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樹海探索 前編

「エルフの森に入るのに何で三日もかからなきゃいけないの…」


 真昼間なのに鬱蒼とかげりを見せる樹海の中に、ルナとギゼラは樹海探索のツアー客の最後尾で足並みをそろえていた。


「その三日の内の一日はプレゼント選びだったじゃないですか」


「プレゼントは大事。簡単に相手に好意を伝えられるから、それに言葉で足りない部分を補ってくれる」


「ルナさんめっちゃ乙女ですね」ギゼが驚きの表情を見せる。冷酷無慈悲な女には似合わないと思われたのだろう。仕方ない、ギゼラの中にハルの記憶が無いのだから。


「あれからちゃんと勉強したの、もう失敗しないように、感情で動くと私はハルさんを優先してしまう。だけどそれだと、私はハルさんに触れることすら許されなくなる」


 解放祭の時のことを思い出す。感情任せにハルとぶつかり合って負けた。勝負で戦って負けた。勝てるとは微塵も思ってなかったけど、それより、自分の醜さが彼に触れるのを許せないのだ。


「そのハルさんっていう人もルナさんに抱きつかれたら嬉しいと思いますけど?」


「それ本気で言ってる?」ルナが怪訝そうな顔をした。


「男なんてみんなそうですよ?」


「そこら辺の男と一緒にしないで、ギゼでも許さないけど、いい?」


 腰に付いている双剣の片割れを見せると、彼女は苦笑いで応えてくれた。


「皆さん、ここらへんで少し休憩をしましょう!」


 ツアーガイドのエルフが後方にまで聞こえる声で言った。


 樹海の中に忽然と整備された小さな広場が現れた。人の手が加えられており、切り株の椅子がいくつもあった。ツアー客がその天然で人工の椅子に腰を下ろして一息ついていた。


 ルナとギゼラもツアー客から少し離れたところの切り株に座った。


「色鮮やかでいい景色ですよね」


 隣に居るギゼラが辺りを見渡していた。


「紅葉した秋の森って何だかとっても落ち着きます。なんていうかこう殺伐とした私の日常を癒してくれるそんな感じです。」


「そう、私は秋の森に魅力を感じたことは無いわ、森は森だから」


「もう、そんなブサイクな返しだとハルさんにも嫌われますよ」


「そうだった、反省するわ」


 きっと自分にとってはどうでもいいことでもハルのような普通の人間にならこの景色も美しいものだと感じるのだろう。


「本にも書いてあったしね、共感は大事だって」


「ルナさん、何の本で勉強したんですか?」


「え?知りたいの?」


「はい、ルナさんをここまで変えてしまった本に興味があります」


「別に本に変えられたわけじゃないわ、私を変えてくれたのは」


「ああ、はいはい、ハルさんですよね、それでどんな本なんですか」


 彼女にむくれて見せた後、ルナはツアー客が持たないであろうバカでかいリュックサックを開いて、二冊の本を取り出した。一冊は古ぼけた本で、もう一冊は新品同然の本だった。


「二冊ですか?」


「一冊は最新の恋愛の手引書若い子たちに人気みたい題名は『大恋愛全集』もう一冊は古い恋愛というよりは人間の生物学的構造から恋愛の話しに落とし込んだ本題名は『本能愛』ギゼラも後で読むといいわ」


 二冊の本をギゼラに差し出すだが、彼女は素直に受け取ってくれなかった。


「私は別にそんな本読まなくても男を落すなんて朝飯前です」


「そう、ならいいけど」本をリュックに戻そうとした時、本が力強く引っ張られた。


「でも、私も一応後で読んでおきますね!ありがとうございます!」


「うん、そっちの本能愛には人間の基本的習性や身体の構造、本能的にしてしまう仕草なんかが詳しく書かれているから普通に読んでいても面白いわ、あと挿絵があって読みやすい」


「へえ、そうなんですね…って……うわ……」


 ギゼラがパラパラと本をめくり『本能愛』の方をめくっていくとみるみる表情が引きつっていった。


「これ普通に拷問するときの指南書なんですけど」


「著者は拷問する相手を心の底から愛していた。いえ、人間というものにとても興味関心を抱いていたのだと思う。私とは正反対ね」


 それから休憩の間、ギゼラは熱心に『大恋愛全集』を呼んでいた。そして、ルナは独りでぶつぶつと呪文のように何かを呟いていた。


 二人が休憩をしていると、身体に影が掛かった。


「やあ、お嬢ちゃんたち」


 二メートルはありそうな大柄の男がひとり二人の前に現れた。

 声を掛けられてもルナは、ぶつぶつと呟くことをやめない。だから、必然的ギゼラが相手することになった。


「えっと、なんでしょうか?」


「いやね、大変そうだなって思って、そのリュック」


 男がルナの後ろにあったバカでかいリュックサックを指さした。


「ああ、これは別に大丈夫です。彼女にとって大変でもなんでもありませんから」


「そうか、何だったらこのツアー中に持ってあげてもいいって思ってさ」


「結構です」


 素っ気ない態度でギゼラが本の内容に戻った。


「へえ、君、なかなか、動じないんだね」


「ええ、そうよあんたみたいなクズ野郎の匂いは嗅ぎすぎて鼻が勝手に閉じるようになっちゃったの、ほら」


 ギゼラが器用に鼻の穴を手を使わないで閉じて見せていた。完全に男に対しての挑発行為だった。


「ハハッ、ユーモアも兼ね備えているとはお嬢ちゃんなかなか面白いね、どうだいこの後俺と一緒にデートしない?そっちの子も連れて来ていいからさ」


 大柄の男の自信あふれる笑顔と対照的にギゼラは深くうなだれた。


「あの面倒臭いんでどっか行ってください、可愛い女の子なら他にもいますよね?」


「それがみんな彼氏持ちとかで断られてよ、最後に残ったのが君たちだったてわけ」


「普通にめちゃくちゃ失礼なこと言ってること自覚してます?」自分たちを後回しにするとは見る目が無いとギゼラは呆れていた。


「いや、だって君たちだけこの樹海ツアーなのに服装がなんていうか本格的というか…」


 確かにルナとギゼラの服は普通の服ではなく、森や登山を探検するようにたくさんのポケットが付き、少しも色気が無かった。というより完全に二人の服装だけ浮いていた。


「ハァ、あなたは本当に見る目無いですね、こんな愛らしい女性二人がこんなにも森に入るのに用意周到なんて逆になんて備えのいい女性なんだって思うでしょ、そんで、そんな彼女が愛おしいと思うでしょうがぁ」


「いや、それはどうだか…」


 ギゼラの勢いに大柄の男も圧倒されていた。二人が話しているところでルナの定期的にしている呟きが終って現実世界に戻って来た。


「ギゼ、この人誰?」


「ああ、ルナさん私たち彼にナンパされてます」ルナの視界に大柄の男が入る。いかにも遊び慣れていそうなオスの目をしていた。


「どうも、俺の名前はドトルって言います」


「そう、じゃあ、私の前から消えて五秒あげるから、五、四、三……」


「え、消えないとどうなるんだ…?」


「待ってください、ルナさん、ちょっとあなた早くどっかにいってください!」


「二、一……」


 大柄の男が慌ててルナとギゼラの元から去って行く。「なんかあったら言ってくれよ」と捨て台詞を吐いて。


「ルナさん一般客に殺気を飛ばすのは良くないですよ?」


「そんなもの飛ばしてないわ、腰の双剣を見せただけよ」


「アハハ、それもそっか…」


「それより、この休憩が終ったらこの退屈なツアーを抜け出すから準備しといて」


「仰せのままに!」


 休憩が終わりをエルフが全員に号令をかけ、出発すると同時にルナとギゼラはそのツアーから脇道にそれて深い森にその姿を暗ませた。

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