血闘 前編
スフィア王国の王都エアロには、エルフの森を背にした大きな城【クライノート】があった。そんな城下には大きな街が広がっており、スフィア王国に住むエルフの六割ほどが暮らしていた。
治安もここ数年は安定しており、観光地としても有名だった。
そんな王都エアロの商業地区を目指して、ライキルとガルナのビナの三人は街中を歩き始めた。その街の商業地区に向かえば繫華街など大抵観光向きの店があり、その街独自の雰囲気のおおよそを堪能することはできた。
それにしても歩いていると、背の高い四角い建物群がライキルたちを覗き込むように見下ろしているように見えた。そんなに建物が高いと見上げる空も幾分か狭く見えた。
三人が歩いていると、外に出たついでに何か食べようという結論に至った。昼も食べていなかったのでちょうど良かった。ただそこで、途中歩き疲れてしまったライキルを気遣ってビナが馬車を借りてくれた。これで一気に三人は繫華街へ足を進めた。
街中を行き交う馬車を引く馬も魔獣との混血のようで、普通の馬の体格の二倍はあったし、使役魔獣に引かせている馬車もあった。何もかもエルフの規格で造られている街のインパクトはやはりどこを見ても十分すぎた。
商業区域に馬車で入り、その地区の真ん中にある繫華街に到着すると、そこには多くのエルフと他種族の観光客たちで溢れかえっていた。
ライキルたちも馬車を降りて適当な観光向きのサイズの店に入り昼食を取った。三人で他愛もない話をしながら昼食を取り終えた後は、当ても無く、商業地区をぶらぶらと練り歩いた。
商業地区には武器屋なども入っており、明日エルフの森で必要になりそうなものを品定めした。その店はエルフの森に入るための道具がそろっており、ライキルたちはホテルに持って来た荷物の他に必要なものを買い揃えた。ナイフに鍋に携帯食料まで森に籠るためのものが一式揃っていた。
そのあと、日が落ち夜になると、ライキルたちは繫華街に戻って雰囲気のよいバーに寄って、軽く酒を呷った。明日はエルフの森に行くため嗜む程度にとどめて気持ちよくお会計をして店を出ようとした時だった。
ライキルたちがテーブル席を立とうとした時、別のテーブル席で何やらエルフたちが言い争っていた。
「お前たちみたいなのがなんでここにいるんだ?」
「あ、なんだ?お前、俺たちに何か用か?」
ひとりの金髪のエルフが、テーブル席で酒を飲んでいた四人のエルフたちに何やら言いがかりをつけていた。
エルフは種族からしても大人しく礼儀正しいイメージがあった。それは彼らが長寿で他の種族よりも何倍もの年月を生きているから、ちょっとしたことでは動じず物事を長い目で見れるという長所があるからだ。しかし、そんなもの、酒に酔い思考が入り乱れてしまえば、エルフだろうが何だろうが他の種族と変わらなかった。
「お前たちのような紛い物がこんなところうろついてんじゃねえ…」
金髪のエルフが酒に酔っているのか顔が少し赤みがかっていた。
「おいおい、あんた、まさか、純血主義者か?」
四人グループのひとりが、その突っかかって来た金髪のエルフに言った。
「特にそこの黒髪と茶髪のお前たちは混血だろ?」
エルフ同士から生まれた子供は必ず金髪だった。その金髪のエルフは純血と呼ばれ、他種族との間に授かった子供たちの髪の色は黒髪や茶髪だったりと、エルフの美しい金髪という色が崩れてしまうことは当然のことだった。しかし、それも生まれつきの個性でありエルフ同士でも、完璧な金髪の子供が生まれて来るわけではない。それでも、金髪では無かったり他の血が混じっている混血は、エルフの中で差別意識があり長年問題になっていた。
スフィア王国がエルフの森の外にある王都と、森の中にあるエルフの故郷と呼ばれる場所に二分されているのも差別解消法のひとつと言えたのだが、それは分断とも言えた。
四人グループのエルフたちの内、二人は金髪で、もう二人は黒髪と茶髪のエルフだった。
「だからなんだ?別に混血だろうが未成年じゃねぇんだ。酒場にくらい来るだろ?」
ひとりの金髪のエルフが声を挙げ仲間を擁護する。
「お前らみたいな半端者が生まれて来たからエルフの国は引き裂かれたんだ。お前らさえいなければ…」
純血思想のエルフが歯を食いしばり、握りこぶしを固く握る。四人のエルフたちも彼のその言動に半ば引き気味になっていたが、四人のグループの中のひとりで、優雅に酒を飲んでいたもうひとりの金髪のリーダー格の佇まいをしたエルフが冷静に声をあげた。
「あのさ、個人の主義主張は結構だけど、他人に迷惑かけない方がいいぞ?この王都エアロじゃ、血も見た目も関係ない自由な新しい故郷なんだ。あんたエルフの森から来たのかどうかわからないけどさ、時代は変わっていくもんなんだ。こういう街があってもいいって思わないか?」
「そういった安易に自らの懐を広げ、他種族の血を入れる軟弱な思考が、エルフの衰退を進行させているんだ。それを誰かが止めなくちゃいけないんだ!」
「それを俺たちに言ってどうなるんだ?あんたがひとりひとりにこうやって説教したって何も変わらない。無駄なんだよ、この時間は…、もう話はここまでにして、あんたはちゃんと酔いを覚ましてうちに帰って、俺たちはここであんたの主義について酒を飲みながら語り将来を考える。これでお互い平和に過ごせるだろ?争いなんて何も生まないぜ?」
「うるさい!貴様たちは何も分かっていない。物事を進める道は血を流すしかない。平和な解決など何も解決してないも同然だ。そんなもの両者に遺恨が残って終わりだ。我々は血を流さなければいけないのだよ!!」
「………フフッ、人は血を流さなければ分かり合えないこともあるってか?はあ、まったくその通りだな…」
何かその時バーの雰囲気が一気に様変わりしたような気がした。ピリピリと空気がひりつきその場に居た誰もが、嫌な予感を感じていた。
「あんたがそこまで言うなら武力で解決しよう。それでいいんだろ?」
四人グループの内のひとりが純血の男をニッコリと見つめると、彼は一気に青ざめていった。
「血を流した方の負けだ」
その四人の中のリーダー格のエルフが、震えている純血主義者のエルフを鋭い眼差しで睨みつけた。
「君の負けだ」
そうリーダー格のエルフが指さすと、彼の鼻からは血が出ていた。
「血は大切にしろ。特にお前さんみたいな純血はな」
純血主義者の男はそのまま彼らからのけぞり、慌てて店の扉を開けて出ていった。
店内が嵐がさった後の静寂に包まれると同時に、ひりついた空気は和らいでいった。
そこに店の店長らしき人物がお礼を言いに駆けつけてくると、そのリーダー格の男が言った。
「マスター、店の雰囲気を壊して悪かった。気分を悪くした者もいただろう。ここにいるみんなの分の支払いで許してもらえないだろうか?」
そう言うと、男が大量の金貨が入った小袋を店長に手渡した。それは酒場の平均的な一日の売り上げを軽く超えている量の金貨の枚数だった。
店長もさすがにそれは受け取れないと言っていたが、彼はいつもお世話になっている分でもあると無理やり受け取らせていた。
「ということで皆さんの支払いは私が持ちますので、どうか、今後も楽しんでいってください」
そう言うと彼は仲間たちと再び酒をかわしていた。
そんなこんなでその日のライキルたちの酒代は浮くことになった。