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樹海探索 後編

 ルナは、ハルの情報を持っていた彼を殴り飛ばしてしまった。その結果、彼の周りの仲間たちから殺気が向けられていた。

 とくにオレンジで大きな髪留めをしている女が一番殺気だっていた。ただし、ルナにとっては軽い殺気で、取るに足らなかった。残りの面々はそれほどでもなかった。竜人のおっさんは極めて冷静に物事を判断しようとしており、エルフの女性は嫌悪感を示していた。一番の大柄の男ドトルに関してはこの状況をどう治めればよいかとおろおろしていた。


「あんたよくもうちのベリをやってくれたなぁ?」


 大きな髪留めでオレンジ色の髪を二つに結んでいるガラの悪い女が絡んでくるが、そんなことよりもルナは彼に自分の手を握られたことに憤っていた。


「そっちが先に手を出して来たんでしょ」


「てめえの手握っただけだろ?」


「ほら、そっちが先に手出してる、自白してる」


「なめてんのか?その顔八つ裂きにしてやろうか?」


 大きな髪留めの女がぶかぶかの服の懐に手を忍ばせる。ルナも腰の双剣に手を当てる。

 鋭い視線が混ざり合い、ピリリと一触即発の空気になった。

 しかし、そんな二人の間に慌てて戻って来たドトルから聞き出したベリルソンという男が割って入って来た。

 殴られた影響で頬が真っ赤に腫れあがっていたが、彼はとても笑顔で、ルナからしたらただ痛みを喜ぶ変態にしか見えなかった。


「ビキレハ、やめてくれ、彼女に手を出さないでくれ…」


「なんでだよ、お前ぶたれたのに何でそんな嬉しそうな顔してんだよ、まさかそっちに目覚めちまったのか…だったらそう言えば私だってあんたをぶったぜ」


「いや、別にそういった趣味は無い、それより、俺のために喧嘩は辞めてくれ」


「意味わかんねえよ」


 ビキレハが懐から手を出すが、そこに凶器はなかった。


 ルナも腰の双剣から手を離し戦意がないことだけは示した。別に戦っても良かったがこれからハルに会いに行くのだ。血塗られた手で彼に会いたくなかった。


「あなたがベリルソンね?これから私の質問に答えてもらえる?」


「もちろん、いいけど、その前にえっと、あなたの名前教えてもらえませんか…」


「遠慮するわ」


 期待を膨らませていた彼ががっかりした顔で肩を落とした。

 ルナにとって目の前の男は情報でしかなく、こちらが与えるものは何もなくただ引き出すのみだった。


「名前ぐらい名乗れよ、礼儀ってものを知らないのか?」


 ビキレハが怒気を放ちながらルナに食ってかかってきた。


「私はただ、ベリルソンって男からハルのことについて聞きに来ただけなの、邪魔しないで」


「お前、ほんと、ベリ、こんな奴殺しちまおう」


「それだけは絶対にダメだ」


 ベリルソンが首を横に振る。


「なんでだよ、こんな女ベリなら瞬殺だろ」


「いや、ビキレハ、落ち着け彼女、相当な実力者だと見えた下手に手を出さない方がいいぞ」


 背後にいた竜人の男が、ルナと距離を取って未だに警戒していた。それは正しい判断だった。

 ベリルソンやビキレハはすでにルナの間合いであり、二人をバラバラの肉塊にするのは容易だった。


「ベリルソン、答えて」


 いつの間にかベリルソンとビキレハの背後にいたルナが言った。


「なんだ!?お前いつ動いた?クソッ!」


「やめろ武器を抜くな」


 ビキレハが武器を構えだしたのでベリルソンが慌てて止めた。


「お前こんな非常時に何言ってんだ?背後を取られたんだぞ?何にもわかんねえまま、それがどういうことか分かってんのか?」


 すると二人の背後で再び声がした。


「なぜ、あなたはハル・シアード・レイを知っているの?」


「この女!ベリ、私から離れるな」


 ビキレハがベリルソンを抱き寄せ短剣を構える。死角から現れるルナにビキレハは完全に翻弄されていた。


「ハル・シアード・レイ…あなたも知っているんですか?」


 ビキレハに庇われているベリルソンの背中にルナの双剣の刃が軽く当たる。この瞬間に持っていた剣を突き刺していたなら、致命傷は免れなかった。これは格の違いを見せつける行為だった。抵抗は無駄で君たちは知らないうちに何度も死んでいるという警告。逆らってはいけない。死神が常に背後で大鎌を素振りしている。


「質問は私がしてるわ、答えて、なんであなたはハルを知ってるの?」


 ルナにとって何よりも大事な質問。それだけ言うとルナは再び二人の死角に隠れた。彼らの命をなぞりながら、答えを待つ。だが、時間はそれほど多くない。なぜなら、急いでいるからだ。ハルに会うことが全てのルナにとって、こうして彼から情報を引き出そうとしていることだって、道草に過ぎなかった。それでも、ハルに関わることならどんなことだって知っておくそれがルナだった。


「すみません、俺もよく分からないんです。ただ、ひとつ言えるのは知っている人は他にもいるってことです。ほとんどの人は彼が存在していたこと自体忘れているみたいですが、それでも俺やあなたみたいに彼のことを覚えている人もいます」


 姿を捉えようと辺りを見回すベリルソンの目にルナは映らない。


「そっか…」


 だが、やがてルナがギゼラの隣に姿を現すと全員の注目を集めた。


「ギゼ、ここにもう用はないから私たちは行くよ」


「了解です。ルナさん」


「ルナ…」


 ギゼラの言葉を拾ったベリルソンが呟く。


「ドトル、邪魔して悪かったわ」


 どうすればいいか分からず、ぼうっと突っ立っていたドトルにひとこと謝っておいた。こうして仲間の元に案内させ、混乱を招き、彼の居場所を荒らしたのだから詫びのひとつでも居れるのは当然だった。ただ、突っかかってさえ来なければこんなことにはならなかったのだから、自業自得でもあった。


「あ、いや、とんでもないっす」


 すっかり大人しくなった大男ドトル。

 ここから去ると言った途端、彼の表情が安堵している。よほどここにいて欲しくないみたいだったが、それはこちらも同じだった。

 大した情報を持っていないただ時間を無駄にしたのだから。時間は有限。愛しの人の傍に居られる時間だって限られている。


 ルナがギゼラを連れてキャンプ場を離れて行く。


「ルナさんっていうんですね!待ってください、この先は危険なんです!」


 今度は触れないようにベリルソンが二人の前に先回りをして腕を広げ通せんぼをして道を塞いだ。


「邪魔しないで、逢いに行かなきゃいけない人がいるの」


「誰って、そうか、ハルさんに会いに行くんですね?二人はどんな関係なんですか?」


「恋人よ」


「恋人?」


「そう、だから、邪魔しないで」


「だったら、俺にも手伝わせてください。役に立ちます。何だったらハルさんがいる場所も知ってます。お願いします。俺もルナさんについて行かせてもらえませんか?」


 不思議だった。

 なぜこんなにも彼が必死なのか分からなかった。殴り、脅し、混乱させ、一方的に彼には不利益を与えたのにこんなにも下手に出て媚びを売りこちらの機嫌を取ろうとしている。

 不気味だった。

 彼の目は優しさに満ちており、何か変な愛情のようなものを抱かれている気がしてルナは吐き気がしていた。それがどんな感情だったか思い出せないかもしれないのだが、ルナにはとにかく彼の存在自体がどこか不快だった。まだ怯え服従するドトルの方がましに感じた。


「あなたたちは何者なの?」


「俺は…あぁ、そうですね。俺たちは騎士なのですが正体は明かせないんです。その任務上言えないことがいろいろあって…」


「そうね、本来なら、もうここら一帯に人は入ってはいけない場所だから、ここでキャンプをしてるなんて不自然すぎるわ」


「そうだね、うん、俺たちはルナさんたちから見たら怪しいよね」


 彼らが一般人ではないことなど誰の目からも分かり切ったことだった。聖樹セフィロト周辺の特別危険区域に指定されているエリアで、わざわざキャンプをする者などいない。

 彼らはどこぞの国や組織の諜報員といったところなのだろう。

 そんな彼らがここにいる目的も二つに絞られてしまうほど明らかだった。

 ひとつは四大神獣火鳥の動向といった辺りで、二つ目はハル・シアード・レイの捜索。

 それ以外ここにいるい理由を探すのは難しかった。


 四大神獣火鳥に関しては東西中央と地域を跨いで暴れた時の脅威があるため、各国が密偵を送っても仕方がない。それに今は龍の山脈の消失という大事件のことで西部の大国は盛り上がっているため、エルフの森など手薄も手薄だった。


 そして、ハル・シアード・レイ。彼のことに関しては、サムやこのベリルソンなどが、ハルのことを覚えていることから、何かしら彼を覚えている条件があると推察することが出来た。何かがハルを覚えていられた境界線のようなものがある気がした。それが何なのかは分からないが、覚えている人間に必ず共通点があるはずであった。

 そのため、どこかの国が彼と接触するため人を送り出した可能性も考えられたのだ。

 彼にはファンは多い。ルナがそうであるように。


「ねえ、よく聞いて怪しいとか怪しくないとかどうでもいいの、私はあなたにそこをどいて欲しいだけなの、ここに来てあなたにハルのことを無理やり聞き出したことは謝るわ、殴ったこともね」


「えっと、いいんだ、ルナさんは何も悪くない…俺がいけなかったんだあれは…」


「………」


 やはりどこか会話がかみ合わないし、彼の示す態度がどこか気持ち悪かった。まるでこちらが被害者で、あっちが加害者のような感覚だった。むしろこっちが加害者であるのに、その齟齬があまりにも不愉快極まりなかった。


「あぁ、ごめん、そのとにかくこの先は危険だから俺を連れって欲しんだ。そう、説明してあげるから、この先がどう危険なのか!」


 どうしてもどけてくれない彼に、虫唾が走りつい腰の剣に手が伸びそうになった時、隣にいたギゼラが言った。


「ルナさん、彼も連れてったらどうです?なんだかいい下僕になりそうですよ?」


「でも、彼が何をするか分からないわ、もしかしたら罠にはめて私たちを殺すかもよ?」


 基本的にギゼラしか信頼していないルナにとって、彼らが付いてくることは邪魔でしかなかった。


「俺はルナさんたちに危険が及ぶようなことは絶対にしませんし、もう彼らにもさせません。だから、お願いします。なんでもします。俺に案内させてくれませんか?」


 彼は力強い瞳でルナを見つめていた。

 そこでギゼラがルナの肩を組んで言った。


「連れてってもいいんじゃないですか?いいようにこき使ってあげましょう。この先聖樹があって危険なのは確かですし、おとりとして彼らを連れて行くのもありです。やばくなったら彼らに犠牲になってもらいましょうよ」


「ギゼ、そんなこと言ったら誰もついてこないでしょ」


「俺はそれでもいいです!」


「………」


 どこまでも低姿勢なベリルソンにルナは呆れる。


「おい、ベリ、どうしたんだよ、黙って聞いてればお前少しおかしいぞ」


 彼の仲間たちも、ベリルソンという男の異常さに気づいていた。


「すまないが、俺は彼女たちにあのことを教えるために一緒に出る。みんなは着いてこなくていい、俺一人だけでいい…」


「待って、誰もあなたがついて来ていいなんて言ってない」


 反抗的な目でルナがそう口にするが、ベリルソンの口から流れを変えられてしまうほど魅力的な言葉出て来てしまった。


「ルナさん、ハル・シアード・レイは聖樹の頂上にいます」


 その言葉でルナは固まり目は大きく開かれた。


「それは本当のなの?」


「はい、ルナさんはハルさんの恋人なんですよね」


「もちろんです」


「彼に逢いたいんですよね?」


「そうだけど…」


 ハルの話題になるとめっきりと意思や思考力が弱くなるルナのもはや弱点と言えた。


「だったら俺もルナさんとハルさんが会えるように力になりたいんです。ルナさんが幸せになれるように俺は手助けがしたいんです…」


 ルナが零れそうな笑みを我慢しながら彼に言った。


「ねえ、じゃあ、私とハルはどう見えるかな?」


「え?」


「恋人に見えるかな?」


「恋人なんじゃ、ないんですか?」


「恋人だけど、私にハルは釣り合って見えるかな…だってほら、ハルは凄い有名人であたしなんかがほらでしょ?」


「そうか、二人は隠れて付き合っていたのか、確かにそれなら納得が行きました。以前の彼に正式な正妻がいたと聞かなかったので」


「正妻…」


 ルナの頭からすっかり抜けていた素晴らしい言葉が飛び出て来た。その言葉だけでルナの頭の中は興奮冷めない刺激に溢れかえった。

 正妻になった自分を想像しただけで脳みそが壊れそうになった。しばらくの沈黙して何度もハルが自分とひとつ屋根の下で当たり前のように生活している姿を想像した。


『ハル、おはよう、今日は早いわね』


『おはよう、ルナ、よく眠れた?』


『眠れたよ、でも、先にベットからハルがいなくなって寂しかった』


『ハハッ、ルナは究極の寂しがりやだね』


『うん、ハルの傍にずっといたいの』


『そっか、俺もだよ』


 そして、ハルが続ける。


『ところで、今日さ午後から二人で出かけようと思ってたんだけど、空いてるかな?久々に二人でデートとかどうかなって思ってさ?』


『ほんとに!?空いてる、空いてるよ!はぁ、嬉しい…本当にありがとう、大好きだよハル』


『俺も大好きだよ、ルナ』


 脳内で再現された場面は夫婦になってから時が経ち、久々に二人きりでデートする設定の脳内再生だった。


「大好き…」


「え、今なんて?」


 現実に戻ってきたルナが狂いそうなほどの喪失感に襲われながらも、何とか正気を保とうと歯を食いしばって耐え抜いた。


「なんでもない、わかった、ベリルソン、あんただけならついて来てもいいよ」


 その言葉を聞いたベリルソンの表情が花開いた。


「本当か…あ、ありがとうございます!!」


 それから、ルナとギゼラの元に、ベリルソンが付いてくることになったが、彼は仲間たちと少しもめていた。

 ビキレハという女もついて行くと言っていたが、それはルナが許さなかった。ルナひとりならどうでもいいが、ギゼラもいるとなるとリスクは少しでも下げておく必要はあった。だから、狂犬女など論外であった。


 なんとかベリルソンが仲間の説得を終わらせると、ルナとギゼラの元に戻って来た。


「話はつけてきました。俺はルナさんたちがハルさんに会えるまで一緒に居るって行ってきました。それでいいですよね?」


「ええ、ハルに会えればなんでもいいわ、行くわよ」


 ルナがわき目も振らず歩き出す。


「ベリルソン、お前はルナさんのリュックを持つのだ!」


 ギゼラがニヤニヤしながら彼に命令する。しかし、彼はギゼラにも親切に「かしこまりました」と丁寧な言葉で返事をし、バカでかいリュックを背負っていた。


「じゃあ、みんな行ってくるから、俺がいない間ここをよろしくな」


 ベリルソンがキャンプ場に残される仲間たちに別れを告げる。


「ベリさん、無理はなさらぬように、危なくなったらすぐに戻って来てください」


 ジェットが心配そうに言う。


「死ぬなよ、私はまだこの分の金をもらってないんだ。ただ働きは御免だよ」


 フェルナーズが腕組をしながら言う。


「ベリ、お前の頭は狂っちまった。私たちがこんなに心配してるのによ、バカ、お前なんてバカは死んじまえ!」


 酷い物言いのビキレハ。


「すまねえ、ベリ、俺が変な二人に絡んだばっかりに、こんなことになっちまって、無事に帰って来てくれ!俺はそれだけで十分だ!」


 申し訳なさそうなドトル、本名をドトルエスが最後に手を振っていた。


 みんなが各々の形でベリルソンを心配するが、本人はとてもニコニコと嬉しそうに手を振って行ってしまった。



 ルナ、ギゼラ、ベリルソンはさらなる奥地の聖樹セフィロトへと足を進めた。

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