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欠けた大切な家族

 古城アイビー本館の二階にある応接室の扉を開ける。部屋の中に入ると、そこにはライキルたちを呼び出したエリザ騎士団団長のデイラス・オリアと、エウスがソファーに腰かけていた。


 そして、二人の前のソファーに座っていたのは、ライキルが予想にもしていない二人だった。


「おじいちゃんに!おばあちゃん!!」


 ライキルが目を丸くして歓喜の声をあげると二人の元に駆け寄って抱きついた。


「おお、ライキル、これまた美人さんになって、会いたかったぞ!ていうか、あれ、なんか痛い、力つよ!」


「ライキルがこんなに元気に育って、私も嬉しいよ」


 ライキルがその年老いた夫婦を強く抱きしめる。その老夫婦も優しく抱きしめ返し頭を撫でてくれた。


「二人に会えて、とっても嬉しい!!」


 ライキルが抱きしめている老夫婦は、子供の頃いた【シルバ道場】で、ライキルを育ててくれた育ての親であり、血は繋がっていないが二人はライキルにとって大切な家族だった。


 綺麗な白髪で威厳のある顔をしている年老いたおじいちゃんの方は【ギンゼス・シルバ】で、綺麗な黒髪で、常に優しい笑顔を浮かべているおばあちゃんが、【フーリ・シルバ】二人はレイド王国の王都近隣の深い森にある有名なシルバ道場を営む老夫婦だった。


 ライキルが抱きしめるのをやめて一旦顔を上げた。


「どうしてここにいるの?」


「ここにライキルとエウスがいるって聞いたから会いに来たんだ」


 ギンゼスが優しい笑顔でライキルに語り掛ける。


「おい、ジジイ、娘とじゃれ合ってないで用件を言え用件を、こちらのデイラス団長だって俺だって、お暇じゃないんだ」


「はぁ、お前は相変わらずクソガキ。なんか何も変わってなくて逆にすがすがしいわぁ」


 心底嫌そうな顔でギンゼスがエウスを睨んだ。


「俺もジジイが何も変わってなくて安心してるんだぜ?あれよ、もう骨になってたかと思ったぜ」


「んなわけあるか、絶対、エウス、お前より長生きしてお前が土に還る瞬間を笑って見送ってやるわ」


「あんたの年齢じゃ、絶対無理だろ」


「じゃあ、お前を今この場で叩き斬ってやるわ」


 ギンゼスが懐から小刀を取り出す。


「めちゃくちゃかよ、ていうか、来客が危険物を持ち込むなよ」


 そんな険悪な空気が一生続きそうなところでデイラスが割って入った。


「ハッハッハッ、エウスくんもギンゼスさんも仲が良いようですなぁ」


 ただ、デイラス団長がご機嫌にそんなことを言うと、一気に二人の顰蹙をかった。


「デイラス団長、俺とあのジジイの仲は最悪ってことだけは覚えておいてください、お願いします」


「デイラス殿、よければこのエウスとかいうクソガキは退室させて五人でお話を楽しみませんか?そこのお嬢さんもエウスなんかどけて座ってください」


 そう声を掛けられたガルナはぽかんとして状況を把握できず突っ立っていた。


「いや、ジジイが俺のことも呼んだんだろ?」


 名指しでエウスとライキルが指名されていたため、エウスもここにいた。


「ああ、だが今、お前を呼んだことをひどく後悔したわ、あぁ、最悪の気分だわぁ、ライキルだけ呼べばよかった、もう、ほんとさいあくぅ」


 ギンゼスが子供っぽくふざけた顔でからかってくる。


「ガキかよ…」


 大人げないギンゼスに、エウスが引き気味になる。


「ねえ、おじいちゃん喧嘩はやめてよ、せっかく会えたんだから…」


 少し声の調子を落としたライキルが悲しげに言う。


「おお、ごめんな、ライキル。それもそうだ、許してくれおじいちゃんが悪かった」


「相変わらず、バカ親だな」


「なんか言ったか?」


「いや別に」


 人が変わったかのようにライキルにデレデレなギンゼスに、エウスが呆れた視線を送る。


 するとそこに扉にノックの音がなり、デイラスが許可を出すと、ひとりの使用人が入って来た。


「お待たせしました。紅茶とお菓子の用意ができました」


 部屋に入って来たのは使用人のヒルデ・ユライユだった。彼女がみんなの前にあるテーブルに手際よく人数分紅茶を入れ、たくさんの焼き菓子を並べていくとすぐにその場を後にした。

 その際に、ライキルとエウスは、ヒルデに手を振ると、彼女も微笑で返して部屋を後にした。


 エウスとギンゼスのせいでギスギスしていた空気も、紅茶とお菓子の登場で、少し和やかになった。


 しばらく、六人は出された紅茶と菓子を楽しむことにした。

 デイラスが空気を読んでガルナを連れて席を変え別のテーブルに移動し彼らの会話を見守っていた。ライキル、エウスが、ギンゼス、フーリとテーブルを挟んだソファーの席に座って、あれこれ、お互いの近況などを話し合っては楽しい時間が流れた。

 その間、話しは弾みに弾み、ライキルはずっと幸せそうに笑っていたし、お菓子の取り合いでエウスとギンゼスが睨み合い相変わらずギスギスで仲が良さそうだった。そんな光景をフーリはいつも通りみんなのドタバタ騒ぎを優しい笑顔で見守ってくれていた。

 ここにだけ、懐かしい子供の頃の道場の思い出が鮮やかに蘇っていた。


 そんな楽しい時間にも終わりがやって来る。

 それは紅茶やお菓子がそこを尽き始めたころだった。


「そうか、まあ、二人がこうして順調に暮らしていけているのなら何も問題はない」


「ねえ、おじいちゃん、道場のみんなは元気にしてるの?」


「ああ、そうだな、あっちのみんなは元気だよ、道場は変わらず…そうだな…みんな元気だよ…」


 そこでギンゼスとフーリの表情に暗い影が落ちたことを、エウスは見逃さなかった。


「ジジイ、あっちでなにかあったのか?」


「お前は前から妙に感が鋭いな」


 真剣な態度のエウスにギンゼスもふざけた態度はとらなかった。


「ばあちゃんの表情が悲しそうに見えたからなんかあると思ったんだよ」


「エウスはほんとに優しい子だね」


 フーリが頑張っていつもの笑顔でエウスに微笑む。


「どうも、ばあちゃん、それで何かあったのかよ?」


 そこでフーリの代わりにギンゼスが口を開いた。


「ライキル、エウス、お前たちハルはどうした?」


 そこで二人の表情が固まった。


 そして…。


「ハルと一緒じゃないのか?ハルはここにいないのか?」


「………」


 二人はギンゼスの言っていることが上手く理解できなかった。


 そして、次にライキルの口から出て来た言葉は、ギンゼスとフーリを酷く悲しませる結果となってしまった。


「あの、ちょっといいですか?」


「なんだい、ライキル?」


「ハルって誰ですか?」


「…………」


 ギンゼスとフーリが声も出せず固まってしまっていた。


 ***


 ギンゼスとフーリの表情があからさまに酷く暗く沈んだのを見た。ライキルは自分が言ったことがここまで二人を悲しませるとは思ってもいなかった。


「ご、ごめんなさい、私、その二人を悲しませるつもりはなくて、でも、ハルって誰のことだかわからなくて…」


「エウス、お前さんはどうなんだ?ハルを覚えてないのか?」


 そこではギンゼスがすがるようにエウスに視線を向けていた。


 だが、しかし。


「いや、すまないが、そんな名前の奴は知らないな…」


 そこでより一層、絶望がふたりを身体の芯まで包み込んでいた。二人は、肩を落とし暗澹たる顔を見せる。


「フーリ、これはただ事ではない、みんながハルを覚えておらん…」


「おじいさん…こんな悲しいことはありません…私、耐えられませんよ……」


「おばあちゃん、どうしたの、泣かないで…」


 ライキルが慌ててフーリの元に駆け寄って、振るえる彼女の身体を支えてあげた。

 しかし、目にもとまらぬ速さでライキルの手を取ったフーリが言った。


「泣かなきゃいけないのは、ライキル、あなたなんだよ…」


「え?」


 今までフーリが見せたこともない怒りがそこにはあった。だけどそれでもライキルを愛する優しさが滲み溢れていた。

 ライキルもその不思議な勢いに気をされて言葉を失ってしまった。

 しかし、そんな彼女の怒りもすぐにやみ、ライキルを優しく抱きしめた。


「ハルは、あなたの大事な家族だったんだよ、一緒にシルバ道場で育った大事な、大事な家族だったんだよ」


「…………」


「覚えてないのかい?」


 ライキルの頭は真っ白になっていた。そんな名前の人知りもしないし、頭の中の記憶をいくら遡ってもそんな人の顔が浮かんで来ることは一切なかった。ライキルの記憶はそのハルのいない状態で完璧に完成していた。


「ごめんなさい、私、そのハルって人のこと何にも覚えてない…です……」


 ライキルを抱きしめるフーリはそのまま涙を流し続けていた。

 そこでギンゼスが彼女の肩に手を置く。


「フーリ、残念だが、覚えてないんじゃしょうがない…道場のみんなだって誰ひとり覚えていなかったんだから…」


「そんな、諦められません!ライキル、あなた、ハルのことあんなに大好きだったじゃありませんか!?それがこんなのあんまりです…悲しすぎますよ…」


 大好きという言葉にライキルは引っかかりを覚えた。


「私、そんなハルって人のこと知りませんよ…」


「だって、ライキルはハルと将来を添い遂げたいって言ってたじゃありませんか…」


 道場のみんなは大好きだし、フーリおばあちゃんのことだって大好きだった。だけど、そんな知らない男の名前をいきなり持ち出されて、将来を誓い合っていたなど、今の恋人を前にして申訳がないし失礼だった。

 だから、ライキルは、フーリを優しく話して言った。

 別にその人のことなんてどうだって良かったのに言ってしまった。


「やめてください、私はハルって人のこと知りませんし、好きでもなんでもありません。私が好きなのはそこにいるガルナだけです!」


 ライキルが幸せそうにお菓子を頬張っていたガルナを示す。


「本気で彼女と共に将来を考えているんです。だから、そんなハルって知りもしない男と私をくっつけようとしないでください、はっきり言ってそれは迷惑です。私は…」


 パァン!!


 しかし、次の瞬間飛んで来たのはあまりにも痛い平手打ちと怒号だった。


「ライキル!あんたぁ!!なんでそげんことがいえる!!!」


 室内が静まり返る中、一人だけ一瞬で戦闘態勢に入る者がいた。それは半獣人のガルナだった。怒りで瞳孔を開いた彼女が、手前にあったテーブルをフーリに向かって蹴り飛ばした。


 そのテーブルから庇うようにギンゼスが割って入ると、懐の小刀で一瞬でそのテーブルを真っ二つに切り裂いた。

 しかし、ガルナは止まらない。隣に居たデイラスの腰に身につけていた剣を一瞬で抜き取ると、ライキルを守るために突進した。


 ギンゼスがフーリとライキルを守るようにガルナの前に立ちはだかる。


「邪魔じゃ、おまえ」


「なるほど、お嬢ちゃん、ただものじゃないな?」


 ガルナの剣とギンゼスの小刀が衝突すると、凄まじい音が部屋中を駆け巡った。


 つばぜり合いで老人のギンゼスがガルナに勝つのはほぼ不可能だった。しかし、それも単純な力の差だけだったらの話しだった。


 ギンゼスが手前のテーブルを蹴り飛ばし位置をずらした。するとそのテーブルを足場にしていたガルナの体勢が崩れ、力が抜ける。

 その一瞬の隙を見計らって、ガルナの崩れた体勢からさらに足払いで彼女を転ばせた。


 そして、手に持っていた武器を蹴り飛ばし、ガルナの両手を封じ、喉元にその短剣を突き立てると彼女は動くのをやめた。


「感情で動くは悪くない人間だからな、だが、戦いは感情だけじゃ勝てない。嬢ちゃんこれだけは覚えておきな?場の状況を把握すること、頭を使えそうじゃないと、大切な人は守れないからな?」


 恐ろしく冷静に淡々と語る老騎士がそこにはいた。その目の輝きは今もなお死んではいない。


 そして、隣では構わず怒号は続ていた。


「命まで救うてもろうて、あんたん望みでハルん傍にずっといさせてもろうとったのに、他ん男ば見つけたらこれか?ふざけんなぁ!!!」


「フーリ、彼女は女性だが…」


「爺さんは黙っとって!」


「はい…」


 そこでライキルの胸倉を掴んでフーリが最後に言い放った。


「よかか、ライキル、お前がもし他ん男とくっつくんなら好きにすりゃよか、そん代わりもう道場ん敷居は跨がせんからな?」


 そこでギンゼスがそれは勘弁して欲しいといった悲しい表情をしていたが、何も口出しはできなかった。


「…ぐっ……」


 そして、涙ぐむライキルだったが、ギンゼスに取り押さえられているガルナを見て、怒りが湧いて来たライキルは覚悟を決めた。


 胸倉を掴んでいたフーリの手を払うと、ライキルは叫んだ。


「それでも構わない!!私が決めた愛する人とこの先ずっと生きていけるなら、私は道場に一生戻れなくたっていい、彼女さえいればそれでいいの!」


 そこでライキルはフーリの元から離れると部屋の扉に向かって駆け出した。


 そして、部屋を出て行く間際、ライキルは大粒の涙を流しながらギンゼスとフーリに言った。


「親不孝者でごめんなさい…」


 ライキルが部屋を出て行くと、拘束を解かれたガルナが急いで彼女の後を追いかけていった。


 フーリが絶望しきった顔でその場にうなだれ、ギンゼスが彼女を優しく抱きしめる。


「ギンゼス、私は悔しいです。こんなこと、あってはいけません。誰もハルのことを覚えていないんです…なぜですか、あの子が何かこんなひどい罰を受けるようなことしましたか?私はこの気持ちをどうすればいいんですか…」


「この問題は私たちだけでは手に負えないことがこれで分かった。だから、今日のところは帰ろう…」


「ライキルは、誰よりもハルを愛してる子だったんですよ、それがあんなハルに対して冷たくなるなんてありえません、あっちゃダメなんです…」


 フーリも顔を隠してたくさんの涙を流して泣いていた。


「分かってる、ライキルにはワシからフーリの気持ちをちゃんと伝えておくから、一旦時間を置こう…」


 ギンゼスがフーリをなだめていると声が掛かった。


「なあ、そのハルってやつのこと詳しく話し聞かせてくれねぇか?」


 そこには優雅に紅茶を飲んでいるエウスがいた。


「お前、この状況でよく落ち着いて紅茶を飲んでいられたな」


「あ?道場じゃ、ガキたちがいつも騒いでただろ?それと何にも変わらないだろ、今のだって」


 エウスは床に散らばった焼き菓子を回収して、なんのためらいもなく紅茶と一緒に頂いていた。ここは子供の頃からひもじい思いをして来たエウスのもったいないという精神の現れでもあった。


「お前…はぁ、わかった。お前さんにも話しておかなきゃいけないことだから、話しておこう」


「んで、そのハルって人は何者なのよ?」


「一から話すってことでいいか?これはかなり込み入った話なんだ」


「構わないぜ、俺に時間はいくらでもある。ゆっくりしていけ」


「さっきと言っていることが真逆だが?」


「あんたのその話が何よりも優先すべきことのような気がしたんだよ。あ、デイラス団長、もう少し彼らをここにいさせてもらってもいいでしょうか?」


「あぁ…私も構わないよ」


「ありがとうございます、デイラス団長」


 完全に度肝を抜かれていたデイラスは腰を抜かしていた。


「それじゃあ、爺さん話してくれ、そのハルって人の話をさ」


荒れた応接室でエウスだけが何事にも動じずに構えていた。

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