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訪問者たち 前編

 その日ライキルとガルナの元に三人の訪問者が現れた。

 ひとりはビナ・アルファだった。真っ赤な髪に、ガルナとは違った印象を与える宝石のように綺麗な赤い瞳。小柄で小さな身体の彼女はこう見えても精鋭騎士で、日々の鍛錬も怠らない優秀な騎士だった。彼女はエウスが雇った護衛であり、神獣討伐をした際にライキル、ガルナ、エウスたちと作戦に参加した戦友であり、仲間であった。

 彼女もライキルたちと同じくレイド王国の騎士で、白虎討伐作戦が終って長い休暇をもらっていた。


 最初の訪問者はそんなビナ・アルファだった。


 久しぶりに早起きして体調もいいライキルはビナを交えて三人で朝食を取った。

 この数か月ビナが寝泊まりしているところはこの城からそう遠くないトロンという図書館であり、この古城アイビーを行ったり、来たりしていた。そのため、最近の彼女は剣術と学術に磨きがかかっているとのことだった。

 そんな互いの近況を報告し合っている時だった。


「そう言えば、お二人は付き合っているんですよね?」


 朝食のパンの上に載っている目玉焼きを思わず皿に落としてしまいそうになった。


「どこでそれを…」


 そこでライキルが、隣にいた半獣人のことを見ると、あからさまにこちらから視線を逸らしていた。


「言ったのね?」


「だって、ビナちゃんは友達だし言っておいた方がいいかなって思って、あとビナちゃん、フルミーナちゃんって女の人と付き合ってるから一緒だって思ったからいいかなって…」


 怒られると思ったガルナの尻尾が垂れて地面に落ちる。


「言っておきますけど私はガルナに言われなくても二人の関係には気づいてましたよ?」


「え、なんで?」


「だってガルナ、私といる時、ライキルのことしか話さないんですもん、そりゃあ、好きなんだなって気づきますよ」


 この一か月どうやらビナとガルナはいい対戦相手がお互いしかおらず、何度も手合わせしていたようで距離が縮まっていた。


「先輩としてガルナには私がいろいろ恋愛の極意を叩きこんであげたんですからね?」


「そうそう、例えば寝る時には必ずおやすみのチューをするとか、朝、相手が目覚めるまで部屋を出て行かないとかな!」


「ええ、最近図書館に入って来た【大恋愛全集】って本にばっちり載ってました」


「私はまだ読めない字が多いからビナに読んでもらったんだ」


「あ、でも、聞いてください、ガルナ、図書館に全然来てくれないんですよ」


「あそこはなんか空気がマズイ、あとかび臭い」


「なんてこと言うんですか!?そんなことありません、図書館トロンは素敵な場所です!」


 二人が楽しそうに会話しているのを見て、ライキルの心も和んでいく。自分の知らないところで二人が仲良くなっているところがなんだか嬉しかった。人見知りが激しい印象のビナがこうして積極的に誰かと関わっているのを見ると成長したんだなと思わず姉貴面してしまった。

 ただ、こうして彼女が少しづつ変わっているのも毎日通っている図書館に居る彼女の恋人のおかげなのかもしれなかった。


 恋で人は変わる。じゃあ、愛なら人は狂ってしまってもおかしくはないのではないか?

 頭の中にくすんだ青髪の青年の笑った姿が現れると、ライキルはテーブルを思いっきり叩いて手元にあった皿を割った。


「お前じゃ…ない……」


 啞然とした二人の視線が注がれることに気づき、ライキルは後悔した。


「ごめんなさい。その、ちょっと、嫌なこと思い出しちゃって…」


「いえ、それより、手から血が出てます!」


 ビナに指摘されると割れたお皿がライキルの手に食い込んでいた。


「医務室に行こう!!」


 朝食は中断させられて、ライキルは二人に連れられて、同じ古城アイビーにある西館の医務室に向かった。


 古城アイビーの西館の医務室は一階にあり、負傷者が休むベットルームとは別の場所にあった。医務室には三つの入り口があり、二つは西館の廊下と繋がっており、三つ目の扉は外へと繋がっており自由に出入りができた。これは医務室の白魔導士が緊急時に飛び出すことが出来るようにと設計された造りをしていた。どうやら古城アイビーはその昔、学生たちの学び舎だったこともあり、医務室の扉の上には保健室と書かれた表札が名残として残っていた。


 医務室の扉を開けると、そこには黒髪で青い瞳の女性が白衣を着て、机の資料を眺めていた。


「あら、どうかしましたか?」


「あのクロル先生ライキルが怪我をしちゃって!」


 手に深々と刺さるほどの皿の破片は見ていて痛々しかったが、数か月前にシフィアム王国に観光しに言った時、大きな事故に巻き込まれて、これよりも酷い傷を負ったと思うとこんなことどうってことはなかった。


「これは大変ね、ちょっと待ってて」


 クロルが有無を言わさずにライキルの手を取ると、大きな刺さった皿の破片を引き抜き、すぐに白魔法を掛けてくれた。

 白魔法の光がライキルの手を包み込むと、皮膚に刺さっていた微細な皿の破片まで残らず綺麗に排出して、さらに深い刺し傷もみるみる塞がっていき、数秒であっという間に完治してしまった。あまりにも繊細でなおかつ強力な力はまるで奇跡であり、これが白魔法が他の魔法と区別され別格に扱われているゆえんでもあった。

 人を死に近づける魔法はいくらでもあるが、人を死から遠ざける魔法は白魔法ぐらいであり、人々からとても重宝されていた。


 現在は白魔導協会が白魔導士の数を管理していた。これは犯罪組織に白魔導士という貴重な人材が流れないように、白魔法を使える者が協会に登録され管理されていた。

 そのため、許可なしでの白魔法の使用はどの国でも犯罪であり厳しい処罰があったが、協会に入会すればその罰を避けることはできた。しかし、それらの罰は本当にまれな例であり、白魔法にも扱える傷の大きさでランクがあり、擦り傷程度しか治せない威力の白魔法は見過ごされることが多かった。

 そもそも、白魔法自体扱える者がごくわずかしかおらず、優秀な魔導士のほとんどが金払いの良い大国にしかおらず、白魔導士の数の格差が生まれることはしばしばあった。


 白魔導協会側は白魔法を扱える者を管理することが目的と公表しているが、実際は上層部の利権が絡んでいることは確実だった。

 人の命を簡単に救えることは、何よりも金に変わるからなのだろう…。

 そんな暗い噂もあったが、白魔導協会から送られた白魔導士たちは厳しい試験を乗り越えた者たちばかりであるため、この大陸全土で素晴らしい活躍を治め、その地位を盤石のものにしていた。


 そして、そんな白魔導協会には、医療協会という姉妹組織が存在した。こちらは白魔法が使えない人たちが白魔法なしで怪我や病気などに対応する組織であった。

 基本的には慢性的な病気に効果が薄い白魔法に変わって、他の方法を模索する活動が主な医療協会の役目であり、白魔法に頼らない病気の改善に取り組んでいた。

 要するに怪我をしれば白魔導士に、病気になれば医者にかかるのが一般的だった。


 ライキルたちのいるここ古城アイビーは軍事施設であるため、騎士同士たちの訓練があり、生傷が絶えなかった。そのため、白魔導士が最低でも必ずひとりは施設にいることが軍事施設の条件ともいえた。


「はい、もう大丈夫よ」


 クロルが握っていたライキルの手を開くと、そこには傷一つない綺麗な自分の手があった。


「ありがとうございます」


「それにしてもどうしたの?お皿が刺さるなんて喧嘩でもしたの?」


 心配そうなクロルがライキルの顔を覗きこむ。彼女の青い瞳に映ったライキルが緊張した。その青い瞳を見つめて居たくなく、視線を逸らしてしまった。


「いえ、そのお皿を落してしまって、拾おうとしたら、そのままブスリと…」


「そっか、それはすごく痛かったでしょ?」


「まあ、はい…」


 本当は怒りに身を任せて皿を叩き割ったのだが、そんなこと、治してくれた彼女に直接言うことはできなかった。

 後ろでガルナとビナが首をかしげているがここは無視しておくことにした。


「それと、これからは痛かった時のことあんまり思い出しちゃダメよ?思い出して気分が悪くなる人もいるからね」


 彼女の言う通り、シフィアム王国の時の大けがを思い出すと今でも気分が悪くなり倒れそうになることがあった。その時のケガをした時の記憶があいまいで上手く覚えていないのだが、確かに思い出しているとき気分は良くない。


「分かりました。気を付けます」


「うん、それにせっかく綺麗な手をしてるんだから、傷なんて残ったら大変だからね?」


「はい…」


 白魔法でも傷が残るときがあった。それは魔導士の技量に依存していた。そのため、白魔法を掛けても一生残る傷ができる時があった。そして、白魔法は一度治せばその治療の跡がその人の身体に刻まれ残るという特性を持っていた。そのため、いくら新しい傷をつくって強力な白魔法で治しても、古傷が残ってしまうという、命が助かるメリットに比べたらほんの些細なデメリットがあったが、こんなものデメリットでもなんでもなかったが、人によっては傷がその人の人生を左右する時もあるのだから、それは人によって考え方は様々だった。


「もしかしたら白魔法の副作用で眠くなるかもしれないから、今日一日は無理しないでくださいね?」


「ありがとうございました」


「それと怪我をしたらすぐにここに来てください、いつでも対応してあげますから」


 それから、ライキル、ガルナ、ビナは、白魔導士のクロルに礼を言って、医務室を後にした。



 食堂に戻る途中、ビナになんで皿を割ったのか聞かれた。


「えっと、嫌なこと思い出して…」


「さっきもそう言ってましたけど、その嫌なことってなんですか?私にも何か手伝えることありますか?」


 ビナが心配そうに、完治したライキルの手を覗いていた。


「ありがとう。でも、そのどう説明したらいいか分からなくて、だけどビナにもいずれ打ち明けると思えるから、もうちょっと時間をちょうだい…」


「ええ、もちろんです。ただ、話したくなかったら、全然話さなくていいですからね?」


「うん、でも、ビナにも聞いて欲しいことだから…」


 そこでライキルが、隣にいたガルナを見つめると、彼女は何も言わずに手を繋いでくれた。

 ハルという他の男のことで悩んでいるこんな最低な恋人にも彼女は無言で寄り添ってくれる。こんなパートナー他にはいなかった。白虎討伐の時は霧の森で何度もピンチを救われた。シフィアム王国の時は彼女がいたおかげで命が助かった。ライキルにとって切っても切り離せない恩人で愛しい人なのに、それと同じくらいいやそれ以上にハルという男のことが気になって仕方がなかった。

 彼女への好意を持って清算しようとするが無駄だった。日を追うごとに彼への興味と関心が大きく膨らんでいた。

 そんな彼へと惹かれる自分が、ガルナに対して酷い裏切りをしていると罪悪感を感じ、愛の証明という口実で溜まった罪悪感と劣情を毎夜ベットの上で消化させていた。

 それがここ最近何日も続いていた。

 そんな心の乖離や代償行為が日に日にライキルを歪ませ、病ませていった。正常に見えるが今もハルという男を忘れるために彼女の身体を貪ることで頭がいっぱいだった。

 とにかく、ハルという男の存在を頭の中から追い出して全て忘れてしまいたかった。

 愛する人を心の底から、誠実に愛せるように、歪みが無い状態で愛せるようになりたかった。


 ライキルが、ガルナの手を握り返すと、そのまま、食堂に三人で向かった。

 朝食を取り終えると、ライキルたちの元にひとりのメイドがやって来た。


「ライキル様、ガルナ様、ビナ様、三人にお客様がお二人お見えになっています。二階の客間応接室にお越しいただいてもよろしいでしょうか?」


 三人は顔を見合わせて、二階の応接室に足を運んだ。



 応接室に入るとそこにはデイラスとこぎれいな四十代くらいの男が向かい合ってソファーに腰を下ろして対話をしていた。

 相手の男は話しの途中に紅茶を啜っていた。そしてこちらに気が付くとすぐに紅茶を置いて立ち上がった。


「ああ、これは、これは皆さんどうも」


 その男は小太りであったが服装もしっかりしており、小奇麗で清潔感があった。


 三人が恐る恐る部屋の中に入ると、何故か妙にニコニコしているデイラスが三人に声を掛けた。


「よく来てくれた。さあ、みんな、彼に挨拶してくれ、彼は…」


 しかし、デイラスが喋ろうとしたところで、その男が彼の口を止めるように手を挙げた。


「先に私の自己紹介をさせてください。レディたちに先に名乗らせるのは私のマナーに反しますから」


「おお、そうでしたか、これはすみません」


 デイラスが黙ると、その男が深々とお辞儀をしてみんなに挨拶をした。


「初めまして、私はレイド王国の【金花】で銀行家をしています。モデス・リッチーと申します。以後お見知りおきを!今日は皆さんに大事なお話をしにまいりました。お金の話しです」


 モデス・リッチーがニッコリと笑う中、三人はきょとんとして、ただ、ただその場に固まっていた。

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