乖離しすれ違うそれでも
何かもが超高身長のエルフを基準に造られた街エアロ。レゾフロン大陸の西部に位置する大国スフィア王国の王都としてもその街の名は各地に轟いていた。
「すごい、何もかもが大きいです。さすがはエルフの街ですね!」
ライキルの目の前を、ビナがあちらこちらを見渡しながら背の高い街を進んでいく。周りのエルフからも子供のように目をキラキラさせるそんな彼女に注目が集まっていた。それほど、周りのエルフとの背の高さが一目瞭然でこの街で彼女は浮いていた。
それでも、別に悪い意味で見られているわけではなかった。観光の街でもあって、道を歩いてれば地元のエルフたちに気さくに声を掛けられることなんかもあった。その際に聞いた観光客用のホテルを紹介してくれた。
ライキルたちは教えてもらった【カーム】というホテルにさっそく向かった。
周りの背の高い建物に比べたらこじんまりとしていたが、それは目の錯覚で実際にホテルカームが他の国に建っていたら立派なホテルだと誰もが口をそろえて言うほど大きかった。ただ、周りの建物があまりにも高く大きく、どうしても見劣りしてしまうのだった。
ホテルのロビーでチェックインをすると、401号室と402号室の二部屋を取った。最初は大部屋でビナも一緒の部屋と決めていたのだが、そこはビナが全力で否定して、ライキルとガルナを二人っきりにしてくれた。
一度ライキルとガルナがビナと別れ401号室に入室した。持って来た荷物を置く、ただ、荷解きをすることはしなかった。ここに来た理由は観光ではなく、あくまで待ち合わせ場所だった。明日にはここを発つ予定であり、長居する気はなかった。
荷物を置いて二人っきりになると、すぐにライキルがガルナの元にすり寄った。
そして、何を言うでもなく、手を繋ぎ彼女の顔を見つめた。
「するの?」
「違う、ただ、こうしてあなたの顔を見たかっただけ、ここ数日の間移動ばっかりであんまりガルナの顔を見れなかったから…」
「そっか、じゃあ、私もライキルの顔見よう、うん、可愛い」
「ありがとう、嬉しい」
相変わらずマイペースな彼女にライキルの旅の疲れも癒された。
「ちょっと座って話さない?」
ライキルが上目遣いをして言うと、彼女はいいよ、と楽しそうに答えた。彼女の手を引いてダブルベットの上に二人で腰を下ろした。
ベットの横にある窓の外には陽が高く昇っており、ちょうどお昼ごろの時間帯だった。ライキルが立ち上がってその窓を開けると心地よい秋の風が入って来た。
そして、ガルナの隣に密着するように座ると彼女に肩に頭を傾けた。
「ねえ、ガルナはさ、どうしてそんなに戦うことが好きなの?」
ライキルが窓の外を見つめながら遠い目をしながら尋ねた。
「えっと、強くなりたいからかな?」
「どうしてそんなに強くなりたいの?」
「え、うーん、それは…」
別に難しいことを聞いたわけではなかった。簡単に戦うことが好きだからと言えばいいし、それ以外にも強くなりたいという理由付けはいくらでもあった。しかし、それでもその質問に彼女は頭を使って懸命に考え答えを探していた。
ライキルは彼女が答えるまでゆっくりと待ってあげた。考えた末に返って来た答えが別にありきたりなものでも良かった。こうして自分の投げかけた問いに彼女が真剣に考えてくれていることが嬉しかった。彼女はライキルと違って、頭より身体を動かす方が得意なタイプだ。ライキルのように物事を複雑にして思い悩んだりするような性格ではなかった。だからと言って、彼女が何も考えていない無神経で思いやりが無い人間なわけではない。
むしろ、深く考えないからいつだって彼女の行動は素直で心動かされるものがあった。
「分からない、だけど、私、強くならなきゃ、って思ってた。いっつも、そう思ってた」
「そうだよね、強い方がいいよね、強い方が自由に生きられるよね」
「ライキルも強いじゃん」
「フフッどこが、私は今も壊れそうだよ?私はガルナの強さに依存してる寄生虫だよ…」
かすれた声で笑う不貞腐れたライキルにガルナが身を寄せる。
「ライキルは私のことが嫌いか?」
真っすぐな問いがいきなり飛んできてライキルの臆病な心が跳ね上がったが、冷静に努めて濁すように返した。
「なんで?すごく好きだけど…」
「良かったぁ」
「あ、でも、最近は自信なかったりするかも…」
「え!?なんで!?」
「なんてね、嘘よ、嘘、大好きよ」
「よ、良かった、もう、驚かせるなぁ!」
ガルナが甘えるように抱きついて来る。
からかうように言ったことをガルナが間に受けていた。それはそれでなんだか嬉しかったが、現状本当にそのことが嘘とも言い切れない自分に酷く失望していた。こんなことの繰り返しで、擦り切れていくのはバカらしかったが、これがライキルにはかなり堪えていた。
歪んで汚れたレンズでしか彼女を見ることが出来なくなっていた。
それらは全てはあのハルという男が原因であり、ここに来ている理由でもあった。
しばらく二人でベットの上で甘え合っていると、ふと、ライキルが彼女に言った。
「ねえ、ガルナ」
「なんだ?」
「少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「もちろん、いいぞ」
その時考えていた言葉を口にしようか迷っていた。その答えによってはライキルはどうかしてしまいそうだったからだ。だけど、聞かずにはいられなかった。彼女の興味関心が今どこにあるのか知らずにはいられなかった。
「もし、ガルナに私以外で好きな人が現れたら、どうする?」
「…………」
ガルナの顔から笑顔が消えた。
その沈黙が意味することが何よりも恐ろしかった。自分にも後ろめたい気持ちがあるが、どうやら彼女にもあるようで、ただ、彼女の思いもライキルには透けて見えていた。当たり前だ、数日前に見せたあの笑顔が彼女の本音だ。だけどそれを責めるつもりはない。それよりも前に自分の方が彼女よりも早く裏切り行為のような感情を抱いていたのだから救えない。
それでも、ライキルは彼女を手放すつもりはなかった。
だから、ここには決着をつけるために来たという理由もあった。
いつまでもハルという存在するかも怪しい人物に、二人の邪魔をして欲しくはなかった。
「そんな真剣に考えなくていいよ、もしもの話しだから。でも、そんなに考えるってことは私以外に好きな人がいるの?」
「えっと、その…」
呼吸もできていない彼女の背中をさする。
「ほら、もういいよ、ガルナは素直だな…」
「ちが、ライキル…」
どうしたいいか分からなくなっている彼女が自分の胸の中に飛び込んでくる。それが嬉しく、悔しく、悲しかったけど、ライキルだってどうしていいか分からなかった。
『意地悪な質問だったね、きっと私だったら嘘ついてた。でも、ガルナはそんな子じゃない…』
ライキルが胸の中の彼女の頭を優しく撫でた。
「ねえ、ガルナ、ビナを連れて少し街を回らない?明日になったらここを出て行っちゃうんだからさ」
「うん、ライキル、ごめんなさい…」
「フフッ、何謝ってるの?別に悪いことしてないでしょ?」
『ああ、辛い…でも、なんだか…』
彼女の気持ちが離れていってしまっていることが辛いと同時にそのおかげでライキルに心の余裕が出てきていることが何よりも悲しかった。
何かに惹きつけられている。それは紛れもなく彼になのだが、それがライキルには癪に触っていた。見えない力で自分たちが紡ぎあげてきた絆がほどかれていくそんな気分だった。
『私はあなたが嫌いだ…ハル…これ以上私たちから何も奪わないで……』
抱きしめ合って温まった二人の身体に窓から入った冷たい風が吹きつけた。それを嫌ったライキルが窓を閉めて、出かける準備をした。