確かに存在したあなた
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「ハル・シアード・レイという人物をご存知ないでしょうか?」
聞いたことの無い人物の名前に王たちは首をかしげていた。この時点でカイにとっては異常事態だったのだが、決して取り乱さず王たちの意見を待った。
「カイ剣聖、君、今、ハル・シアード・レイと言ったのかな?」
「ご存知なのですか!?アドル陛下は…」
「いや、すまないがその人物のことを私は全く知らないんだ。しかしな、フォルテも同じことを言っててな、今まさに私もその人物についてみんなに聞こうとしていたところなんだ」
少しでもこの尋常ならざる異常事態を打開できそうな希望が見えたことにカイは喜びたかった。
カイはこの数か月間凄まじい孤独感に襲われていた。それは物理的にではなく、ひとりの英雄のことをレイドで自分以外の全ての人間が覚えていないという事実が、カイを孤独にしていた。
何か世界そのものが狂ってしまったかのような、異常にカイだけがここ一か月ほどひとりで戦っていた。
「待て、待て、それなら私からもあるぞ、いや、正確にはここにいるゼリセが言っていたことなんだが…」
そこで会話の中に入って来たヴォ―ジャスの表情も真剣そのものだったがどこか困惑している様子だった。彼はイゼキア王国の剣聖ゼリセに目配せをすると、獣人の彼女が前に出て来た。
ゼリセがその場にいた全員を睨みつけながら、その視線は最初にカイに向かった。
「おい、そこの新入り、お前はハルのこと覚えているのか?」
「…え、そういうゼリセ剣聖は、ハルのことを覚えていらっしゃるのですか…?」
「当たり前だ!あんな化け物、忘れられる方がおかしいだろ?」
その言葉にカイは一瞬放心状態になった。例えその言葉が嘘でもそう言ってくれる人をさがしていたのだ。
なぜなら、カイは最愛の妻であるアーリ・オルフェリアにでさえそんな人は知らないと告げられ失意の底に沈んでいたのだ。だから、その当たり前のように知っていると彼女に告げられた時、カイはその場に崩れ落ちそうになっていた。
「あぁ、やっと知っている人がいた……」
カイはやっとの思いで会えたハルを知っている人物を前に話を続ける。というより、事実の確認作業に入った。
「ゼリセ剣聖、あなたは知っていますよね?ハルが霧の森で白虎を討伐したこと」
これはカイの知っている人類史で、初めて人類が四大神獣という脅威を排除した快挙であり、この話を知らない者はこの大陸ではいないほど有名であった。さらに解放祭という祭りまで開かれたため、誰の記憶にも印象に残っているはずだったのだが、この通り知っている者は、カイとイゼキアの剣聖である彼女しかいなかった。
「ああ、もちろん、知っている。白虎はハルが狩った最初の四大神獣の一角だ」
「バカな、白虎討伐したのは、ここにいるカイ剣聖のはず…」
カイの隣にいたダリアスが驚きの表情を浮かべていた。
「王よ、これで分かってもらえましたか…俺は作戦には参加していましたがあくまで作戦の補助役、作戦の中心にいたのは、そのハルという男なんです。彼が霧の森で白虎を殲滅したんです」
カイはこの誤解も解いておきたかった。いつの間にかレイドでは剣聖である自分が白虎を討伐したことになっており、事態がおかしいことになっていた。そんなこともありカイはこの数か月レイドに居ることが辛かった。自分だけがおかしな世界に居ると後ろ指を指されているような感覚があった。実際はねじ曲がった事実で偽りの功績がカイには付与されていたため、めちゃくちゃみんなからは愛されていたが、カイはそれが苦痛で仕方がなかった。なぜなら、本来ならば、その愛を受けとるのは、彼じゃなくてはいけないのだから…。
「ちょっと待ってください、皆様方、私には何を話しているのかさっぱり分からないのだが?」
ニア王国の国王ランドルフが困惑した表情で口を挟む。
「私からもいいですか?そのハル・シアード・レイという人物は一体何者なのですか?お二人の話しからすると相当凄い方のように聞こえるのですが…」
スフィア王国女王ジェニメアが、剣聖の二人に質問した。
その質問にはカイが返答した。
「ハル・シアード・レイは、レイド王国の元剣聖で、過去にあったレイド王国にあった二度に渡る神獣襲撃を治めたレイドの英雄にして、四大神獣白虎並びに黒龍の討伐者です」
「待て、待て、カイ剣聖。過去にあった二度の神獣襲撃だって、君が治めてくれたものだろ…私はそのハルという男がいたなんて知らないぞ」
ダリアス王のその言葉がカイの胸には酷く突き刺さって痛かった。王にとってもハルは大の仲良しである友人でお気に入り、そんな彼が今ではハルの名前すら覚えてはいない。ハルが成し遂げた功績が何一つ残っていない。
レイドのどの資料を漁っても、ハルという名前が一切出てこない。代わりに自分の名前と偽りの功績だけが嫌というほど出てくる。こんな状況耐えられるはずがなかった。
「居たんです…ハルという男は確かにこの大陸にいて俺たちを救い続けてくれてたんです…」
歯を食いしばる、何もかもが悔しく腹立たしかった。
まるで最初から存在しないように扱われるハルと、そのかわりが務まるはずがない自分。全く理解できない、変わってしまった世界。さまざまな感情がカイを襲っていた。
ただ、それはハルのことを知っている彼女も同じ気持ちだった。
「おい!お前ら、本当にハルのこと忘れちまったのかよ!あんだけ、ハルを怖がって崇めてこびへつらって、利用してたお前らがよぉ?」
「おい、ゼリセ!剣聖のお前ごときがここにいる王たちに無礼な口を利くな!それだけは私も絶対に看過できないぞ!!」
ヴォ―ジャスが椅子を倒して、激しく怒鳴った。欲に溺れ、態度も性格も最悪だが、超えてはならないラインはわきまえていた。そこは彼も王としての自覚はあった。
だが、ゼリセはそんなことでは止まらない。
「他にハルのことを知っている奴はいねぇのか?いないのかよ!?いいか、俺はここ最近ずっと頭に来てたんだぜ?どいつもこいつもハルのこと覚えてなくてよぉ、知ってんのは俺のダチのエレメイだけ、あと他のイゼキアのやつらはみんなそんな奴知らないとほざきやがる。どうなってんだ、あぁ?お前ら、黒龍の山脈が消えた、消えた、言ってるけどな、あいつが黒龍を狩ったから無くなったんじゃねえのか?つうか、お前ら討伐作戦が二か月前にあったこと覚えてんのか?どうなんだよ、おい!!」
ぶちぎれているゼリセの激しい口上に、会議室の会場が静まり返った。
ゼリセの怒気が完全にその場の空気を支配していた。
「待ってください、お二人の話しから、信じられないような内容ではありましたが、だいたいのことは掴むことはできました」
沈黙を切り裂いて、冷静になだめるようにジェニメアが発言した。
「要するに、ハルさんという、四大神獣を討伐できるほどの力を持っている英雄級の人物が実在して、レイドの剣聖のカイさんが成し遂げた神獣討伐の実績や、龍の山脈が消滅したことも全て彼がやったということでいいんですね?」
「ええ、そうです。四大神獣討伐はもともとハルが自ら提案したことですし、俺はどちらかという反対派でしたから」
そもそも四大神獣を討伐するという狂った発想にたどりつく思考選択の方がおかしいのだ。四大神獣の討伐それは、これから自ら命を絶ちますと、宣言しているようなものなのだから。
「皆さん、どうやら、ここにいる二人の意見聞く価値はあると思いますよ」
「ほう、なぜそう思うんだい?」
ランドルフが前のめりに、そして興味深そうな顔で、肘をテーブルについて手を組んで彼女の方を見た。
「そうですね、彼らの話しを龍の山脈の件に絡めて考えるんです。まず、龍の山脈の消滅についてです。皆さんなぜあんな大陸最大の大自然が消えたか原因が分かりましたか?」
会場にいた人たちは誰も答えられなかった。そもそも、ここまでの破壊はもはや神の仕業としか思えず、どうやって消えたのか想像すらつかなかった。
どんな天災でさえ、山脈ごと跡形もなく消すのは無理があるだろう。
しかし、実際に龍の山脈は綺麗さっぱり消滅していた。現実が想像を超えてしまう現象が起こっていることは揺るがない事実だった。
「正直、私も想像が尽きません。ですが、ゼリセ剣聖とカイ剣聖がおっしゃっていたことが本当だったら話のつじつまが合うと思いませんか?」
「しかし、いくらそのハルという人物がいたとしても、龍の山脈丸ごとひとつを消すのは無理があるんじゃないか?」
疑い晴れないニア王国の王にカイは言った。
「無理な話ではありません。彼ならできます。白虎討伐の時、霧の森は彼が切り開いたものなんです。ここ数か月いろんな報告書を読み漁ってきましたが、霧の森には山ひとつまるまる入る破壊痕がいくつも発見されているとの報告が上がっています」
「いや、ちょっと待て、そもそも、そんな人物がいたら我々も見過ごしていないだろ、そんな異常な力を持った危険人物がいたら、ほっとく国はないはずだぞ?」
ヴォ―ジャスが横から口を挟んで来た。
「ええ、ですから、ここにいる皆さんはそのハルとの間に直接契約を交わしていました。彼は六つの大国全てと対等な個人だったんです」
「バカな、そんな約束私は交わした覚えがないぞ。そんなの大国の恥、王として情けなさすぎる。たかが一個人と国が対等の立場に立つなど、あってはならんだろ?そうだろ?」
ヴォ―ジャスが周囲の顔色をうかがい同意を求めるが、その前にゼリセ剣聖が彼の口を黙らせた。
「ヴォ―ジャス、お前、四年前の剣闘祭を覚えているか?」
「え?あぁ、もちろん、あの剣闘祭は盛大に行われたからな、なんせ六大国の剣聖が一度に集まって戦ったんだからな、忘れないさ。それにあの時はお前の一人勝ちだったじゃないか?え?」
そこでゼリセの表情が再び険しくなった。
「本気で言ってるのか?」
「本気さ、お前がひとり、ひとり、その背中の大剣で他の剣聖たちを圧倒したじゃないか、まあ、そこにいるシエル第一剣聖は欠席だったが」
アドルの後で控えていたシエルが自分の名前を呼ばれたことで背筋をピンと伸ばしていた。
「確かに、あの剣闘祭では、ゼリセ剣聖あなたが最終的には勝利を収め、剣聖の中でも一番の実力者に輝いたと私も記憶してる」
そこでアドルも過去の記憶を辿り思い出すように言った。
「ああ、そうだ、我がニア王国でも君の実力には一目おいたんだ。そうだったよな、シャノン?」
「はい、陛下、おっしゃる通り私もそう記憶しております」
ニア王国の剣聖シャノンオーズが頷きながら答える。
「私たちも、あの剣闘祭はゼリセ剣聖のひとり勝ちだったと悔しながら記憶しておりますわ」
ジェニメアがそう言うとスフィア王国の剣聖アルバーノも無言で頷いていた。
ただ、そこでもう我慢ならなくなったゼリセは、持っていた背中の大剣を地面に叩きつけて叫んだ。
「ふざけんなぁ!!シャノン、アルバーノお前らはあの時の屈辱を忘れたのかぁ!?」
ゼリセは二人に向かって怒りの矛先を向けていた。
「俺たちはたったひとりの男に負けたんだ!お前たちは俺に負けたんじゃねぇ、ハルって男に手も足も出ないまま負けたんだよ!それも五対一でな!分かるか?剣聖が五人束になっても傷どころかぁ、触れることだってできなかったんだぞ!!」
武器を持っていたら今にも襲いかかってきてしまいそうなほどの迫力が彼女にはあったが、誰もその場で武器を構えようとすることが出来なかった。
「俺はその事実が悔しくてたまらなかった。それなのになんだお前らはハルのこと全部忘れて、なんなんだよ、もういいよ、俺はこんなくだらない会議御免だ」
そこで大剣を拾ったゼリセが会議室から出て行ってしまった。
「え、あ、ちょっと待ってくれ、お前護衛だろ私の傍に居なさい、おいどこ行くんだ!」
ヴォ―ジャスと傍に居た女の宰相も、慌てて彼女を後を追って退室してしまった。
ちょっとした沈黙が続いたが、すぐにスフィア王国女王が提案をした。
「皆さん、今日のところは一旦終わりにして、明日改めて話し合いませんか?」
「確かにその方が賢明のようだ。どうやら、あまりにも話が食い違っていて私は恐怖すら感じるよ、また、明日会おう」
ランドルフが席を立つと、ニア王国の人たちは退室していった。
その後、順番にスフィア王国、シフィアム王国の順番で挨拶をしたのち退室していくと、会議室にはレイドとアスラの人間だけが残った。
「どうやら、我々の知らないところで大きな問題が起こっているみたいだね」
「ああ、正直、俺も状況がよく呑み込めてないんだ」
「私もだよ。ただ、ハルという人物についてもっと調査が必要だ。カイ剣聖協力してくれるかい?」
ダリアスと話していたアドルが、カイに顔を向けた。
「もちろんです。知っていることは全てお話いたします」
カイはすぐに返事をして、アドルに頭を下げた。
「ありがとう助かるよ、それじゃあ、今日のところはみんな自分たちの宿に戻ろうか」
アドルがそう言うと、みんなを連れて会議室から出て行った。ダリアスたちも彼らとともに会議室を後にした。
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それからのリーベ平野の会議場で行われた六大国による会議は、数日にわたって続き無事に何事も無く終了した。
今後の方針としてまず挙げられたのがハル・シアード・レイという謎の人物に関しての情報収集だった。
その規格外の人物はゼリセとカイの証言からどうやら本当に実在していたらしく、彼の生存確認が六大国の中での最優先事項として取り上げられた。
各国でハル・シアード・レイの捜索が始まった。