二人の過去 エウス
エウスには夢があった。
それはいつか必ず大商人になって、大金持ちになることだった。
普通の子供たちは誰もが国の騎士などに憧れたがエウスは違った。
エウスは、とても小さいころ、魔獣の被害で家族全員を失っていた。
ここ最近、年々凶暴化していた魔獣が、エウスの村を襲われたさいに、ある商人に助けられたのがきっかけだった。
多くの兵士を連れた商人は、村を闊歩していた魔獣を狩り、村の生き残りだったエウスを救い出してくれた。
そのあと、その商人は、魔獣の被害で孤児になった子供を受け入れていた教会に、エウスを連れて行ってくれた。
それから少し時間が経って、助けてくれた商人の彼が、前から魔獣孤児の教会にお金を寄付していたことを、教会の人からエウスは知った。
エウスはそのときから、大商人になることを決めた。
十二年前のある日…
エウスは小国のとある商会の経営している、商品の保管場所で、大きな荷物を荷馬車に積んでいた。
その荷物は十歳がひとりで運ぶには苦労するほどの大きさだった。
「おら、エウス、何サボってんだ!!!」
小さなエウスの背中をその叫んだ男は蹴り飛ばした。
その勢いでエウスはよろけるが、大事な荷物を落とさないために何とか踏ん張った。
「お客様の大切な商品ですよ」
エウスは自分を蹴り飛ばした男の方を向きながら言った。
「うるせえ!お前が積むのが遅いからだろうが!」
「………」
エウスは言い返したかったが、この男に逆らいたくない理由があった。
その男は、レイド王国周辺の国々で有名な大商会の幹部で、各国の軍に物資を運んだり、多くの商会に馬車やその馬や使役魔獣などを貸し出したりなど、幅広い物流に関する商売で、大きく成功した大商人の一人と言っていい存在だった。
この男に逆らうと将来、自分が商人になってレイド王国周辺で商売をするときに、おおきな不利益を被ることは目に見えていた。
だが、この男のもとで働けば商人として成功できるというメリットもあった。
その大商会の男の影響力は強く、多くの商人や小さな商会は、この男の言いなりだったからだ。
あこがれから、教会を飛び出したあと、エウスは持ち前の巧みな話術で、どうにかその大商会のもとで働いて、彼に認められようとした。
しかし、現実はそんなに甘くなく、エウスは毎日ボロボロになるまで働かされ、無意味な暴力と罵倒の日々の連続だった。
ただ、それだけだった。
それどころか、その男は、位の高い貴族の紹介で来た人など、特別な人間しか評価しない男だった。
人が神になれないように、エウスのような、住む場所も爵位もないような者が、大商人などになれるはずがなかった。
エウスが荷馬車に積み荷を積んでいると、その男がエウスをいきなり殴りつけた。
「なにするんですか!?」
「お前、何、時間かけてやってるんだよ!この仕事お前がやると言ったんだろ!」
「はい…」
「なら、さっさとやれえぇ!!」
男は怒りからか、言葉の語尾が変に甲高く上がっていた。
その男は、周りで作業している人たちにもひとしきり怒鳴ると、どこかに行ってしまった。
「…八つ当たりかよ」
エウスが荷馬車に積み荷を積み終わり、ちゃんと全て商品があるかチェックしていると、エウスに声をかける人物がいた。
「おーい、エウス、大丈夫だったか?」
そう声をかけてきたのは、エウスと同じくこの商会で働いている、【グラアン・フィーデス】という子供だった。
同い年の彼とは、気が合い、エウスの親しき友人でもあった。
「あいつ絶対許さねえ、俺があいつよりも偉くなったら絶対ボコボコにしてやる」
エウスの顔は、この世の全ての恨みを集めた表情をしていた。
「また、殴られたのか?」
「おう、あいつ本当に人を何だと思ってるんだ、くそ!」
「落ち着けよ、我慢しなくちゃ」
「お前は、いいよな、貴族出身だから殴られたこと、ないかもしれないけどよ、俺は後ろ盾がないからさ」
エウスが嫌味っぽく言った。
「いや、あいつ俺のことも殴ってるよ、一回だけ、だけど」
その言葉にエウスは目が点になった。
「え、最低かよ、あいつ」
「最低だよ、あいつは…」
グラアンがそう言い終わると二人は仲良く笑い合った。
辛くても隣に誰かいれば笑いあえた。
二人がひとしきり笑い終わるとグラアンが少し表情を曇らせて尋ねた。
「それより、エウス、この仕事本当にやるのか?」
「ああ、やるよ」
「でも、どう考えても納期に間に合わないだろこの仕事、レイド王国までだって聞いたぞ」
「そうだよ、それでもやるよ、金がいいんだこの仕事」
「でも、納期に遅れたらお前のせいにされるぞ、この仕事、あいつのミスで遅れた商品なのに…」
「俺には秘策があるんだよ」
「…なんだよ?」
グラアンが不安そうな表情で聞いた。
「この国とレイド王国を隔てている山脈の山道のルートを使う」
「いや、それは危険すぎる、だめだ、ちゃんと王道か、迂回したルートを通らなくちゃ、魔獣も出るって噂だぞ」
「それじゃあ、間に合わないんだよ、俺はこの仕事を成功させて出世する、見返してやりたいんだよ」
「それは、エウスの言う、夢のためか?」
「そうだよ」
エウスは即答した。
「それだったら、なおさら遠回りしなくちゃだめだ」
グラアンは必死に止めようとする。
「いつまでも殴られてるわけにはいかないんだ、それにお前も自分の店を持つ夢があるんだろ」
「ああ、でも…」
「俺は、今、夢に向かってる最中なんだ、お前ならわかってくれるだろ」
そのエウスの言葉で、グラアンは何も言えなくなってしまった。
エウスがこのままここで働いていても、一生、彼の夢が叶わないことを心のどこかで感じていた。
グラアンは彼から将来の話をいつも聞かされていた。
『俺の夢は大商人になること』だと、そのことを誰よりもまっすぐに純粋な目で語っていた。
だからグラアンは、彼のことを止められなかった。
止めたくなかった。
自分より才能があって、熱がある奴だったから、成功してその夢に近づいて欲しかった。
「わかったよ、そのかわり絶対、成功させろよ」
「もちろん」
彼の表情は笑顔で、自信に満ち溢れていた。
そのあと、グラアンもエウスの荷馬車の商品のチェックを手伝ってくれた。
「ありがとう、グラアン」
「いいって、これしきのこと、それよりもう行くのか?」
「ああ、すぐに出ないと間に合わなくなる」
そう言うとエウスは荷馬車に乗った。
「護衛はつけないのか…」
「そんな暇ないよ、じゃあな、わが友よ!」
そう言うとエウスの乗った荷馬車は走って行った。
「エウス…」
グラアンはそのまま立ち尽くして、エウスの荷馬車が見えなくなるまで見送った。