不穏な出会い
レゾフロン大陸の中央におよそ200万平方キロメートルほど広がる【エルフの森】。
スフィア王国の王都エアロはそんな広大なエルフの森の外の西部側の外周に位置する場所に街を興していた。防衛の観点からも森の中の方が比較的安全なはずなのだが、王都エアロはエルフの森の外にあった。それはまるで森に入るための門番のように王都エアロはエルフの森の手前に街を広げていた。
エルフの森はその広大さからこのレゾフロン大陸の西部と東部を二つに分ける緑の壁といった役割も持っていた。あまりにも深く広いがゆえに、西部地域から東部地域への侵略戦争などは滅多になかった。それは、このエルフの森が二つの地域を隔てているという点が大きかった。
そのおかげで、西部は東部からの侵略が少なく、東部は大国が立ち並ぶ強い勢力である西部地域からの支配を受けずに済んでいた。
西部から東部に移動するには、エルフの森を突っ切って抜けるのは迷子になるという意味でも、ほぼ不可能に近かった。
そこでイゼキア王国辺りまで北上し、そこから東に位置するニア王国に進み、さらに東へと進むと東部へと続く整備された街道が存在した。そんな北の海の傍の街道をひたすら東に進んで行くと、臨海都市国家シーリカという小さな国が見えて来る。その都市国家が見えてくれば、東部といった形でエルフの森をさけて安全に西部から東部へ移動することが出来た。
ただ、これは陸路であって、空路という手段があるのなら、しっかりとスフィア王国が整備した空路を進めば、だいぶ早く東部に到着することが出来た。しかし、空路を使うなら必ずスフィア王国からの許可を取らねば、エルフの森を空で横切ることは決して許されていなかった。
なぜなら、エルフの森には何人も立ち入ってはいけない場所があった。
四大神獣の一角【火鳥】が生息している【聖樹セフィロト】。
雲を軽々と突き抜けるほど巨大なその聖樹周辺は、特別危険区域に指定されていた。
そう、スフィア王国はこの聖樹を管理するためにある国として存在していた。
*** *** ***
スフィア王国王都エアロまでたどり着いたルナとギゼラは、乗って来た白い使役魔獣を一時的に預かってくれる施設に預けると、二人でエアロの街に出向いていた。
「うわぁ…やっぱり、エルフの街に来ると何もかもが一回りでかいですね」
「当たり前でしょ、この街は基本エルフの身長に合わせて造ってあるんだから」
辺りを見渡すと、そこには二メートルを軽々と超えた金髪で尖った耳を持つ人々が、街のいたるところにいた。
「ほんとなんて言うか、綺麗ですよね、エルフの人たちって背が高くてサラサラの金髪、あ、見てくださいあっちにバチクッソのイケメンが歩いてますよ!」
「はしゃいでないで行くよ」
ルナがギゼラを置いてズカズカと大きな街の中を進んで行く。
エルフの街はなんでも高身長のエルフのためにつくられているため、ここに来ると人族でもドワーフになった気持ちを体感することが出来た。
しかし、中にはエルフの高身長を上から見下していると勝手に思い彼らを毛嫌いする人族もいた。そういう人は全ドワーフに心から謝って欲しいのだが、実際エルフの中にはエルフ以外の種族を絶対に認めないという頭のおかしい連中もいるためなんとも言えなかった。
多種多様とはやはり難しいものだった。
「ところで今からどこに行くんですか?」
「宿を取るのといつも通り買い出しね」
「そっかそれもそうですね」
ギゼラはある程度大きなバックに生活品を詰め込んでいたが、ルナは武器以外手ぶらだった。
あまり荷物を持ちたくはない主義のルナは、現地で必要なものを買い揃えるのが彼女なりの流儀だった。
「日が暮れる前に全部こなしたいわね、宿は適当なところでいい?」
「もちろん、私は野宿だってしますけど、ルナさんはそれでいいんですか?」
「私も別に泊るところはどこでもいいの、すぐにここも出ることになるからね」
ルナが周囲の看板を見ながら宿を探す。
「ところで今回ルナさんって、どこまで行くつもりなんですか?いや、エルフの森に入るのは分かりますよ、だって、ここに来てそれが目的じゃないっていったら、任務かなんかですもんね」
「それは宿についたら教えてあげるから、今は宿を探してちょうだい」
答えを濁されたギゼラは少し頬を膨らませたが素直に辺りを見渡し宿探しに協力した。
そして、しばらく街中を歩いていると、大きな広場に出て、エルフ以外にも他の種族を見るとギゼラが目を輝かせる。
「おお、こんなエルフの街にも普通の人が…ほら、同士がいますよ、ルナさん!」
エルフ以外の人に、指を指すギゼラをルナは辞めさせた。
「恥ずかしいから、あんまり、目立たないで、それにここ観光名所だからエルフ以外の人間がいるの当たり前だから、それより、早く宿をさがしてよ、宿」
「それなら、あそこ何てどうです?私たちと同じ人たちが集まってますよ」
「いいね、でかした」
「もっと褒めてくださいよ」
「いいから行くよ」
ルナが大きな広場にあった宿に足を進める。エルフ以外の他種族用に用意された宿で、それは扉を見れば判断が付いた。三メートルを超えない扉は人族などエルフ以外の種族に用意されたものであった。
さっそく中に入ったルナは、ギゼラと自分の二人分の部屋をとった。
「え?同じ部屋じゃないんですか?」
「当たり前でしょ?」
「そんなぁ、一緒にまくら投げとかしましょうよ」
「ガキか、いいから私が301号室でギゼが302号室ね」
「えぇ、そんなぁ、つまんない」
宿のロビーの受付で鍵をもらい、さっそく部屋に向かおうとした時だった。
「え、あの!もしかして…」
ルナとギゼラが声を掛けられた方を振り向くとそこには…。
***
「うわ、リオじゃん!」
「ギゼラに、ル、ルナさんまで!!」
信じられないことにそこには、アスラ帝国の裏部隊グレイシアに所属するリオ・バランの姿があった。
前髪を分けおでこをみせすっきりとした顔はとても彼を好青年に見せ、きりっとだがそれでいて優しさも感じさせる茶色い瞳は彼の人柄の良さの表れなのだろうか?とてもじゃないが裏で動くような人間には見えないところが逆に裏の人間のような気がして、狙っているのかただのお人よしのバカなのか判別がつかなかった。多分ただのバカなのだろう。
彼は両手いっぱいにパンが詰まった紙袋を持っていた。
「なんでこんなところにリオがいるんだよ?」
ギゼラが、リオの紙袋からおいしそうなパンをひとつくすねる。
「あ、おい、勝手に盗るなよ、泥棒!」
そこでルナも彼に挨拶をする。
「リオ、久しぶり、元気にしてた?」
「え、あ、はい!俺はめちゃくちゃ元気でした!!そうだ、ルナさんこのパン一個どうぞ、ここらで有名なパンみたいで美味しいですよ」
「ありがとう、いただくね」
ルナがリオからパンをもらいすぐに口にすると、ほっぺたが落ちそうなくらい美味しかった。
「うん、おいしい」
「良かったです!なんならたくさんあるんでもっと食べますか?」
「一個でいいよ、ありがとね、それにしてもあの祭り以来かな?」
「はい、あの時はお世話になりました。またこうしてルナさんに会えてマジで感激です」
リオが子犬のように目をキラキラと輝かせていた。
「ほんと偶然ね、何かの任務とか?」
「はい、えっと、実は……あ…」
リオが慌てて自分の口を塞いだ。
「そのあんまり任務のことは言えないんですよ」
「やっぱり、任務なんだ」
「まあ、はい、そうですね」
「おいおい、リオ、そんな遠慮すんじゃねえよ、私たちの仲だろ?吐いちまえよ全部」
ギゼラがリオの背中をバシバシ叩いて、ついでに袋の中のパンも摘まむ。
「なんでお前はそう、いろいろと軽いかな…」
不貞腐れているリオにルナが質問する。
「ひとりで来たの?」
「…あぁ、まあ、ルナさんになら言いますけど、サムさんも来てます。俺、サムさんの昼食買って帰って来た感じで」
任務と言うこともあってなかなか誰が居るかなどは言えないのだろうが彼は正直に話してくれた。
「え、サムさんも来てるの!これはぜひ会いたいですね、前はお別れの挨拶もできなかったんで」
「そうね、サムさんには会えないかしら?」
「いいですけど、じゃあ、聞いてきますね、というかルナさんもここに?」
「そう、私は301号室」
301号室は三階にある部屋だった。
「俺たちは二階なんで、あ、言っちゃったまあいっかとにかくサムさんに二人が会いたがってるって聞いてきますね!ここにいてください」
「わかった、よろしくね」
リオがだいぶ量が減った紙袋を持って、ロビーから二階に続く階段へと駆けていった。ルナがギゼラの方を見ると、いつの間にかくすねていた大量のパンが彼女の腕の中にはあった。酷い手癖の悪さだ。
「ルナさんもどうですか?美味しいですよ」
パンを頬張るギゼラに差し出されたパンをルナも素直に受け取って小さな口で齧った。
「美味しい」
ほんのりとした甘みとバターが効いたフワフワのパンは、ルナをほんの少し幸せな気分にした。
『ハルのためにも買っていこうかな…』
「フフ…」
ルナは独りで、じめじめした笑顔で笑っていた。
『喜んでくれるかな?』
「エへへッ…」
彼の笑顔を想像すると、ルナの美しくも闇のあるにやつき顔は止まらなかった。