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始まりの神威

 目を覚ますとそこは一面白い布地に囲まれた空間が広がっていた。身体は寝具に横たわって、白い布地を微かに透かす外の光から朝だということが分かった。

 大きなテントの中にルナはいた。


『朝か…なんだか、気分が悪い。変な夢でも見たかな…あれ、待って私何してたんだっけ?ってあれ…』


 ルナが見る世界の半分が真っ暗で何も見えなくなっていた。


「左目が見えない…」


 そこでさらに自身の身体の違和感に気づく。


「左手もおかしい?」


 左手の手首から上が全く感覚が無く、麻痺したみたいにグニャグニャしていた。

 色々な変化に理解が追い付かないルナは一度頭の中を整理することにした。


「えっと、私、確かハルに逢うために聖樹の頂上を目指して、それから…」


 金髪のエルフの存在が頭に浮かんだ。

 それと同時に聖樹が入れば死ぬような殺気が満ちた空間に、守られていたことを思い出した。その空間は聖樹を中心に広がっており、強弱はあるが数キロメートル先からでも動物たちを永遠の眠りに誘い、強靭な精神を持ったルナですら、聖樹に近づくだけで死ぬ一歩手前まで行き、頂上を目指せば、死ぬことは確実だった。

 その証拠にその空間に入った左目と左手が死んでしまったかのように機能を停止していた。身体が丸ごと入っていれば、間違いなく生命活動が停止させられていた。


「礼を言わなくちゃ、あのエルフには…」


 死の空間に入る寸前で助けてくれたエルフがいた。その姿はエルフにしては背は人族サイズで、綺麗な金髪に翡翠色の綺麗な瞳であった。そこまでは覚えていた。ただ、彼が聖樹の上から現れたのは以外だった。もし、また彼に会えたら聖樹の頂上への行き方を教えてもらえるかもしれなかった。

 死んでハルに会うより、やはり、ルナもできることなら生きて彼に会いたかった。

 方法が死ぬしかないならそれでもかまわなかったが、あの空間で生きている人間に会ったのだから、自分にだってできるはずと思考が止まない。


「次の目標が決まった。あのエルフを探す…」


 そのエルフを捕まえて何としてでもなぜあの空間で生きていられたのか知りたかった。それさえ習得できれば頂上にいるハルに会えるのだ。


「それより、ここはどこなのかしら…」


 どうして自分がテントの寝具で眠っているかが不思議だった。その答えを見つけるため、ルナは寝具から身体を起こして、テントの外に出た。


 ***


 秋の森に降り注ぐ朝の日差しを浴びる。新鮮な空気に胸の中に溜まっていた濁った空気を吐き出す。片手で右目に日陰をつくり光に順応するのを待った。ぼやけた視界が段々と鮮明になっていき、やがて人々の声が聞こえて来た。


 ルナの寝ていたテントの前には、小さな広場があり、火の消えた焚火の跡が白い煙をたたせていた。その消えた焚火を囲うように見覚えのある顔ぶれがひとりのエルフの言葉に注意深く耳を傾けていた。


「ルナさん!?」


 話しを聞いていた者たちの中からひとりの青年がルナの元に駆け付けて来た。彼の名前はベリルソン。この森を調査しに来た騎士などとのたまわっていたが、実際のところは騎士かどうかも疑わしかった。


「おはようございます、良かった、目覚めたんですね」


 子犬のようにすり寄って来る彼に、こんな気持ちのいい朝に浮かべるべきではない不機嫌な表情で返した。


「ギゼラはどこ?」


 向こうの焚火を囲っている広場にも金髪ウェーブが掛かった髪型の女の子を見つけることが出来ない。

 こうして自分の命が助かっているのはこの中の誰かのおかげなのだろうが感謝よりも先に唯一の友人であるギゼラの心配をした。

 彼には彼女のことを任せていたのだ。聞く権利はあった。彼がその約束を守るかどうかは枯れ次第だったが。


「ギゼラさんなら、別のテントで療養中です」


「見せて」


「分かりました、こっちです」


 ベリルソンがニコニコしながら別のテントに案内する際、広場の人たちと目が合う、彼の仲間たちからの冷たい視線が注がれたが、気にも留めないルナはベリルソンに案内されてギゼラの居るテントに向かった。その際、ひとり増えている様にも感じたがギゼラのことを確認するのが先だった。


「ギゼラさんのテントはここです」


 連れて来られたのはルナのバックに入っていたテントだった。ベリルソンたちのテントに比べたら貧相で簡素だったが、二人が寝るスペースなら十分に確保されていた。


「テントの数が足りなかったんで、ルナさんのリュックから組み立てさせてもらったんです。その勝手にすみません」


「別に構わないわ」


 テントの中に入ると、厚い毛布を掛けて小さな寝息を立てているギゼラの姿があった。見たところ外傷も無く、倒れた時と変わらない姿をしていた。


「私はどれくらい眠ってた?」


「俺たちが聖樹に出発したのは昨日です」


 たいして時間が経っていないことに安堵したが、ギゼラが目を覚ましていないことが気がかりだった。


「…私だけ目覚めたんだ」


「ギゼラさんはまだ一度も目を覚まして無いです…」


 スヤスヤと眠るギゼラのおでこに手を当ててかかっている前髪を避け顔を眺める。


『私なんかについて来てもいいことなんてないのに…バカね……』


 ルナが立ち上がり、テントの外に居たベリルソンの横を通り過ぎる。そこで彼に感謝を告げた。約束を守ってくれたことへの感謝を。


「ありがとう、ギゼラを助けてくれて、感謝する」


「俺は、当然のことをしたまでです。それにルナさんとの約束を俺が破るはずありません…」


「なんでそんなに私に良くしようとしてくれるの?」


 彼の優しく微笑んでいた表情に影が差し始めた。


「えっと、それは…」


「何か理由があるんでしょ?」


 異常に感じるほど彼はルナに対して甘かった。連れの仲間たちとも意見を違えるほど、ルナの味方をしてくれていた。それをおかしい何かあると疑うのは当たり前だ。何か自分と深く関わる理由があるはずだった。


「ええ、理由はありますが、ただ、その、今はまだ言えません…」


 今にも壊れてしまいそうな心から溢れた感情が彼の表情を暗くする。

 彼が何か策を練り、こちらの懐に入って騙そうと、演技しているようにも見えなかった。それに嘘をつくことも可能であるのに、こうして正直に何かを隠していることを明かすということは単純に彼が本当に言うのに困っていることを示している気がした。

 裏社会で生きていれば騙し討ちなどいくらでもあるから用心しなければいけなかった。しかし、彼からそのような裏社会の人間特有の雰囲気や匂いはしなかった。


「…そう、まあ、別にいいわ、他人の私なんかに言いたくないこともあるでしょうね」


「俺は…」


「無理に言わなくていい」


 こんな仲間でもなんでもない、他人同然の彼に気づかいをする自分にルナも驚いていた。


『私も変わったのかもしれない…』


 色鮮やかな世界に、当たり前にいる決して特別なんかじゃない人たち、世界にはたくさんの素敵な人たちがいる。その色を取り戻すきっかけを与え続けてくれていたのはギゼラであり、再び自分を色鮮やかな世界に引き戻してくれたのは、紛れもなくハルだった。


「俺はまた救えなかった…」


「救えなかった?それってどういうこと?」


「ええ、ルナさんを運んで来たのは彼です」


 ベリルソンに示された場所に目を向けると、ルナの視線の先には、広場でベリルソンの仲間たちと話しているひとりのエルフがいた。


「あの人…」


 ルナが焚火のある広場に足を進めると、そのエルフはベリルソンの仲間たちの前で何やら熱心に語っている最中だった。


「まず、君たちに足りないものは経験といったところかな?でも心配しないで、ここはいい訓練所だから質の高い経験が詰めるよ、きっと、だってあそこの聖樹の近くには…」


 金髪に翡翠の瞳を輝かせ、尖った耳とエルフであるにも関わらず人族とたいして変わらない低身長。そして、左耳の根元から順番に赤、青、黄色と形の異なったピアスをつけていた。着ている服もみんなとはどこか生地から違い高級そうであり、森に入るような機能服装ではなく、見た目重視の祝賀会などのパーティーで着るような服装だった。

 彼の顔は中性的で男性とも女性とも取ることが出来る中間的な見た目をしていた。今は男性だと分かるがこれで化粧をして女性物の服を着れば間違いなく性別を違えてしまうだろう。おまけに艶があり透き通った声でもあったため、男か女の声か判断に迷った。

 今の決め手としては、男性物の服を着て髪型も後ろで束ねているから見た目的には男性よりだったが、本当のところは聞いてみるまでどちらの性別かは謎のままだった。


 そんなエルフの前に現れると、ルナに気づいた彼が笑顔で挨拶をしてくれた。


「やあ、お嬢さん、おはよう、よく眠れたかい?」


「ええ、よく眠れました。あの、それで彼から聞いたんですが、私を助けてくれたのはあなたなんですよね?」


「そうだよ、君をここまで運んだのは僕さ」


 聖樹で気を失う前の最後の瞬間にエルフの彼の顔を見て覚えていた。一瞬の出来事だったが、記憶に深く刻まれていた。なぜならルナが超えられなかった場所から現れたからだ。

 まさかこうしてすぐに会えるとはルナも思っていなかったから少しびっくりしていた。


「助けていただき、ありがとうございました。この恩は…」


「ああ、礼なんていいから、いいから、君が僕にお礼とか意味ないから、さあ、君もそこに座って、座って、僕の話しを聞いてって、今は授業の最中なんだ」


「え、ああ、あのちょっと」


 ルナがエルフに勧められて、焚火を囲ったグループの中に入れられた。当然そこに居る人たちはベリルソンの仲間たちであるため、グループに入ってもいい顔はされなかった。

 特に大きな髪飾りをしているビキレハという女はルナが入って来るとあからさまに嫌そうな顔をした。残りの二人のジェット、フェルナーズもルナを煙たがり、ドトルエスだけがどこかやるせなそうな顔をしていた。

 そうこうしているうちにルナが座った隣には当たり前のようにベリルソンが座り彼の話を聞く姿勢をとっていた。

 ルナもいろいろ諦めて、まだ名前も聞いてないエルフの授業とやらを受けることになった。


「ということであの聖樹の近くには不思議な力が満ちているんです。その不思議な力を皆さんも実際に感じましたよね?はい、ドトルエスくん、あの聖樹に近づこうとした時に感じた感覚はどんなものでしたか?」


 急に当てられたドトルエスが慌てながらも当時の様子を語った。


「え!?ああ、そのなんかやばそうだったなって、殺気っていうのか?とにかく、近寄りたくないって俺の全身の筋肉がそう言ってたんだ。だからあの聖樹に近づけば近づくほど、身体が重くなって、動けなくなりそうになったからみんなで撤退したんだ」


「要するに本人も知らないところで本能的に身体があの場所を拒絶したってことになるね」


「まあ、そんな感じだ」


 エルフが次に指名したのはビキレハだった。


「じゃあ、次はビキレハちゃん」


「馴れ馴れしい、お前がちゃん呼びすんな!」


「じゃあ、ビキビキで」


「おい、殺すぞ!」


 ビキレハが彼を睨むがそのエルフは怯えることなく、ひとつため息をついて訂正した。


「はいはい、ビキレハはどうだったの?君もあの聖樹にいったんでしょ?」


 ビキレハも怒り疲れたのか彼の質問に素直に答える。


「はぁ、私もドトルと同じようなもんだよ、やばいもん感じたから逃げて来たんだ」


「じゃあ、怖かったってことなんだね?」


 ニコニコしたエルフの顔がビキレハの神経を逆なでる。


「あぁ、そうだが、お前の言い方なんか腹立つな」


「いやいや、君の反応は正常なものさ。怖いという感情は人間が生き延びるために必須の感情。むしろあの場にいて平気ですって方が、異常だからね?」


 ルナは口には出さなかったが、じゃあなんで彼はあの死の空間の内側から現れたのだろうと思ったが、そこでエルフとルナの目があった。


「お嬢さん、何か言いたそうだね?」


「あなたは聖樹に近づいても平気だったから、疑問に思っただけ」


 ルナのその意見で、みんなの視線がエルフの彼に注目した。ここにいる全員が聖樹から発せられた殺気のようなものに耐性がなかったから、そんな場所で平気な彼を警戒しだした。


「確かに聖樹に近づいたルナさんを助けたあなたはそもそも何者なんですか?」


 ベリルソンが根本的な質問を彼に投げかけた。それはルナが今最も知りたかったことでもあった。


「僕かい?僕はただのエルフのレキだよ。みんなと同じ可能性の申し子さ」


「あ、なんだ、その可能性の申し子って?」


 ドトルエスが頭をかしげるとフェルナーズが横から口をだした。


「単純に未来ある私たち人のことを大げさに言ってるだけよ」


「そういうこと、さすがはフェルナーズさん、冷静なツッコミだ」


 満足そうな笑みをレキと名乗った青年は浮かべる。


「昨日、あったばっかりのあなたとそこまで親しくなった覚えはないわ」


「まあまあ、いいじゃないか、仲良く行こうよ」


 どうやらあまり受け入れられていない様子の彼だったが、ルナはどこか親近感を覚えていた。


「レキさんは、どうしてあの場にいても平気だったの?」


 ルナが話しを戻すために単純な質問を投げかけた。


「フフッ、これからそのことをルナちゃんにもちゃんと教えてあげるから安心して…」


「あれ、なんで私の名前……」


 その時だった。

 いつの間にかルナの傍にいたレキが耳元で囁いた。


「君はハルに会える」


「え?」


 気が付けばレキはみんなの前におり、自然と話の続きをしていた。

 まるで時間を止められたかのような一瞬の出来事にルナは混乱したが、確かに今ルナと彼の間に会話があったが、誰もそれを気にも留めていない様子だった。


 ルナがレキを見ると小さくウィンクをしていた。


「それでは本題に入るとしようか、君たちが手を焼いている聖樹に満ちている不思議な力についてだ。その力のせいでみんなは聖樹に近づくこともままならないんだよね?」


 完全にレキ先生の生徒となった何人かが首を縦に振っていた。


「結局、その力ってなんなんですか?」


 ベリルソンが質問する。


「その力っていうのは言い換えると存在力と呼べるかな」


「存在力?」


「そう、この世を形作っている大元の力とも言える。だけど、この力にはたくさんの名前があって、僕たちみたいな古い人間はその力をまとめてこう呼んだんだ【神威(カムイ)】ってね」


「カムイ…」


「そう、君たちがもしあの聖樹の頂上を目指すのだとしたら、この神威というものを自分のものにしなくちゃいけないよ。それは理由を言わなくても分かるよね?みんなは実際にその身で体験してきたはずだから」


 全員に身に覚えがあった。近づけば近づくほど恐怖で動かない体や死の空間の存在。ルナに関しては実際に身体に重大な支障をきたしていた。


「これから僕のもとでみっちりその神威とやらの修行でもするかい?それとも一生ここで聖樹を眺めているかい?さあ、どちらにする?これはまたとないチャンスだよ?」


「あなたが私たちにその神威を教えるメリットはなんなの?」


 ルナがそこで軽く手を上げて言った。


「ああ、そうか、こういう時は損得勘定が大事なんだよね…わかった。実は僕はこうした高度な技術を教えて食い扶持を稼いでいる教師なんだ。だから、教えるためにはお金が必要なんだ」


「何その取ってつけたような理由は」


「まあいいじゃないか、ところでルナちゃんはお金は持ってるの?」


「金はほとんど冒険の装備につぎ込んだからない…」


 ルナのでっかいリュックの中身は全て王都エアロで調達したものであり、所持金はほとんどすっからかんだった。


「じゃあ、ここを出て行ってもらうしかないかな…」


「え?いや、私は出て行かないわ、ハルに会うまではここを離れないもの」


「ふーん、じゃあ、これはどうかな?」


 レキがルナに向かって手を伸ばした瞬間、聖樹の時と同じ衝撃がルナに駆け巡った。恐怖が身体を支配し動けなくなっていく。体中がレキの伸ばした手に怯え拒絶反応を示していた。本気で彼に殺されると思った。だから、ルナもそこで天性魔法を使用し対抗しようとした時だった。


「ストップ、ルナちゃん、別に争う気はないんだ。ただ、神威を使う訓練はこのように人を巻き込む危険性があるから、僕の訓練に参加しない人はこの森を出て行って欲しいんだ。みんなもわかったかな?この訓練は軽いものじゃないってこと」


 レキが周りに促すと、誰もが彼の力を認めていた。この場にいた誰もがルナという怪物に敵わなかったのに対して、彼は手をかざしただけでルナを屈服させたのだから当然だった。


「命の危険もある、無理強いはしない、それとお金は後払いでもいいけどなるべく先払いがいい、なんせもう会えなくなったらお金をもらえないからね」


 みんなが彼の提案に乗ろうかどうかしている時、ルナが先陣を切った。


「だったら私はこの双剣の片割れを担保に出すからそれで私にその神威ってやつを教えて欲しい」


 ルナが腰に忍ばせていた黒い剣をレキに差し出した。


「いいの?これ大切なものなんじゃないの?それに高そうだ…」


「構わない、今は邪魔なだけだから、こっちの片割れがあれば今は充分」


 ルナが腰の赤い双剣の片割れをレキに見せた。


「そっか、わかったじゃあ、これでルナちゃんとギゼラちゃんの分までとしてあげよう」


「ギゼラは別にいいわ、あの子にはこれ以上危険な目に遭って欲しくないから」


 余計な気遣いだったが、レキはニコニコしながら反論して来た。


「フフッ、ルナちゃん、守ってあげるだけが優しさじゃないぜ?一緒に強くなった方が何かと後々幸せになれるよ?」


 その彼の意見にも一理あった。少し悩んだすえルナが答える。


「…まあ、じゃあ、それでお願い……」


「はい、毎度あり!」


 ルナは渋々レキのその意見を受け入れた。

 彼女がひとりになったときどんな相手でも、自分で自分の身を守れるくらいにはなってもらっていた方がルナとしても安心だった。彼女の将来性を考えてのことであった。ずっと一緒に居られるとも限らないのだから。


「だったらギゼラが目覚めるまで待ってあげて」


「大丈夫、彼女はすぐに目覚めるよ。軽い神威に当てられただけだからね。もうちょっと日が昇れば起きて来るはずだよ」


「そう…」


 彼の言葉にはどこか信頼に値するものがあった。それは彼が神威という謎の力を習得しているからなのだろうか?

 自分よりも優れている人の言葉に人は弱い。それが聞く側の希望に沿っていたのなら尚更なのかもしれない。

 神威というものの恐ろしさはもう十分堪能していた。だから、あとは自分たちもその神威を習得し身を護る術を学ぶだけだった。彼にもできるのなら自分にできないはずがない。ルナはそう強く思った。


 そして、全てはハルのいる聖樹の頂上にまでいくためでもあった。


 左目に左手、愛剣と、色々失ってしまったものもあったが、ルナは今の状況に感謝すらしていた。

 ハルに会いに行くための条件が自然とそろったのだからこれほど嬉しいことはなかった。狂人ルナの頭にはほとんど彼のことしかない。そう、数か月前までルナの世界は彼でしか構成されていたのだから仕方がないことで、消えてしまった左の視界にも常に彼を感じているような気がして、むしろルナの狂気じみた彼への愛の深さを増していた。彼への熱狂はルナの中で冷めることを知らなかった。


『ハル、待ってて、私が必ず迎えにいくからね……』




 その後ベリルソンたちも金を出すと言って全員がレキに前金を払ってその神威というものを習得することに決めていた。


「ちなみにこの神威っていうものは魔法と違って、誰でも習得できるものだから安心してね!」


 そう言ったレキがニコニコみんなに笑いかけていた。

 ベリルソンの仲間たちはいまだに彼に嫌悪感を持っていたが、ルナだけは違い彼に好感を抱いていた。

 新しい技術を授けてくれる人が現れたのだ。敬って当然だった。それもハルに近づくための技術だ。信頼しないはずがなかった。


「じゃあ、さっそく始めようか!」


 この日から、ルナたちと、ベリルソンたちと、レキの神威を習得する修行が始まった。

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