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月の過去

 幼い頃、父親に言われた言葉が、いまだに耳に残っていた。


『お前がホーテン家を継ぐのだ。どの兄も姉も失敗作で話にならん。お前だけが唯一ホーテン家の顔として生きるのだ。そのために私がお前に全てを教えてやる』


 その日以来、ルナはホーテン家での拷問に近い訓練の日々が始まった。

 同い年の子供たちと遊んでいたルナの生活は、人を殺すことを中心に回るようになった。


 家の地下に行けば父親が捉えた罪人の拷問をしているところにルナを連れて来てどうやったら人が傷つくか教わった。

 そして、その父親はルナにまでその拷問を実行し、受けた側がどんな痛みか教え、ルナにその痛みに耐性をつけようとした。結果、痛みに対しての耐性は着いたが、長年にわたるその拷問の訓練はルナの心をすっかりと廃人一歩手前までに堕とし込んでしまった。

 それでもルナには希望があったため、ぎりぎりで理性を保つことが出来た。


 ここまでならまだ良かった。ここまでならルナが父親を殺すという結末に至ることも無かった。


 ルナの心を修復不能にまで破壊してしまったのは、唯一の希望が破壊されてしまった時だった。

 それはルナが十五歳で、成人する前の歳に起こった事件だった。


 ルナには小さい頃からの幼馴染に【サンビズ】という女の子がいた。彼女は普通の下級貴族の令嬢で、地位は低かったが、ルナがまだホーテン家の訓練を受ける前に知り合った昔ながらの旧友だった。

 彼女には自分の正体をずっと隠していた。彼女と話しているときのルナは普通の女の子になることが出来た唯一の相手だった。


『ルナってさ、学校に通ってないけど、いつもどこで何してるの?』


 久々に会っても変わらない彼女にルナは心の底から安堵する。


『別に、家で習い事や勉強してるだけ、まあ最近は各国に飛び回ってその国の文化に触れたり、うちの家系はその結構独特なの…』


『そっか、ルナの家って豪邸で金持ちだもんね。私みたいに弱小貴族ってわけじゃないから、なんかいいな、私そういうの憧れちゃうんだよね…』


『サンビズだって、学校に通えるほど裕福だ』


『まあ、そうなんだけど、結構大変よ?学校内でも貴族同士の派閥争いとかあって、正直勉強どころじゃないし』


『そう、でも、ずっと閉じ込められてるのも気が狂いそうになるからあんましいいものじゃないわ』


『確かにひとりは辛いものがあるかもね…』


 そこでサンビズが何かを閃いたと言った顔でルナに顔を寄せた。


『そっか!じゃあ、ルナは私とこうしてたまにだけどお話ができて嬉しいのかな?』


 にやりとサンビズがルナの顔を覗きこむ。


『そう、歳の近いあなたと話せていると、私も人間なんだなって思えて安心する』


 ルナは近いサンビズの顔を両手で優しく押しのける。


『アハハハハ、何それ、フフッ、やっぱり、ルナってちょっと変わってて私は好きだな、一緒に学校に通ってみんなにルナの癖のある話を聞かせてあげたいくらいだわ』


『別に私は普通よ』


『普通じゃないね、だって、今どきの女の子だったらずっと士官学校の男たちの話ししてるんだもん』


『あそこの男たちはみんな軟弱で話にならない』


『ほら、そういうところ。私のクラスの女の子たちだったら、何々君がカッコイイとか、許嫁が士官学校に通ってるエリートだとか、そういう話ばっかりなのよ、もう、いい加減聞き飽きたっつうの』


『サンビズはそう言った恋の話が嫌いなの?』


『いや、まあ、なんていうか、私だってそういう男の子と素敵な恋愛がしたいよ、私を守ってくれる王子様みたいな人とお付き合いしたいし』


 彼女が照れくさそうに笑う。


『なんだ、じゃあ、ただの嫉妬か』


『ちが、失礼だな、ルナは無いの?そういうの?』


『無い、男はたいてい獣と変わらない狩るべきものだから』


『何それ、やっぱり、ルナも男の子に興味があるじゃん!』


『そうね…』


『そっか、ルナはどんな人と一緒になるんだろね…』


『さあね』


 二人は街中の穏やかな昼下がり木の木陰から行き交う人たちを眺めていた。


『でも、わたしさ、恋愛よりも今もっと夢中になってることがあるんだ』


 そこでサンビズが少し真剣な顔でルナを見つめて話しを切り出した。


『へえ、興味あるわ』


『私、魔法を極めたいなと思って』


『魔法ね、例えばどんな魔法?』


『私は魔法で人の役に立てるようになりたいの。だから、私、白魔導協会に通って白魔法が使えるように魔法の勉強してたんだ』


『白魔法って誰もが使えるわけじゃないでしょ…』


『これ見てよ』


 サンビズが胸にしまっていた首飾りを取り出した。


『それって』


『そう、白魔導士だけがつけれる首飾り、私には素質があったみたいで、無事に白魔導士見習いとして合格できたのです!どう、凄いでしょ!!』


『すごい、私の知らない間に、サンビズがそんなことになってたなんて驚いた…』


『でしょ、成人したら私も晴れて白魔導士なんですよ?やばいよね!』


『そっか、じゃあ、ケガした時はサンビズに治してもらうわ』


『任せて、どんな傷でも治してあげるわ!』


 彼女の笑顔を見たのがこれで最後だった。



 それから数日経った時、ルナは父親に家の地下の拷問部屋に呼び出された。

 すぐに地下に降りると、そこには袋を被せられた数人の人間たちがいた。


『お前にはこれからこいつらをばらしてもらう』


『この人たちは何をしたの?』


『いいから早くばらせ、こいつらはレイドの罪人だ。ちょうどここにお前のために新調した剣がある、こいつらで試してみろ』


『処刑でいいのね』


『ああ、何でもいい早くしろ』


 ルナは言われた通り、父親に従って、罪人たちの首を刎ねていった。

 袋を被ったままの頭が落ち、処刑は完了した。

 処刑の際、ルナは罪人たちに痛みを与えることはなかった。ルナの剣術はそれほど卓越したものに昇華していた。


 ルナが新調された剣の血を拭き取っている時だった。


『これでいい、お前はこの娘に入りびたり過ぎたんだ…』


 父親の小さな呟きに、ルナの耳が反応した。


『なに?』


『剣の血を拭き取ったら先に上に戻っていろ、その剣はお前のものだ大切に扱えよ』


『違う、その前のこの娘とはなんだ?』


『ルナ、いいから早く上に戻れ、これ以上ここにいるとお前を拷問にかける。いいのか?』


 ルナは構わず、違和感のあったひとつの死体に手をだした。その罪人の死体は大きなスカートを履いており、あからさまに目立っていたからだ。


 スカートを翻すとそこには木の板を重ねたものが敷かれており、その死体の座高が調整されていた。


『なんでこんなことをしたの?まさか私に子供を殺させたの…』


『ルナ、上に戻れこれは命令だ』


 父親が剣を抜き、ルナに向けた。


『待って、これ白魔導士がつけてるネックレスだ…』


『命令違反だ』


 父親がルナに剣を振り下ろすが、ルナの姿は振り下ろした先にはいなかった。

 ルナは父親の背後でうずくまっていた。

 ひとつの袋をかぶされた頭部をかかえていた。

 その袋を取り外し、少女の顔を確認した。

 安らかに目を閉じて眠っている親友の顔がそこにはあった。


 ルナの心はその日、終わってしまった。


『私が殺したの…』


『ルナ、お前はホーテン家の人間だ。外に情報を漏らしてはいけない。それにお前の存在はホーテン家にとっても、このレイド王国にとっても貴重だ。お前を知っている者は限られたものでしかならない』


『なんで私に殺させたの…』


『いいか、ルナ、お前がホーテン家を将来受け継ぐにあたってだな、お前は孤高の存在でなければならないんだ。そんなお前に友人や恋人など不要だ。血を残すため将来優秀な夫なら私が決める。これはホーテン家の代々受け継がれてきた決定事項なんだ。おい、聞いているのか!?』


『サンビズは多くの人を助けるはずだった。こんなところで私なんかに殺されるはずじゃなかった…』


 震える声でルナの綺麗な赤い瞳から血の涙が流れた。体内マナが勝手に高速で体中を限界を超えて回っていた。


『おい、ルナ!!貴様まさかこの私に逆らっ…』


 父親の上半身から上が吹き飛んだ。拷問室に父親の肉片が飛び散る。血の雨が降った。


 親友をこの手にかけてしまったこと、取り返しのつかないことをしてしまったことで、ルナの心はこの日完全に粉々に壊れてしまった。


『ホーテン家を終わらせなきゃ…』


 ルナはサンビズの頭部を持ち、彼女の身体を引きずって、上の階に上がった。


 地下の拷問室を出たルナは、ホーテン家の屋敷のロビーの真ん中で、サンビズの頭と胴体をくっつけて白魔法を掛けた。


『今、治してあげるからね…』


 サンビズの身体が白い光に包まれるが切り離された胴体と頭が戻ることはなかった。


『なんで治らないの…ねえ、知ってた?私も白魔法が使えるんだよ、小さい頃にあなたと同じ才能があって、私が選ばれたんだ…それから私たくさん人を殺さなくちゃいけなくなってさ…サンビズ…知ってた?白魔法って人を殺す戦士を創る残酷な道具なんだよ…』


 ルナが兄弟の中で一番白魔法に優れていたからホーテン家の次期当主として選ばれてしまった。だが、もはやそんなことどうでも良かった。

 ルナにとって次期当主だとか、家族だとか、国だとかどうでも良かった。

 唯一の心の支えが無くなったのだ。


『ルナここで何してるんだ?』


 一番上の兄が話しかけて来た。


『父上を知らないか?さっきここに連れて来た罪人たちの報酬をもらいにき…』


 ルナは両手で長男の胴体に風穴を開け、そのまま内側から引き裂いてバラバラに解体した。

 突き刺した衝撃で折れた指を白魔法が簡単に治した。


 それからルナは再びサンビズに白魔法を掛ける作業に戻った。


 そこにロビーに集まってきた大勢のホーテン家の兄姉たちが、長男の死体と真っ赤に染まったルナが死体に白魔法を掛け続けている姿を目撃した。


 家族内での殺しはホーテン家でも禁忌中の禁忌だった。


『ルナ、お前なにし…』


『ルナ!?ま…』


『あ…』


 一秒に満たない時間の間に、現れた兄姉たちの肉塊がロビーに散らばった。異変に駆け付けたルナの兄姉たちが次々と真っ赤な肉塊になり果てていった。

 ルナも素手で切り裂いては治し切り裂いては治しを繰り返し、完全に狂ってしまっていた。


『サンビズ、お願いだから目を覚まして…』


 それから日が暮れるまで、ルナはサンビズに白魔法を掛けては、ロビーを見て襲いかかって来る身内や屋敷で雇っていた護衛やメイドを殺し続けた。

 そこはもはや人間を処理する屠殺場となり、ルナが目撃者を片っ端から殺戮する機械となっていた。


 しかし、やがてルナもサンビズが目を覚まさないことが分かって来ると白魔法を掛ける手を止めた。


『私を置いて行かないで…もっと、いっぱい私にあなたの話しを聞かせてよ…未来のこれから先の話しを……』


 ルナはそこで初めてサンビズが死んでしまった事実を認識した。

 するとルナの目に異変が生じた。サンビズ以外の世界が色あせていくのだ。視界から、世界を鮮やかに飾り付けていた色が消え去り、生きていくのに必要最低限の白と黒だけが辺りに広がった。


 窓から差し込む夕日の色が分からなくなり、辺りに散らばっていた血の色も白く色あせてしまった。


 ルナの目から光が消えた。


 そして、白魔法という負荷の大きい魔法を長時間使用したことでルナはその場に倒れてしまった。

 サンビズの胸の中で疲れ切ったルナは深い眠りに入ることにした。


『ごめんなさい、サンビズ、そして、おやすみなさい…』


 ルナが思いっきり自分の心臓に短剣を差し込み噴き出る血を見ながら、サンビズの胸の中に倒れ込む。




 しばらくして、ホーテン家の屋敷の凄惨なロビーにひとりの男が入ってきた。


『おや、これは!?おいおい、まさか、謀反ってやつか!?』


 凄惨な現場を見てもウキウキな男が、辺りに散らばっている死体を急いで確認し始める。


『おお、これはグルゼウス兄さんの腕!こっちはパンジー姉さんの脚!素晴らしいみんな死んでるじゃないか!ハハッ!最高だなこいつは!!』


 男が小躍りをしながら、一人の家族ではない少女に、倒れている妹のルナを見つけた。


『ほう、ふむふむ、ちょっと待てよ…』


 男がルナにだけは不用意に近づかないように距離をとって観察しだした。その際、家族ではない首が切り離された少女の顔を見て、男は呟いた。


『なるほど、まさか、ルナのお気に入りのサンビズに手を出したバカがいるな?おいおい一体誰だよ、そんな馬鹿なことしたのは…まったく』


 男はサンビズの開かれた目を閉じてやった。


『この兄姉殺しは、ルナがやったので間違いないな。って、あ、俺のお気に入りのメイドちゃんも死んでるじゃん、たく見境なしかよ。最悪だぁ…』


 そこで男が近くにあった肉片を拾って、ルナに放り投げた。


 するとルナが自分の心臓に刺さっていた短剣を引き抜いて、飛んで来た肉を木っ端みじんに切り裂いた。心臓から大量の血が零れ落ちるが、ルナが勝手に白魔法で開いた穴を塞いでいた。

 眠っている彼女の絶技だった。


『やっぱり、ルナは化け物だ。人間じゃねえ…近寄ったら死んでたな、おー、怖い怖い』


 屋敷の扉が勢いよく開く。そして、ひとりの女性が入ってきた。


『うわ、な、なんだこれは…』


 凄惨な殺戮現場を見たその女性は広がる血の水たまりから慌てて足をあげた。


『おお、シャラヤ、帰ったのか元気だったか?任務はどうだった、今回も失敗したか?』


『いや、それより、兄上、この惨劇を説明してくれ…』


『今日は最高の日だ。後は親父の死体を見つけるだけなんだが、どうだ一緒に探さないか?』


『これ全部、ルナがやったのか…』


『今のルナに近づくなよ、普通に殺されるからな』


 そこでもう一度、男が周りにあった肉を拾ってルナに放り投げると、彼女は自動迎撃をして、肉を小間切れにしていた。


『待て、この死体、グルゼウス兄さんのか?これ全部私の兄弟たちか…』


『そういうこと、つまり、俺たちがホーテン家の二番と三番ってわけ、最高だろ?』


『や、やったー、こんな日が来るなんて思ってもなかった!』


 シャラヤは感激のあまり涙を流していた。


『まあ、俺たちは仲良く行こうぜ妹よ、正直、このルナをひとりでどうこうできる気がしないからな』


『私も兄上の意見に賛成だ。ルナと二人っきりだと多分私はすぐに殺されるからな…』


『よし、じゃあ、決まりだ。後でルナと今後どう付き合っていくか話し合うから先にキッチンに行って、ご馳走を用意させてくれ、流石にキッチンのスタッフたちは殺されてないだろうから』


『わかった』


『俺は親父の首を探して来る、多分、俺の推理が正しいと地下の拷問室が怪しい、ちょっと探してくるわ』


 二人がいなくなり、血まみれのロビーにはルナだけが取り残された。

 冷たくなった親友のサンビズを前にルナは膝を折って座り、ひとり涙を流しながら眠っていた。

 あまりにも孤独で悲しい世界にルナは急に放り出されてしまった。

 この世界が地獄だと思い知らされた。

 幸せなどこの世に無いことを、親友など持つべきではないと、思い知らされた。



 夢の中でサンビズが優しい笑顔で、ルナの傷を治してくれていた。


 彼女がもう大丈夫というと、ルナに最後に言った。


『ルナ、元気でね』


 ルナの夢にそれっきり彼女が現れることはなかった。

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