死に拳を振るう男の前では雑音も同然だった。


「違う、俺たちの存在は不滅だ。純血こそが至高、純血以外受け付けない。清らかであることは何よりも大切なんだ」


「偏った思想に染まるって別に悪いことじゃねえが、フルブラットなんて何の意味もない思想だけはやめておけ、視野が狭くなるだけで、いいことなんて一つもないぞ。その先にあるのはこんな無駄な争いだけだ。目覚ましな?」


「うるさい!!俺にはもう純血しかないんだぁあああ!!」


 しかし、男が伸ばし切った拳を再び振るうため引き戻そうとしたときだった。


「そうかい、じゃあ、俺が代わりにお前の目を覚まさせてやるよ、わりぃな、すげえいてえぞ?」


 黒ピアスのエルフが、顔の傍にあった伸びきった男の腕を掴む。するとビクとも動かなくなった男の腕に、彼は続けてその腕の下を人差し指で一直線になぞってやった。


 すると、そのなぞられたところから大量の赤い液体が勢いよく流れ落ちた。


「はあああああああ??ギャアアアアアアアアアアア!!??」


 男は何が起こったかわけが分からないと言った様子で絶望的な悲鳴を上げて目を見開いていた。自分の腕から零れ落ちる大量の血に驚きながら黒ピアスのエルフから後ずさる。

 そして、そのまま、その場から逃走しようとしたときだった。


「どこ行くんだ?」


 男が振り向いた先に、彼はいた。傍から見ていたライキルたちにも一瞬の出来事過ぎて彼が移動したところを見ることが出来なかった。


「うあああ!!助けて…神様……助けて………」


「あいにく神なんかじゃないが、お前のことを救ってやる。健やかに眠れ」


 黒ピアスのエルフが今度は彼の肉をえぐるのではなく、優しく彼の身体に触れると突如白い光が男を包み込んだ。


「そして、お前は目覚めたら俺と酒を飲み交わすんだ、わかったか?」


「あ、ああ…」


「返事は?」


「はい……」


 すると筋肉の怪物となっていた男の意識は薄れていき、深い眠りへと誘われていった。黒いピアスの彼に、えぐられた肉はいつのまにか元通りになっていた。そして、溢れんばかりの筋肉で埋め尽くされていた巨大な体格もそれなりのエルフの大きさに戻っていった。


「助かった…」


 ずっと腰を抜かしていたライキルは、自分が勝手に助かるのを傍観していた。


 無意味な争いは幕を閉じ、街は静けさを取り戻した。

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