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知らぬ間に失われた日常

 古城アイビーにある西館の食堂に、ライキルとガルナは足を運んでいた。

 レストランのような造りのその食堂は、メニューから食べたい料理を選び、その食堂の隣にある別の部屋のキッチンで料理が作られ、そこから運ばれてくるという仕組みであり、効率重視というよりかは、来た人を丁重にもてなすというスタイルをとっていた。

 敷地内にある他の食堂では、食券形式でそうはいかない、これはその食堂を利用する人数による差であり、出て来る料理の質の差はわずかしか違わずどこの食堂も料理は美味しいものばかりであった。


「それじゃあ、私はこのローストビーフとグラタンで、ガルナはどうする?」


「私は、いつもの大きな肉が食べたい」


「じゃあ、彼女にはハンバーグ特大でお願いします」


 注文を終えると給仕が内容を繰り返し確認し、最後に「かしこまりました」と言って去っていった。


 食堂は二人以外他に人はおらずがらりとしていた。とくにこの西館の食堂は来客用というのもあって、他の利用者が極端に少なかった。


 二人はそんな食堂の窓際の席に行き、四人ほど座れるソファー型の席に決めて、秋の午後の柔らかな日差しを浴びながら、料理が来るのを待った。


「ライキルちゃん、このあと、一緒に稽古でもしない?」


 ニッコリしたガルナが、ライキルを見つめながら言う。


「あ、いいですね、そうしましょうか、私も最近あんまり身体動かしてなかったですから」


「やったー!えへへ、楽しみだ」


「ガルナって本当に戦うのが好きですよね」


「ああ、戦ったら強くなるでしょ?だから、私、戦うのが好きなんだ」


「確かに訓練よりは、実戦の方が実力が上がりやすいですよね」


 そこでライキルは良いことを思いつくと彼女に伝えた。


「そうだ、じゃあ、勝った人は負けた相手の言うことをなんでも聞くなんてどうですか?」


「うーん、それだと私が絶対ライキルちゃんに勝っちゃうよ?」


「ふーん、じゃあ、ガルナは勝ったら私に何を命令するんですか?」


 ライキルの黄色い瞳が彼女を誘うようにギラギラと午後の光を反射する。静かな食堂にどこか淫靡な雰囲気が漂う。


「えー、そうだな、じゃあ、今日ライキルちゃんの部屋で寝かせて、私の部屋またゴミが溜まって来て寝る場所がないんだ」


「ええ、もちろん、いいですよ、大歓迎です」


 大好きな人と今晩一緒に居られることが何よりも幸せだった。


「あ、でも、ライキルちゃんが勝ったときはどうするの?」


「そりゃあ、もちろん、今晩私と一緒に寝てもらいますよ?」


「ニャハハ、なんだ、じゃあ、一緒じゃないか?勝っても負けても意味ないじゃないか、アハハハハ」


「同じ意味じゃないですよ…」


「え、どういうこと?」


「頑張って、考えてみてください、答えは夜に教えてあげますから」


「わかったよ、うーんと、どういう意味だぁ?」


 真剣に悩みだした彼女を、ライキルはただ微笑んで見守っていた。

 窓から差し込む静かな午後の食堂。窓の外には紅葉した葉っぱが冷たい風に吹かれ舞っており、季節の終わりを感じさせた。白い控えめな綿雲たちが晴れ渡った秋空に浮かんではどこか遠くに向かって行く。

 そんな窓から見える秋の景色は哀愁を漂うと同時に儚く美しくも見えた。


 ライキルはそんな窓の外の空を料理が運ばれてくるまで眺めていた。


「お待たせしました。お料理をお持ちいたしました。お熱いのでお気を付けてお食べください」


 先ほどの給仕がテーブルに料理を並べていく。

 ライキルの前には綺麗に盛り付けされたローストビーフ、グツグツと音をたてるグラタンで、ガルナの前には、六人前はありそうな巨大な肉汁溢れるハンバーグが運ばれて来た。

 二人は給仕に礼を言いさっそくその料理を頂いた。


 二人の食事風景は全くの逆だった。フォークとスプーンを使って綺麗に料理を口にするライキルと、とにかく急いで腹の中にハンバーグを詰め込んでいくガルナ。

 品の違いの差があまりにも出ていた。なんなら途中から手を使って食べ始めたガルナがありったけテーブルと皿の周りを汚しながらハンバーグを頬張っていた。


 礼儀を大切にする貴族などなら彼女のマナーの皆無さに嫌悪感を抱くだろうが、ライキルは違った。食事の途中、席を立って彼女の隣に移って彼女の汚れた口や手を取り出したハンカチで拭いてあげた。


「ありがとう、ごめん、ハンカチ汚して」


「いいんですよ、それより、ハンバーグ美味しいですか?」


「上手いよ、ライキルちゃんも食べる?」


 ガルナが素手で掴んだハンバーグをライキルの口元に差し出した。それを間髪入れずにライキルはガルナの手ごと口に含んだ。


「美味しい?」


「美味しいです、もっとくれませんか?」


「いいよ、はい、どうぞ」


 再びガルナがハンバーグを手で掴んでライキルの前に差し出す。ライキルがまじまじとガルナの顔を見つめながら、ゆっくりと、その手に乗ったハンバーグを食べた。


 ライキルの心臓が高鳴りはじめ、彼女に触れたくてたまらなくなった。

 その時だった。


「あ、ライキルちゃん、ほっぺに付いてる」


 不意にガルナの顔が接近し、ライキルの頬についたハンバーグの欠片を口で食べていた。


「はい、取れたよ?」


「…アッ、え、えっと……へ?」


 すっかり真っ赤になった顔のライキルが恥ずかしそうに自分の頬を両手で掴んで慌ててガルナから視線を外した。あまりにも意外な積極的な行動にライキルは動揺していた。


「どうしたん?」


「あ、あの……」


「ライキルちゃん、顔、赤いよ!?もしかして熱とかある?」


 ライキルと彼女の額と額がくっつく、もう、我慢の限界であった。吸い込まれそうなほど綺麗な赤い瞳、肩まで伸びたサラサラのピンクに近いいい匂いのする髪、もこもこの耳に、引き締まった体とフサフサの尻尾、愛らしく母性を感じさせる笑顔。それに純粋無垢な心にお世話しがいのある破天荒さ、虜にならないわけがなかった。


 無意識に彼女の頬を両手で掴んでいた、逃がさないように。


 そして、ライキルが彼女に顔を近づけた時だった。


「お前ら、こんなところに居たのか」


 荒い吐息がガルナの唇に触れたところで、ライキルは振り返った。


「何してんだ、お前ら?」


 そこにはエウス・ルオが立っていた。


「あ、エウスだ、何しに来た?私、ライキルちゃんと楽しくご飯食べてたんだぞ!」


「いや、そういう割には、なんでライキルがガルナの隣の席にいるんだ?そっちの空いてる席じゃないのか?」


 エウスが、食べかけのローストビーフとグラタンの席を指さす。


「そっちはライキルちゃんの席だ、エウスの席はないぞ」


「別に俺はもう食べたからいいんだけどさ、ていうか、ライキル、ちょっといいか?」


 そこで声を掛けられたライキルは、席を立ってエウスをものすごく恐ろしい剣幕で睨みつけた。


「なんですか?さっさと要件を言ってください」


「なんでそんな怒ってんの…?」


「早くここに来た要件を言ってください」


 そこでエウスが何かを察したのかにやりと笑った。


「ははーん、なるほど、そういうことか、これはお邪魔してすみませんでしたね、でも、他に誰もいないからって、こんな食堂でおっぱじめるのはよろしくないと思いますが?」


「ガルナ、食事が終ったらエウスを一緒に絞めようか!」


 ガルナににっこりと笑いかける。


「わかった、ライキルちゃんがそう言うなら仕方ないね…」


 ガルナも何か覚悟を決めたかのように真剣に頷いていた。


「待て、待て、お前ら、物騒な話を勝手に進めるな」


 冷や汗を垂らしたエウスが二人の結託を止め、そして、話しを戻した彼が手短に言伝を告げた。


「ライキル、呼び出しだ。デイラス団長が俺とお前に客人が来てるって」


「誰なんですか?」


「さあ、とりあえず、その飯食ってから来いよ、俺は先に行ってるから、場所は本館二階の応接室だ」


「わかりました、食べたらすぐに行きます。あ、ガルナも連れて行きますよ」


「構わないぜ、その代わり…」


 エウスがそれだけ言うと去って行く。ただ、その去り際に彼は捨て台詞を吐いた。


「飯食ったら早く来いよ?二人でいちゃいちゃして俺とお客様を待たせんなよ?」


「うるさいですね、分かってますよ!」


 エウスが去ると、ライキルは向かい側にあった自分の料理を引き寄せて、ガルナの隣でプリプリ怒りながら食事をした。いい雰囲気をぶち壊されたことに腹が立っていた。

 そんなライキルのピリッとした態度に、困ったようにオドオドしていたガルナには、ちゃんと優しく、甘く接してあげたが、ひとまず彼女に手を出すのはここではやめておいた。夢中になると止まらなくなりそうな自分がいたからだった。



 それから、ライキルとガルナは、食事を終えたあとすぐに、エウスに言われた通り、この古城の本館二階にある応接室に向かった。


 ただ、そこでライキルを待ち受けていた客人は予想もしない人物たちだった。

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