生贄
とある深い森の中にある小さな神殿の地下施設にひとりの男はいた。赤いローブに身を包み、大事そうに抱えた上等な箱を持って、長い螺旋階段を降りて行く。
赤いローブの男が螺旋階段の底につく。目の前にはいくつもの宝石がちりばめられた大きく頑丈な扉。とても重くとてもじゃないがひとりでは開けられないが、赤いローブの男が手をかざすと、その扉は自ら彼を迎え入れるように勝手に開いた。
扉の中に入ると、中は薄暗くシャンデリアのローソクの炎の数で明かりが調整されていた。
長い暗い赤色のカーペットを踏みしめ、部屋の奥へ進んだ。
部屋の中には、顔をローブで隠した女性たちが、順番に並んでいた。何かを待っているようだった。
赤いローブの男は彼女たちを気にも留めずただ、まっすぐ箱を持って歩いて行く。そして、部屋の奥に彼がたどり着くと、その場に跪き頭を下げた。
そこは暖炉とソファーがあり、若い男が後姿を見せる。彼はソファーの上で暖炉の炎で暖まりながら女たちを侍らせていた。
「我が主よ、生贄を捧げに参りました」
「おお、ベリルソン待っていた!それで?お目当てのものは手に入れて来てくれたのかな?」
「はい、リード王国王女イファ・ブランの心臓はここに」
「素晴らしい、君には感謝している。こうして、私の欲しいものをなんでも手に入れて来てくれる。君のおかげで少しばかし私の目には面白いものが見えるようになった」
彼の言葉に、赤いローブの男ベリルソンの心は躍った。
「まさか…」
「そう、そのまさかだ!止まった時間の中で動くことが出来た。これは君が捧げて来てくれた生贄が上等なもの続きだったおかげだよ、ありがとう」
「いえ、主がより高みに登るためなら我々はどんなことでもしますし、どんな力だってお貸します。すべては主であるあなた様が神へと近づくため」
「そうだな、そうすれば、お前たちも神の使い、天使になれる。お互いに高め合っていこうじゃないか」
背中で語る彼がこちらを見ていなくても赤いローブの男はずっと頭を垂れて心の底から彼のありがたい言葉を聞き逃さないように耳を傾けていた。
「ところで次のターゲットなんだが、少しだけ危険な任務なんだが、やってくれるかな?」
「もちろんでございます。我々にお任せください」
「そうか、もしかしたら、これで最後になるかもしれないほど大物なんだ」
目を見開くと体中が興奮の渦に包まれた。最後ということはそれは彼が神になることと同義であり、自分が天使になるということだからだ。
ベリルソンは答えを急ぎ思いつく可能性の中で答えが思い浮かび口走ってしまった。
「それは一体どんな人物なのでしょうか…まさかあの英雄……」
「いや、彼じゃない。確かに今、彼はなぜか世間から忘れ去られて狙うには絶好の機会だが、そもそも、あれは君たちが敵うような相手じゃない。彼はもう何段階も先に進んでいるいわゆる私の先輩みたいなもの、いや、彼はもっと別の何かなんだが…まあ、とにかく彼と彼の周りの人間にだけは手を出してはいけない。それより、私たちが狙うのはその彼が今も相手しているもう一体の化け物の方だ」
「ああ、そういうことですね!」
そこでベリルソンも理解した次のターゲットの存在を。
「四大神獣火鳥の心臓をここに持って来て欲しい、詳細はいつも通りここにいる参謀と話して言って」
「かしこまりました。必ずこのベリルソンの命に変えてでも火鳥の心臓を献上できるように努めて参ります」
「いいね、やる気だね。あ、それとこの案件にはフルブラットの奴らにも手伝ってもらうから」
「あ、はい、それは全然構いませんが…」
別組織も参加するとなると指揮の問題が心配だったが、そこは彼が事前に配慮してくれていた。
「君が彼らを顎で使えるようには私から言っておいたから、好きに使い潰してあげて」
「御配慮感謝します」
フルブラットという組織はもともとはベリルソンのいる組織と同等の存在だったが、このソファーでくつろいでいる彼が直々に動いてくれたおかげで、現在はベリルソンたちのいる組織の傘下に入っていた。
フルブラットの連中は、彼の言葉になら聞く耳を持たざるをえなかった。
ベリルソンの中で無駄なすり合わせが減ったことは嬉しいことだった。
「頼んだからね、君たちもなりたいだろう?天使って神に仕える存在に」
「はい、もちろんです。それではすぐに取り掛からせていただきます」
何かを思い出したかのようにバフォメが言った。
「あぁ、そうそうそれと君たちに報酬だよ、持っていって」
するとベリルソンの傍に大きな袋を持った女性が歩いてくると、傍にその袋を置いて元の位置に戻って行った。袋の中身には何百枚という金貨が顔を覗かせていた。
「感謝します」
「作戦時の費用とかも足りなかったら言ってね、金は腐るほどあるんだ。いくらでも出すよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、頑張ってね、君には期待してるんだから…」
「失礼します」
ベリルソンは深く頭を下げると、赤いローブを翻し、彼の元を去った。後ろでは彼が女性に箱を開けさせて、中に入っていたものを口に運ばせていた。
『待ってろ、必ず、俺が天使になってやるからな、待っててくれ…』
薄暗い廊下を歩く中ベリルソンはひとり心の中で呟いた。
それから主の部屋を出た、ベリルソンは次の作戦の詳細を聞くために、別の小部屋の扉にノックをするのだった。
***
ベリルソンが螺旋階段を上り、小さな神殿から出て来ると、出迎えてくれる仲間たちがいた。
「よう、ベリ、どうだったよ、主様のご様子は何か変化があったって?」
筋肉の塊のような大柄の男が、声を掛けて来た。
「主は次の段階に上がられたとおっしゃられたよ」
「ハハッ、それは良かったで?どんな力を手に入れたって?女をあの世までいかせる能力か?」
「ギャハハハ、だったら、私もバフォメ様にいかせてもらおうかな?はぁ、ムラムラしてきたぜ」
だが、その時、ふざけた大柄の男と下品な女の前に身の毛もよだつ殺気が振りまかれた。
「我が主をバカにするのはこの俺が許さない誰であろうとな…だから、お前たちここで死んでもらっても構わないんだぞ?」
ベリルソンが腰の剣を抜取りその刃をふざけていた二人に向けていた。その剣の刃は透明で陽の光を地面に透かしていた。
へらへらしていた二人も冷や汗を垂らし息を呑む。だが、そこで大柄の男がなだめるように口を開いた。
「おお、ベリ、悪かった。いやぁ、ほんとすまない。おめぇさんの前で主様の悪口は言わないよ、誓うさ」
大柄の男が流れた汗を拭きながら謝罪する。
彼の名前は【ドトルエス】通称ドトル。人族の彼は筋肉をこよなく愛する気の良い、いかした大男だった。身長は二百二センチとどうしてそこまで大きくなれたのか、彼が大食いだからなのか、わからなかったがとにかく何でも力で解決しようとする脳筋でもあった。
ちなみにそんな彼とベリルソンは子供の頃からの友人であった。
「いや、俺が居なくても主様の悪口は言うな…」
殺気を治めたベリルソンに、大柄の男の隣にいた妖艶だがどこか品がない彼女がベリルソンの傍によって来て口を開いた。
「でも、ベリだって本当は我慢しているところがあるんだろ?無理はよくないよ?」
彼女が身体に触れてその手が下に向かったところで、彼女を振り払った。
「ベタベタ触るな」
「ああん、もう、酷いこんないたいけな乙女を雑に扱うなんて…」
彼女の名前は【ビキレハ】。通称ビキ。人族のやんちゃな女暗殺者。とにかく男漁りが好きで、性に対してみだらで、任務で街に行っては面のいい男を誘ったり、襲ったりと恋に忙しい女の子だった。
「それより、その袋は報酬なのかしら?」
ベリルソンが持っていた袋を指さしていたのは、女エルフの【フェルナーズ】だった。落ち着いた外見と性格で、もちろん、エルフであるため、高身長でチームでは戦闘ではなく頭脳などで活躍してくれるサポート役だった。
そして、彼女は古代武器をこよなく愛する収集家だった。特に部品の集合体である、注入されたエネルギーをもとに動力を生み出す〈機械〉という存在をこよなく愛していた。
「ああ、みんなこれが今回の報酬だ。俺抜きで山分けしてくれ」
ベリルソンが、フェルナーズに金の入った袋を渡す。
「ベリさん、それより俺は次のターゲットが聞きたいんだが?今度はどんな奴を殺すんだ?」
他のみんなが報酬の袋に群がっている際にベリに声を掛けて来たのは、竜人族の中年の男性の【ジェット】だった。彼は、このパーティーの中でエルフのフェルナーズを除けば、最年長者の常識人で、ベリルソンも彼の人柄の良さや豊富な経験には幾度となく助けられてきた。まだ組織の人間として未熟なたちを導いてくれる師匠としても彼は頼りになる存在だった。
「次は、その結構大物で、危険な任務になりそうなんです」
「ほお、と言いますと?何を狩るのですか?」
ここはためらわず思い切っていうことにした。
「次のターゲットは、ヒドリです。四大神獣の一角を担っているあの火鳥。別名、劫火の不死鳥に俺たちは手を出します」
「それは、また、凄い任務を授かってきたね、これは面白そうです」
ジェットは常識人ではあるが争いごとを非常に好むところが唯一の欠点ではあった。
「うん、フルブラットの人たちの力も借りる合同作戦になるから、みんな気を引き締めて行こうね」
ジェット以外の三人は自分たちの取り分を真剣に話し合っていたため、ベリルソンの話しを少しも聞いていなかった。
「まあ、ベリさん、あの三人はほっといて、二人で今後の話しをしましょう、あ、君たち私の取り分もちゃんと残しておいてくださいね?」
三人からはーいと気の抜けた声が返って来た。
「そうだね、ジェットさん、でも、とりあえず、俺たちはエアロに向かった方がいい。話はそれからだ」
「かしこまりました。それでは、三人はここに置いて行きましょうか?」
彼が冗談を飛ばす。
「ハハッ、それもいいけど、やっぱりみんなは必要かな」
腹がたってもやはりベリルソンもひとりの力の限界は知っていた。だから、組織に所属することだってベリルソンには苦にならなかった。
「それもそうですね、って、あ、ちょ、私の分の金はどこですか!?」
ジェットが慌てて三人の元に戻っていく。そんな彼を見て笑ったベリルソンもみんなの輪の中に戻って行った。
そして、それから、無事に報酬を山分けし終わると、五人は深い森の小さな神殿を後にした。
「それじゃあ、目的地はひとまず、スフィア王国の王都エアロで」
彼らは四大犯罪組織がひとつ【イビルハート】に所属する組織の実働部隊。
彼らのチームの名は【サクリファイス】。
組織の頂点にいる主に、直接供物をささげることが許されている部隊だった。
全ては主が神へと至るために。
彼らはスフィア王国王都エアロへと足を進めるのだった。